彼方 颯はプチサイコである
分厚い瓶底眼鏡に黒いマスク。
長めの黒髪を特にセットする事もなく、顔の印象が見えないように徹底して顔の印象を隠して過ごす。
それが、僕という人間の日常生活スタイルである。
実はこの瓶底眼鏡、ただの瓶底眼鏡じゃない。
元々はダンジョンの階層の切り替わり毎に存在している『
魔道具というのは特殊な能力を持った不思議アイテムで、この瓶底眼鏡には【認識阻害】という特殊な効果――『アビリティ』が付与されている。
魔道具の鑑定に使える、使い捨ての虫眼鏡みたいな鑑定魔道具で調べ、ひっそりと持って帰った中3の夏の思い出。ドキドキだったよ。
一応、探索者ギルド――探索者を支援してくれる世界共通協会――で鑑定をしてもらった場合は鑑定書とかつけてくれたりするんだけど、ただしそれは成年に限る、という注釈がつく。
未成年の僕がこういうのダンジョンから持って帰ると、強制的に買い取られるのだ。
曰く、「未成年者は魔道具を持つよりも、将来のためにお金にして、ダンジョンに潜る以外の未来を選ぶ選択肢にすれば良い。なぁに、金さえあればまた大人になったら買えるだろ? その時に高くなってたら足りないかもだけど。安くなってても返金しなくていいから文句ないだろ、オォン?」という制度があるらしいんだよね。
未成年の未来のため、自制心を養い、大人として後悔させないために、なんて話らしいけれどさ。
やれやれ、大人の方が権力だのなんだの、未成年なんかよりよっぽど汚いっていうのにね。知らんけど。
まあ文句を言ってもどうにもならない。
ともあれ、僕はもともと、小学生の頃から中性的だの女の子っぽいだのと言われ続けてきた人間だ。
だから顔を見られるのが嫌で、徹底して顔を隠そうと瓶底眼鏡をつけていた。
おかげでダンジョン帰りにガリ勉グッズみたいな眼鏡が多少変わった程度では違和感もなかったらしく、しれっと持ち帰れたのだ。
そうやって顔を隠し、今日も今日とて学校へ通う。
「――おいおい、待てよ、オタク野郎!」
遠くから聞こえてくるイキりヒャッハー系男子のダル絡みボイスに、僕は足を止めた。
その男は僕――の横を通り抜けていく。
うん、そりゃそうだ。
あれって僕に向けて言ったものではないからね。
だって僕、【認識阻害】がかかっているもの。
この【認識阻害】というアビリティは、なかなかに厄介だ。
何せ周囲の人間の意識に潜り込み、「いるのは分かるけど気にならないし記憶に残らない」という認識を強制的に上書きされているはずだから、あんな風に絡まれることはないのである。
もっとも、僕を目的として、僕だけを探しているような相手に対しては効果は薄い。
不特定多数に対して無駄に目立たないという効果な訳だ。
それにしても――と、絡みに行った男子と絡まれたオタク君を見る。
――ああいうのも、いいよね。
声と態度がデカいだけ、手が早いだけで、分別のある振る舞いができていないだけでしかない自分を、〝自分は強い、偉い〟って明後日に解釈する勘違い不良系男子。
そんな、価値のない矜持だけで自分を保っていて、対峙しても面倒事にしかならない歩く地雷みたいな存在に絡まれてるオタク君っていう、いかにも物語の始まりそうなシチュエーションがさ。
覚醒したオタク君がああいうのをねじ伏せるというのも、
ほら、カースト底辺から目立っちゃって、一気に学校内カーストを駆け上がる的な、いわゆる「ざまぁ」な展開っていうのかな。
こう、自分を下に見ていた相手に「そんなつもりはなかったのになぁ」みたいなことを言いながら頬とか頭を掻いちゃって、眼中にない強者の余裕みたいなのをしれっとアピールするお約束。そういう展開も嫌いじゃないよ。
まあ、だからって僕に絡んできたら間違いなく我慢せず殴るけど。
常人には見えない速度で。
なんなら口封じついでに脅迫もセットする。
誰かに告げ口なんてされようものなら、ねぇ?
