提案




 飛び去った颯へと伸ばした手が空を切り、その手をギリッと握り締めながら丹波が強く歯噛みする。

 その様子を見ていた冴木の隣、もう一人の同行者である藤堂ふじどうがポケットからスマホを取り出した。



「丹波さん。俺は一旦みんなに状況共有のため連絡を――」


「――ダメよ」


「え?」


「……何か、あるんですね?」



 現在、この場所以外の東京第4区内にある多くの放棄された街、住宅街を『大自然の雫』のメンバー達が捜索して回っている。

 その目的は丹波らと同じく『ダンジョンの魔王』の捜索だ。

 そんな仲間たちとは、基本的に何かあれば情報の共有、報告や相談を行うのは当然とも言える。


 まして、丹波はそういった行動を重要だと考えるような性格の持ち主である。

 普段の彼女であれば、このような事態においては当然ながら仲間たちへと連絡し、情報を共有するべき場面であるのは間違いない。

 だというのに、それらを一刀両断する形で差し止めるという、普段とは全く異なる判断、そしてその強張った表情に、冴木と藤堂の二人も何かがあるのだろうと察して、多くを問おうとはしなかった。


 そんな二人の顔をそれぞれに見つめてから、丹波が改めて告げる。



「あの少年が口にしていた研究所という単語、それにクローンをベースにしたと思われる複数の同一存在。……3年前のオーストラリアの事件とあまりにも状況が酷似しているわ」


「オーストラリア……っ、まさか……っ!」


「……非人道的な実験。人間と魔物を組み合わせた対ダンジョン攻略用クローンの作成、通称キメラ計画、ですか……」


「えぇ、そうよ」



 それは3年前、きっかけはオーストラリアの遺伝子研究所にて、大規模な爆発と火災が起きたという通報から始まったものだった。


 研究員は逃げ遅れたのか、全員が全員その建物内にて遺体となって見つかった。

 しかしその研究所の焼け跡からは、研究所のスタッフとしても、そして戸籍登録されていない子供、幼児、赤子などの遺体も大量に見つかり、さらにはそれらを焼却処分していたと思しき設備まで見つかった。


 結果としてこの研究所のデータをどうにか復元して調べ上げたところ、高位探索者の遺伝子情報と魔石、または魔物の一部を融合させ、より強い力を持つ子供を作り出すという実験が行われていた事が判明したのである。



「あなた達はその概要しか知らされていないと思うけれど、実はあの大火事の中から発見、復元された資料には、実験そのものは世界各地で行われているようだと推察される文言が見つかったわ。でも、国を横断してそこまでの研究を行える資金力、そして国を相手にできるような組織力を有した組織なんてそうそう有り得ない。だから、探索者ギルドの関与が疑われたのよ」


「な……ッ!?」


「探索者ギルドが……!?」


「えぇ、そうよ。そんな背景もあったものだから、ダンジョン庁から極秘裏に探索者ギルドの調査協力依頼がきた。その依頼にマスター、そしてマスターの補佐役として私が調査に携わったわ。もっとも、結論から言えば何も情報は出てこなかったけれど、ね」



 本来、クランとは探索者ギルド側からのダンジョン関連の調査依頼や、素材の収集依頼などを受けるという形ではあるのだが、大手のクランとして名前が売れ、信用があれば、時折ダンジョン庁を経由して国から依頼を受ける、というケースもある。


 丹波は当時、大重と共にこの依頼を通して探索者ギルドの調査を行った。

 この依頼は『大自然の雫』だけに依頼されたものではなく、同様の様々なクランの高位探索者がこの調査依頼を受けていた。


 そうして調査を行ってみたものの、探索者側からの調査では何も分からなかった。


 国によっては証拠がないというのに探索者ギルドに直接メスを入れて調べる、という強硬派の主張が通ったケースもあったが、探索者ギルドはそんな無茶な要求を呑んでみせ、しかしそれでも何も発見できなかったという。


