閑話③ 救済配信 Ⅱ
《さてさて、〝生活系ダンジョン〟はちょっと特殊なルールを適用するよー。まず第一、これは位階の低い人向けのダンジョンなので、新ステータス基準、レベル50以上の人が入って狩りを行った場合、お仕置きモンスターが現れてその人たちを殺しまーす》
:お仕置きモンスター、まではほっこり聞いてられた
:新ステータス基準なんだ
:それって、もしかしてその探索者以外の人間も標的になる?
:新ステータス基準がどれぐらいで上がっていくのか分からん
:レベル50ってどれぐらい?
:その生活系ダンジョンでレベル50になっちゃったらどうなるの?
《あぁ、新ステータス基準と位階は全然別物だね。まあ人間種諸君も薄々気が付いていると思うけど、そもそも位階っていうのは正確には存在位階なんだよね。だから当然、それぞれ基準は人によるんだよねー。だから、新ステータス基準でレベルいくつなら位階いくつ、みたいには考えない方がいいねー》
:薄々も何も気付いてないが?
:そうなんだ
:ってことは、新ステータスは新ステータスで把握しなきゃいけないのか
:ステータスってどうやって調べればいいの?
:ジョブの取得方法は?
:おまえら落ち着け
:あんまりしつこく質問してると標的にされるぞ
興味があるのか、流れるコメントの数々。
質問は大量にあるようだが、しかしメッセンジャーもいちいちそれらに細かく丁寧に答えてつもりはないようで、ほぼ大体の質問を完全にスルーしている。
余計な一言や攻撃的な言葉は目敏く拾うというのに、と思わなくもないが、色々説明されても正直把握しきれない部分は多い。
気持ちを切り替えて、崎根や瀬戸、それにその部下たちは気になるワードを各々メモしながら情報の収拾に専念していた。
《新システムについては、ボクはいちいち説明しないよ。とりあえず、探索者ギルドの時野って人間種の申告に応じて、新ステータスチェッカーとかの魔道具はボクらの方から支給してあげるけどね。あ、新ステータスはダンジョンに入って「ステータスオープン」って言ってくれたらカードが出てくるから、それを確認してね。ちなみにそのカードは手の甲に押し当てたら消える仕様になってるから。……まだ未実装だよ、そこの探索者諸君。あと、ダンジョンの外で恥ずかしそうに誤魔化しながら「ステータスオープン、って言えばいいのか」なんて遠回しに言って試してる人間種もいるけど、誤魔化せてないからね。ぷぷぷ、恥ずかしいねぇ》
:草
:煽りよるw
:ホント恥ずかしいww
:やったんだがww
:穴が入ったら入りたい
:おう、埋めてやんよ
:これは草
:いや、試したくなるだるぉ!?
:まあ、分からなくはないがw
ケタケタと笑ってみせるメッセンジャーであったが、実は崎根の後方でも部下がまさにそれをやっていただけに、周囲からからかうような目が向けられていたりもする。
当人は実に恥ずかしそうに顔を赤くして俯いているが、実のところ結果が気になっていた者も多かったのか、からかうような声をあげたりする者はおらず、いっそ褒め称えてるような目を向ける者もいるのは、崎根も瀬戸も気の所為だと思うことにしたようだ。
《はいはい、〝生活系ダンジョン〟の説明の続きいくよー。さっき新ステータス基準のレベル50以上の探索者が狩りをしたらお仕置きモンスターが出るって言ったけど、狩り目的じゃなくて新人育成を目的とした同行とかに関してはお仕置き対象外だからねー。もっとも、建前で新人と入って狩りをしたりしたらお仕置き対象にはなるけど、指導とかを目的とするぐらいなら許してあげるってことだねー。だからってダンジョンの外で変なことしても、お仕置き対象になったりするかも?》
:おぉ!
:マジか!
:これはいい!
:はえー、でもそんなん判別できるん?
