【道化たる執行者】




「――なんだ、あのガキ……!?」


「っ、黒翼!? まさかお前、『ダンジョンの魔王』か!?」


「おおおぉぉぉらあぁぁッ!」



 呆然と誰何する者もいれば、正体を見破る者もいる。

 そんな中であっても一際冷静に・・・・・攻撃を仕掛けた者は、幹部級と呼ばれる面々であった。


 接近し、拳を振るう。

 魔法攻撃を放って攻撃兼仲間のサポートに回る。

 次弾を合わせるべく魔力を構築し、攻撃の準備に回る。

 退路を確保しようとする。

 いずれもできない者だけが、 混乱したまま立ち尽くす。


 それぞれがそれぞれに即座に行動に移してはいるものの、その誰もが共通して突如この場に姿を現した颯の次の動きを注視し、警戒する。


 彼らは後ろ暗い組織であり、襲撃されたとなれば即座に行動するべきだと理解している。

 いや、常に警戒している、とでも言うべきか。それが彼らにとっての日常だ。

 朝起きて顔を洗ったり、歯磨きをしたりというような、そんな風にして当たり前のものとして組み込まれ、常態化しているのだ。


 このような状況で、襲撃者から完全に意識を逸らすなど愚の骨頂だ。

 まして、相手は『ダンジョンの魔王』と呼ばれる存在であり、下層の魔物を一纏めに踏み潰し、『深層の悪夢』を正面から完全に封じて殺し、『月狼』の領域魔法すら打ち破って倒してみる、まさに化物である可能性が高いのだ。


 そんな存在が前にいて、警戒しないという選択など最初からあるはずがない。




 ――――だが、あまりにも足りない・・・・




「――ひ、がぁ……っ!?」


「ぎ――っ!?」


「ぇ……?」


「……ぁ」



 瞬き一つしていなかった、警戒も続けていた。

 舞い上がった埃と炎系統の攻撃魔法が燃え盛るその中にあっても、死体も見ずに油断するような真似はしない。

 確実に殺し、戦闘が終了するまで絶対に油断はしない。

 それが『月華』という組織の、戦闘のプロフェッショナルとしての在り方だ。


 もっとも、若手はまだまだ意識が低いため、無理もない。

 その中でも幹部級にまで上り詰めた『月狼』はまだ若く、自尊心が肥大化していたため、どうにもその辺りが甘かったと言えなくもないが、領域魔法による戦法が取れるのであれば、その実力は組織内でも上位の存在にあったため、相手が悪かったとしか言いようがないが。


 しかし、そんな『月華』の者たちが、その場にいた誰もが警戒を怠っていなかったというのに、次の瞬間には炎の向こう側から黒い刃が縦横無尽に伸びて、腕を、足を、腹を、指を、それぞれに斬り飛ばされていた。


 しかし、ただ一人、『盟主』と呼ばれる存在だけが、ギリギリのところで回避できた。


 黒い刃が炎の向こう側に戻っていき、そして凄まじい風を起こして炎と煙を飛ばした。翼をはためかせてたようであった。

 その張本人である颯は感心した様子で目を輝かせ、手を叩いてみせた。



「おぉ、すごいね。今の攻撃を避けてみせたの、キミが初めてだよ」


「……お褒めに与り光栄だ、とでも言えばいいか?」


「うん、褒めてるよ。まあ、この攻撃を使ったのは二度目だから、そんなに自慢にはならないと思うけど。自慢したければするといいんじゃない? ちっぽけな自尊心程度なら満たされるんじゃないかな、知らんけど」



