♰76 父の着信は拒否するお嬢。



 めちゃくちゃ動くに動けずにいた美人美容師の北川さんに、続きをしてくれと、髪を指差す。

 ぎこちない笑みで、なんとか再開した北川さんには、切り過ぎないようにしてほしいものだ。


【あなたの刀について、聞いてみたいのですが、いいですか?】と、私の要求を問う。


「俺の刀についてか? 別にいいが……そっちも話してくれなきゃフェアじゃないですね」


 頬杖をついて笑う聖也の若頭。


「……」


 ムッとしてしまう。


「何をまた要求しているのですか? 『紅明』の若頭。あなたの要求に応えたから、こちらもお嬢様の要求に応えてもらうまでのこと」


 優先生が代弁してくれた。

 そうである。こちらはすでに教えた。次はそっちの番である。


「げっ。ガードかてぇーのなぁ? でもこっちだって手の内晒すなら、そっちも晒してほしいんですよ? 言ってることわかります?」

【でも、あなたのさっきの問いは、あなたにとってかなり重要だったのでは?】


 父がつまらない男かどうか。同盟の組の後継者としても知らなければいけなかったのだろう。

 天秤をかければ、十分のはず。


「うぐっ……なんでこんな手強いんだよ……俺がザコ?」


 呻く聖也の若頭は、自分の部下を振り返る。


「大丈夫です。お嬢様の前では、皆がそうです」


 しれっと言い放つ優先生に「落ち着け、氷室さん。言ってることヤベめですよ」と止める聖也の若頭だった。


「こんな頭のよさだと、同年代といても退屈そうですねぇ?」

「あー、それ。そう思います? 喉痛めてるから、学校を休んでますが、再登校始まるって言ったら、げんなり顔しちゃって……。あ、若頭さんの弟さんって、いくつなんです?」


 と、藤堂。普通に世間話を始めてしまう。


「舞蝶のお嬢様のお友だちに弟は期待できませんよ? 頭はいいですけど、五年生ですし……体質でやる気なしな奴なんで、お友だちはなぁ」


 ポリポリと頬を掻く聖也の若頭。


「その弟の目撃証言と、一致しないのはなんでですかねぇ? 弟が見た、やり返せない気弱そうなお嬢様と、別人と言えるほどに、ガラリと変わってしまった……何故? 才能が開花して、自信でもつきました?」


 頬杖をついて、その話に戻ってしまう聖也の若頭。

 藤堂達から、困惑の空気を感じた。

 優先生はポーカーフェイスだけれど、月斗もキュッと唇をしめて、藤堂も目を逸らす。他の部下まで、私の別人行動に思うところがあるから、顔に出てしまっている。


【ロクに関わっていないのに、その弟さんに私のことを知った風に語られる筋合いはないです】

「……それも、そうですね。いやはや、弟の目撃だけで決めつけて申し訳ございません。そしてやっぱり弟とはお友だちになれそうにないですね。元から弟は友だちを欲しがらずに、だらけたい質なんですがね」


 へらりと笑うと、頭を掻いた。

 ……弟、そんなにだらけた少年なのだろうか。若いんだからもっと活発に生きようよ、少年。私の方こそ、その子のこと、知らんけど。


「す、すみません。ドライヤー、かけていいですか?」


 恐る恐ると、ドライヤーを見せる美容師さん。会話を遮ってしまうからと遠慮がちでも、仕事の邪魔をする気はないと聖也の若頭は「あ、どーぞどーぞ」と促す。

 ドライヤーをかけ始めてくれれば、誰もが口を閉じる。

 気まずいだろうな、美容師さん。


 すると、バイブレーションで震えるスマホ。

 【雲雀草乃介】の名が表示された着信。父からだ。

 ピッと切った。


「……」

「……」

「……」


 画面が見えた藤堂と北川さんと聖也の若頭は、沈黙。

 またもや、同じ相手から着信が来たので、ピッと拒否。

 すぐにまたかかってきたので、ピッと拒否ボタンを押す。


「やめてあげてお嬢!!」


 藤堂が声を上げた。


 はぁ?