:判別ぐらいできるだろ
:そもそもメッセンジャーとか配信越しでもピンポイントに攻撃できるんやぞ?
:それはそう
:それぐらいできそう
《はいはい、判別できるかどうか、気になるなら試してみてもいいよ? きっと面白いことになると思うから、是非馬鹿な真似をしてみる存在がいてほしいぐらいだね!》
:やりません
:絶対やらない
:普通に殺される予感しかしない
:草
:メッセンジャーさんがニヤニヤしてる時点で嫌な予感しかせん
「……まあ、確実に判別できる何かがあるんだろうな」
「でしょうね……」
崎根も瀬戸も確信に近いものを胸に抱いている。
実際、メッセンジャーはコメントから判別して個別に公開処刑や反撃というものをやってきたような存在だ。
人間の価値観、考え方で対応できるような相手ではないのだから、それがルールであるというのなら素直に守るしかないだろう。
もしもルール違反か確かめるような真似をしたとしても、その時に大人しく警告やペナルティなどを課してくるどころか、即刻殺される可能性の方が高い相手であるのだから、そもそも試すべきではない。
だが、それでも一定数愚かな真似をする者は出てくるのだろうな、と崎根は思う。
それを止めなければならないのも自分たちの役割だろう、とも。
なんとなく胃のあたりがしくしくと痛む気がするが、今はそんな事に頓着していられるような余裕もなかった。
「配信が終わったら、どうにか時野氏と連絡を取りたい。馬鹿が湧いて生活系ダンジョンとやらが取り上げられたり、そこからも氾濫が起こったりしてみろ。さすがに詰むぞ」
「分かりました。配信チャンネルを介して交渉してみます」
現状、時野にコンタクトを取る方法は限られている。
今後の事を考えて即座に対応することを考えて瀬戸に指示を出して――そして、今さらながらに生活系ダンジョンの恐ろしさに気が付いて顔を青褪めさせた。
自分の中の冷静な自分が、警鐘を鳴らす。
この状況の深刻さに、今になって急に気が付いたようなそんな気がして、思わず目の前がぐらりと揺れた気がした。
《あ、そうそう。新ステータスについては、『ダンジョン適性』がなくてもある程度のところまでは育って鍛えることもできるようになっているから、挑戦したい人は挑戦してみてねー。上手くそっちで育てば、『ダンジョン適性』が上昇するようなシステムになってるからね!》
:え
:マ!?
:ダンジョン適性ないけど、生活系ダンジョンは行ってみようかな
:最近食料品とか高いし
:仕方ないだろ、輸入品とかで賄えなくなったんだから
:新ステータスはゲームっぽいからあげてみたいかも
:ありがたい!
「――ッ、あぁ……。やっぱりか……」
「ッ、崎根部長! どうしました!?」
ほんの僅かに覚えた違和感、血の気が引くような警鐘の正体。
その正体は、メッセンジャーの言葉を聞いて確信に至り、崎根は気が遠くなるような気分で倒れ込みそうになりながらも、なんとかデスクに手をついて口元に手を当てて耐える。
蒼白な顔、浮かび上がった脂汗は、明らかに尋常な様子ではない。
その異変に気が付いた瀬戸が慌てた様子で近づき、声をかけると、崎根が震える手を口元から外してゆっくりと口を開いた。
「……貿易関係が死んだせいで、食料品だの資源だの、国外から入手する手立てがなくなった。その代わりに生活系ダンジョンができた。しかも、そこは『ダンジョン適性』がなくても強くなれるような場所だ。まるで人間への救済のようにも思える。が、そうじゃねぇ。そんな救済なんかじゃねぇんだよ、これは……」
震える口から紡がれた言葉に、瀬戸は改めて現状を冷静に振り返り――崎根の言葉の意味を理解して瞠目した。
「……こ、れは……。完全に、誘導されている……?」
