第二章 エピローグ




「――え、もう二人も死んだの?」


《はい。それぞれに自分のパーティメンバー数名だけを引き連れて早速偵察に【魔王】ダンジョンに突入したのですが、どうやら通常のダンジョンと同程度の難易度と認識していたようです》


「……いや、【魔王】だって自分たちの命が懸かってるんだから、防衛力マシマシというか、難易度マシマシになってて当然じゃない? 普通に考えて、ダンジョンの難易度が上がるのは予想できるでしょ。で、当然【勇者】だって戦力増強するでしょ」


「その程度の事も考えられなかったお馬鹿さんだったってことよ……」



 ニグ様から聞かされた情報に、思わず脱力した僕とラトから深い溜め息が漏れる。


 ダンジョンは基本的に上層から奥に潜れば潜るほど難易度が高くなっていくっていう、〝段階的に成長を促すシステム〟になっているけれど、【魔王】ダンジョンはそもそも目的が違う。


 彼ら【魔王】から見れば、攻略されるというのは自分が死ぬということ。

 自分たちの命が懸かっていて、けれど、まだまだダンジョンの拡張だのを行うだけのリソースが足りない。

 そんな状況である以上、まずは無理してダンジョンを拡張するよりも、自分たちをいかに守るかに重きを置くだろうし、防衛力を強化するのは当然だ。


 その時に選ぶのは質か、それとも量を選ぶのかはそれぞれの考え次第ではあるけれど、限りあるリソースの中で最大限防衛力を上げようというのなら、同程度の実力の相手――つまり、自分が『これをやられると自分たちでは手に余る』と思うものを実行すればいいと考えるはずだし、そういう風に待ち構えているはずだ。


 ただまぁ、これは後から結論を知った上で言えるような回答だ。

 それに僕の立場だと裏事情を把握しているからそう考えられるけれども、【勇者】に対しては【魔王】側のシステムとかを説明していないし、そういう考え方に至らなかったのかなぁ……。


 ともかく、もう死んじゃったならいちいち気にしてもしょうがないね。



「残りの二人の【勇者】は大丈夫なの?」


《はい。ドイツの【勇者】ディートヘルム・クレールは探索者の中では慎重かつ思慮深いタイプであると言えます。彼は颯と同じくひたすらソロで深層を進み、奈落の序盤で躓いてしまいつつも、それでもゆっくりとですが徐々に進んでいる探索者です》


「へえ、颯以外にもソロで深層を踏破できる人間種がいるのね。間違いなく普通の人間種の中では限界値に届いていたみたいね」


《はい。現状、【勇者】と【魔王】の両陣営を含めて考えても、もっとも優れていると言える人材です》



 おぉ、ニグ様からそこまで言われる存在なんだ。

 となると、そのなんとか……ヘルクレープさん? とやらは【魔王】ダンジョンも突破できたりするのかもね。



「ねぇ、ニグ様。【勇者】側にそんな優れた人材がいても問題ないの? 【魔王】が負けるようになって人間種が再び平和を取り戻しちゃったら、人間種全体のレベル上昇に繋がらなくない?」


《問題ありません。もしも【魔王】陣営が負ける事になり、総合的に人間種が基準に満たしていないのであれば、その時は〝黄昏の調停者〟が【本物の魔王】という立場になれば良いのですから》


「おー……え? それって僕がってこと?」


《はい。もっとも、それはあくまでも最後の手段です。今のところそこに至る可能性は低いと考えています》


「あ、そうなんだ。僕もダンジョン作ったりできるのかなってわくわくしてたんだけど」



 なんかこう、ストレスマッハになって我を忘れさせてから、冷静に対処さえしていれば引っかからないような分かりやすいトラップを仕掛けて分断させたりとか、そういうのがやりたかったのに。

 顔真っ赤にして足を踏み出したら落とし穴とか、そういう系。

 で、這い上がってきたらタライが頭に落ちるとか、そういうさらなる追い打ち煽りをするようなの。



「ガッカリしているみたいだけれど、ダンジョンなんてこの空間と何も変わらない――というより、ここに比べてもできる事が限られる以上、劣化装置としか言えないわよ?」


「んぇ?」


《ラトの言う通り、ダンジョンとはそもそもこの空間――狭間の世界ドリームランド――の原理を利用し、一部を切り離して作成したものです。特に【魔王】ダンジョンについては、条件付きで限定的な支配権限を渡しているだけに過ぎませんので、当然、ここに比べればできることも少ないですね》


