閑話② 救済配信 Ⅰ




 崎根と瀬戸の二人が屋上で一服して戻ると、何やら室内の空気が妙にざわついている事に気が付いた。

 何事かと様子を窺っていると、部下の男が二人に気が付いて、少々慌てた様子で声をあげた。



「――部長! メッセンジャーからの配信予告がきました!」


「はぁ!?」


「え……?」



 唐突に告げられた、メッセンジャーの配信という騒動。

 それを聞いて、崎根は慌てた様子で己のデスクに戻り、配信アプリを通して映像を映し出す。

 その間に瀬戸がプロジェクター用のスクリーンを開いて準備を進めており、それを横目に確認してからスクリーンに映像を、そしてスピーカーから音声を流した。



「まだ始まっていないんだな」


「はい、前回のようにお話を始めるまで5分ほど待ってくれるとのことです。間もなく始まるかと」


「そうか。……しっかし、今度は何するってんだ、ちくしょう」



 スクリーンに映ったメッセンジャーは、相変わらずの燕尾服に仮面をつけた姿だ。もっとも、当人は大玉の上に背中を預けてぐでっとした態勢でゆらゆらと揺れているようではあったが。


 相変わらずの自由ぶりを発揮しているようで、そんな彼の態度に少々頭にくるものがあるが、相手は人外。

 それも、配信越しでも当たり前のように何かをできるような相手だけあって、下手なコメントを打ち込めばどうなるかは多くの被害者が身を以て示している。


 怒りを抑え、メッセンジャーに忌々しげに視線を送ってから、崎根は溜息を吐き出した。


 先日、突然『天の声』と共に現れ、『魔物氾濫』を引き起こしたダンジョンは、最初の3日を過ぎてからは追加の魔物を吐き出さなくなっている。

 そもそも『魔物氾濫』は、大物の魔物――通称、ぬしを討伐することで止まるというのが一般的なものだったはずだが、そういった存在が現れなかったのだ。


 もっとも、海外ではそもそも掃討してくれる探索者がいないため、魔物が跋扈し続けているのだが、日本はまだ良識のある探索者がいてくれたおかげでかなり掃討できた方だ。

 それでも日本国内のあちこちに被害を齎したのは間違いなく、今も避難民が多くいるのが現状だ。


 この状況でメッセンジャーからの配信予告となれば、民衆が恐慌状態に陥ってもおかしくないというのに、当のメッセンジャーは何も気にした様子はないというのだから、崎根が思わず厳しい視線を送るのも、そして溜息を吐き出すのも仕方のないことである。


 関係各所へと部下が連絡をしながらやり取りする声を耳にしながらも、そうして数十秒程度。

 メッセンジャーがむくりと身体を起こした。



《――んー、5分経った? あれ、経ってないんだ。ま、きっかり待たなくてもいいよね? じゃ、始めるよー》


「いや、自由か」


:経ってないがww

:草

:自由過ぎw

:さすがメッセンジャー、批判なんて恐れないw

:下手に批判すると公開処刑の餌食だからな

:ひぇ

:未だかつて、こんな配信者がいただろうか

:いや、いない

:いる訳ねぇだろww



 流れていくコメントの数々に、思わず崎根も「日本人って意外と図太いよな」なんて思う。


 そもそもメッセンジャーという存在の目につくような行動を取る時点でリスクだ。普通に考えれば、こんな配信で堂々とコメントを打ったりするような真似は控えるべきだろう。

 これまでの配信での態度や物言い、そして手痛い反撃などを鑑みれば、触らぬ神に祟りなしと沈黙しておく方が賢いような気もするのだが、コメント欄は節度を守りつつも配信特有のノリのようなもので相変わらず盛り上がっている。


 とは言え、こうしたコメントの数々をメッセンジャーが拾っているからこそ、自分たちにも落とされてくる情報というものがあるのもまた事実だ。


 ちなみに、以前どこぞの政治家が「メッセンジャーの配信においてのコメントは禁止してほしい」などと高らかに宣言していたが、その政治家は『キメラ計画』のデータ公開に名が載っており、つい先日、魔力犯罪者に自宅を襲撃されて惨たらしく殺されていた。


 ――確か、頭が内側から爆破されたかのようだ、とかなんとか。

 当時自分のもとにあがってきた報告書を見て、ずいぶんと奇妙な死に方をしたものだと首を傾げたのも記憶に新しい。



《さてさて、突然ダンジョン増やすことになって、さらにキミらの言う『魔物氾濫』とやらが起こった訳だけどさー。これで少しはキミら、危機感ってものを持ったんじゃないかな? ダンジョン、魔物との戦いは、もうキミらが無関係だなんて思っていられる代物じゃないんだよ、ってさ》


:まあそれはそう

:多くの人が死んだのに、そういう言い方はどうかと思います

:不謹慎だのなんだのと言い出すのがいるよな、あ、いた

:正直、メッセンジャー相手にどうこう言っても何も変わらんぞ

:いや、落ち着けw

:不謹慎だなんだって言って理解してくれる相手じゃないぞ


《多くの人が死んだ? あはははっ、で? キミ、一般人だね。探索者はキミみたいな人間が知らないところでもっと多く死んでるし、戦いたくもないのに戦わされたりもしたんだよ? そういう犠牲の上で、キミらみたいな一般人は平和を享受している。そんなキミに、全く同じ言葉を返してあげるよ。多くの探索者が死んで支えてる世界で、そんな世界なのに働くでもなくニートしてるキミ、どうかと思うよ?》


