第一章 エピローグ




 帰ってきた頃にはすっかり夜を迎えてしまった。

 シャワーを浴びて、いつも通りの部屋着を身に纏ってベッドに寝転んでから、しばらくごろごろと特に何もせずに時間を潰していると、ふと、声が聞こえてきた。



《――同胞に問います。後悔、していませんか?》



 唐突に響いてきた声は、世界的に有名なボイスの持ち主こと『天の声』さんのものだ。

 男性と女性、その中間を位置するような、けれど気持ち高めの女性っぽい、でも性別が特定できそうにないようなその声は、いつもの彼女……? いや、性別知らんけど、いずれにしても彼女らしくない、どこか気遣うような声であった。



《――同胞の疑問を確認しました。我々に性別という区別はありません。現在この声に利用している肉体端末については、人間種が声を聞いた場合の抵抗感、恐怖感を軽減させるため、柔らかな印象を抱かれやすい女性型のものを使用しています。よって、どちらの声であるか、という疑問については女性のもの、と回答いたします》



 ……あぁ、うん。

 そんな無感情で無機質に喋っておきながら、そういう配慮はするんだね。

 そういうとこ、もうちょっと頑張ってもいいと思うよ、あと少しの気遣いがあれば満点だよ、多分。


 でもまあ、よくよく考えれば性別なんて、ね。

 だって僕の肉体端末とかあっさりと構築できちゃうような存在だもんね。

 そりゃ性別なんてものをいちいち用意する必要はないだろうね。


 ――それにしても、後悔、か……。


 うん……、そう、だね。

 いつもなら思考の中だけで返事や会話をしているけれど、感情を吐露する、なんて言い方もするし、今回ばかりは口に出して喋らせてもらおうかな。




「……してない、と言えば嘘にはなるんじゃないかな。だって、僕は……」


《――同胞の人間種に対する刑は、強引に〝進化〟を促した者として――》






「――秘密結社のこと聞こうと思ったのに、共闘ムーブができないからってイラッとしつつヤケクソ気味に魔王ムーブを突き抜けさせて、ついでに肉体と能力確認ついでにちょうどいい連中がいるからって、ノリノリで拠点に突っ込んだのに何も聞かずに全滅させちゃったんだもん……。そりゃあ、後悔もするよね」






 ………………あれ?

 なんか天の声さんからのレスポンス遅くない??



《……同胞に質問します》


「はいはいなんでしょ?」


《あなたが悔いていたというのは、およそ人間らしからぬ虐殺をしたこと。また、それらを行っておきながら、あなたの精神性になんら変化がないため、これが〝進化〟の影響なのではないかと思い悩んでいる、という訳では――》


「――え、なにそれウケる。そんなの微塵もないけど? 天の声さん、今日不調? 体調だいじょぶそ?」



 …………もっしもーし?

 なんか今日、電波ならぬ神波みたいなのが悪かったりするのかな?



《……ど、同胞に質問します。今日、敵対組織の親類、関係者に至るまで容赦なく殺したことについて、あなたはどう考えていますか?》


「んー、あの組織っぽい何かのボスっぽいサムシングにも言ったけど、復讐がどうのって逆恨みされる可能性がある相手を野放しにするなんて、そんなの火種を放っておくようなものだしね。僕は仲間や恋人なんていないから守る必要はないし、正体もバレてないから放ってても周りがどうのってことはないけど。でも、絡まれたら面倒だし、邪魔だよね。だから潰した。それだけの話かな」


《……人間種は、同族を殺すことに嫌悪感を抱く、という認識です。違いますか?》


「ん? あーー、そういうアレね。うんうん、やっと理解したよ――」



 天の声さんが心配してるっていうのは、そういうアレかぁ。

 てっきり、秘密結社の事を聞こうとしてたのに聞けなかった僕を、わざわざ慰めようとしてくれてるのかと思ってたのに。



「――それってさ、〝ダンジョン特区の外で育った人間の価値観〟の話じゃない?」


《……興味深い回答です。詳細の説明を要請します》


「簡単な話さ。僕らは孤児であり、この特区で国に育てられている。支援金、補助金もそうだし、生活費もそうだ。けれどその代わり、〝ダンジョン関連で成果を出すこと〟を当然求められる。時にはライバルを蹴落として、時には生きるために他者を殺すようなダンジョンという場所でね。だから、僕ら孤児たちへの教育はシステマチックで、情緒とかそういうものを最低限しか・・・・・育まないんだ。下手に命なんてものに対して、いわゆる道徳的な価値観が育ったら、それは魔物との〝殺し合いの道具〟として適さなくなる。せっかく才能があっても心が壊れてしまっては意味ないから、って感じだろうね」


