♰44 初めての『式神』の作成中に闖入者。



 『式神』作成のため、依代(よりしろ)を便箋を張り付けて、紙の龍を作った。

 けれど、龍なんてかっこいい形にはなれずじまい。せいぜい大きな蛇さんだ。


「……龍を頑張って作ったのですね」


 戻って来た氷室先生も、私に気を遣った。きっと龍の方を作ったと思い、そう微笑みで労う。

 その気遣いが、痛いわ。


「護衛には申し訳ないですけど、言わないで庭にでも出ましょう。藤堂の部下には見られたくはありませんからね。あそこなら人目もない」


 こっそり出ることを伝えてくる。

 まぁ、昨日いた部下二人以外は、知らされてないような極秘情報だものね。

 見せるわけにはいかない。敷地内の移動も気を付けろとは言われていたけど、さっきの庭なら大丈夫だろう。


「ちなみに、これが『式神』作成専用の術式の陣です」


 氷室先生は、大きな和紙に、墨で書いた陣を見せてくれた。

 おお! 忍法の陣みたいだね!

 漢字っぽい難しい字を並べて、円っぽい模様が書かれている。


【こういうのは、書いておくんだね?】

「え? ああ、すみません。言い忘れておりました。通常の術式使いとは、普通特殊な紙と墨を常備して、それで術式を発動させるものなのですよ」


 苦笑の氷室先生に、目を点にしてしまう。

 んんん??? それは、最初に教えるべきことでは??? 初耳ですが!?


「お嬢様と私の場合、その道具は必要ないのです。そうですね、紙などが必要な術式使いのレベルは『普通』と言っておきましょうか。そして、術式を思い浮かべて気力だけで発動が出来る術式使いのレベルは『特別』です。また他者の術式を目に出来るほどの才能を持つ術式使いのレベルは『超特別』です」


 ほうほう……そういう位置付けで、ザッと把握すればいいのね?

 私と先生は『超特別』レベルに才能があると。


「ちなみに、お嬢様は、他者の術式を目にしただけで使えるようなので『超絶特別』レベルです」


 笑顔の氷室先生が付け加えた。

 超絶!? 『超特別』を超えた!!


「その才能を知られれば、他の術式使いはお嬢様の前で術式を使うことを避けるでしょうね」


 けらりと笑い退ける氷室先生。


「お嬢って、完コピが出来ちゃうんですか?」

「可能でしょうね。なんせ私の『式神』の名前を一度目で、すでに見ていましたから。あとは使い方のコツを覚えてしまえば、恐らくお嬢様が使えない術式はないでしょうね」


 月斗に問われて、氷室先生の鼻が高い。


「ええー! お嬢! つえぇえ! お嬢、最強!」


 興奮ではしゃぐ月斗は、それでも丁寧に作った龍もどきな蛇の工作を運び始めた。

 完コピで、最強の術式使いを目指せばいいんですか?

 ……確かに、バレたら誰も見られたくなくて使ってくれなさそうだわぁ。まぁ秘密なので、そうならないと思うけどね。

 ……でも、墨で術式を書くとか……お札を用意して戦う巫女みたいな戦闘スタイルで、中二病くすぐられます。

 見てみたいです。『普通』レベルの術式使い。

 戦闘服が巫女服っていそうな世界観だわ、術式使い。



 庭に出て、術式の陣を書いた和紙を地面の上に敷いた。

 氷室先生は「お嬢様、ここに空白があるでしょう? 術式の文字は、いわば暗号だと教えましたよね。こちらにこれから作成する『式神』の名前を思い浮かべて当てはめてください」と、空白部分を指差して、教えてくれた氷室先生。


 ……それ、難しくない?

 あの『式神』も複雑すぎる漢字みたいな長い名前だったけど、他の『式神』を知らない私には無理では……。まぁ、模様と変わらない暗号だと言われれば、適当でもいいのかな?


