♰45 大蛇のような白い龍の『生きた式神』



 さっき作った文字。

 希望の希の方に黄を無理に並べて、菊の次に、花を三つ三角形に並べて、最後に龍をつけた字。

 ……発音するなら、なんて呼ぶべきだろうね?

 まぁ、それは置いといて、その文字を思い浮かべれば、『最強の式神』と似た気配を感じた。

 あ、これはちゃんと『式神』として完成されたな、と理解した。


 呼びかけてみれば、ボトリ。


 なんか重たそうな物が落ちた音がしたので、目を開くと足元に大蛇が落ちていた。


 ぎょえー!


 ギョッとはしたが、ちゃんとつぶらな黒い瞳の上には黄色のガーベラや、白くて長い身体にはダリアの黄色い花びらが散りばめられていて、便箋の横線やら金の縁とかも、よくよく見れば、依代として用意したそれが、巨大化したものだとわかる。

 一回り以上、大きくなりすぎているけど。

 ……でも、なんでつぶらな瞳が採用されて、ガーベラが大きな眉みたいになっちゃったの……。

 身体の方は、本当に鱗みたいに、花びらが散りばめられていて、いい感じだけども。


 とぐろを巻いた姿…………正真正銘、蛇。


「「……蛇」」


 月斗と氷室先生も、同じ感想だった。

 龍にしたかったのに、残念ながらが飛び込んで、まさに蛇となったッ…………無念っ!


 その蛇形態の『式神』は、するっと私の左足に顎を這わせてきたから、びっくり。

 でも、すりすりとしては、尻尾の先をご機嫌に揺らす。


「ちょっと、これ大丈夫ですかっ?」


 引き離すべきかどうかを迷う月斗。


「大丈夫ですよ。暴走でもしない限り、『式神』は自分を『召喚』した術式使いを傷付けたりはしません。ましてや、生みの親ですよ。この様子だと、卵からかえったひな鳥のように、無条件でついてきます。やはり、成功したのですね。しかも自我持ち、でしょうか。あの蛇が依代に加わったので、当然とも言えるでしょうが……お嬢様に負担がないのが、気がかりですね。本当に、なんともありません?」


 氷室先生は宥めると迂闊に触ることもなく、『蛇の式神』を観察。

 それから、怪訝そうに私を見た。

 生物が混入してしまったことで、私に負荷がないかと、警戒している。


【それより気になるのは、私、『最強の式神』と違って全然集中してないのに、この子を維持できてること。気力も減ってる気がしないけど、これって普通?】


 初見でビックリしてしまい、全然集中してない。

 『最強の式神』の時とは、全く違う。

 なのに、出来立てほやほやの『蛇の式神』は、維持が出来ている。

 むしろ自立しているとさえ思うくらい、私はエネルギーを与えていないと思う。


「それは……比較が先ず、天と地の差がありますからね。『最強の式神』の『完全召喚』の消耗と比べては……いえ、部分的な『召喚』と比べても、明らかに違うのですか?」


 混乱中の氷室先生は、はっきりさせようと尋ねた。

 そうそう。カマの刃先を出した時でも、まだ集中は必要だと思ったし、気力もそれなりに吸われた気がする。気がするレベルだけど。


【なんか自立型って感じ。『式神』の中には、そういうのもいるの?】

「……い、いえ……全ての『式神』は術者の支配下に置かれるわけで、自己防衛や敵の攻撃指令で動くものです…………じ、自立型の、『式神』……自我を持つが故に……?」


 あっれぇえ?

 基本的に『式神』って操るタイプのものばかりで、自我があるとはっきり示す『式神』っていないものなの? じゃあこの子、何???

 すりすりしては、ご機嫌に、ゆったりと尻尾を左右に振ってるけど?