「……あぁ、そうだ……。人間への救済なんて代物じゃねぇ。ダンジョンを利用して『魔物氾濫』で国の在り方が変わってしまったせいで、困窮した。そこに手を差し伸べている――そんな風に見せかけて、メッセンジャーたちは人間をダンジョンに依存させようとしてやがるんだ……! ただ戦わせようと、抗わせようとしていた今までとは違う方向から、人間をダンジョンに向かわせるための道筋作りがコレだ……! そう考えた方がしっくりくる」
「……ですが、かと言って生活系ダンジョンに入るなとは……」
「あぁ、そうだよ! 入らずに生活レベルを落とし、餓えろなんて言えるはずもねぇんだ! 俺ら人間が生きるためには、この思惑に気付いていてもなお、その思惑に乗っかるしかねぇってこった!」
もともと、メッセンジャーやダンジョン側が人間を戦わせたがっていることには察しがついていた。
人類を追い込んで魔物の氾濫を利用したり、あるいは【勇者】と【魔王】というシステムを作ってみたりと、そのどれもが人間側を戦いに駆り立てるような代物だ。
だが、ここにきてその手法を変えた。
いや、むしろ〝より人間を効率的に戦わせるために、人間を学んだ〟とさえ言えるような狡猾さを、崎根は感じ取ったのだ。
一見すれば「戦いやすくなる」だの「生活を支えられるための配慮」のように見える。
貿易によって支えられた食糧事情、資源といったものが手に入らなくなれば、人間の生活は不便なものになるのだ。
それらを国外に頼らずとも手に入るダンジョンという不可思議な存在が補ってくれるというのは、なるほど、確かに救済のように見える。
人間を、人類を戦わせるための効率的な手段として、ゲームという下地があるシステムを作り、導入し、生活を支えるアイテムを、『普通のダンジョンよりも危険性の低いダンジョン』で手に入れることができると聞かされれば、一般人の心理的抵抗も自ずと下がる。
が、その裏側にあるメッセンジャーを含むダンジョン側の狙いは変わっていないのだ。
そうして真実に気が付いた崎根が映像を睨みつければ、仮面の向こう側でメッセンジャーが笑みを深めたようにすら思えた。
仮面で見えないはずなのに、何故かハッキリと弧を描いた目と口元を幻視する。
――正解に気が付いたとして、止められるかい?
まるでそんな言葉を笑みに乗せて送ってきたであろうことに気が付いて、崎根も、そして崎根の言葉で本音に気が付いた全員の背に、ぞくりと酷い悪寒が走った。
《さらにさらに、生活系ダンジョンでは回復用魔法薬なんかも手に入りやすいから、怪我とかしてもすぐに治せるようにしてあるからねー。割と気軽に挑戦できると思うし、生活の質を落とさずに日々を過ごして生きていくためにも、人間種諸君も頑張って食糧や資材をゲットしようね!》
:助かる!
:配慮嬉しい
:魔法薬あるならそう簡単に死ななくなるな
:ジョブとかも気になる
:俺はもう探索者だけど、ジョブでスキルとかほしい
:いいな
「……食糧不足、物価高騰で不安になっていたところに与えられる新たな解決策だ。しかも、より安全に、さも簡単そうに補充できるかのような言い回し。悪辣過ぎる詐欺でも見ているかのような気分だぜ」
気が付いたところで、止められない。
人間側を追い込むばかりだったダンジョン側が取った、飴を与えておびき寄せるという手法と、心理的抵抗を減らさせるための対策の数々。
人間とダンジョンの付き合い方は、ここ最近になって確かに大きく変わろうとしていた。
その動きを後押しして、さらに快適にさせて、人間側にとって都合の良いものへと改変させることで、その動きは加速していくことになるだろう。
盛り上がるコメントと、さも救済であるかのように言い切ってみせたメッセンジャーの笑み。
薄ら寒いその光景を、ただただ黙って見ていることしか崎根たちにはできなかった。
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