なんて??




 ――……ふ、決まった。


 助けた二人組――どうやら兄妹らしい――がスマホを取り出して操作し、下りてきたドローンをカバンの中へと片付ける後ろ姿を横目に、僕は確信した。


 あの『燦華』の一件から、なんだか『ダンジョンの魔王』なんて呼ばれるようになってしまった僕が、この数日、授業中とかお風呂の中で考えてきた『魔王ムーブをやるための100のパターン』という名前で保存したスマホ内のメモ帳。


 そこの中、1行20文字のメモ帳に全部で4行ぐらい書いた内にある「こう、なんか粛清っぽい感じにする」というムーブが、華麗に決まったのだ、と。


 実のところ、魔力操作については一家言ある僕だ。

 転移トラップに入った瞬間に即座に解析を開始。


 それが魔物――つまり今回の場合は『深層の悪夢』か。

 あの魔物によって介入され、発動されたのではないか――。




 ――なんて、分かるはずないよね、そりゃ。




 だって魔法って独自ルール多いんだもの。

 その全部を網羅してる訳ないじゃん。

 僕、別に魔法の研究者とかそういうアレじゃないし。


 ――魔物が転移トラップを操作する?

 うんうん、あったら怖いね。

 あるのか知らんけど。


 ――あの『深層の悪夢』が転移トラップを利用した?

 なるほど、それは確かにありそうだ。

 だって『深層の悪夢』だもん。


 なんかすごそうじゃん。

 なんか、こう、ほら、名前からさ。

 結構喋ってるっぽいし。

 ホント何言ってんのかさっぱり分かんないけど。


 だったらこう、会話が成り立ってる風な感じにすればいいや、って思うよね。

 だって誰も分からないだろうし。




 そう、つまりこれは……『あの『深層の悪夢』って有名だし、何言ってんのかさっぱり分かんないから、全てを分かってる風に装って、なんかこう、粛清する魔王様ムーブっぽい感じを演出してみよう作戦』だったのだ。


 多分、『深層の悪夢』から見たら「なんか意味の分からんことブツブツ言いながら自分を殺そうとしてるヤバいヤツが現れた!」かもしれない。


 とばっちりだね。

 ははっ、ドンマイ☆




 ちなみにこれ、あのお兄ちゃん探索者が『深層の悪夢』に遊ばれているあたりから、それを眺めながら決めた。


 転移トラップに乗ってこの階層に来てから、即座に魔力で周辺を探り、あの兄妹は見つけられた。

 急がないと物語が始まってるんじゃないかって、それはもう急いだ。

 深層の魔物って殺意マシマシ見敵必殺当たり前みたいな連中ばっかりだし、すぐに見つけないと物語が始まる前に狩られちゃうんじゃないかって思って。


 ずいぶんと久しぶりに本気で走った気がする。

 途中、何匹か魔物を轢き殺してきちゃったし。


 で、到着したんだけど……なんかこう、物語が始まるかなって期待してたのに、相手が『深層の悪夢』っていう悪癖持ち・・・・なんだもの。


 というのも、『深層の悪夢』が、自分より圧倒的な弱者を弄ぶという趣味の悪い癖があるのだ。


 僕も深層はちょくちょく通るけど、たまーに下層下部あたりまで上ってくるんだよね、アイツ。

 階層の切り替わり毎にいる『試練の門番ゲートキーパー』は、魔物には反応しないで素通りさせちゃうし。


 魔物同士が必ずしも戦わない、という訳ではない。

 同種で徒党を組んで襲ってくる魔物は一定数いたりするけれど、それでも、別種の魔物がバッティングして殺し合いスタートなんてたまに見かける。

 もっとも、普通に素通りするぐらいなら戦わないみたいだし、物理的に接触してしまったとか、進行を邪魔された時だけ、そういうのが発生するみたいだ。


 けれど、『深層の悪夢』は違う。


 アイツは格下の魔物とかを見つけると、問答無用で玩具扱いで痛めつけるような攻撃をひたすら続ける。

 それこそ、まるで「痛い? 苦しい? ねえ、どんな気持ち?」ぐらいのレベルで煽るような感じで。


 でも、魔物は殺意の塊だ。

 心が折れるような事も、恐怖を覚えて逃げるような事もしない。


 だから、『深層の悪夢』と呼ばれるあの魔物は、少しの間だけそうやって攻撃して、飽きて突然相手を殺すのだ。


 下層でそんな姿を何度か見かけた事がある。

 そう、アイツってば、積極的に上層目掛けて進んでくる個体がたまに湧くんだよ。

 偶然なのかなんなのか、よく分からないけどさ。


 ともあれ、そんな特性を持つ魔物だからこそ、明らかに格下であるあのお兄ちゃん探索者を、いちいちすぐには殺さないだろうって事ぐらいは予想できていた。


 殺意以外の感情を持ち、表情や態度を観察するというよく分からない癖を持つ『深層の悪夢』。

 そんな魔物が、偶然にも人間を見つけて、あっさりと殺すような――そんなもったいない真似・・・・・・・・をするだろうか。


 ――そんなはずはない。


 だから、僕は思ったのだ。


 ――「これきっと長くなるし、見ていて面白くもないし、だったら物語が始まるのを待つより、僕が物語作った方がいいんじゃね?」と。


 だから、ギリギリまでムーブの内容を検討して、妹ちゃんを攻撃する前に行動を開始した。


 結果としてお兄ちゃん探索者が痛い思いをしたし、それを普通の人だったら可哀想とか、助けてあげてとか思うかもしれないけれど、そんなの、探索者としてダンジョンに籠もっている以上、自己責任の話だ。