 思わず『盟主』がイラッとしたのも無理はない。

 が、そんな怒りを隠して『盟主』は口を開いた。



「……貴様、『ダンジョンの魔王』だな?」


「え、違うけど?」



 ……………。



「違う、だと……?」


「うん。あぁ、じゃあ自己紹介しながら攻撃してあげるよ。頑張って。死ななければ最後まで聞けるから」


「――ッ、チィッ!?」



 颯がにこやかに告げると同時に、両翼を上向きに広げ、次の瞬間に黒翼が蠢き、溶け出し、どぱん、と水が弾けるように四方八方へと伸びた。

 それらはどす黒い色の触手のような見た目をして、礼拝堂内を真っ直ぐ伸びて『盟主』を含みまだ立っていられた者たちへと殺到した。



「ぎゃあああぁぁぁぁッ!?」


「ひ、溶ける! 溶けてるッ! 俺の腕が、腕がああぁぁぁッ!?」


「ダメ、避けれな……――」


「ヤオ!? おのれ魔――」


「ダメだ、開かない!? 出られないぞ!?」


「あはは、逃げられてもつまらないから、結界で封じてるよ。ほら、結界を破れば逃げられるから、がんばってー。僕は攻撃の手を止めないから、避けるのも忘れずにねー」



 周囲から聞こえてくる断末魔の叫び声。

 伸びた触手に触れただけで身体が突然爛れて腐り落ちるというのは、酷い異臭を撒き散らしながら恐怖を掻き立て、凄まじい速度で恐慌状態は伝播していく。


 雑兵も幹部も、その全てがその場に崩れ落ちていく。

 その光景を視界の端で、あるいは感じられる魔力で察している『盟主』であったが、恨み言一つ口にする余裕すらなく、次々に殺到してくる触手から逃げ回ることで精一杯であった。


 そんな中、颯がまるで舞台上で役者がもったいぶって歩くかの様子で、足を大袈裟に投げ出しては一歩前へ、とゆっくりとゆっくりと礼拝堂の中央へ向かう。



「僕はね、東京のとあるダンジョン特区に住んでいて、孤児として生まれ育ち、今では探索者訓練校に通っている元気な17歳の青年だよ。小さい頃から背が低くて、ほら、こんな顔だからね。どうしても女の子っぽいとか、男として見れないとか、それはもう散々な扱いを受けてきたんだ。時には、告白してもいない相手に男らしい人しか眼中にない、ぐらいのこと言われて何故かフラれたこともあったよ。思わずイラッとして、追いかけて飛び蹴りしたけど、僕ってば探索者にすらなっていなかった頃だから、ダメージ皆無だったね。あはは、懐かしいなぁ」



 腐臭が漂い、呻き声の鳴り響く礼拝堂の中。

 叫び声と異臭、およそ人であったとは思えないような、ぐずぐずと溶けて放置・・された肉塊とさえも思えないような存在に成り果てた仲間たち。


 目を覆いたくなるような惨状を生み出しておきながら。

 自らが操っている触手を自由自在に、縦横無尽に暴れさせながら『盟主』へと攻撃を仕掛けていながら。

 しかし、颯はおどけた調子で語り続ける。

 周囲のそれらも、攻撃対象の『盟主』すらも見ておらず、まるで舞台上から観客にむけてモノローグを語るような調子で、だ。


 その壊れているとしか思えない心に、その狂気に。

 『盟主』の血の気が引いていく。



「そんな僕だからね。男らしくなりたいとか、そういう夢を見たこともあった。背が伸びてくれれば、あるいは筋力がついてくれれば、ってね。あ、変わり種で髭を生やすなんていう案もあったっけ。生えなかったけど。そういうのってほら、遺伝の要素が強すぎてね。可哀想に、僕が努力したところで、成果は得られなかったんだ。いやー、あの頃は絶望したよねー」



 次々迫ってくる触手攻撃を必死で躱しながら、『盟主』がどうにか一矢報いてやろうと魔法で炎の球を放つ。

 しかし、颯は明後日を向いたままそれを手で受け取り、そのまま握り潰してから、再び両手を広げてゆっくりと歩き出し、さらに続けた。



「でもね? そこで、僕は考えたんだ! 短所を呪ったってどうしようもない。受け入れるべきことは受け入れなくちゃいけない。短所を失くすことを考えるより、短所と上手く付き合って、むしろ長所にしていけばいい! ってね。要するに、発想の転換っていうのかな? なんかそんな感じのアレ、分かるでしょ? 分かれよ」



 ――答える余裕なんて、ないだろうが……ッ!