「……生きた蛇が入っちゃったからでは? ほら、蛇自身の気力があるからその、なんつーか……『』?」


 月斗が笑みを引きつりながらも、そう言った。

 固まった氷室先生は、片手で自分の口元を押さえた。

 ……それだわ。

 この『式神』は生きているんだ。どうりで、こちらの気力を必要としないわけだ。自分のが、あるんだもん。


【餌があれば、ずっと私の気力を消費しないで、存在出来るのでは?】

「ちょっ、待ってください! スマホで、メモを、メモだけは取らせてください!!」


 めちゃくちゃ焦っている、というか興奮している氷室先生は、シュバババッと、指を電光石火で動かして、何やらスマホに打ち込む。

 研究材料として、メモ中かな。


 お前、生きてるの? うっかり入っちゃって、おバカさんだね。まぁ、生きているなら儲けだ。

 ……あれ? 転生仲間じゃない? 

 なんてお気楽に心の中で話しかけるようにして、人差し指で額を撫でる。

 気持ちよさそうに、黒い目を細める蛇。


「俺も触っていいですか?」


 しゃがむ月斗にも、私から許可を出せば、身体の方を撫でた。


「あ、花びらのところ、デコボコします」


 と言うので、私も目の上のガーベラに触ってみれば、上部だけが、花びらの感触を残しているのに、目にかかりそうな下部分は埋まっている。おかしな身体だ。


 そこで、スパンッと襖を勢いよく開く無礼者、藤堂の登場。


「うお!? なんかデカいのいる!!」


 『蛇の式神』を見て、ビックら仰天。


「さっきよりデケェ! なんだよこの大蛇! しき、がみ、か? え? アンタの?」


 なんか、懐から短刀を出せるように手を突っ込んでいる藤堂が、氷室先生に尋ねるが、メモの殴り書きに集中している氷室先生は完全無視状態。

 だめだ、応答がない。彼は、完全に集中している。


「えっと……お嬢の術式使いとしての特性を確認がてら、お試しに『式神』を作ってみたんですけど……」


 私の許可を得て、月斗が代わりに説明した。


「お試しに作っていいレベルなの!? 『式神』って! いやいや、昨日から学び始めたばかりのお嬢が作るって、おかしいだろ、絶対! 教える奴の人選、間違ってんな、他にしよう!」


 深刻そうにしかめっ面をした藤堂に異議を申するのは、私の術式の教師、氷室先生。


「私以上に舞蝶お嬢様の才能に追いつけるほどの天才術式使いはいませんよ。基本、術式使いの家系ならば、家で教えますが、母方の実家である緑山家はやめた方がいいでしょう。ほら、組長と結婚の際に揉めたとか。それで絶縁状態でしょう? ここぞとばかりにしゃしゃり出るかもしれませんので、現在は余計やめた方がいいですよ」


 一度は手を止めて、藤堂に言い放つけれど、しれっとまたメモを書き続ける。


 結婚で揉めた……?

 こてん、と首を傾げた。


「あー……なんか、蝶華さんに政略結婚、まぁちょっと訳あり? お家の方にいい話のある結婚があるから、組長との結婚を反対したんすよ。それで、もうほぼ駆け落ち状態で、蝶華さんが嫁いだわけです。絶縁状態なのは、しょうがないですよ。なんせどっかの名家に嫁げって、かなり強引に進めようとしたんですからね」


 私の疑問に応えてくれる藤堂。


「ええー? 雲雀家の当主よりも、いい縁だったんすか?」


 理解出来ないと、月斗が首を捻る。

 それな。裏の世界で、デカいヤクザの『夜光雲組』の組長よりも、いい相手なんているの?

 母は外見もよく性格も穏やかだったらしいが、術式使いとしては並みみたいだったし、欲しがった有力者の家って……先ず、いるの? どんな訳アリ政略結婚だったのやら。


「どこかは聞いてねーけど、そうだったんじゃねーの? まぁ、あんまよくねー家なのは、確かだな。お嬢が生まれても祝いの手紙一つ寄越さなかったとか。蝶華さんが亡くなった時もそうだ」