 その光景を見ても、僕自身は可哀想だとか、助けなきゃとか、そんな風には一切思わないし、感じない。


 とっくの昔に、僕は壊れている・・・・・


 死にかけた回数なんて、数知れない。

 運良く命を拾ったんだなって、そう思う事は何度もあった。


 それでも、『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』になるために、僕は戦い続ける事を選んだ。


 もっとこう、純粋な気持ちがあってダンジョンに籠もるきっかけだったのは確かだった。

 その動機になったものは今も憶えているけれど……ぶっちゃけ、今さらモテたいとか男らしく見られたいかっていうと、ちょっと違うんだよね。


 奈落の最下層、深淵に入るあたりから、目が合っただけで文字通り頭がおかしくなりそうになるような魔物たちがいる。 

 きっと、僕はアイツらのせいでこうなっちゃったんだ……知らんけど。


 なんか奈落に入り始めた頃にはもうこんな感じだった気がしなくもないけど、うん。

 気のせいって事で。




 ――なんて、お気楽に考えて兄妹へと顔を向けようとした、ちょうどその時だった。





《――――通達します。

 〝凶禍の種〟が植え付けられていた人間種、探索者『彼方 颯』が一定数以上の人間からの畏怖と畏敬の対象となったことを確認しました。

 これより『災厄指定存在』及び『神権保有者』、どちらの資格保有者であるかを判定するため、彼方 颯の情報を取得、解析を開始します》



 ――――は……?

 僕の困惑を他所に、その〝声〟は続けた。



《個体名『彼方 颯』のこれまでのダンジョン内の言動、及び思考パターンを解析中。


 災厄指定存在へと成長する確率の計算を開始――【繝ィ繧ー�昴た繝医�繧ケ】、『管理者』〝Yogヨグ〟による干渉を確認、却下しま――干渉を確認、……却下――干渉を確認…………承認します。


 あなたは『管理者』により、【諧謔と粛清の象徴】に認定されました。


 続いて、『神権保有者』としての処理の続行、情報を再確認します。


 到達深度……深淵級踏破達成を確認。

 到達位階……暫定限界値Ⅹランク突破済みを確認。実力を参照中……解析しました。位階ⅩⅧ18に変更します。


 完了しました。


 位階Ⅹを超えた【超越者】であることを確認しました。


 次の長時間睡眠時、〝進化〟を設定します。

 この〝進化〟にはおよそ半日を要します。

 安全な場所で眠ることを推奨します。

 

 位階ⅩⅤを超えた【神格者】であることを確認しました。

 固有存在に相応しい〝進化対象〟を選択しま――『管理者』〝Yogヨグ〟による干渉を確認、承認しました。




 ――――完了しました。 




 あなたを〝外なる魔王〟に認定し、進化先を決定しました。




 ――――おめでとうございます。




 この世界で〝魔王〟へと至ったのは、あなたが初めてです。

 この世界で〝外なる存在〟へと至ったのは、あなたが初めてです。

 この世界で最初の『神権保有者』として認められます。


 以上で処理を完了します。

 新たな同胞の誕生を、心より祝福します。


 なお、この通達は『神権保有者』以外には秘匿されます》




 ――ッスゥーー…………。



「おう、待たせた――……って、どうした?」



 聞こえてきたのは、無機質な女性の声。

 それはダンジョン界隈では有名な、俗に言う『天の声』、『神のお告げ』。

 ダンジョンが出現したその日、世界中の人間の頭の中に、その国の人間の、その者が分かる言語で語りかけてきたという、無感情に一方的に通達してくる神らしいサムシングの声。


 合成音声なんかで声が再現されているというのは有名な話だ。

 僕ら世代でも、その再現したという音声を耳にしたことはあるのだから。


 ただ、実のところこの〝声〟を聞く機会は他にもある。

 というか、誰でも聞こうと思えば聞けるのだ。


 自力での深層の突破。

 それを成した時、この〝声〟は聞こえる。


 だから、僕にとっては初めてのものでもないし、直接聞いたことのある代物であったという訳だ。



「……いいや、なんでもないよ」


「そうか?」


「ま、待たせてごめんね……?」


「気にしなくていいさ」



 僕は今、それどころじゃないからね……。

 キミたちがどうしてさっきからタメ口なのかとか、どう見ても実年齢以上に歳下扱いしてるよね、とか、そんなことはどうでもいいんだ。


 どうでもいいけど、キミたち、ちょっと帰り道スプラッタにするからね?

 どうでもいいけどね?




 ……ふぅーー……っ、うん。




 えーっと、ね?

 それよりも、さぁ……。


 なんだろう、『天の声』さんさぁ。

 それ本気で言ってるヤツ??

 冗談だよね?


 なんかもう、〝外なる〟って、ほら、あれじゃん?

 僕、あんま詳しくないけど、それがつくヤベー存在とか知ってるよ??

 なんかもうそれついてる時点でホントもうなんか冗談にならない気がするんだけど????


 しかもなんか魔王がどうのこうのなんてまさかまさか本気なんてこと――




《――同胞の質問を確認。回答します。本気です》




 ――ッスゥーー……ア、ハイ。





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