代償と法則






 修司の誤作動カードの一件から、明けて翌日。


 多少の情報を伝えるぐらいならば大丈夫だろうと高を括った結果、探索者ギルドでぶっ倒れるとは思っていなかった。

 正直、耐えられるものだと思ってたんだけど、完全にアテが外れた。


 おかげで俺は今日、一人で病院で精密検査を受けている。


 はぁ……、なんともないって言ったんだけどなぁ。


 ただ、「いきなり気絶してぶっ倒れる人間がなんともないなら、そこら中で人間がぶっ倒れてるわよ」と雅から言われ。

 黒姫には「なんぞ酒でも飲みすぎた、という訳でもあるまい。まあ検査ぐらいは受けておいた方が良いぞ。若くとも病は人の命を容易く奪うこともある」と真顔で心配され、紗耶香からは「予約取っておきました!」とそもそも有無を言わさずに放り込まれた。


 さすがに病院に付き添うのは固辞させてもらった。

 原因は俺にも分かっているし、そもそもこの検査自体、俺にはなんら意味のないことだ。


 そうは思いながらも、みんな心配してくれての行動なので、検査をサボって無下にするというのも忍びない。

 なので俺は今日、検査がてらにかかりつけの大学病院で検査を受け、そのまま探索者の位階上昇変化等を調べている教授のいる、大学病院内にある研究室までやってきていた。



「やあ。よく来たね、ハルトくん」


「……ご無沙汰してます、教授」



 整頓されているものの、ごちゃごちゃと多様な機器が並んでいる部屋。

 その一角のテーブルとセットになっている椅子に座り、にこにこと笑みを浮かべる糸目が特徴的な、年齢不詳な感じの細身の男性。


 彼は探索者の位階上昇変化や、体質の変化なども含めて医学的見地から研究をしている百済くだら教授である。



「すまないね、ハルトくん。美人でスタイルが良くて、けれど女を捨てていて無防備な女教授じゃなくて」


「え、なんすか、いきなり。つか、そんなん普通いないでしょ」


「あっはっはっ、ごもっとも。ま、ま、座りたまえよ」


「うっす」



 百済教授とは、彼が准教授だった頃からの付き合いだ。

 前の世界線での記憶を取り戻した『魔物氾濫』の際、偶然にも俺が助けたのがきっかけで知り合った人でもある。

 救助した際に「御礼をさせてほしい、何かあったらここに連絡を」と言われて名刺を渡されていたのだ。


 そんな彼と連絡を取り合う事になったのは、黒姫の一件があってからだ。

 もともと前の世界線では、世界を終わらせた化物連中に操られていた存在だったからこそ、もしかしたら今の黒姫を調べれば何かが見つかるかもしれない、なんて思ってのことだった。


 ちなみに、黒姫には俺が前の世界線の記憶を保有していることは言っていないものの、代わりに予知のような力があるとだけ伝えてある。

 俺がそのことを踏まえて研究に協力を依頼したところ、黒姫自身、奇妙な存在がいるらしいことは感じ取れているらしく、その存在に繋がる可能性があるのならということで協力してくれている。


 もっとも、結果は芳しくはなかったけれど。


 それでも、百済教授にとっては未知との遭遇というのは心躍るものであったらしい。

 それ以来、クランの創設の推薦人になってくれたり、探索者メンバーたちの身体を調べる代わりに、無料で検査なんかも行うよう手配してくれたりと何かと世話になっている相手だ。


 ただまあ、研究が関わるとちょっと自重を捨てるというか、自由になるというか。

 そういうタイプが周りにいないため、個人的にはちょっと苦手な人種ではある。



「さて、キミが倒れたという話は聞いたけれど、検査結果は異常なしだね。強いて言えばストレス数値がちょっと高いぐらいだけれど、まあ許容範囲というところかな?」


「……なんで俺の検査結果持ってんすか」



 タブレット端末を手に取って、ひらひらと俺に見せながら告げる百済教授。

 そこに映っている俺の顔写真と諸々の情報に、思わず顔が引き攣った。



「あっはっはっ、僕は探索者の位階上昇における影響や、肉体研究の第一人者とも言える人間だよ? そんな僕とキミの関係は、病院内でも知られているからね。当然、僕にも情報ぐらいは回ってくるさ」


「……それ、合法なヤツです?」


「ま、ま、そんなことは気にしない気にしない。あっはっはっ」



 ……う、胡散臭ぇ……!

