命令




「現在、この通称誤作動カード持ちに起こっている事件は、大きく分けて二通り。その1つが、今回のように昏睡状態に陥るというケースだ。これについては、以前まではこれが自然に起こったものであるのか、或いは何者かの仕業によって引き起こされたものであるのかという確たる証拠は見つからなかった。襲撃された、という証言はあったのだが、外傷も何もなかったからな。真偽不明のまま分からない事だらけだった。しかし昨夜、ついに証拠を手に入れた」



 水都が続けて被害者の少女の画像を縮小化し、一つの映像を流す。


 路地を歩く少女。

 すでに夜になって暗くなり、点在する街頭と、塀の向こう側から見える家々の窓から漏れた明かりだけが周囲を照らす。

 そんな住宅街によくある光景を映した監視カメラの映像。

 ダンジョン出現以来、『魔物氾濫』などの危険性もあって各地に設置された監視カメラのものだ。


 真っ直ぐ帰路についていたらしい少女の目前に突然カメラの外から何者かが飛び出してきた。

 フードを目深に被った何者かは、一見すると男性か女性か分からない程度に線も細く、背もそんなに高くはないのだろう。


 おおよそ少女と同程度の体躯の持ち主であるその存在は、二言三言何かを口にしていたが、監視カメラは音声までは拾わない無音のもので、口元だけが僅かに動いているのが見えるだけだ。

 解像度の低さが災いし、読唇することもできない口元の微かな動き。


 直後、一瞬で間合いを詰めて胸の中央部目掛けて短剣のようなものを突き出した。



「……常人よりもずっと速い」


「映像は粗いが、これなら少なくとも位階Ⅱ、いやⅢ以上はあるんじゃねぇか?」



 呟く長嶺に続く木下の一言が指す通り、その早さは常人からは考えられないものだった。


 映像では、少女は為す術なく短剣を突き立てられており、襲撃犯が短剣を引き抜くと同時に崩折れ、倒れ込む。

 その姿を見届けた襲撃犯が消えるようにその場を飛んで離れると、ほんの数秒後に通りがかった男性が声をかけ、意識がないことに気が付いたのか慌てた様子で救急車を呼んでいる映像が流れている。



「確かに、襲撃が起こっている。けれど……」


「はい。これまでに誤作動カード持ちで昏睡状態に陥った7名は、確か外傷はなかったはずです」


「確実に刺さってたよねぇ……」



 長嶺、御神、そして藤間が呟く。


 これまでに昏睡状態に陥った者たちの外傷は、せいぜいが倒れた際に出来たと思われる打ち身の痣程度が関の山だ。

 何かに殴打された、あるいは今回の映像のように刺されたなどの外傷は一切なく、だからこそ、襲撃があったという証言をされても半信半疑だったというのが実状だ。



「そうだ。映像にある通り、胸の中央部に短剣が突き立てられているのは間違いない。だが、救急隊が駆けつけた時から、この少女の身体にそうだ。そもそも衣服にも傷すらもついていなかったらしい」


「え……?」


「警察が映像を確認した上で、改めて医師が短剣が突き立てられた胸部を確認したそうだが、やはりそれらしい傷も何もなかったようだ。その後、医師が改めて診断したものの、結果は原因不明の昏睡状態。つまり、他のケースの7名と同様だな」


「……じゃあ、誤作動カード持ちで原因不明の昏睡状態に陥っている患者たちは、全員……?」


「あぁ、その可能性が高い」



 御神の質問に、眉間に皺を寄せたまま答えた水都は、再び手元のパソコンに顔を向けてから続けた。



「進展があったことは素直に喜ぶべきこと、ではあるのだがな。とは言え、外傷という動かぬ証拠すらないのでは、現行の法律では罪にも問えないというのが実状だ。一応警察も重要参考人として捜索はするつもりではあるようだが……」


「あの格好、しかも監視カメラの解像度の低さも相まって、期待はできないっすね」



 藤間が引き継ぐ形で続けた言葉は的を射たものだ。


 せめて顔がそのまま映っているのであればともかく、顔も分からず、男女の違いも分からないような相手。

 強いて手がかりになるものを挙げるとなれば、先ほどの動き、現れた際と襲撃時、そして逃亡時の身体能力の高さから、相手は一般人ではなく位階の高い存在である可能性がある、というところぐらいなものだろう。


 だが、今は〝生活系ダンジョン〟の存在もあり、特区出身者だけではなく一般人でもあの程度の動きができるような存在もいないとは言えない。

 容疑者を特区出身の魔力犯罪者と断定するのは早計だ。



「もう片方の事例――胸の辺りに穴を空けられて死体で見つかるというケースに比べれば、意識がなくなっただけで回復の可能性もある。もっとも、原因不明の昏睡であり、いつになったら目が覚めるのかも分からない以上、親族や友人らにとってはどちらも避けたいところではあるだろうがな」