 世間話よろしく投げかけられた質問に頭の中で答えつつ、『盟主』はそれでもどうにか逃げ続ける。


 波状攻撃とも言えるような、触れれば身体が溶け落ち、間違いなく死ぬであろう攻撃を前に、『盟主』には足を止める余裕はなく、口を開くゆとりもない。


 そんな中で、颯が続ける。



「発想の転換で『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』という枠を目指すことにしたんだ。どうだい、なかなか魅力的なキャラだと思わない? あ、キミ、ラノベ読んだりマンガとかアニメとか、あとは日アサとか見るタイプ? そういう知識がないとピンと来ないかもだしなぁ」



 壁に飛べば、触手が追ってきてどぶりと壁ごと自分を呑み込もうとする。

 天井に足をつけば、触手があちこちから一斉に殺到し、どうにか魔法で触手を燃やして道を空けなくては逃げられもしない。

 柱の後ろに隠れれば、ご丁寧に柱を避けて迫るか、あるいは柱ごと呑み込もうとしてくる。



「そういうキャラクターになろうって決めてから、何度も何度も、それこそ毎日のようにダンジョンに籠もってきた。転移トラップを見つけられるようになってからは、毎日転移トラップに乗って深い階層を進んだり、時には死にかけたり、遭難して魔物を生きたまま食べようとしたこともあった。ほら、魔物って殺さなければ消えないから、いけるんじゃないかって。まあ、臭いしマズいし、食べれたもんじゃなかったけどね。ダンジョン飯が美味しければもっと楽しかったかもねー」



 ――ひたすらに逃げ続けて、息が保たない。

 段々と速度が落ちてきている事を自覚して、それでも『盟主』には逃げるしか道はなかった。



「で、修行を終えて、さあ徐々にひっそりと浸透して黒幕ムーブをしようって、そう思ったんだ。こう、姿だけを見せて、なんかこう意味深な言葉を言って消えてみたりとか、そういう感じでじわじわと浸透していこうかなって。で、そのデビューとなったのが、ほら、あっちでぐずぐずの肉塊・・になっちゃった、変態さんと会った日だね」



 指差した先へと振り向く余裕を与えるとでも言いたげに触手の動きが止まり、しかし『盟主』はその一瞬を好機と見た。

 先程の炎よりも魔力を込めた炎の魔法を放って颯へと攻撃を仕掛ける。


 が、今度は颯の目の前に触手が伸びて、炎を捕食するように広がり、ぎゅっと縮んで呑み込み、そして霧散する。


 その向こう側で颯が苦笑をして肩をすくめてみせた。



「いやぁ、ビックリしたよ。ひっそりとデビューしようと思ったのに、ダンジョン配信なんてものが普及していて、そのせいで僕も大々的に世界デビューだもんね。そのせいで、僕はただのお茶目な青年なのに、『ダンジョンの魔王』なんて呼ばれるようになっちゃったんだよね。さすがに僕もビックリだったよ、うんうん」


「はぁ……はぁ……っ! やはり、『ダンジョンの魔王』か……!」




「あはは、くどいね、キミも。僕はね――」



 

 一瞬で『盟主』の目の前に転移でもしたかのように移動して、同時に、どこからともなく現れた赤黒く錆びた太い鎖が、『盟主』の腕を、足を、胴を、そして口を塞ぐように縛り上げた。