《――理解しました。同時に、疑問があるため詳細な解説を要請いたします。その価値観で育てられたのであれば、同胞の通う養成校はもっと殺伐としているように考えられます》


 それ言ったら、そもそも本気で同級生に対して致死性の高い攻撃を駆使して模擬戦している時点で、平和だとは言い難いと思うけどね。

 スポーツや競技のようにルールなんてものだって、養成校の模擬戦じゃ存在していないようなものだし。当たりどころ悪けりゃ死ぬんだよ、打撃って。


「まあ、前提として外では『人殺しは重罪です、ダメ、絶対』なのかもしれないけど、その代わりに僕らは『仲間を殺しちゃダメですよ』って刷り込まれるんだよね。それはつまり、表立っては言わないけれど、『敵ならばどう扱っても構わない』という意味でもある。僕らにとっての〝常識〟は、〝他者の命の扱い〟とは、そういうもの・・・・・・なんだ」



 ダンジョンで命を懸ける事について僕は確かに壊れている。

 恐怖とかそういうものは、多分一般的な探索者よりもよっぽど薄い。

 でも、他人の命とかそういう部分については、僕はそこまで壊れてはいないと思う。


 確かに、探索者要請校は孤児に対して優しく未来への門戸を開いているように見えるけれど、それは表向きの顔・・・・・というヤツだ。


 天の声さんは知っているだろうけれど、もともと配信なんてなかった頃、ダンジョン内では普通に人同士の殺し合いとかあったし、ある日を境に見かけなくなる生徒なんて珍しくもなかった。


 特区ここ命が軽いそういう場所だ。


 孤児として育ち、養成校を出ていながら探索者としてダンジョンに潜らない、ダンジョンに関わらない仕事に就く場合、これまでかかったお金を〝奨学金〟という名の借金として背負わされるのだ。

 要するに、「苦しみたくなければ精々ダンジョンで稼ぐことだな、ぶへっへっへっ」って国の偉い人がニチャリと笑って言っているんだよ。知らんけど。


 それが返せなくて、背負わせられるのが嫌で、特区内のビジネス街なんかの放棄されている場所へと流れ着く者たちがいる。

 そんな彼ら彼女らは探索者として育成されてきたものだから、他人を傷つけることに躊躇いがない者も多い。


 学校、社会という〝箱〟の外に出てしまい、放棄された街へと逃げた者達は、『仲間』が極端に少なくなり、弱肉強食の掟の中に身を投じる。

 結果、強者だけが生き、秩序を守れる世界の中で、自分たちの掟だけを守って、群れを守るためにまた敵と戦い、味方の為に奪うのだ。


 そういう循環が生まれてしまっているあの辺りの治安が悪くなったりするのは当然の帰結だね。

 物資が足りなくなったら僕らが住む場所にだって侵攻しようとするだろう。

 そうなれば、特区内は人間同士の殺し合いの場になったりするかもね。


 かつて、国と国、人と人が争い合っていた時代と一緒だ。

 敵を殺すことはいいことだ、と育てられた少年少女兵士たちの存在と、僕らはそうそう大きく変わらない。

 本当にそんな組織出身生還者の物語が始まりそうなシステムがあったのか知らんけど。



「ともあれ、そんな風にダンジョン特区の中と外ではその辺りも違うから、外で〝常識〟を培って暮らしている人達が特区の中に来ると、あまりの価値観の違いに耐えられなくなるんだってさ」



