♰41 結婚や将来のことはわからない子ども。



 目を開くと、麗しい主治医が笑顔でベッド脇に立っていました。


「おはようございます。舞蝶お嬢様。お休み出来たなら何よりですが……異性をベッドに入れるのはいけませんよ?」

「モウシワケゴザイマセン」


 いつの間にか起きていた月斗は、絨毯の上で正座して頭を下げた。

 がしりと、氷室先生は握り締めている。

 とりあえず、ぺこりと挨拶。

 ベッドから下りて、タブレットで【おはようございます。氷室先生も、添い寝したかったのですか?】と上目遣いをする。うるうるっと見上げた。


「うっ……なんてあざとい……これに負けたのなら、納得です」


 ぼそり一人呟いて、顔を背けて眼鏡をクイッと上げる氷室先生。


 わかるわかる。

 もう氷室先生にとっては、私は可愛くてしょうがない女の子なんでしょう? 治すべき患者、守るべき保護対象、べた褒めしたい天才教え子。プラスで美少女となれば、もう甘やかさずにはいられない! 大抵のことは許しちゃうでしょ!


 先生は! 私に弱い! むしろ、激弱い!


「いいですか? 今そばに女性がいないので仕方がありませんが、異性と二人きりでベッドに入ってはいけません」


 ……だめだった。


 医者としての面を出してきた。むしろ保護者の面かなぁ。

 まぁ、世話役の月斗がベッドにいたのだから、彼がすべき説教なんだろうし、今後のためにも釘をさしたいのだろう。


「月斗のことを信用しているのはわかりますが、それがいつまで……んー、どこから話せばいいのやら。月斗と結婚したいと思っているのですか?」

「!?」


 結婚の話にギョッと顔を上げた月斗が、盛大にゴックンと喉を鳴らした。耳まで真っ赤にしては口を押えて、俯く月斗。

 だから、口を押えるって意味あるのかな……。


「……月斗の方は、少なくとも期待しているのですよ? 舞蝶お嬢様も同じ気持ちですか?」


 月斗と結婚……?


【将来のことはわからないし、私まだ結婚出来ない歳だし、結婚わからない】と回答。

 正直な気持ちは、月斗を撃沈させたらしく、絨毯の上に突っ伏した。


「では、結婚出来る歳まで、異性とは二人きりでベッドに寝ないでください。あ、三人でもだめですよ」


 笑顔で釘をさす氷室先生。


 さらりと、婚前交渉をするなと、約束させようとしたよ!?

 いや、まぁ、結婚が許されるのは16歳だから、それまで、シなくても別に……。いや、待て待て。なんでそこまで過保護にされなきゃいけないんだ。いいじゃん、添い寝ぐらい! マジで6歳の子に手を出すと思うの!? それとも、結構早い段階で、一線超えそうだと危惧しているとか?

 それって、私が年相応じゃなくて、賢いせいで?


「……私が何を心配しているか、わかっているのですね?」


 全然返事をしない上に、むくれっ面をした私を見て、むむっと眉間にシワを寄せた氷室先生は、子ども騙しは通用しないと悟ったもよう。


「いいですか? お嬢様が無防備に許しすぎると、吸血鬼の執着心により、欲が膨れ上がる一方となるのです。つまり、月斗はワガママにお嬢様をもっと、欲しがるのですよ。お嬢様の身体を。純潔さえも」