 氷室先生の許可ももらって、蛇もとい龍の工作は置かれた。


【これだけで本当に平気?】

「そうですね……お嬢様の特性がわからない以上、あまりむやみに入れない方がいいかと。相性が悪ければ失敗に終わります。失敗すれば、ただ気力を消耗するだけに終わりますしね」


 ふむ……。下手な追加はよくない、と。

 でもこの残念な工作だけじゃあ、味気ない。……あ、花があるじゃん。

 花はどうかと、指を差す。


「花ですか。お嬢様には相性がいいと思いますし、植物の生命力、つまり気力ならば『式神』の糧に最適でしょうね」

「……ちなみに、氷室先生。生き物って」

「禁忌です。依代に生物を加えると、作成者に大きな負担がかかり死にます。人なんてもってのほかです」


 月斗のもっともな疑問に、ズバッと答える氷室先生は、眼鏡をクイッと上げた。


 よかったわ~。人様を生贄にして『式神』を作られても困るわぁ~。

 まぁ、それが可能な場合、自我がある云々で”元々人だったから”という説が当たり前に出るから、ないんだとは思ってたけどね。


 花ではなく、庭師を捜してた私に気が付くと「あとで私から言っておくので、好きな花を使いましょう。何にしましょうか?」と、氷室先生は優しく促してくれた。

 というか、庭師を捜していないで早く済ませたいのだろう。藤堂に黙って出てきたし。


 私も、花を選ぼうとして悩む。

 どれがいいかなぁ。ガーベラを見つめていれば「何色にします?」と氷室先生はガーベラの前へ行く。

 何色……あ! と閃き、月斗を指差した。

 「俺ぇ?」とキョトンと自分を指差す月斗。

 私は、氷室先生に、目を指差して見せた。


「ああ、月斗と同じ黄色がいいんですか? 目にするのですね。わかりました」とくみ取ってくれた氷室先生は、蛇もとい龍の目のために、黄色のガーベラの花を二輪、摘んだ。


 ゴクリと喉を鳴らしている月斗は置いといて、反対側に咲き誇るダリアの黄色い花を一輪、ブチッと摘む。

 ごめんね、庭師さん!


 すでに書いた黒目の上に黄色いガーベラを置いたら、ダリアの花をバラバラーと上に添えるように撒いた。

 これでドヤッと、胸を張る。

 どうやどうや!?


「おおー!」

「ほう。センスがありますね。これだと、なお龍らしくなりましたし、華やかでいいですね。ダリアの花びらが鱗のようで、いいですね」

「あ。ほら、雲雀家に嫁いだっていう人の『式神』が、金色だったって記載されてましたからね! でも花で似せるとか、お嬢すごいっすね。なんか可愛いし」


 これは気遣いなしで、純粋に感心してくれていた。

 エッヘン! さぁ、やりましょうか! 屋敷のお外に出たことが、バレる前に!


「では陣に集中しましょう。気力を込めるようにして、これを依代にした『式神』を想像してください。完璧に再現は、不可能とは言われていますね。気力の質やらで多少変わっていくそうなので。あと依代に用意した物次第です。名前は決めましたか? お嬢様は直感型みたいのようですから、すぐに決まると思います。無理そうならば、私から候補を出しますので言ってください。でも、この際ですから、先ずは挑戦をいたしましょう。『式神』の名前を空白に当てはめて、感覚的に完成と思った時に、発動をすればいいのです。そのまま『召喚』です」


 コクコクと頷いて、氷室先生の説明に理解したと示す。


 ちょこんと、しゃがんで、両手を翳して、気力を込めた。

 金色の蛇、間違えた黄色の龍の姿を想像する。

 あまり、大きくても気力を持っていかれそうなので、小型犬ぐらいかな。

 注ぎながら、名前も決めておく。


 ガーベラの花言葉って、代表的なのが希望だったんだよね、確か。前世も好きで、部屋に飾ったこともあるから、調べて知ってる。

 それに、ダリアと一緒でキク科の花だ。

 黄色。希望。菊。花。龍。

 適当に、複雑に、暗号漢字を作って、名付けは完了。

 ……でも、なんだろう。

 気力を注いでも注いでも、どうもまだ足りない気がして、完成と思えない。


「おーい、ゴラぁ? なぁーにやってんだ? あん?」


 そこに後ろの方で藤堂の怒った声が聞こえてきたが、失敗したら気力の無駄な消費になってしまうので、私はこっちに集中した。


「しっ! 邪魔しないでください」

「わかってんだよ! いやだから何してんだよ! 外で術式やってんだろ! せめて俺にお声かけとけよ!」

「しーっ!!」


 こそこそと、三人が後ろの方で騒いでいるけど、私は集中集中。

 あとちょっとなんだよなぁー。でも、気力とかじゃない気がする。

 なんだろう。足りないのは……。


「コイツッ! 待てい!」


 しゃがれた声が上がったから、思わず、集中のために閉じていた目を開く。

 カマを持った庭師のおじさんが飛び出してきたかと思えば、するするーっと地面をくねくねと這う小さな蛇が、一匹。

 陣の中に、入ってしまった。

 その瞬間に””っていう感覚がしたのに、その感覚の衝撃にうっかり、集中力が途切れてしまう。

 そのまま、陣の上にあった依代は、


 あっ……!