 そんなことを考える俺に、百済教授はその糸目を薄く開いてみせた。



「それで、気を失ったそうじゃないか。大量の脂汗、それに青褪めた表情。そして、この検査結果。キミの言う、〝別世界線〟の話をしようとしたところ、が現れたのだろう?」


「はあ。まあ、バレますよね」


「愚問だねぇ。キミのその症状を医学的見地から調べたのは僕だよ? 症状、状況を聞けば何が起こったのかぐらい、推測は容易いというものさ」



 前の世界線の事を思い出そうとすると襲ってくる頭痛。

 そして、それらを誰かに話そうとする度に襲ってくる、強烈な吐き気や頭痛。

 これらの原因を調べるために、百済教授にはある程度の情報を共有しているし、それを目の前で実践したこともあった。


 最初は「中二病か? まあ多感な年頃だし、実際におかしな力は持ってるんだから、そうなってもおかしくはないか?」ぐらいな目で俺を見ていたけれど、実際に俺の身体に出た症状や気絶を見て、多少は信じるぐらいになってくれている相手だ。


 ただ、正直に言えば、前の世界線のことを話そうとする時の気絶は、あまりやりたくない。


 意識を失っていく中で感じる奇妙な感覚。

 なんだか、俺自身が薄くなっていくような、あるいはばらばらに砕けていっているような、そんな気がするから。


 そんなことを考えて椅子に腰掛けると、百済教授は興味深そうにこちらをじっと見つめてから、改めてタブレット端末を操作していった。



「さて、じゃあ簡単な問診からしていこうか。キミが〝今のキミ〟になったのは?」


「なんだよ、いきなり。十歳の時だから、もう9年ぐらい前だ」



 唐突に始まった、質問と回答。

 そのどれもが俺が共有していた記憶、あるいは事象に関するものだった。

 どうして今更、なんて思いながらもそれらに答えていく度に、百済教授は手に持ったタブレット端末を操作しながら、時折考え込むような素振りを見せたり、何故か動きを止めたりという事をして、また再開していくのを続けていく。



「――で、キミが最期に見たっていう化物は、どこからやって来た?」


「どこから?」



 不意にをされて、つい首を傾げる。

 どこからも何も、アイツらは突然現れて俺の世界をぐちゃぐちゃにしていったし、最期に見た化物なんて言われても……どれのことだ?


 いや、何か、引っかかる。

 でもそれが何かは分からなくて、忘れ物がないか確認して、必要なものは全てあるのに、何かを忘れているような、そんな時の感覚にも似た焦燥感のようなものが、胸の内を掻き乱すような、そんな気がした。


 でも……うん、な。



「……なるほど。では、質問を変えようか。キミの知る【勇者】と【魔王】の出現は?」


「は? いや、あの連中が出てきたのは一昨年だろ?」


「それ以外の【勇者】と【魔王】は?」


「それ以外って、ゲームの話か? さすがに俺もいつが始まりだったかなんて――」


「――うん、もういいよ、ありがとう」



 にっこりと微笑んで言葉を区切った百済教授は、しばし思考を整理するかのように顎に手を当てたまま、椅子の背もたれに上体を完全に預けて天井を見つめる。


 そうやってぐるぐると椅子を回して、ピタリと俺の方に身体を向けたタイミングで顔を下ろすと、糸目をそのままに笑顔で顔をこちらに向けて、人差し指をピンと立てた。



「ハルトくん、キミの記憶が欠落している」


「……え?」


「おそらくだけれど、今回の気絶は何かしらの制約に触れたんだろう。その結果として、記憶の一部がすっかりと抜け落ちているようだ」


「……な、にを……」



 騙そうとしている、という訳ではなかった。

 糸目で開いているかどうかも分からない目が薄っすらと開かれて、奇妙に鋭さを感じさせる目が、動揺した俺を真っ直ぐ射抜いてくる。


 これは、本気だ。



「実のところ、キミにかつて〝別世界線〟の話を聞いた時も、似たようなことは起こっていたんだ。最初に話してくれた内容を確認して、気絶したキミが起きてからまた質問してみた。その時にも質問と回答が噛み合わなかったんだよね」


