♰77 月夜の告白は純愛の誓い。




 家に帰って、夕食が終わり、藤堂が部屋をあとにしてくれた。なんか用があるとかで、外すらしい。

 今が絶好のチャンスではないか。やっと記憶喪失の話が、月斗と優先生に話せる。そうタブレットを持ったのだが。


「舞蝶お嬢。いい月夜なので、少し食後の散歩をしませんか? ……お話がしたいのですが」


 いつものように明るく笑いかけてきたが、月斗は緊張した風だった。

 キョトンとすれば「いえ、聞いてほしいことがあるのですが……」という。

 大事な話があるの……? なんだろう。

 首を傾げつつも、いいよ、と頷いておく。


「暖かくしていってくださいね」


 優先生は、予め聞いていたみたいに肩掛けを、私にかけて送り出す。キーちゃんは私のベッドの上ですやすやしているので、残って面倒を見てくれるのだろう。


 月斗に手を引かれて、庭に出てる。

 本当に、三日月が綺麗な空だ。隣を歩く月斗は、緊張しているようで、無言。

 なんだろう。こんなに緊張するような話って……。


 まさか、影の特殊能力を使ったせいで、私から離れることになったとか?

 え? 嫌なんだけど???

 父がそんな命令したら、シメる。ヒョウさんに切ってもらうわ。そしたら、今日の吸血鬼の執着症状もわかるけども……。離れたくないって思いで、症状が出たとか。でも、それならもっと早くに月斗の異変に気付いたはず。いつ言われたのやら……?


「あ、えっと……あのベンチでいいですかね?」


 くいくいっと手を引いて気を引けば、月斗は慌てて庭園のベンチまで連れて行ってくれて、座らせてくれた。

 そのまま、目の前で片膝をつく月斗。


「あ、あの、ですね……舞蝶お嬢様」と早速、本題に入るようだ。


「氷室先生に忠誠を誓ってもらったじゃないですか。あの夜、お嬢が寝たあとに話してたんですけど……」


 目を泳がす月斗。

 優先生みたいに傅いているから、忠誠を誓うって話、かな……?


「氷室先生が、大昔のとある吸血鬼の執着の話を教えてくれました。一目ぼれしたとある国のお姫様を拉致して、監禁して餓死するまで眺めていたという異常行動の吸血鬼の執着心」


 ……不穏な話を始めたね……?

 ヤバい方のヤンデレにいくって話なの?

 陽気な吸血鬼、執着系ヤンデレ月斗くん……いつの間に。


「吸血鬼って、人に対しての執着は喉を鳴らして症状を表しますが、思考でも執着しちゃうみたいなんですよ。一目惚れしたお姫様が餓死するまで見ることに囚われて、吸血鬼はそんな異常行動をしたんです。吸血鬼は、そんなことをしでかすかもしれません」


 ん? 忠告の話? 思考にも執着するってことか。

 吸血鬼の異常行動の理由としては、流石、優先生の推察だと思う。


「前にも執着して襲った吸血鬼が、何を考えていたかはわかりませんが……でも、信じてほしいです。俺はっ、俺はお嬢を傷付けませんっ!」


 あ、そういう話? 監禁宣言かと思った~。疑ってごめんごめん。



「俺は舞蝶お嬢に執着しています」



 喉を押さえる月斗は、空に浮かぶ月よりも色が濃い黄色の瞳で見上げてきた。


「最初、お嬢は、俺を保護してくれる組長のお嬢様……触るなって言われたから、すれ違う時だけ、一方的に挨拶しただけの仲でした。だから、退院した日の夜に会った時も、迷ったんです。声をかけるのも。ただ気になって。そしたらお嬢、初めてまともに見てくれた。……俺の、目を真っ直ぐに見てくれた。お嬢から、触ってくれた……」


 月斗の右手が、私の手を取る。慎重な手付き。包み込むように、握った。


「可哀想だから、何か出来ることをしたかった。同情の行動に、お嬢はいつもお礼を言ってくれました。声が出なくても、口を動かして、文字を見せて、笑顔で……感謝を伝えるお嬢。優しくて、可愛いです。お嬢は酷い仕打ちを受けていたのに、強いです。グールに押し倒された俺を助けては、俺の怪我の有無を確認するお嬢はかっこよくてすごいですっ。その時、初めて喉を鳴らしてしまいました。執着、しちゃいました」


 顔を真っ赤にする月斗の告白を聴きながら、そういえば、あの時が最初だったと思い出す。

 ゴクリと喉を鳴らしたくせに、慌てふためいて口を押えた月斗が、妙だと思った。


 告白。

 あれ……? もしかして……これって、愛の告白しようとしてる……?


 と、ようやく、状況を把握した私。


「お嬢とはもうすぐ13歳差ですけど、でもお嬢、まだ6歳だし、ってことで、必ずしも執着心が恋心に直結するわけじゃないと母が言っていたので、断言は出来ませんでしたっ! でもっ……でも、昨日、俺っ……!」


 両手で私の手を握った月斗は、祈るように続けた。



「舞蝶お嬢の”ありがとう”って声に、愛しいって気持ちが爆発しましたっ」



 耳まで真っ赤にして、月斗は健気に告白する。



「俺はあなたに執着しています、舞蝶お嬢。俺をそばに置いてくれるあなたのそばにいたいから」



 真剣な黄色い瞳で、執着を告白する。


「舞蝶お嬢がつけてくださった名前に執着しています。もう二度と名前は変えません。呼ばれるだけで、喉を鳴らしてしまうくらい、執着してます。あなたに感謝されることがこの上ない喜びなのでおそばで生きることをやめられません。捨てられないように頑張りますので、どうか俺を手放さないでください」



 ヤンデレと呼ぶには、あまりにも、健気で――――そう、純愛にも思える想い。



「俺は舞蝶お嬢が好きです。大好きです。愛しています。でも、今のお嬢に想いを返してほしいとか、そういうことを押し付けるつもりはないですっ。ただ、お約束を。いえ、誓いを立てさせてほしいのですっ! 俺はお嬢を裏切るくらいなら死を選びます! この先、俺は変な思考に囚われたりしません! お嬢に信じてもらえるように”お嬢を傷付けずにお守りする誓い”に執着します!」


 執着をすればそれに囚われる習性のある吸血鬼の執着の――――純愛の誓い。


「 月斗 」


 ふふっと、笑ってしまう。

 月斗は目を真ん丸にすると、ゴクリと喉を鳴らす。真っ赤になって照れているようだ。


 月明かりでよく見える。今夜の月は三日月のくせに明るいな。


 月斗の頭を撫でながら、空を見上げた。黄色というより白っぽい三日月。


「お嬢、好きぃ~!」と、言ってはゴックンと喉を鳴らす月斗。


 お前、絶対それ求愛症状では?


 と、ツッコもうとしたが、気が付く。


 夜空に浮かぶ三日月の月光を反射させた刃が、月斗の首に突き付けられた。




 

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