 声を上げそうになったが、そこはなんとか堪えて口を押えた。


「「ああぁー」」と、代わりのように声を出す氷室先生と月斗を、うるうると、しょげた顔で見上げる。


「あの、その……初めてですから、仕方ありませんよ」


 なんとか笑顔を作って、泣きそうな私をあやす氷室先生。


「てか……だ、大丈夫なんすか……お嬢? さっき、

「「……」」


 ……そういえば、って話だった。

 死ぬほどの禁忌のはずが…………わたし、へいき……。


 私達は、真っ白になった和紙の上を見上げる。

 そして周りを見て、蛇の痕跡を探してみるが、いない。

 ので、追っていた庭師を見上げた。


「……闇に呑まれましたが……え? お嬢が、術式を? え? 奥様がそうでしたが……そのお歳で?」


 混乱している庭師の証言だと、やはり、依代の糧に巻き込まれたらしい。


 マズいと思ったのか、氷室先生は私の手を持ち上げて診察を始める。

 ……なんともないけど。ちょっと疲れた程度で。


「つか、おい。なんで、蛇なんかいんだよ?」


 青筋立てた笑顔の藤堂が、庭師の肩を掴んで確保し、問い詰めた。


「そりゃ入り込みますぜ、あれくらいのちっこい蛇ぐらい。野良猫すら入ってきますしね。蛇の方は外に投げるなり、駆除をしようと……」


 投げちゃだめでは。


「本物の蛇だったか?」と、目を鋭くする藤堂。

「ええ。脱皮途中みたいに皮を張り付けた自然の蛇でしたぜ」と、返す庭師。


 そう聞けば、確かに、なんか白っぽかったね。あれ皮か。下の方は、赤茶色っぽかったような。


「あれは恐らく、ジムグリの子どもでしょうね。毒はありませんが、お嬢様に噛み付かれてはたまったものではありません。これからもお嬢様は散策をするので、よりいっそう気を付けてください」


 氷室先生が、注意した。

 ジムグリ、へび?

 まぁ、毒がないならいいのでは。あれくらい小っちゃいなら。……巻きつかれたら、ヤバいんだっけ?

 それより、花を使ったことを謝っとこー。と、氷室先生の袖を引っ張って、花を指差す。


「ああ、そうでした。お嬢様が勝手に花を摘んで、ごめんなさいとのことです。ダリアの花を一輪、ガーベラを二輪摘ませてもらいました」

「あ、それはいいんですが……」

「部屋に戻りますので、藤堂は口止めをよろしくお願いします」

「勝手にやらかしておいて、勝手に押し付ける!?」


 ひょいっと私を持ち上げたかと思えば、月斗に持たせた氷室先生は和紙を拾うと、さっさと撤収した。


「お嬢、身体、本当に平気?」


 部屋まで抱っこしてくれる月斗が、確認するから大丈夫と込めて、頷いて見せる。


「……お嬢様。名付けた『式神』の名前は、しっかり覚えてますよね?」


 部屋に入ると、すぐに襖を閉めた氷室先生が尋ねた。

 もちろん。蛇の闖入(ちんにゅう)には驚いたが、覚えている。


「では……『召喚』を試してみましょう」

「「!」」


 さっきの『式神』を『召喚』する? つまり、完成したということ?


「成功したんですか?」

「だから、その確認ですよ。通常のように『式神』の完成形態を見れなかったですが、闇に呑まれたのは、『式神』を異空間に入れるような現象だと考えれば、完成したとも言えるかもしれません。完成したとなれば、すんなりと『召喚』が可能でしょう」


 月斗に答えると、氷室先生は”確認をしよう”と提案。

 なるほどねー、とぽむっと掌に拳を置いた私は、てとてとと、ベッドに乗ってポスッと座った。


「あの『式神』と同じく、名前で『召喚』です」


 一応、やり方を教えてくれる氷室先生。

 流石は、教える人だよね!


 大丈夫! と気合いを入れた拳を、二つ見せ付けた。

 頭を撫でて距離を取った二人を、視界の端で見てから、目を閉じた。



 

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