だから、二度と生意気な口を叩けなくなって、外に出る事にすら恐怖を抱かせる程度には心を折りにいく。
だって、僕は聖人君子じゃないもの。
ほら、そんなののさばらせるだけでストレス溜まるし。
無視するだけ無視して、潰す大義名分をいちいち得てから手を出すなんて、そんな我慢したくない。将来を見据えて頭皮に負荷をかけない、それが僕だ。
だから、僕にはとてもできないんだよ、そのシチュ。
がんばれ、オタクくん。
僕にはそういうカタルシスは向いていないからできないけれど、キミはきっといつかそういうことをできるはず。そう、主人公補正があればね。
イキりヒャッハーなんかよりキミをひっそりと応援しているよ。
表立って助ける気なんてさらさらないけど。
ほら、「ざまぁ」をするのに誰かに助けられたら、カタルシス不足になるからね。
彼を僕が助け、代わりに僕が狙われて、彼の覚醒の一助になるっていう事もあるかもしれないけど、僕にはとても無理だ。
我慢しない事に定評のある僕だ。
きっとちょっと煽られただけでぷちっとしちゃう。
それに、僕はあくまでも『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』を目指しているのだ。
そんな存在になるべき僕が、プライベートで何かの拍子に目立つなんてとんでもない。
正体がバレて「実はアイツ凄かったんだ!」とか「結構イケメンだよね!」、「キャー、彼方くーん!」とか言われるとか、そんなやっすい手のひらくるっくるのチヤホヤとか、鳥肌立っちゃう。
そういうのはノーセンキューなのだ。
だからプライベートじゃ誰とも関わらないし、そんな僕に「俺はお前が凄いって知ってるんだぜ」みたいなアピールをかますような理解者ぶった親友とかもいない。
常にぼっち。
ダンジョンでもぼっち。
――――けれど、それももうおしまいだ。
一人ひっそりぼっち修行を終えて、しっかりと強くなったのは自分でも実感している。
というか、自分の強さを理解できていない人間はダンジョンでは生き残れないからね。
強い魔物がいる層では、時には逃げるし、隠れてやり過ごすなんて事もある。それがダンジョンで生き続け、戦い続けるという事なのだ。
ダンジョンで自分の力量を知らずに強い魔物に勝って、「あれ、あんまり強くなかったな?」とかなっちゃうようなシチュ。
それは有り得ない。
自分の実力も、魔物の強さも分析すらできてないような人種は生まれようがないからだ。
何故なら、そんな人間が運良く強くなれるほどダンジョンは甘くない。
ダンジョンは殺意に塗れ、徹底して僕らを殺しにかかってくる。
そんな存在を相手に力技で戦って勝つなんて、余程の力量差がなければ不可能なのだ。
その力を自認し、活かし、悪意を退け戦い抜いた者だけが強くなれる。
それがダンジョンだ。
僕は『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』という役を実現するために、ダンジョンの強さ、平均的な探索者の実力はもちろん、日本、世界で最強と呼ばれるような探索者も動画で観ている。研究に余念はない。
その強さを知り、推し量り。
その上で『圧倒的に僕の方が強いな』と思えるようになったからこそ、僕はついに修行パートを終えるのだから。
――――目下の悩みは、「どこで姿を見せ始めるか」だ。
鮮烈なデビューというより、知る人ぞ知る的な場面でデビューするのが望ましい。
そうなると……うーん。
やっぱり中層を超えた辺りの下層上部あたりで様子を伺って、ピンチになった人を助けるパターンとかの方が良さげ?
一般的な探索者は、上層から中層上部止まり。才能のある人だけが中層下部から下層に進んでいたりするのが一般的だし、下層に入ったところあたりならそれなりに実力もあるだろうし。
そんな人を助けて、こう、なんだか意味深な事とか言っちゃって消える、みたいな。
そんなのを繰り返して、じわじわと浸透していくとか。
……うん、それでいこう。
名付けて、『何かのイベントに巻き込まれた一般探索者が、謎の実力者を見かけてしまうシーン作戦』だ。
方針が決まったら、次は舞台選定だ。
ちょうどいい塩梅に攻略されてるとこないかなぁ。
僕が通っていたような
大手クラン――探索者が探索者ギルドに登録して形成している集団。ぼっちの僕とは正反対の陽キャサークル的なサムシング――なんかがたまーにやってくるけど、彼らも下層上部あたりまでしか行かないし。
やっぱり、ここからあまり近すぎても身バレリスクが高まるし、ちょっと離れたところかなぁ。
いくら魔道具があっても、そんな油断はしないのが僕という男だ。
どーこーにーしーよーうーかーなー。
スマホでダンジョン検索を続けていく。
……ん?
――「『
記事を読み進めながらちょっと情報を収集。
へぇ、若い女の子だけのトリオパーティだね。
しかも下層に行けそう、と。
活動拠点は、どうやら僕の住む東京第4ダンジョン特区――旧東京都港区――から遠すぎない程度に離れている、神奈川第5ダンジョン特区らしい。
……よし、きーめた。
この人たちに最初の目撃者になってもらおう。
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