♰78 記憶喪失のお話。
告白に夢中だった月斗は、後ろを取られた。
いや、相手がやり手なのか?
刀を突き付けたのは、小さな丸眼鏡をかけた細身の男性だ。見かけない人だが、藤堂も後ろに見えたので不審人物ではないみたい。
「身の程知らずにも、雲雀舞蝶お嬢様に求愛など……! 腐れ外道な吸血鬼め! 討伐してくれる!」
「やめろ、増谷(ますたに)。月斗も庭で愛を叫ぶとは……バカすぎんだろ、まったく」
お怒りの丸眼鏡男が、月斗の首を切らないように、藤堂は肩を掴んで止めた。そして呆れて額を押さえている。
告白はバッチリ公開告白となってしまったのか。
いや、待て待て。
増谷? 例のトラウマで死にかけたかつての護衛って、この人? うげー。マズイ。
「……この人が例の増谷さんですか? なんで本邸にいるんです? お嬢に伝えてないですよね」
刀を退かすと、月斗は身体の向きを変えて、中腰で私を庇う姿勢を作った。
そうだそうだ。聞いていない。
「俺だってさっき組長に呼び出されて知ったの! 昨日目が合っても拒絶反応もなかったから、臨時で組長の護衛任務についたわけ。元々腕は買われてたし、加胡さんが後片付けに奮闘している間、滞在することになったんで、その挨拶に来たんですよ。お嬢」
…………昨日、目、合ったの? いつだったのか、心当たりすらないんだが。カマかけられてたりする???
月斗を避けるような立ち位置に移動して、刀をしまうと彼まで跪いた。
「ご無沙汰しております。舞蝶お嬢様。もう二度と……顔を見せてはいけないとばかり、思っておりましたが……こうして再会出来て感激です」
「……」
頭を下げて片手を差し出す増谷に、私は反応を示さない。
正しい反応のし方、わっかりませーん。
私にとったら初対面である。
「……やはり……自分は許されないのでしょうか」
いつまでも手を取ってもらえなかった右手を握り締めると、憂いた顔を歪ませた増谷。
「拒絶反応が出ないだけありがたいと思うべきですよ」
やってきたのは、呆れ顔の優先生。肩には顎を乗せているキーちゃん。
欠伸を漏らして、夜空の月に気付きご機嫌そうに見上げた。
「二度と主治医の許可なく、接触を試みることはやめていただきたいです。いきなり顔を見せに来るなど、お嬢様のトラウマがぶり返したら、どう責任を取るつもりですか? 主治医として、組長にも釘をさします!」
ギロッと、眼鏡越しに睨みつける優先生。
聞かされていたら、優先生は私に事前報告をして確認してくれていただろう。
「し、しかし! 昨日は何事もなく通り過ぎました! 自分よりこの吸血鬼です!! 危険分子をそばに置くなど言語道断! 同じ轍を踏まないように! いえっ! あの日、トラウマを植え付けてしまった上に、何も出来ずに遠ざかったばかりにっ、お嬢様はっ……! っこれ以上は、お嬢様への害悪は切る!!」
立ち上がった増谷は刀を抜こうとした、対峙するのは月斗だが、険しい顔で離れる素振りを見せない彼と睨み合い状態。
「待て待て。聞こえたろ? 月斗はお嬢を傷付けないで守る誓いに執着するって告白。例の犯人でも、あのアホな吸血鬼でも、ない。違うタイプの吸血鬼だ」
「しかしっ」
「あと、組長もアンタも、なんと言おうとお嬢が手放さないから、切ろうなんざ許されると思うか?」
藤堂は宥めると、そう真剣に告げた。
私もそうだと示すように、月斗に手を伸ばして片手を握る。
キュッと握り返す月斗を見て、悔しげな増谷。
「身分違いにもほどがある恋慕! けしからん!」
「そうですか。やっと信用出来る相手がたまたま吸血鬼で、あなたが元凶のきっかけで始まった冷遇の最中、彼はあなたと違って手を差し伸べて助けていたというのに、あなたはお嬢様の恩人を切るのですか」
喚く増谷に容赦ない優先生。
「うぐうっ」と、目に見えて激しく動揺して呻く増谷。
「舞蝶お嬢様。もうお部屋に戻りましょう? 夜風に当たりすぎても身体に障ります。温かい飲み物を用意させましたので、それを飲んだら今日は休みましょう」
打って変わって、優しく微笑みかける優先生。
うん、とコクリと頷いて見せる。それから月斗と繋いでいる手を引っ張って、抱っこを要求。
抱えてもらうと、増谷がかなり物言いたげに月斗を睨んだけど、月斗は知らん顔。
「あとで組長に釘をさしますが、あなたもお嬢様には近付かないでください。目に見えないだけで、我慢しているだけかもしれませんので。くれぐれもお嬢様の部屋付近をうろつかないように」
「っ!」
優先生は、やはり容赦ない。
我慢してるだけだと言われては、押し黙るしかない増谷。ギュッと、刀の鞘と拳を握り締めて、顔を俯かせた。
「待って? 釘さしに行くって知らせるの俺?」と問う藤堂なんて無視して、部屋へと戻る優先生達。
マッズいなぁ……。
今のは、声を出さなかったからセーフみたいだけど、流石に口を開き始めれば、あの増谷は別人だと気付くんじゃないだろうか。
妻の死後、接触をロクにしなかった父は、もうよくわからないけど、護衛としてそばにいた増谷のことは余計わからない。
母の死後の『雲雀舞蝶』を、間近で見ていたとは思うけど……。
バレて増谷が指摘する前に、私から二人に話さないと。そして、今がチャンスである!
喉にいい紅茶を一口喉に流し込んだあと【私も二人に聞いてほしいことがあるの】とベッドの上でタブレットの画面を見せた。
「はい。なんでしょうか?」と、先程まで研究レポートでも書いていたのか、ノートパソコンを畳む優先生。
【二人の誓いは、変わらない? 取り消したりしない? 私から離れない?】
正直不安なので、そう眉を下げて見せ付ける。
目を丸めると、顔を合わせる月斗と優先生。
二人揃って、ベッドのそばに両膝をついて、私を見上げる形で優しく微笑んだ。
「変わりませんよ、お嬢」
「はい。忠誠を取り消すなんてよほどなことが……いいえ、何があっても、そんなことにならないと思うので大丈夫ですよ。何か、不安が?」
安心させてくれる二人。
しっかしなぁ……。私は結局、黙っていたから、罪悪感があって、それが不安要素だ。
【ごめんなさい。黙っていたことがあるの】
浮かない顔を見て、怪訝な顔をする優先生。
月斗は心配げに私を見上げて、膝の上に手を置いてくれている。
その膝に顔を乗り込ませるキーちゃん。私の感情が伝わっているのか、キーちゃんも不安げに見上げてくる。
「 私。記憶ない 」
と、声に出して、告白した。
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