 学校なんかだと、「外の連中は軟弱だなぁ」みたいに揶揄する特区住まい高校生とかいるけれど、僕は別に「特区の外を生きる人達の心が弱い」とは思わない。


 外の価値観というものは、平和な場所で生きているからこそ培える価値観だ。

 のうのうと、特に苦労もせずに平和を享受できるからこそ言える。

 綺麗で、それだけ聞けばなんとも素敵で、耳心地の良い価値観を当たり前に受け入れられるのだろう。


 それは決して悪いことではないよ。

 ただ、それは僕らと違う世界のお話でしかないというだけ。


 僕は平和を愛する青年でもなんでもないから、そんな価値観なんてどうでもいいっていうのが本音なんだけどね。


 ともかく、そういう部分からして特区の中と外では一見すれば変化はないけれど、意外と違いは多い。


 特区は基本、戦う者たちが住む場所だ。

 僕らが生活で利用している便利な機械やAI技術はもちろん、何かの製造工場だって特区の外。

 僕が好きなマンガやアニメ、ライトノベルの娯楽という娯楽も、特区の外で生み出され、結果として特区に後になって共有されているに過ぎない。


 特区はそういう研究とかをするだけの余裕がある場所じゃない。

 いわば人類が直面している戦いの最前線とも言える場所だからね。


 だから、特区内で生まれ育つ僕らと、特区外で生み出される価値観を基に生み出された物語の〝主人公〟とは価値観的に相容れない。

 そのせいもあって、特区外で爆発的なブームとなったアニメやマンガも、特区においては知る人ぞ知るレベルに留まったりするぐらい、人気は低かったりする。


 グッズとかが出たって、そもそもそういう店舗が特区にはないんだよね。

 店舗購入限定とか、ついつい特区の外に出て買いに行こうか悩むレベルだよ。

 欲しいけど面倒だからネット購入できるものになりがちだけど。


 まあともかく、僕はそんなラノベやアニメ、マンガっていう色々なものを研究資料的な意味でも調べていたから、特区外の価値観とかを知る機会もあった。

 でも、特区で生まれ育った同年代で言えば、そもそもそんな価値観の違いにも気が付いていない人の方が多いんじゃないかな。


 あぁ、でも配信系探索者はそういうの大丈夫だろうね。

 ちょっと調べたけれど、常識の違いもあるせいか、特区で育った人間が特区外で永住権を得るのと同じように、『D-LIVE』を使ってダンジョン配信をする場合には、特区の外の常識を理解しているかチェックする免許の取得とかが必要らしい。


 僕、多分絶対落ちるや、それ。

 だって外に価値観寄せる気とかないもの。


 でもそうなると、僕に喧嘩売ってきたイキり男性さんもその資格を持っていたのか……。


 そんなゆるゆるな基準でだいじょぶそ? 『D-LIVE』さん。

 まあ知識だけなら取れたりするのか、それとも裏ルート的なサムシングで手に入れたのかもしれないけど。



「まあそういう訳だから、僕は別に〝外なる魔王〟になったからって、何かが変わった訳じゃないよ。今までも、これからも、僕は僕のままなんじゃないかな? あ、でもそれはそれとしてたまには身長を伸ばした肉体端末を――」


《――同胞の回答に納得しました。人間種、ダンジョン特区内の者と外の者の認識を改めます。参考になりました。ありがとうございました》


「ねえ、聞いて? ちょっと?」


 

 返事ないし。

 別に気にしてないからいいけどね、気にしてないから。


 それにしても、あー、もったいないことしちゃったなぁー。

 せっかく秘密結社っぽい感じだったし、色々聞いておけば良かったなー。


 そういえば、僕が最後にぼこぼこにしてた人って一番強かったっぽいけど、あの人がリーダーだったのかな?

 なんか強かったっぽい気がしなくもないんだけど、あれ位階Ⅹぐらいあったのかなー。




 ごろごろごろごろとベッドの上を転がりながら、今後の予定を考える。




 うーん。

 秘密結社はいいんだけど、魔王ムーブはもう完成しちゃったから、いまさら路線変更は無理だろうなぁ……。

 なんか配信のせいで色々目立っちゃったし、僕も突き抜けさせちゃったし。


 あー、最初からやり直したい。


 ……ん?

 やり直すっていっそありなのでは?


 魔王な僕とは別の存在を作り上げて魔王の双子っていう感じの設定で、まったく別の存在としての黒幕ムーブとか……2Pカラーな感じで、白基調の青メッシュの髪、目は銀……でも銀色より青とか寒色系の方がいいかな。

 翼は白い翼……むむむっ、これはこれでアリ寄りのアリ……!?


 さすがにそっちのムーブの時は呪いとか使わない感じにしなきゃね!

 あ、魔法も白い色に変えなくちゃ!


 そっちで黒幕ムーブをやり直しつつ、たまに魔王は魔王で登場して存在をアピールしておくとか……はわー、いいねいいね!

 こう、魔王側の僕を知ってる人が僕を見て魔王と驚いた姿を見てから、実は双子の兄弟なんだ、みたいな設定をぶち撒けて驚いてもらうとか。


 やっぱり秘密結社メンバーはちゃんとゲットしよう!

 驚いてもらわなきゃね!


 ――あっ、そうだ!


 魔王も双子設定の方も、密かに秘密組織に人為的に作り上げられた人工魔人設定とかも悪くないんじゃないかな!?

 魔王側は世界を憎んで魔王化していて、組織側は人間を憎んではいるけれど、それでも滅ぼしたい訳じゃないから魔王化した兄弟を止めようとしていて、みたいなのとか!