「……」


 ……月斗の方が、そういう意味で暴走する危険がある、と。

 目をやれば、真っ赤な顔を両手で隠して、プルプルと震えている。


【わかった。以後気を付けます。月斗の欲の状態は、氷室先生が相談に乗ってあげてくれる?】

「っ……。え、ええ……お嬢様のためです。彼の執着心も見張りましょう」


 ぶっちゃけ保護対象に性欲があるような話なんてされたくないだろうけれど、憐みの眼差しを向ける私の頼みを、なんとも言えない顔で、重く頷いた氷室先生。

 気を付ける、ってことで、この話はおしまい。


 朝食を三人仲良く済ませて、苦いお薬を飲み干して、身悶えてから、術式のお勉強。

 と、いうところで、バタバタと音が聞こえてきた。

 月斗が無警戒だったので、私も絶対藤堂だな。と、襖を見た。


「大変だお嬢!!」


 相変わらず、ノックなしの藤堂が襖を開けた。

 昨日の今日で”大変だ”と言われては、身構えるのもしょうがない。


「クラスメイトから手紙届いているってよ!! 友だちがいたのか!?」


 しょうもない理由で騒いでいたので、しらけた顔になった。


「どうやって届いたのですか?」


 同じく、しらけた顔の氷室先生がため息交じりに、藤堂が持っている紙袋を受け取ろうとする。


「教師が出勤前に届けてくれたんですよ。昨日は事件でお断りしたからな、さっき来た」

「念のために調べました?」

「もちろん。お嬢への手紙なんて怪しさ満点すぎるから、三回はウチの術式使いに、念入りに調べさせたんで、術式などの仕掛けはない! モノホンのお嬢への手紙だ!」

「そういうデリカシーのなさが嫌われている要因だと気付かないのですか?」

「え!? 俺、嫌われてんの!?」


 藤堂朝から煩いなぁー。

 総無視することにして、手を伸ばせば、氷室先生が紙袋をひったくってくれた。


「ひでぇな!?」と悲鳴を上げる藤堂を無視して、紙袋の中から順番に手紙を、机の上に置いてくれる。


 一週間分の宿題。授業について来れるように、という配慮らしい。お大事に、とのこと。

 なんか、めっちゃ気を遣って色紙まで書いてある。”はやくげんきになりますように”という類のもの。

 大暴れの一件でご機嫌を取りたいのだろうなぁ。担任がなんとか催促したのかも。

 手紙を書いてくれたのは、隣の席の子達だ。”ひばりさんがいないととなりの席がからっぽでさみしいな”という可愛い文字で綴られていた。”あの時はおしえてくれたありがとう”とまたお礼。


「子どもの字、きったねぇ」と。呟く藤堂。

 お前、マジ性格悪いな。


「違いますよ。お嬢様の字が綺麗なのですよ」と、宿題の文字を見慣れた氷室先生が、さらっとフォロー。


 ちなみに、字はなるべく難しい漢字は、書かないように努めている。

 記憶喪失前の筆跡は、苦労して真似なくてもいいけど、書く漢字は気を付けなければ……中身三十路女ってバレかねない。

 元々、丁寧な字を書く子で助かったわ。


「お嬢に友だちがいたなんて……ほんっと感動です」


 わざとらしく目元を拭う藤堂。

 うざいよ。朝から酷いな、お前。


「でも、これだけは教えてください。手紙を書いたのは、野郎ですかい?」


 懐の短刀を握る藤堂。

 情緒不安定か。大丈夫か、お前。


「え!? そうなんですか!?」


 ギョッとする執着系ヤンデレ吸血鬼まで過剰反応。


【藤堂、煩い。黙れ】

「煩い黙れ!? ちょっ! このタブレットおかしくね!?」

「タブレットに問題はありません。問題があるのはお前だ、藤堂」

「なんでだよ!!」


 タブレットを置いて、せっせと手紙を封筒に戻す。

 返事を書こうにも、手紙用の紙がなかったな。まぁ、屋敷にはありそうだけど。

 あったとして、私は手紙の返事を書くべきかな。

 雲雀家を離脱するなら、今の学校はどうなるかな……。そこまで学校を重要視しないから、わりとどうでもいいんだけど……まぁ、義務教育だし、通うことは通うんだろうなぁ。

 ただ、なるべくここから離れたいから、あの学校から通えないくらい離れることもあり得る。このまま、フェードアウトがいい気もするなぁ。

 いやいや。一応見舞いの手紙をくれたのなら、返事はあげた方がいいよね。ありがとう、の一言でもさぁ。相手は、健気な小学一年生よ。


「……お嬢の頭の中って、どうなってんの?」

「何を戯言を言っているのですか? 天才の頭の中を覗いたところで、凡人に理解出来るわけがないでしょう?」

「カッチーン!!」


 藤堂と氷室先生の会話を聞いて、ハッと我に返る。


 考え込みながら、宿題をスラスラと解いてしまっていた!!


【はずかしいから、そんなにみないで】


 わざと、ひらがなで打ち込んで、伝えた。


「急に子どもぶったぞ。なんなんだ、このお嬢」

「可愛いじゃないですか。こちらからすれば、朝から騒がしいあなたはなんなんですか? 徹夜明けでしょう。仮眠でもとりなさい」

「心配しなくても倒れねーよ」

「してませんよ。徹夜明けテンションが騒がしいので、一回寝てほしいと言っているんです」

「つめてーな!? それが一緒に死線乗り越えた仲間に言うことか?」

「気色悪い」

「素で嫌がんな!!」


 露骨に嫌がる顔をする氷室先生とツッコむ藤堂。

 このコンビ、愉快だなぁ。とはいえ、藤堂は本当に騒がしいので。


【藤堂。ちょっと可愛い便箋買ってきて】

「いや、徹夜明けだって……言ったところ。徹夜明けって、意味わかってない? いやわかってますよね?」

【私の好みじゃなかったら、買い直しね】

「すげぇー意地悪に、パシる気満々だ!!」


 本当にコイツ、徹夜明けだなぁ。

 警備、ご苦労様ですー。



 

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