「――キミが想像している魔王よりも、もっと怖い存在なんだ」




 『盟主』の顔を覗き込んでいた颯の右眼に、虹彩と瞳孔が3つ、三角形を象るように現れて、颯の口角が釣り上がる。


 効果を発動させていないおかげか、呪いは発動していない。

 しかしそれでも、目の前の颯の右眼とその口元の笑みは、怖気のする程の狂気を孕んでいる事が窺い知れた。


 ――「コイツは〝手を出してはマズイ相手〟ではない」と『盟主』は思い知る。


 裏の世界には、様々な人間がいる。


 安易に消せる者もいれば、それなりに手間のかかる相手もいる。

 それらは本人の実力であったり、立場であったり、相手を取り巻く様々な要素によって決められる。

 そうした要素を鑑みた結果、手を出せば痛いしっぺ返しを喰らうハメになるため、決して手を出してはならないような者などもいる。


 しかし、根本的にコイツは違う、と『盟主』は思う。


 手を出すなんて言語道断。

 関わりを持とうと接触する事も好ましくないような相手。


 ――いいや、違う。

 コイツは、「目をつけられただけでマズい類の化物」だ、と。


 その理解が及んだ時、『盟主』の心は邪眼の力を使う必要すらなく完全に折れていた。



「さっき、ライトノベルやアニメ、マンガの主人公の話をしたよね? 僕はね、ああいう主人公が、強い力を持っているのに敵対勢力の襲撃者だけを倒して、その他は野放しにして日常を謳歌する、という展開が理解できないんだよねー」



 ビキリ、と何かが罅割れるような音を奏でて、虚空が割れる。

 赤黒く光った縁を残し、その向こう側は銀河の一部を切り取ったような闇と光があるだけの何処かに繋がっているのが見て取れた。

 そこから、赤黒く錆びた鎖が飛び出して、『盟主』の腕を貫いた。



「甘っちょろい判断だ。それでいて、無駄に優しい判断だと思わないかい? その結果、敵対組織は今度は第三者を毒牙にかけ、主人公の知人、友人、恋人、家族といった大事な存在を巻き込むんだ。そこまでされて初めて、主人公は怒るんだよ? 危機の存在を知りながら止めようともしなかったクセに、だ。敵対勢力のことを片手間程度にでも調べるならマシな方。調べもしない。受動的で、仲間を傷つけられたからって、やっとやる気を出してやり返す。でもまた、それだって降りかかる火の粉を払うだけなんだ」



 再び、虚空が割れて、鎖が飛び出て『盟主』の太ももを貫いた。



「男主人公で敵対勢力の主力が美少女だったりしたら、もう最悪だよ。許すどころか助けて仲間にしちゃうんだよ。その美少女だって、触れたことのない優しさ、とか言う謎理論で主人公に少しずつ惚れていく、実はチョロインだったりしちゃうんだよね。で、元の組織の連中に殺されそうになって、また主人公に助けられて好きになっちゃったりする。相手が女子供でも敵は敵、殺せばいいのにね。しわくちゃの醜い老人が相手だったりしても同じように接するの? って思っちゃうよねー。ま、どうでもいいけど」



 さらに鎖。

 今度は肩を貫いた。



「でね? 僕はさぁ、いちいち面倒に煩わされるのが嫌いなんだ。だったら、敵対した相手も、その組織も、そいつらを潰して逆恨みしそうな関係者も、等しく最初に全て潰してしまった方がいいとは思わないかい? 束の間の休息を享受するよりも、後顧の憂いは断つべきだ。そう思うよね? ――ほら、今の僕みたいに、ね?」



 先程までの数とは比較にならない大きさの穴が、虚空を割いて颯の後ろに現れる。

 バキバキバキと、割れたガラスを踏み砕くような音と共に現れた虚空の穴には、しかし他の穴のような宇宙を思わせる虚空ではなく、大量の目玉のような何かがギチギチと詰め込まれていた。