:草

:これはww

:ぐうの音も出ないカウンターww

:ニートは草

:違う意味での公開処刑やんw

:ニートさん息してるー?w


《ま、安心するといーよ。別に探索者だけじゃなくたって、世界各地で戦争が起こって、無惨な犯罪が起こっている。そんな中でも、そういう事件を知る度に対岸の火事よろしく遠くに眺めて「あぁ、可哀想」なんて言っておきながら、その可哀想な被害者が求める満足な生活を不自由なく送っているキミたちは、そんな日常に不満を垂れ流しているだろう? ほら、人間種という生き物がそんなものってことだから、気にすることはないさ》


「……なるほどな」


「……崎根さん?」


「いや、メッセンジャーは客観的に人間ってもんを見ている。アレは人間なんてものに興味も、期待も、怒りもない。敵視もなければ贔屓もない。なるほど、確かにダンジョン側の存在だなって思ったのさ」



 メッセンジャーが、ダンジョンが何を意図しているのかは分かりにくい。


 人間を、人類を駆逐するつもりであるのなら、最初からダンジョンなんてものを用意せずに、一気に魔物を解き放てば良かったとも言える。

 かと言って、人類を良い方向に導こうなどという気もさらさらなさそうだ、というのがメッセンジャーを見て明らかになっている。


 唯一、「人間を戦わせたがっているのではないか」という推測もあるのだが、それにしたってやり方が迂遠な気もする。


 そもそも前提として、ダンジョン適性というものについても、あのメッセンジャーを見る限り、誰にでも与えようと思えば与えられるらしい事は判っている。

 であれば、もしも戦わせたかったのであれば、最初から人類全員に与えてしまえば良かったのだ。

 そうではなかったという点を考えると、どうにも矛盾を孕んでいるように思える。


 もっとも、そこに人間側では理解できない理屈、理由というものが潜んでいる可能性の方が高いため、考えたところで詮無きことだ。


 結局、人間側が初動で動き方、ダンジョンに対する接し方を間違えてしまっていたのだ。

 たとえ人類全体に、全てにダンジョン適性を与えていたとしても、きっと人間は同じような道を選択しただろう。



《さてさて、キミらが何を考えているのかなんてどうでもいいとしてー、そろそろ人間種諸君にも明るいニュース的なものが欲しいんじゃないかって思って、今回は色々とアップデートを予定していまーすっ》


:出たな、ネトゲっぽさw

:相変わらずやりたい放題w

:明るいニュースになる!?

:落ち着け、俺らとメッセンジャーさん側じゃ考え方や受け止め方が違うだろ

:必ずしも明るいニュースになるとは限らない

:それはそう

:明るいニュースって言いながら滅ぼしにきそう

:わかる



 流れるコメントの数々に対し、崎根自身もまた思わず同意しかける。

 メッセンジャーを含むダンジョン側の価値観、感覚というものが未だに見えてこない以上、明るいニュースと言われたからと言っても、即座に手放しでは喜べないのだ。



《まあまあ、落ち着いて。まずね、ダンジョンってさ、実は僕らってば最初は人間種諸君のこととかまるっと無視して作ったんだよねー。だから、今の人間種諸君には合わせてカスタマイズとかしてなかったんだよねー。即死級の魔物とかが出てきたり、殺意高めって感じだったんだよー。でもねー、僕らとしては人間種諸君にはしっかりと育ってほしいって思うわけ》


:お?

:まさかアプデで魔物の弱体化?

:これはきた!?

:ダンジョン挑戦考えてるけどこれはありがたい

:マジで!?


《あははは、魔物の弱体化は難しいよ。その代わり、ちょっと人間種諸君に有利になるようなシステムを開発しているんだよね。早ければキミらで言う年の瀬? ぐらいにはちょっと色々変わるから、まあそっちは待っててね》


:はーい!

:もうちょっと情報ください!

:どんなものかだけでも!

:ちょびっとだけ!


《あー、うん。簡単に言うと、ジョブシステムの採用とステータスの数値化、それに位階とは別のレベル制度の導入。それにテンプレ化したスキル制の導入と、パーティボーナスシステムなんかだよ。キミたち弱すぎるから、もうちょっと指標を分かりやすくしてあげようって話になったんだ》


:え

:おほー!

:マジで!?

:やったああああ!!

:助かる!

:ゲームっぽくなってきたwwww

:これは楽しみww

:ステータス!


「……は?」


「いや、え……?」


「マジでゲームっぽくなってるな……」


「――おーし、落ち着け、おまえらー。ここで聞き逃すなよー。感想は終わってからだ」



 困惑するような声があがり始めた会議室で、崎根が興奮を一度は抑えるようにと声をかける。

 しかしコメント欄はまだまだ盛り上がっているようで、先程から凄まじい速度でコメントが流れている。


 一方、そんなものにいちいち頓着しないメッセンジャーが、さらりと続けた。



《で、今回の明るいニュースっていうのはそっちじゃなくてね。ほら、『魔物氾濫』とかで、キミたち人間種諸君の生活があまりにもあっさり壊れかけちゃってるでしょう? だから、そっちへの救済と、低位階者向けに新たなダンジョン、〝生活系ダンジョン〟をオープンしまーす》


:は?

:どゆこと?

:生活系ダンジョンってなに?

:え、倒したら肉とか落ちるってこと!?


《うんうん、察しがいい人もいるね。具体的に言うと、そのダンジョンの魔物を倒すとお肉が手に入ったり、野菜が手に入ったり。その他にも、木材だったりなんかも採取できるようなダンジョンだよー。そういうダンジョンをあっちこっちに設置するから、物資の不足だとかは低位階の人間種諸君が頑張って集めてねー》



 あまりにも予想外過ぎる発表。

 人類にとっては嬉しい発表であるのは間違いないが、この発表を聞いた崎根とダンジョン庁職員たちは、ほぼ一斉に胃のあたりにシクシクとした違和感を覚えたのであった。






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