 それに加えて、オーストラリアの研究所と同様の存在が、どこの国でも見つかっていない、というのもまた問題だった。


 そのせいで確定的な証拠は存在しないまま、なんとも後味の悪いまま、解読した情報にミスがあったのだろうという結論に至り、一応の解決として扱われた、そんな事件である。



「私たちの知らないところで、何が行われているかなんて分かったものじゃないわ。もしかしたら、探索者ギルド側から強硬派の国々に対して何かしらの交渉が行われたのかもしれないし、本当に白だったのかもしれない。憶測だけで物を言い出したらキリがないわ。――でも、今回探索者ギルドが『ダンジョンの魔王』を交渉のテーブルにつかせたい、なんて言ったのが、もしもその実験の成功例だからこそ呼び出したいと考えれば?」


「――っ、まさか、それが狙い……!?」


「有り得ない話ではないわ。探索者ギルドが実験していたキメラ計画の成功例が『ダンジョンの魔王』であるというのなら、彼が人間の姿をしていながら魔物と会話できたというのも、一応は筋が通る。さっきの子を見る限り、人間よりもダンジョン側に立つという姿勢も、なんとなく理解できるわ」


「……人間に酷い目に遭わされた、ですか」



 過去を直視するのも嫌だと言わんばかりに逸らされたあの目を、丹波は思い出す。


 おそらく先程の少年は人体実験――いや、人体実験とさえ言えないような、酷い仕打ちを受けてきただろう、と丹波は思う。


 実際、オーストラリアの研究所では、失敗したクローンは身体の構築段階で失敗し、奇声を発する事しかできないような者もいたというデータがあった。

 やがてそれらが死ねば、得られる情報だけを吸い上げて、あとはゴミのように燃やし、消し、ゴミを捨てるかのように存在すらなかった事にしていたのだ。 


 そのような施設を探索者ギルドが支援し、運営していたのだとしたら。

 彼らが『ダンジョンの魔王』を使って何をしでかすか、分かったものではない。 



「……探索者ギルドが本当に関わっていたとして、かつあの研究を理解しているのであれば、実験の成果かもしれない存在が野放しになっているのなら、どうしたって回収したいはずよ」


「ですが、『ダンジョンの魔王』程の力があるなら、そのような要求を呑ませるのは難しいはず……――ッ、まさか……」


「……さっきの子が言っていた通りなら『ダンジョンの魔王』は同じ境遇だった仲間たちを助けようとしているのかもしれない。それらを人質として交渉する、なんて真似をする可能性もあるわ。あなたたちならこの状況の重さが判るはず。だから、あの子の存在、それにあの子の言っていた言葉は周囲には絶対に漏らさないで。せめて探索者ギルドが白であるという確証が取れるまでは、さっきの少年のことは他言無用よ。大重さんには私から直接伝えるわ」



 冴木、そして藤堂の二人も丹波の態度、そして情報共有を拒んだ理由を知り、顔を青褪めさせつつも、小さく頷いた。






 ◆ ◆ ◆






「――とまあ、そんな風に錯覚してくれる可能性が高いでしょうから、あなたのその設定は悪くないわね」


「……ねえ、ラト」


「あら、なぁに?」


「それならなんで僕、正座させられてるの? ほっぺも痛いんだけど?」


「ニグに頼まれたからよ」


「ア、ハイ」



 帰ってきてラトに報告というか相談というか、とりあえずこんな事があったよって説明したら、ほっぺ思いっきり両手で引っ張られるわ正座させられるわで、なんだか腑に落ちない――と思ったら、どうやらニグ様に頼まれたらしい。

 どうやらニグ様的には「話を広げすぎだ」との事なのだけれど、しょうがないよね、楽しくなっちゃったんだもん。


 ラトだって、僕の話を聞いてから爆笑してたしね。

 それこそ、すっごい楽しそうに。


 で、そんな僕に刑を執行していたラトが少し逡巡したかと思えばこれだ。


 どうやら僕が言ったクローン設定だけれど、それっぽい事件が本当にあったみたいだね。

 でも結局、その事件の真相が不明瞭なまま宙に浮いた状態であるおかげもあって、都合良く解釈してくれる可能性がある、という話をしてくれたところだ。


 それにしても、そんな話あるんだねぇ。

 僕が見た都市伝説的な話って、もしかしてその事件の情報が漏れたりしたヤツなのかな?