「つまり、僕もダンジョン作ろうと思えば作れちゃう?」


「この空間を操って自分で改造できるようになれば、あなたがダンジョンを作って人間種に攻略させるっていうのもいいんじゃないかしらね」


「おぉー」



 それはちょっと楽しみ。

 ラトがいつもイジってる立体映像みたいな操作パネルとか、僕も触ってみたいんだけど、まだ色々設定と調整が必要らしくてお預けくらってるからね。

 あれの更に簡易版を【魔王】たちに渡して操作させているのだとか。


 トラップマシマシダンジョンとか、アスレチック形式で作れそうじゃん。

 秘密結社のメンバーにした人にテスター頑張ってもらおう。



「あれ、もう一人の【勇者】は?」


《はい。名はレチシア、唯一の女性ですね。ただ彼女は今のところ【魔王】ダンジョンには一切潜ろうともせず、普通のダンジョンに入り浸っていますね》


「……? なんで普通のダンジョン?」


《レチシアは『ジャパニーズ・オタク文化を守りたいだけ。だから日本に【魔王】ダンジョンができたら行くけれど、他はどうでもいい』と公言しており、そんな彼女を諌められるような仲間もいないようです》


「ほう! その意気や良し、だね!」



 うんうん、素晴らしい心意気だ。

 確かに僕も、世界が全体的に混乱に陥ってはいるけれど、ラノベとかマンガとか、そういう文化はなくならないでほしいもん。

 追いかけてる作品の続刊待ちとかちょくちょくあるし、楽しみにしてるのに続刊が出なくなるって、なかなか悲しいもんね。



「ただまあ、この国には【魔王】ダンジョンもないんだったよね。これじゃあそのオタク文化を守る【勇者】は動かないし、実質【勇者】が一人みたいなものかぁ。バランス悪いね」


《【勇者】と【魔王】の人数で見れば、確かにバランスの悪さというのはありますね。ただ、人間種の探索者たちと為政者、一般人との溝が生まれ、【勇者】も良い人材を確保して動きにくい、というのが実状。一方、【魔王】側も探索者が入ってこないためリソースを稼げず、差が一方的に広まるという事もありません。なので、総合的に見れば上手くいっている・・・・・・・・と言えますね》


「そうしている内に【魔王】ダンジョンの『魔物氾濫』の常態化のおかげで、一般人の意識改革が起こるきっかけにはなっている。【勇者】と【魔王】なんて、所詮はテコ入れに過ぎないし、結果として人間種全体に影響が出てくれているのであれば、【勇者】と【魔王】の戦いに進展がなくても特に大きな問題はない、というところかしら?」


《はい。ラトの言う通り、現状はこちらが急ぎ何かをしなくてはならない状況ではありませんね》



 ふむ。

 まあニグ様がそう判断しているなら、それでいいってことだね。



「颯、こちらも分身体をあちこちの特区に放って、商品の選定と補充は進んでいるわ。売り込み先も、研究所関連なんかもすでに幾つか目星がついているし、いつでも始められるわよ?」


「おぉ……っ、白勇者風ムーブ! いつの間に進めてたのさ?」


「もともと、あなたと会う前から幾つかの特区には分身体を放っていたもの。もちろん、特区以外の普通の町も含めてね。この前さらに追加してあちこちに進ませてはいるけれど。そういう面々に指示を出して動かせばいいだけ。あなたから見れば私はあまり動いていないようにも見えるでしょうけれど、とっくに動き出してはいるのよ」


「なるほどー……。僕も分身体とか使えるようになるかな?」


「どうかしら。ここの領域の支配や操作もだけれど、精神を分割して主軸を何処に置くかなんて、人間種からの進化を辿ったあなたの場合、一朝一夕でできるものではないでしょうね。まずは練習が必要になると思うわよ?」


