【第参章・家出日和の誕生日にほぼ絶縁宣言】
♰74 発声練習してから美容院へ。
スッキリな起床。
ストレートヘアーにするために、月斗にブラシで梳かしてもらう。吸血鬼だというのに、薄い髪が陽射しでキラキラと優しい光を反射して眩いイケメンである。
お世話係兼護衛の影本(かげもと)月斗(つきと)。
美容院に行くので、髪のトリートメントがメインだけどカットも予約済み。なんなら、貸し切り状態で予約を捻じ込んだらしい。ひとえに、護衛も美容院の中に入って警護するためだとか。
…………ヤクザの占拠か。担当美容師が、可哀想。
昨日の事件の後片付けは済んだみたいで、夜には父達は帰ってきたらしい。
顎髭のダンディーイケメンの藤堂は、朝から部屋に押しかけては朝食を一緒にとりつつ、『トカゲ』は尻尾を残さず消えて、とっ捕まえた術式使いの組織は、他に仲間がいないか取り調べ中、という情報をもらった。
術式道具はまだ残っていて、特に危険な類の物もなかったが、まだ警戒中とのこと。
朝食の時間に、月斗と優先生に記憶喪失を打ち明けようとしたのに……藤堂、マジ邪魔。
こちらも朝から眩しいイケメンの氷室(ひむろ)優(すぐる)先生が、薬を差し出す。
藤堂はそんな食後の薬の時間まで残っていて、苦味が薄くなった薬を飲み、甘い飴をコロコロ。
「何故居座っているのですか?」
「なんでそう冷たいの? 俺、昨日アンタを助けてやったよ?」
「お嬢様の指示に従っただけでしょう。お礼を言うなら、お嬢様にします」
「ひでぇなおい。とにかく、お嬢は今日には単語で話すくらいいいって言ったじゃないですかー。俺もお嬢の声ってまともに聞いたことないんで。昨日は小さくてよく聞こえなかったし、特等席で聞きにきたんですよ。それくらいのご褒美あってもいいじゃないですか」
「弱味握られていただけのくせに、何褒美をねだっているのですか。ホント厚かましい」
「聞くくらいいいだろ!!」
今日もキャンキャン吠える藤堂である。
そのせいで、マジで居座るんだから、ホント、厚かましい。
「……」
そんな藤堂に聞かせる声かぁ。まぁいいよ、聞かせてやるよ。
てことで、優先生の袖を摘まんで引っ張る。
「わかりました。では単語三つだけ。発声練習がてら、やってみてください。ゆっくりでいいですし、力まないように、ご注意くださいね」
肩を竦めた優先生は、三本指を見せて、優しく微笑んだ。
ぽっすん、と膝の上に顎を乗せたキーちゃんの耳を押さえておく。
いや、意味あるかわからないけど。そもそも、そこが耳かはわからないけども。
「あー」と小さな声を伸ばす。
うん、大丈夫そう。
嬉々として月斗も、絨毯の上に座布団まで用意して座っている藤堂も、期待で目を輝かせて、待ち構える。
「 ばか 」
「……えっ」
藤堂に向かって真っすぐに、言ってやる声は、どう足掻いても可愛い。
小さくて、まだ掠れてはいるけれど。
「 アホ 」
「えっ……!」
ガーンとショックを受けた藤堂。ラストの単語を言い放つ。
「 あつかましい 」
と、ニコリ。
「ぐふっ……!」
ベッドの端に腰を下ろしていた優先生がツボに入ったようで、突っ伏して震える。
「ンンッ……こ、声……かわいっ、ンンッ、順調に回復しているみたい、で、何よりです」と、笑いを必死に堪える月斗も、プルプルと震えていた。
「んでっ! そんな! 冷たいんですか! 俺が嫌いなんですか!?」
「……」
「無言!? 無言の肯定ですか!?」
絨毯の上に拳をバンバン叩き付ける藤堂は、泣きべそ状態だ。
「落ち着いてください。もう三つの単語で発声練習したのですから、喉を休ませてくださいよ。満足したのなら、さっさと今日の警護の見直しでもしてください」
しっしっと手を振る優先生は、まだ笑いを堪えていた。
「アンタ! 絶対に悪影響だろ! 教育者向いてねーだろ!!」
「私とお嬢様は相性がいい教師と教え子ですよ? ねぇ?」
優先生に首を傾げられるから、頷いておく。
「俺にとったら、嫌なコンビだよ! チクショウめ!!」
嘆く藤堂は、やっぱりワンワン吠える。
そうだね、藤堂には嫌なコンビだね。残念ながら、いい師弟コンビよ。天才師弟コンビとお呼び!