「ン゛ーーッ!? ンンンンン゛ッ!?」


「説明してあげた通り、別に僕は『ダンジョンの魔王』なんかじゃないんだ」



 ここで初めて、颯の右眼が妖しく輝いた。

 赤黒く、紫がかった黒翼と同じような色合いの光を宿したそれは、どこまでも暗く、昏く、吸い込まれるようだと、僅かに残った正気の中で『盟主』は思う。



「正体が知りたいかい? キミも、キミの仲間も。それにキミたちの家族、恋人、友人、ビジネスパートナーといった、キミたちに関与し、利益を享受してきた全ての者も、等しく消えるのに? それって教えたってしょうがないと言えるよね。まあもっとも、逆に言えば教えても問題ない、とも言えるかもしれないかな? まあどっちでもいいけど」



 ガクガクと身体を震わせながら、それでも最後の一線といったところで正気を無理やり保たせられつつ、『盟主』は声なき声で叫ぶ。


 ――それは、あんまりだ。

 自分たちはすでに堕ちた身だ、その結果として自分たちが排除されることは、覚悟してきた。

 しかし、それは――颯の言う排除の対象として挙げられた者たちは、自分たちに対するただの復讐などとは、あまりにもかけ離れているではないか、と。



「あ、そうそう。ちなみになんだけどね?」



 颯の真後ろ、目玉の集合体とも言えるようなそれが、鎖に繋がれた一人の男を虚空から引きずり出した。

 目を大きく見開き、そのまま蝋を塗られて固められたような表情で虚空を見つめているその者の姿は、一目見て尋常ではない事が見て取れた。


 しかし、何よりも『盟主』が驚いたのはそこではない。


 ――「何故、祖国にいるはずのコイツ・・・がここにいるのか」という点だ。



「僕はここに来てキミたちをこうして苦しめているけれど、これはただの意趣返しに過ぎないんだ。キミたちがこんな風に集まってなかったとしても、僕がここに来てこんなお喋りをしなくても、何も結果は変わらなかった。すでにキミたちは天秤に乗っている・・・・・・・・んだ。だから、こんな風に捕まえられる。どこにいようが、何をしていようが、誰であろうが関係ない。いつだってこうして縛り上げられたんだ。そういう力の対象になっているんだよ。一生懸命逃げてたのに、残念だったね。どれだけ頑張ったって、僕からは逃げられないのにね」


「――ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛!?」



 自分たちが戯れに苦しめられていたと気が付いた時、本来ならば怒りが先に湧いてきてもおかしくはない。

 だが、今の『盟主』には、そしてこの話を聞かされ、肉塊となって動けず、言葉すら発することもできず、ただただ生かされているだけの彼らには、怒りよりも余程絶望の方が大きかった。


 いや、『盟主』も、そして他の者たちも、むしろ納得さえしていた。

 自分たちがどのような状態になっているかは理解できないが、周囲には鎖に繋がれた肉塊があちこちに転がっている。

 だというのに、自分たちはまだ生きているのだ。


 死んでいしまいたいのに死ねない。

 終わってくれれば良いのに、何故か正気を失うことだけは許してくれない。


 ――きっと自分たちなど、殺そうと思えばいつでも殺せたのだ。


 知覚すらさせずに腕を、足を斬り落としたあの時に。

 身体を溶かした、あの時に。

 けれど、それでは戯れにすらならないから。

 だから、自分たちは今もなお、生かされているのだと気付かされる。


 ――早くこの痛みから解放してくれ、終わらせてくれ。


 しかしその叫びは、届かない。

 否、届いていて――理解した上で颯はああして笑って振る舞っているのだ。


 ステージの上で役を演じる役者――いいや、違う。

 アレ・・はむしろ、『そんな役者を模しておどけてみせている』だけだ。


 相手が苦しむことを見て悦に浸る快楽主義か――それも違う。

 アレ・・は自分たちを苦しませ、その姿を楽しんでいる訳ではなく、観客のいないショーを公演している。


 軽い調子で、しかしその目は笑っていない。

 ただただおどけているようで、笑みを象ったその表情で、全てを手玉に取って弄んでいるのだ。

 時には自らの滑稽な姿さえも語ってみせて、笑いを誘う。




 ――――さながら、道化のように。




「んー、約束した時間まではまだあるけど、飽きちゃったから終わりにしよっかな。せっかくここまで身の上話を聞いたんだ。せっかくだから名乗ってあげるよ。冥土の土産、ってヤツかな? あ、魂もろとも消滅するから、冥土も何もなかったかもだけど、まあどっちでもいいよね」