 まあいずれにしても、そういう事なら良かったよ。

 危ない危ない、メモとかしておかなくちゃね。



「なんかラト、めっちゃ楽しそうだけど? おかしくなった? だいじょぶそ?」


「あら、ごめんなさい。それより颯、今後はそのクローン設定をガンガン使っていきなさいね」


「ん? なんで?」


「ニグからもらった情報にあったけれど、『月華ユェファ』を知っているわね?」


「いえふぁ? なにそれ、イエティみたいなサムシング?」


「前に【愚者の磔、魂の焼失アフォーゴモン】を使ってあなたが殺し尽くした組織の名前よ。で、その組織がどうも件の実験に関係していたみたいね。家族、友人、利益を得た存在を対象にしている事を考えれば、場合によっては研究所がもぬけの殻になってる、なんて事もあるわね。そしてその研究で利益を得ていた者も消えている。つまり、存在すら忘れられて放置されているような代物もあるはずよ」


「えっ、じゃあ秘密の研究所が手に入る!?」


「ふふ、正解。そこにあなたの肉体端末に似せた出来損ないを置いて発見させれば、あら不思議。あなたの話は一気に信憑性を増してくれるわ」


「お……おぉ……っ!」


「だから、当面はそちらを探しながら、秘密結社とやらの中枢メンバー探しをメインにしなさい。私も協力してあげるわ」


「いいの!?」


「えぇ、もちろん。私としても、これで探索者ギルドと探索者の間で亀裂が走って、さらに何も知らない愚かな者を扇動して探索者ギルド、探索者を叩かせれば……ふふふ、いいわぁ。いい具合に混沌とした世の中が広がりそう。楽しくなってきたわね……。探索者ギルドにも分身体を送り込んで、あとは政治家も……あはっ」



 なんかラトがぼそぼそ喋って妙に恍惚とした笑みを浮かべているみたいだけど、こうしちゃいられない!


 秘密の研究所ってなると、うーん、やっぱり山の中とか鉄板かな?

 あ、でも木を隠すには森の中って言うし、もしかしたら普通の研究所の地下とかに隠してあったりとかもしそうだけど。



「というか、ラト。なんでそんな事件とか裏事情とかまで知ってるの?」


「ふふふ……――ん? あぁ、言ってなかったわね。だってその計画、元はと言えば私が誑か……んんっ、協力していたとある国の政治家が始めた研究だったのよ。だからその概要とか、どういう連中がやっていたのかって情報は掴んでいるわ」


「ほぇー。邪神っぽい力とかでなんかいい感じにしたんじゃないんだ?」


「やってないわよ。ニグとヨグがこの世界に干渉を開始した時点で、私は争う気なんて最初からないもの。だから、振り撒く狂気だって齎す混沌だって、ほんのちょっとだけにしてきたし、そういう力は自重していたの」


「へー、そなんだ」



 なんかよく分からないけど、まあ知る理由はあったんだね、普通に。

 てっきりアカシックレコードとかに接続して調べたというか、そういう裏技使ったのかと思ったけど、そもそもそっち使って何かしたらヨグ様が反対するかもだしなぁ。だから僕も気軽にそっち使えないんだよね……。


 まあともかく、だ。

 早速だけど、研究所探しの旅に出ようかな――なんて、そんな事を考えてわくわくとしていた、その時だった。



《――颯、ラト》


「あら、ニグじゃない。そっちは落ち着いたの?」


「あ、ニグ様ー。もう立っていい?」


《……いいでしょう。何やら面白い事になっていますし、もう少しすればラトに頼らずとも……いえ、まあそれはいいとして。ようやく、【勇者】と【魔王】が覚醒しました》



 ん、【勇者】と【魔王】……あっ、〝凶禍の種〟!

 すっかり忘れてた。

 そうだそうだ、僕ってば〝黄昏の調停者〟っていう黒幕ムーブが待ってるんじゃん!


 いやあ、充実してるね!

 学校でダラダラ過ごしてた日々とは全然違うから、毎日忙しいね。



《――そこで、世界全域に向けての【勇者】と【魔王】のお披露目、そしてルールの説明を行う予定です。そこで、颯。〝黄昏の調停者〟役とは別に、【諧謔】の道化師として、私の力を利用した全世界への同時配信にて進行役を担っていただけますか?》



 ……おぉ????

 もしかして、ついに始動??

 でも、【諧謔】の道化師としてって、どゆこと??







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