「……どちらも胸のあたり」


「そうですね。殺された被害者たちも、今回のこの襲撃の映像も、胸のちょうど中央あたりです」


「……確かにそうだな。一度誤作動カードの持ち主の胸のあたりを調べてもらうとするか。まあそちらは私の方で後ほど探索者ギルド側に依頼するよう進言しておこう」



 長嶺と御神の二人の言葉を聞いて、カタカタとパソコンを操作して水都がメッセージを送る。

 その作業が終わったところで、改めて水都は映像を切り替えた。


 映し出されたのは、一人の少年であった。



「さて。今回の件を受けて、上層部から我々魔力犯罪対策課、第4特別対策部隊に、『誤作動カード保有者の護衛任務、及び襲撃犯の確保任務』に当たるようにという命令が出ている。こちらが、現在誤作動カード持ちで把握できている唯一無事な人物、護衛対象兼囮役を担ってくれる協力者でもある」


「へぇ、囮役をね。それはまた、なかなかに根性があるじゃねぇか」


「それぐらいの気概がなければ、かの有名なクラン、『箒星』に所属することなどないだろうな」


「『箒星』……?」


「あの若い【勇者】、芦屋遥斗がクランマスターをしてるっていう?」


「そうだ。彼はクラン『箒星』の新人、睦沢修司、15歳。誤作動カード持ちであり、〝生活系ダンジョン〟で育成が始まったばかりの新人探索者だそうだ。今回の任務は、彼ら『箒星』との共同任務になる」



 木下、藤間と水都とのやり取りを聞いていた御神が、『箒星』という名前を聞いて表情を引き締める。


 クラン『箒星』は有名だ。

 日本のクランでありながら世界各国の【魔王】討伐に積極的に参加するという声明を発表している。

 これに加えて、先日『大自然の雫』のクランマスターであり【勇者】でもある大重によって【魔王】が討伐された事もあり、SNS上などでは自分たちの国を助けてくれというような投稿も寄せられている。


 だが、国交が断絶している今の状況では、【勇者】という大事な戦力を世界各地においそれと派遣する訳にはいかないというのもまた実状だ。


 いくら日本には『魔王ダンジョン』がないとは言っても、現状で大事な【勇者】という戦力を失うリスクを払ってでも他国を救う程の余裕があるとは言い難く、さらには派遣先を助けるだけのリターン、あるいはメリットも見込めない。


 さらに言えば、〝生活系ダンジョン〟が出る前までの食糧不足の際、どの国も自国を優先して守るため、輸出を行わなかった。

 食料自給率の低いこの国はかなり厳しい状況となっていたが、どこの国からも援助は受けられず、結局、ギリギリのところでどうにか凌いできたというのに、〝生活系ダンジョン〟ができた後になって「輸出再開してやってもいいから、その代わり【勇者】派遣してくれよ」というような要請を受けるというのも腹立たしくもなるというものだ。


 そんな事もあり、政府としても【勇者】を各国に派遣するのは否定的だ。

 そうなってしまうと、いくら当の【勇者】が望んでいたとしても、島国である日本から簡単に海外に行くような真似はできないというのが実状でもあった。


 そんな経緯で、現状【勇者】である芦屋遥斗は海外遠征などは行っていないが、その実力はかなり高いものであると知られてもいる。


 だが、何よりも御神が表情を引き締めた理由は、他にあった。



「そういや、御神ちゃんと【勇者】芦屋遥斗って同い年だよね?」


「はい、そうです」



 藤間の何気ない言葉。

 それこそが、御神が芦屋遥斗という【勇者】を意識する理由でもあった。


 17の時に現れた『ダンジョンの魔王』。

 18になる年にこの対策課へとやってきて、そして1年と少し。

 今年で19になる御神と芦屋遥斗は、年齢的には同い年である。


 自分の実力が伸びてきたのは理解しているが、そんな自分よりも前にいるであろう同い年の存在というのは、どうしたって意識せざるを得ない。

 まして、その存在が【勇者】になる程の強さを持っているともなれば、なおさらに。


 ――――もっとも、そんな御神、そして遥斗が知らないだけで、とっくに位階Ⅹを通り過ぎ、それどころか人間を辞めた同い年の存在がいることなど、彼らは知る由もないのだが、それはさて置き。


 御神にとって、最大のライバルとも言えるような存在は部隊の副隊長である長嶺だ。

 経験では敵わないものの、それでも位階をあげてすでに対等の位階にまで成長しており、ようやく肩を並べられるようになった。


 だが、まだまだ満足していない。


 あの日、『ダンジョンの魔王』と出会った際の恐怖も、今ならば耐えられる。

 だが、きっと正面から戦ってもまだ足元にも及ばないであろう事は容易に想像がついた。

 そして、そんな『ダンジョンの魔王』と同じ顔を持ったソラという存在の強さもまた、『ダンジョンの魔王』とほぼ同等といえる。


 いずれは彼らすらも超えられるような実力を手に入れたい。

 そんな想いを胸にしながら日々ダンジョンに籠もっていた御神にとって、芦屋遥斗という存在もまた密かにライバル認定している相手とも言える。


 余談ではあるが、芦屋遥斗という【勇者】がというような噂――という名の妬み、やっかみ――は有名な話であるため「実力はあるが品性は下劣」という判断を下されていたりもするが、それとこれとは話は別である。



「ともかく、現状誤作動カードの保有者として知られ、無事な人物はこの睦沢修司のみだ。彼をまんまと奪われてしまえば、いたずらに被害者を増やすことになる。よって、我々はこれから『箒星』のメンバーらと共に、この睦沢修司を護衛しつつ、襲撃犯を確保する」



 こうして、魔力犯罪対策課第4特別対策部隊は、京都へと向かって出発した。





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