 こちとら喉を安静にしないといけないのに、電話かけてくるんだぞ? 普通に拒否だ、ボケ。

 親指で自分の喉を指差して苛立った顔を、藤堂に見せる。


「あっ。お、俺にかかってきたぁ……」


 と、泣きそうな情けない声を出す藤堂は、少し離れると電話に出た。


「何……? やっぱり父親となんかあるんですかい? 親子喧嘩中とか?」


 ドライヤーも止まっているうちに、聖也の若頭が尋ねる。


【どの家にも何かしら問題はあるものでしょう。あなたの家には何もないと言えるんですか?】

「舞蝶のお嬢様を何と表現したらいいものか……まぁ、そうですねぇ。俺の家にも色々あります」


 引きつった笑みのあと、仕方なさそうに、よそを向いて笑った。


「『紅明』の若頭さん……。ウチの組長が、アンタんとこの親父さんから情報をもらって、ちょっかいかけてねぇーかって聞かれたそうですが……」

「げっ! なんでバレた!?」

「ウチの組長がちょっかいをかけるなら、昨日の修理費を請求すると」

「かけてないけど!? お喋りしてるだけです!」

「それを組長に言っていいんですね? ありのまま」


 笑顔の藤堂は、ここぞとばかりに追い詰める。

 父がつまらない男かどうかを確認しに来たことを、直接言われてはたまらないと、顔色を悪くする聖也の若頭。


「わかったから! もう通りかかって挨拶しただけだって言ってくれ! 帰ります! お邪魔しましたー! あっ! 刀のことは、また機会があった時に」


 椅子から立ち上がった聖也の若頭は、さっさと帰ろうと、ぺいっと手を振って退散。手を振って見送った。


「え? お嬢が電話を出なかった? そ、それは、もちろん声が……」


 まだ電話中の藤堂は、そう父に話している。私を見るから、喉をグイグイと親指を突き付けてから、中指を立てて見せた。

 声が出せない娘に、その程度の内容の電話かけるんじゃねーよ。


「まだ声を十分に出せないんです!! な、なので! 電話は出れません!! あっ、お嬢の髪を乾かさないといけないんで、ドライヤーの音で聞こえなくなりますよ! もう若頭さんは帰りましたんで! 失礼いたします!!」


 ドライヤーを理由に電話を切った。


「それだけの用で、お嬢様に電話を?」


 呆れを通り越して、蔑んだ風の優先生。


「やめて……悪いのは、あの若頭さんってことにしてくれ……」


 早々に白旗を上げる藤堂。お疲れのご様子だ。


 その後、特に私のスマホは、うんともすんとも言わないまま、美容院で髪をキューティクルにしてもらい、切り揃えたあとにくるりとゆるふわカールにしてもらった。

 どやぁ、と腰に手を当てて、胸を張る。


「はい、写真を撮りまぁす」

「 ロリコン 」

「違います!! 組長に送るんですよ! ダメとか言わないでくださいよ!? 頼みますから! あと多く喋れないのにそんなことばかり声に出さないでくださいっ!!」


 ツッコミを入れて、スマホで写真を撮る藤堂。

 そんなロリコンに過剰反応しなくともいいではないか。からかってるだけなのに。


 お昼は、個室の高級レストランで和食を堪能。



 そのあと、名所の彼岸花の花畑へ連れて行ってもらった。赤い絨毯とところどころ、ピンク色もある花畑。緑色の長い茎の上に鮮やかに咲いた花がぎっしり並んだ壮観な景色に、テンションが上がり、月斗と手を繋ぎつつも、ぴょんぴょん跳ねた。キーちゃんも大喜びで周囲を飛び回っては、一輪をパクリ。

 食べ過ぎちゃだめよ? キーちゃん。流石に、ここで花をむしゃむしゃしすぎるのは、盗み食いである。


 キュッキュルゥ、と上機嫌に鳴くキーちゃんが見える優先生も藤堂も、月斗も口元を緩ませた。


 龍まで飛んでいる素敵な花畑。


 鮮やかな赤い花を揺らす秋の風に吹かれて、綺麗にしてもらったばかりの髪が舞い上がる。

 前髪を整えるように、掻き上げると、隣でゴクリと喉を鳴らす音がした。

 見上げてみると、月斗が口を押えて片手で隠していたが、赤らんだ頬は隠し切れていない。


「月斗?」と首を傾げれば、またもや、ゴクリと喉を鳴らしては、恥ずかしそうに呻く月斗だった。



 

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