♰75 まだまだな童顔の若頭。



 それに対して。


「何言ってるんですかい。お嬢は今喉を痛めていらしてるし、口止めに承諾しておいてなんなんですか。ウチの組の所有建物を燃やし尽くすようなことしておいて……あそこの改装費用がバカ高いんですよ? わかってます?」


 呆れた半目で藤堂が言い返す。


「ボンボン、ボンボンと火力全開で放って、放火魔ですか? お嬢様に文字通りの火消しをさせておいて、何様の態度ですか? 請求されたいんですか?」


 優先生も容赦なく援護射撃。


「うぐっ!」と呻く青二才。

 というか、まだ高校生くらいの少年である。まだまだだ。


「あーやだやだ。大人は融通効かなくて嫌ですよねー? 雲雀のお嬢様」


 私に共感を求めてくるのは、何故。

 そもそも、本当に秘密の口止めをさせにきただけ?


「……事実」


 黒マスクの男性は、極端に短く告げる。


「燃やしすぎだ、若」


 超長身の男性も追い打ちをかけるから「うぐっ!」と、ダメージを受けるグラサン少年。

 相当やらかしている自覚、自他ともにあり、か。


【他言無用でよろしくお願いします】と、一応要求に応えてみたが。


「……小一だよな? 他言無用って言葉、習ったっけ?」


 タブレットを指差して、部下二人に確認するグラサン少年。


 しまったー。またやらかしましたー。

 まぁ、どんな四字熟語を何年生に習ったかなんて、はっきり覚えているわけがないから、首を傾げるだけの部下二人。


「お嬢様は聡いのです。もうご用は済みましたよね。お帰りください」

「あはは、そうカッカしなさんな。氷室さんよぉ。アンタが聡い子に育ててるわけ? 天才に教えを乞わせるとは、贅沢だが、本人が引き受けると承諾する程だ。お高いアンタも、認める天才なのは間違いないんだよな?」


 優先生はすぐさまに帰りを促すが、笑い流すグラサン少年は、ニヤニヤしながら私の才能の高さを問う。いや、探っている。


「でも解せねぇなぁ」と、顎をさすった。


「氷室優にしたって、この渦巻(うずまき)奏人(かなと)だって、その界隈に名が轟く。才能が優れているが故にだ。むしろ、天才なら、名前が広まって当然の界隈だろうが。そっち面を身につけるって言うなら、なんで秘密にしたがるんだ? 最年少の天才じゃん。今名を広めないで、どっかにいいタイミングでもあるわけ?」


 ……なまじ頭がキレると厄介だ。マズい流れだな。

 あの黒マスク、うずまきかなとって言うのか。

 優先生から聞いたことある。確か、声で術式を使う家系で、最強だとか。


「名声より、お嬢様の安全なんですわ。今回だって、才能をねたむ奴らの集まりじゃないですかい。まだそんな時でもないんですよ」


 不快感を隠し切れない態度でも、無理矢理笑顔で答えるのは藤堂。


「ははっ。それそれ。つつくとすぐ噛み付きたそうな雰囲気になるよな、アンタら。このお嬢様のことになると」


 笑い声を上げて指差すグラサン少年。

 過保護な反応が気になってしょうがないのだろうか。

 藤堂達としては、守る対象に当然という態度を貫くが、グラサン少年は首を傾げる。くるくると回転椅子を左右に揺らしながら。


「でもよぉ。弟に改めて聞いたんだが、弟が見たお嬢様はさながら一人ぼっちで怯えて耐えた子ども。ライオンが子どもを崖に落とすような厳しい側付きの代わりに、過保護な吸血鬼がお世話係につくわ、主治医兼天才教師がつくわ。いきなり待遇が激変してね?」


 ニコリと私に向かって笑いかけた。彼の弟は、バッチリ私の冷遇を見て、兄弟して不審がっているのか。


「まさかとは思うんだけど。思いたくはないんだがな。雲雀のお嬢が天才だってわかって掌返しで待遇を変えたのかなーって。疑問でしょうがねーのよ。どれほどの才能か、かなり気になりはするが一番はさぁ。――――雲雀の組長が、娘の才能一つで待遇を変えるような、じゃないかどうかを聞いておきてぇんだよ」