「藤堂」

「あ、すんませんっ」


 ベラベラと話す藤堂らしい。

 氷室先生は、呆れてため息を吐いた。やっとメモが終わったようだ。


「完全に絶縁した証拠もないので、血縁者としてしゃしゃり出て、お嬢様の才能に目を付ければ、親権も奪い取りに来るかもしれませんね」

「うげっ」

「術式使いとして育てる名目で緑山家に……、なんて、あり得ます」

「いやいや、それはマズいマズい」


 何故、真っ青なの、藤堂。

 私、誘拐されちゃう……。頼る気ないなぁ、そっちには。


「お嬢様を教えることが可能かどうかはさておき、建前が用意出来る家ではありますからね。他の教育者なんて探さない方がいいですよ。ちなみに、『夜光雲組』の中に、最適な術式使いなんていません」


 鼻で笑い退ける氷室先生。

 要約、自分だけが務められる。と、氷室先生は言いたい、と思う。


「で・は? お嬢の術式の先生サ・マ? なんでいきなり『式神』を作り出したんですか!?」


 腹を立てながら、イライラマックスの様子で尋ねる藤堂。


「お嬢様がご自身の特性を知るために、物は試しに『式神』を作成すると言い出したんですよ」

「物は試しでやっていいことなの!? 超初心者が!!」

「普通は無理ですが、可能にしてしまう超天才肌なので、この通り出来てしまいました」


 はい、この通りです。掌にまで、顔をすりすりする大蛇の出来上がりです。


「お嬢についていけん……」

「脱落宣言ですか? いいですよ。ついていけるのは、天才の私ぐらいですからね!」

「そこで張り合うなよ、うぜぇええ!」


 威張る氷室先生って、意外と子どもっぽいんだね。


「で? 結局、特性はわかったのか?」

「いえ、全然」

「……はぁあああ???」


 殺気マックスで、マジギレした顔の藤堂から、氷室先生は顔を背ける。

 そりゃ、昨日の今日で黙って屋敷を出られた護衛責任者からすれば、そんな危険を冒しておいて、結果がわかりませんだと言われれば、マジでキレるよね。

 落ち着け、藤堂。短刀を出そうとするのやめようか。


「アクシデントで、蛇が巻き込まれてしまったのです。……通常の『式神』とは違うものが誕生してしまって、それどころではありません」


 もう一度、尻尾ふりふりな大蛇を、掌で示す氷室先生。


「あー、さっきの蛇か。…………え? さっきの蛇が『式神』になったってこと?」

「そう、とも言いますかね?」

「疑問形なのは、何故だ」

「普通は、生物を素材には出来ないんですよ。術者が死にますので」

「なんつー危ないことをやらせてんだ!! どこが適任じゃボケ!!」


 またギャンギャン吠えている藤堂を尻目に、ハッと閃いた。


【蛇! 式神転生!!】


 ドヤッ! グッドタイトル!!


「転生ですか。生まれ変わったとなれば、そうですね」

「じゃがしい!! お嬢は無事か!? 無事なんだろうな!?」

「あなたの目は節穴ですか? お嬢様なら、そこで普通にドヤ顔しているじゃないですか」


 胸ぐらを掴まれて、揺さぶられた氷室先生は、スルーする藤堂のその手をぺしっと払った。


「お嬢様。まだその『式神』を出してても、気力は奪われていないと感じますか?」


 うん、全然。


「は? 『式神』を出してるのに、気力を消費してないと?」


 思いっきり顔をしかめる藤堂。


「もしかしたら、元からお嬢様は『式神』の類の術式は、気力の消費が極端に少ないのかもしれません。『最強の式神』をいきなり『完全召喚』出来た説明にもなりますが……この『式神』も、また異質。お嬢様が『式神』に関しては負担が少ないなら、それでいいのですが……この『式神』は、いわば『生きた式神』です。食事をとれば、自力で気力を補給しては、四六時中現実に居座ることも可能になるかもしれません」

「う、うっそだろ、それっ!? マジかよ!!」


 とんでもないと、藤堂は真っ青な顔で驚愕した。


「え? は? 何それ? 事例ある?」

「あると思います?」

「や、やべぇ、俺、さらりと、とんでもない瞬間に立ち会っちまったの?」

「それを言うなら昨日もそうですけどね」

「なんなの? お嬢はミラクル製造ガール?」

「ネーミングセンスなさすぎません?」

「うっさ!!」


 ……本当に愉快な二人だよねぇ。このコンビ。



 

 

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