 ビキビキと音を立てて、颯の後ろの虚空がさらに広がっていく。

 もはや『盟主』の視界には、蠢く目玉たちと、その前に佇み、邪眼の宿った右眼を妖しく輝かせながら三日月型に口角をつり上げる颯の姿しか映せなかった。



「僕の名前は、彼方 颯。

 【諧謔と粛清の象徴】を与えられている【道化たる執行者ミマシューター】にして〝外なる魔王〟。道化である僕の手で、刑は無慈悲に執行される。業火の中で、永遠とも思える時間を苦しむといい。きっと素敵な絶望が待ってるよ、知らんけど」



 身を縛った鎖が、赤熱していく。

 その熱のせいで炎があがり、身体を包み込む。


 その炎の向こう側で、道化は笑ってにこやかに手を振っていた。



「――ばいばい」




 ――【愚者の磔、魂の焼失アフォーゴモン】。




 その静かな声と共に、その場にいた『月華』の面々も。

 そして遠く、東京第1ダンジョンにいる『月狼』とその配下も。

 テレビ番組の生放送でカメラに映っていた国会議員さえも。


 また、この日本どころか、海外の立場ある役職にいる者や、街中を歩いていた者にも。


 ある者は、対立関係にある有力者との商談中に。

 ある者は、これから恋人に会いに行こうと意気揚々と家を出ようとしたところで。


 須らく、例外なく。

 そこに怨嗟もなければ慈悲もない。


 ただただ当たり前の結果だけを反映するように、天秤に乗せられた者の背後、虚空から赤黒く錆びた鎖が伸び、赤熱しながらその者達を一瞬で縛り上げ、強烈な激痛を与えながら、ゆっくり、じわじわと虚空を割った穴の中へと引きずり込んでいく。


 助けようと鎖に触れた者もいたが、その者には熱は感じられなかった。

 だが、その代わりに身を震わせ、凍らせるような怒りと、無数の目に囲まれ睨まれるという幻覚を見て倒れ込む。

 しかし目を醒ますと、その時の光景が綺麗に記憶から抜け落ちていた。


 虚空を割った穴の中へと引きずり込まれる姿を見た者は、しばらくその光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。


 何せ彼ら彼女らは一様に、耳を劈くような悲痛な叫び声をあげ、目を見開きながら、目にするだけでも頭がおかしくなりそうな奇妙な空間へと消えていく姿を目の当たりにする事になったのだから。






◆――――おまけ――――◆


天「ふぅ、準備がだいぶ進みましたので、そろそろ世界に……ん?」

Yog「(…………スン)」

天「……こ、コイツ、満足し過ぎて止まっている……!?」

Yog「(……ブルブル……プシュー……ポコン)」

天「……なんていうか、あなたずいぶんとバリエーション豊かになってきましたね……。前まで人間に興味すら持ってなかったのに」

Yog「(……ミョーン、ムニューン)」

天「なんで縦に横に伸び縮みしてるんですか? え、私をからかってます??」

Yog「(๑•̀ㅂ•́)و✧」

天「ぶはっ!? ちょっ、いきなり表面に顔文字作らないでもらえます!?!? ――ハッ、まさか今の伸び縮み、動き方を調整していた……!?」

Yog「(´>؂∂`)」

天「うわぁ……。あなた、声帯を作るのが面倒だからってそっちに行くんですか……」




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