「そっかぁ。それができれば『ダンジョンの魔王』の僕と白勇者風ムーブの僕が邂逅して、みたいな流れとかできそうだし、ちょっと練習しておきたいんだよね」


「いくら適応能力の化物と言えるような颯でも、さすがにこればっかりは時間がかかるでしょうし、ゆっくり練習しなさいな」


「うん、分かった。やり方とか教えてね」


「ふふ。えぇ、いいわよ」



 よしよし、これができるようになったら、かなりバリエーションというか演出の幅を広げられそうだ。



「そういえば、ラト。警察サイドについているような探索者ってどれぐらいいるのか知ってたりする?」


「具体的な人数までは把握していないけれど、ダンジョン庁の直轄部隊と、警察組織へと出向させている特殊部隊を含めれば、結構な数がいるわね。あなたの通っていた養成校の職員だって、アレは所属的にはダンジョン庁の所属で予備隊扱いだったはずよ。そういう存在も含めれば、それなりの人数はいるわ」


「なるほど。って事は、能力持ち犯罪集団との対立みたいな構図は問題なく成立しそうだね」


「そっちは心配ないわ」


「ふむ……」



 ニグ様の目的である、人間種の進化、世界のステージの上昇。

 そして僕のミステリアスムーブ活動の開始。


 両方を結びつけるためにも……うん、そろそろ始めようかな。



「ラト。売り込まない商品にもなれなかった連中って生かしてるんだよね?」


「えぇ、元気に普通に日常を送っているわ」


「……ホントに?」


「なぁに、その目。何もしてないわよ」


「ラトなら何かしてそうだなって思ってたから」



 何かしらの実験とか。

 最悪、僕と初めて会った時みたいなクサ……肉塊になってて人数が少なくなったりしてるかもって思ったけど、どうやら杞憂らしい。


 ほら、アレになっちゃうと使い物にならないし。

 一応生きてはいたっぽいけどさ。






「――それじゃあ、『境界の隔離壁』の破壊と同時に、無法者たちを解き放ってもらえる?」


「ふふ、待ってました」





 さあ、始めよう。


 幸いにも【魔王】ダンジョンがなかったこの国。


 為政者たちをバッシングこそしていても、結局のところ抗議の声をあげるだけ。

 未だに対岸の火事を眺めるように世界の状況を眺めながら、他人事のように「騙し続けた国民と探索者に謝罪しろ」なんて、自分たちとはまるで関係のない事のように賢しらに正義を気取って宣っているキミ達に、現実というものを見せてあげよう。






 ――――翌日、深夜。

 日本国内全ての特区にて一斉に『境界の隔離壁』に大穴が空いた。







第二章 了






◆――――あとがき――――◆


はい、この話で第二章は終幕となります。


改めて、応援、コメントやレビューなどありがとうございます。

人類が追い詰められる度にコメントが加熱していて、ちょっと心配になる今日この頃です()


さて、この第二章ですが、サポーター様限定記事にも書いていましたが、裏テーマとして『颯の意識改革』というところに主軸を置いていました。


特に前半部分で徹底的に颯の悪い部分(行き当たりばったりでやる気があるのかないのか不明な部分など)を浮き彫りにさせて書いていたので、割とこの辺りでモヤっとした読者の方々も多くいらっしゃったかと思います。

実際、月間ランキングに載っているので分かりにくいですが、更新する度にフォローが減少したり、「それはそう」と思いながら書いていましたねw


ともあれ、最初から颯の背景にあった設定(そういうのもなくてアレだったらただのアホの子)でしたし、こういう話を出す為にも颯の教師役になれるようなラトを出したというのもありますし、プロット段階で予定されていたお話なので容赦なく書きました。後悔はしていない()


結果、颯も気持ちを入れ替えましたが、別にそれで颯がクソ真面目にシリアスになったりとかはないです。元が元なので(断言)


そんな訳で、第二章は世界情勢と心理描写で動的な展開が少なかったですが、ついに白勇者風ムーブも次章で始まる予定となっています。


今回は閑話挟むか迷い中。

場合によってはそのまま第三章にいきますので、引き続き楽しんでいただけますと幸いです(๑•̀ㅂ•́)و✧



ヨグ「٩(ˊᗜˋ*)و」



あ、ちなみに第三章、本編についに出てきます。







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