 おほーっ、新しい夢が広がってきた気がするー!



《――全世界へ通達します》



 あれ、天の声さんからなんか独り言みたいなの聞こえた気がする。

 でもなんかいつもより声が小さいし、多分偶然回線というかそんな感じのアレが混線しちゃったのかな。

 今日神波弱いっぽいし調子悪いっぽいし、そういう日もあるでしょ。


 それよりも、2Pカラー版の新生黒幕ムーブの仕切り直し設定を練らなくちゃ。



《――一定の位階へ辿り着いた者が規定に届く人数確認されました。これにより、世界は『管理者』のもと、新たなステージへと進みます》



 でもなー、やっぱり髪の毛は白よりも銀とかの方がいいよね?

 こう、人間味がちょっと薄れている感じの方がいいし、白髪はくはつって白髪しらがとも読めちゃうし。

 男っぽい、大人っぽい自分にはなりたいけれど、年寄りっぽい扱いはさすがに嬉しくないし。


 全部を対照的にするなら、魔王ムーブは大鎌も持ってたし、やっぱ聖剣っぽい感じ?

 でも僕、剣ってあんまり使ったことないんだよなー。

 基本は体術と魔法だったし、浪漫武器系はちょっと憧れて使いこなしてみたりも試したけど、奈落あたりからは通用しなかったしね。殴った方が楽なんだもん。


 ……ふむ。

 ここは敢えての刀もあり、かも?

 どうせ僕、魔物相手にはあんまり武器は使わないだろうし、見た目だけならありだよね。

 いや、軍服風な感じでサーベルっぽい武器とか……?

 どっちも対魔物用としては微妙オブ微妙だけど、見栄えだけの為に装備する系で。


 ちょっと影の中に突っ込んだ武器とか、在庫整理してみる必要がありそうだ。


 ふふふ、探索者ギルドにバレないよう、ひたすら影の中に突っ込んだ奈落とか深淵でドロップした数々の魔道具やら装備やらが火を噴く日は近いな!



《――【勇者】の導入、及び【魔王】の導入が始まります。これより、選定された【勇者】は魔王専用ダンジョンの踏破を。【魔王】は魔王専用ダンジョンの作成と防衛を行ってもらいます》



 もちろん、ミステリアスムーブは捨てられないね。

 双子設定とかはしばらくこう、なんか匂わせだけしておく感じでやっておかなくちゃね。

 この顔だから表には出られない、的なサムシングでさ。



《――【勇者】の勝利の暁には、あなたたち人間が欲しているダンジョン資源のグレードアップ、および『魔物氾濫』発生の人間時間にして3年間の停止を。【魔王】の勝利の暁には、〝ダンジョン領域の拡大〟――つまり、『魔物氾濫』の常態化・・・が進行します。互いの勢力によって、さらなる成長・・・・・・を目指してください》



 よしよし、いけるいける。

 これなら魔道具で姿変えするだけでいいし!



《――何も聞いていなかった同胞に提案します》


「んぇ? あれ、天の声さん。独り言終わったの?」



 なんか急にボリューム大きくなったから返事をすると、なんだか声とか何も聞こえないはずなのにため息を吐かれたような気がする。


 きっと疲れたんだろうね。

 ほら、僕にも聞こえるぐらいの声で独り言を口にしてたぐらいだし。



《――あなたには〝調停者〟として、あなたの言う〝黒幕的なムーブ〟をしてもらいたく――》


「――はい喜んで!!」



 ……で、黒幕的なムーブをしてほしいって言われたから引き受けたけど、なんて??








第一章 了




◆――――あとがき――――◆


はい、という訳で第一章これにて終幕です。


改めて、応援、コメントやレビューなどありがとうございます。

感想返しなんかも割と作風に合わせておふざけ感満載で返させてもらってます(๑•̀ㅂ•́)و✧


さて、第二章に入る前に、要望の多かったうえたおーかみ戦の配信コメ欄は閑話として投稿しますー。

あと掲示板についてですが、現代ダンジョンモノだと掲示板ネタが定番みたいな部分ありますけど、そもそも掲示板を一切見ない作者なので、掲示板話を書くと掲示板見る方からすると違和感が酷くなりそう&作者が不慣れ過ぎて執筆カロリーが高そうなので、掲示板が好きな方には申し訳ないですがそっちはやらないです。



ではでは、改めて、今後とも応援よろしくお願いします!



Yog「(๑•̀ㅂ•́)و✧」

天「ちょ、Yog!? ここ作者のあとがき!」

Yog「( ・`ω・´)」

天「コイツ……ッ!」



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