「は……?」


「うん、まあ聞いておきたまえよ。で、僕は最初、キミを〝思春期特有の痛い子が考えた設定に過ぎない、だから、二転三転することもあるだろう〟ぐらいに思って半分聞き流してしまっていた部分もあった。もちろん、今はそうは思っていないけれど、ね。加えて、人間の記憶というのは不確かなものだからね。そういう事もあるだろうと思っていたんだが……黒姫くんを連れてきた時、再びそれが起こっていた」


「……俺が、何かを忘れていた、のか?」


「そうだよ。齟齬のある回答に、僕は強烈な違和感を覚えたのさ。だから、僕の方でメモを取るようにしていたんだ」



 そこまで言って、百済教授が机に身体を向けてタブレット端末を繋ぐ。

 すると、机の正面にあるモニターに質問された項目と、チェック項目がついていて。


 そして今日の俺の回答には、そのチェックがついていないものが幾つか存在していた。



「……これ、って」


「そう、質問の回答記録だ。今までのキミはこれまで一貫して僕に話してくれた。嘘偽りのように回答が混濁することもなく、緊張した様子もない、ただただありのままに真実を語るような、そんなブレない回答でね。でも、今日のキミからは内容の幾つかが抜け落ちている。しかも、どう考えても忘れそうにないような、印象づいたエピソードに関するもの――いわゆる、〝強い印象〟のあるものすらもね」



 唇が乾く。

 何を言っているのかも分からなくなってきて、途端に足元が不安定になったような錯覚が生じる。

 そんな俺を他所に、穏やかに百済教授は続けた。



「ここまでくると、医学的見地なんてものよりも魔法的な制約なんかがあると考えた方が適切だ。キミが〝別世界線〟のことを誰かに話す度に、おそらくキミのその記憶は抜け落ちる。なんじゃないかな。興味深いね、これは」



 面白いものを見つけたとでも言いたげな百済教授。

 そんな彼の言葉にはっと我に返って、目の前に表示されていて、チェックがついていないもの――つまり、自分が回答しなかったものに目を向ける。


 ……ダメだ。

 答えを見ても「あー、そういえばそうだった」ともならないし、むしろ「なんだそれ」というような、ただただ漠然と、知らない情報を見ているような気分にしかならない。


 いっそ百済教授が嘘を吐いていると言ってくれた方が、表示された回答を自分が答えたと認めるよりも、もっとずっと信憑性がある。


 けれど、百済教授はつまらない冗談を言うようなタイプの人間じゃない。

 からかうような真似はするけれど、それも冗談だと分かるようにやるタイプの人種だ。


 そんなところにある信用というのもおかしいが、そういう類の人種だと知っているからこそ、目の前に表示されたものと自分との乖離に、言葉が出なかった。



「ハルトくん。その制約はキミの言う〝別世界線〟の事象についてのみ働いている。だから、忘れることはないだろうから言っておこう。おそらく、今後もキミが、誰かに〝別世界線〟とそれに関わる事象を伝えようとすれば、キミの〝別世界線〟の記憶は消えていく。そういうがあると思っておいてくれたまえ」



 ――……一体俺は、……?

 そして俺は、


 そんな疑問を胸に抱きながら、百済教授の問診を終えて帰路についた。






 ――――けれど、そんな俺の事情などお構いなしに、物事というものは動いていく。






「――はじめまして、『箒星』クランマスター、そして【勇者】の芦屋遥斗殿。ダンジョン庁魔力犯罪対策課、第4特別対策部隊の隊長を担っている水都です。本日より、よろしくお願いいたします」





 研究室から帰ってきた俺を待っていたのは、ダンジョン庁から派遣されてきた面々との顔合わせだった。






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