「ま、まぁ? 俺は登下校中に仲良くなってみせるっ」
「藤堂さん。お嬢が手を振ってますけど、見えないんですか?」
「俺には何も見えねぇ」
お断りと手を振って拒否しておくが、なんか拳とともに決意を固め、プイっと顔を背けて見なかったことにする藤堂。
親切心か、月斗が教えるも、目を瞑る藤堂だった。
めちゃくちゃ登校が嫌になったわぁ~。くっちゃべる気満々なの? チャンスだと思っているとか、嫌だわぁ~。
そんな戯れをしてから、リムジンへ。
結界は発動したままだから、キーちゃんも一緒のお出かけである。
到着した美容院で、出迎えた美人美容師さんは「ようこそいらっしゃいました。担当の北川(きたがわ)です」と一礼した。
「見境ない」とボソッと優先生が呟いたのが聞こえたので、思わず藤堂を見上げる。
にこっと笑顔を交わす藤堂と北川さん。
……わからないけど、何かがありそうな感じはする、ような? いや、待て。優先生の勘が正しければ、藤堂は三人もの女性と身体の関係を保ってるってこと? 最低か??? さっきラストに”最低野郎”とでも言えばよかったよ。
まぁ、だからこそ、貸し切りが可能だったのだろうけども。
ヤクザ護衛が中を見回り、配置される物騒なお洒落美容院。
そこで一人、ヘアートリートメントをしてもらう。シュワシュワなヘッドスパ付き。その間、そばで椅子に座っている月斗といるキーちゃんが、尻尾の先でちょっかいをかけてきたので、軽くにぎにぎと握ってやった。
キュルキュルと笑うキーちゃん。ご機嫌だな。
「希龍もお出掛けにご機嫌じゃないですかい」
藤堂が笑う。
「あなたが得意げになることないですけど?」
冷たい声をかける優先生。二人も近い。
「あ。お嬢も気持ちよかったみたいですね」
スパが終わった私を見て、月斗はそう読み取ったので、気持ちよかったと笑顔を見せておく。
月斗も嬉しそうに微笑んだ。
プロの見立てで、また10センチほど切れば痛んだ毛は取り除けるそうだ。それで、シャキシャキと髪を切ってもらい始めた。
「お嬢、アニメの続きを観ないんですかい? クラスのお友だちとの話題のために最新話まで観ないと」
「あら。小学の一年生でしたっけ? 最近の流行りのアニメのどれのことですか?」
「少女がファンタジー世界で活躍するアニメですよ。ね?」
……セフレ関係の二人の会話に、巻き込まないでほしいなぁ。
なんか子どもの面倒を見ている藤堂の好感度が上がっている気がするから、いたたまれない。
指摘したら、普通に気まずいよな。私がもう気まずいんだけど。
割り切った関係ならまだしも、好意を持って膨らませるの、やめてくれ……。
付き合う筋合いないし、私も気を遣うことないもんね。言っちゃおうか。そうタブレットを持つと。
「藤堂さん!」と、入り口から声が上がる。身構える一同。
「予約なしだが、空いてるみたいじゃん。邪魔すんぜ? 雲雀のお嬢様方」
扉を守っていた護衛を押し退けて黒マスクとリングピアスをずらりと耳に並べた青年の後ろから、あのグラサン少年が、ニヤリと不敵な笑みで入ってきた。その後ろから、二メートルはある上に猫背な超長身の男がのっそりと入る。
「……何用ですかい? 『紅明(こうめい)』の若頭さん。こちら、我がお嬢が貸し切ってるんですわ。お引き取りを」
険しい顔の藤堂に合わせて、店の中の部下もピリピリと警戒。
「そのお嬢様の秘密についての話をしに来たんだ。他に話すこと、あったっけか?」
首を傾げられた藤堂は、グッと押し黙る。
「風間警部と話がついたはずでは? 口止めはきっちりされたはず」
厳しい眼差しで優先生が言い放つ。
彼には、風間警部が口止めを済ませた、と連絡が来ていた。
「ええ、ええ。きーちりと、口止めされた」
私の隣の席の回転椅子に座り、クルッと私の方に身体ごと向けたグラサン少年。
「でも、本人が秘密を守ってくれと、頼むのが筋じゃないんですかい? 雲雀のお嬢様?」
にんやり、と口元を吊り上げて、少し下げたサングラスの向こうから、鮮やかな赤い瞳で見据えてきた。
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