 ギロリ、とサングラスをずらして、怒りに燃えているような赤い瞳を、藤堂に射貫くように向けた。

 なるほど。そう推理するのも無理はない。

 術式の天才的な才能が開花したから、待遇がよくなった、と。今までは、いじめられても助けない方針なのではないか、と疑っている。


「おいおい、口がすぎますぜ。若頭さんよぉ。ウチの組長を侮辱するのも、大概になさってください」


 まだ敬語を使っていてもブチギレの藤堂は、今にも武器を取り出してしまいそうだ。店内の護衛も。

 数では負けているけれど、グラサン少年は余裕綽々の様子。


「それだけは知っておきたい。秘密は守りたいが、モヤモヤ気になっちまってしゃーねーんだわ」


 と、けらりと笑う。


「違います! ウチの組長は一人娘を才能一つで態度を変えたり待遇を変えさせるお人ではありません!」


 キッパリと力強く断言する藤堂。

 まぁ、わな。私の才能に関しては、秘密にして隠し通すってことを告げたぐらいだ。

 私は、月斗にキーボードを出してと、ジェスチャー。鞄から取り出してくれたキーボードをタブレットに装着して、グラサン少年にメッセージを書き込む。


【私も聞きたいことがあるのですが……その前に、自己紹介しませんか? 私は舞蝶です。雲雀舞蝶】

「あーどうも。てか、待って? 俺のこと知らないんですか? うわ。知らないのにお喋りしてしまってすんません。てか何故教えないの、舞蝶のお嬢様の人達は」

「いくら頭がよくてもこの歳で、組関係者を頭に入れるなんて酷でしょうが! 若頭さんとは立場が違いますし!」


 げんなり顔なグラサン少年に、藤堂はムキになって言う。

 確かに全員の顔や名前を教えられても困る。特に、後継者でもなんでもないのに。


「んー、まぁ、それもそうだな。じゃあ、舞蝶のお嬢様にご挨拶を申し上げます。『紅明』の若頭、紅葉(もみじ)聖也(せいや)です。以後を見知り置きを。まぁ、お好きに呼んでください」


 膝を組んでケラッと自己紹介をしたグラサン少年こと、紅葉聖也。もみじって苗字なのかぁ。赤いけど、葉っぱだと思うと、似合わない気もするね。

 若頭かぁ。そっちが”舞蝶のお嬢様”と呼ぶなら、私は”聖也の若頭”かな。



 でもここはあえて、一つ頷いて「 グラサン 」と笑顔。



 一瞬、その場が固まったが「グフッ!」「ぷっ」と周りの大人が噴き出して笑いを必死に堪えた。


「ぐ、グラサンって……え? 何!? ピンポイントで!? 悪口!?」


 オロオロとする聖也の若頭は、グラサンを摘まんで気にする。


「正式な挨拶に、グラサンをかけっぱなしだから、ふふっ、じゃないですか? マナー違反ですよ」


 笑いを堪えながら、優先生は指摘した。

 いや気にしてなかったけど、確かにそうだった。グラサンは取るべきだと思うね。格上の組長の娘への挨拶だしね。


「っ! そ、それは、申し訳ございませんっ。改めて、紅葉聖也です!」


 やけくそな勢いでサングラスを外して、まともに顔をさらして挨拶をし直す。真っ赤な瞳。鮮やかな色でルビーのような瞳で、やはり、とても美しい。パチパチと目を瞬かせた。整った顔立ちだとは思っていたが……。



「 童顔 」と、思わず声に出す。



 濃すぎるサングラスをかけていたあとだから、際立つ。

 童顔。中坊と言われてもしょうがないくらいには、童顔な男子高校生だ。


 一同は、またもや噴き出した。


 ボンッと顔を赤らめた聖也の若頭は。


「なんでコンプレックスをピンポイントで!! そっちがマナー違反でしょ!? おいコラてめぇらも笑うな!!」


 と、サングラスをかけ直して真っ赤なまま怒るが、振り返って叱り付ける黒マスクと超長身の部下は、お腹を押さえて肩を震わせて笑ってしまう。

 黒マスクの方は、マスクのせいで呼吸が苦しそうだ。


 そんな黒マスクのうずまきって人に、キーちゃんがすいーっと向かってしまう。キーちゃんが見えない人が感じる冷気のせいで、ビクッと黒マスクの人は反応した。

 バッと周りを見回すから、キーちゃん、戻って、とお願いした。ピュッと、すっ飛んで戻ってくるけれど、聖也の若頭を横切るから、ポタポタとまた水滴が落ちる。


「ん? また水……。どうした? 奏人」

「……冷気」

「冷気、ねぇ? 冷気となれば、氷室さんが何かしたって思うけど」


 きょろりと目を泳がす黒マスクの人と、聖也の若頭は、優先生を見た。


「何もしてませんよ」


 腕を組んだ優先生は、さり気ない仕草で眼鏡を上げたが、巻き付いたキーちゃんを撫でて、結界の確認をしている。


「じゃあ、舞蝶のお嬢様ですかねぇ? 氷室さんが教師につくだけあって、属性は氷のようで。しっかしあの氷結は、その歳ではあまりにも強大な力ですな」


 ニヤリと持ち直した聖也の若頭に。



【先程はすみません。コンプレックスを隠したいサングラスなら、外した時、童顔が目立つので、他の手を使った方がいいと思います】



 と、タブレットを見せた。

 途中まで声に出して読み上げた聖也の若頭は。


「いや、俺のコンプレックスの話はいいんだよ! なんで小1にコンプレックスの助言されちゃうんだよ! なんなんだよ! このお嬢様は!」


 と、真っ赤になってツッコミ。


「グフッ! ウチのお嬢は、いい性格をして、プクッ、いらしてますっ……」


 笑いのツボに入った撃沈の藤堂。


「だろうな!?」と、やけくそな聖也の若頭は、また部下にも笑われていた。



 

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