♰79 最低変態覗き魔ロリコン。



 部屋の時間が止まる。

 私が動き出して、伝えるための文字を打ちこむ。


「記憶って……えっと?」


 戸惑った声をやっと絞り出す優先生の質問に答えられる文章を見せる。



【高熱中に記憶がなくなっちゃった。今までの人生を覚えてないの】

「「……!!」」



 衝撃を目に見えて受けているとわかった二人は、口を大きく上げて絶句した。


「……えっ? じゃあ、俺が惚れたのって……?」


 そうなるね、と月斗に頷いて見せる。


「それでっ……別人のように、と周りがっ……! 何故入院中に言わなかったのですか!? あっ、すみません、責めているわけではっ……ちょっとあまりにも予想外でしたので、取り乱しました」


 額を押さえた優先生は、声を上げてしまったが、すぐに我に返って謝罪をする。


「今までの人生を覚えていないって……本当に思い出がないということでしょうか? 高熱を冷ました入院中、日常生活には支障ないようなので、知識などに支障は」

「待って!? 俺、初日に吸血鬼について訊かれた! 吸血鬼のことも忘れちゃった!? 知らないのに、俺、血塗れを見せちゃった! ごめんなさいお嬢!!」


 初日を振り返っていた月斗は、質問の理由に思い至って、青い顔で縋るように謝罪してくれた。


「トラウマに深く関わるから、吸血鬼の知識も消えた……?」と、優先生は推測する。


 いやごめん。普通に『今までの雲雀舞蝶』の記憶が消えただけなんだ。

 むしろ、ゼロにリセットされて、前世の私が出てきた感じ。薄々思っていたことなんだけど、『今までの雲雀舞蝶』は本当に消えてしまったのだと思う。


【トラウマの話をされても、親を見ても、アルバムを見ても、何も思い出せそうにないの。まるで、記憶を代償に、起死回生の人格を生んだみたい。みんなが不審がるように、私も昔とは別人だと思うよ】

「「…………」」


 二人の視線は、本棚にしまったきり開かれていないアルバムに向けられた。腑に落ちたような顔をする。


 私は死んだ『雲雀舞蝶』の身体に生まれ変わったのかもしれない。

 それとも、苦しんだ『雲雀舞蝶』の願いを神様が叶えて、事態を打破出来る私の魂を入れたのかもしれない。代償は、今までの記憶。仮説は色々立てられるが、事実なんて、わからないだろう。


【月斗と優先生が誓ってくれたのは、今の私だよね? 今までの人生を知らない私でもいい?】

「……お嬢様」

「お嬢っ。いいも何も、今のお嬢に誓いを立てたんですよ? 過去を失くしてても大丈夫です。むしろ、つらいそれを覚えてない方がいいって思うなんて、俺はワガママですよね……!」


 ふるふると首を振って、申し訳なさそうに微笑んだ月斗が鋭い目つきをして、襖を振り返った。

 瞬時にそこへ移動すると、襖をサッと開いた。そこにはしゃがんで耳を当てて盗み聞きしていたのか、藤堂がいて、タブレットまで手にしていた。

 支えが消えて、倒れた藤堂のタブレットが、優先生の元まで滑ってきたので、顔を歪めた優先生はそのタブレット画面を見せる。今、私のタブレットを同じ文字が表示されていた。

 というか、ミラーリング状態。私のタブレットを、藤堂のタブレットが見れる状態にしてある。ピッと人差し指を下に下ろして指示を下せば、月斗は廊下を確認してから襖を閉めて、藤堂の口を塞いで目の前まで引きずってきてくれた。


 頬杖をついてニコリと笑みで、絨毯の上に倒れて口を塞がれて青ざめている藤堂を見下ろす。


【一応、入浴中にいじっているってわかってたけど、まさか仕掛けられたとは思ってなかったわ】

「!」


 ビクッと震える藤堂。

 私が入浴中は、部屋が無人になる。キーちゃんも入浴についてくるから、優先生も部屋に居座らない。月斗は入浴場の廊下までついてくる。

 画面をきっちりと拭いてから、わざと目立たない程度に親指の指紋を端に残していてみたら、浴室から戻ってみれば、その指紋の跡が綺麗に拭き取られていたのだ。

 中身を覗いたのだろうと思っていたが、会話のために残したメモぐらい別に問題ないと思っていたが……リアルタイムで覗き見されるとは思わなかった。


「呆れましたね……盗み見ですか。最低変態覗き魔ロリコン」

「もごー!!」


 蔑む優先生の罵りに、藤堂は違うと否定するように叫んだが、絶賛吸血鬼に口を塞がれているので、はっきり聞こえない。


「すみません、お嬢。話に夢中で、周囲の警戒を疎かに……」

【しょうがない。告白中だったから】

「あ、はいっ」


 しょぼんと落ち込む月斗は、それくらい告白を夢中でしていたことに赤面しつつ、もがく藤堂を押さえたまま。


【藤堂は記憶もない私に、チクチクと棘のあること言ってきたよね?】

「!!」


 タブレットを見せて、笑ってから次の文を書き込む。


【記憶喪失を抜きにしても、よくもまぁ孤独な子どもに不満をぶつけたものね。この家は、組長を筆頭に酷い大人で困るわ。出ていくから、ちょっと知らないフリしててよ】

「っ!?」


 驚愕で目を見開いたあと、ブンブンと首を左右に振る藤堂。


「お嬢様。まだ行き先を確定していないのですから、今すぐ出るわけではないですよね?」


 優先生は藤堂を気にすることなく、私に確認した。うん、と頷いて見せる。


【頃合いを見て、風間警部に相談するつもりだった。最初に記憶喪失の話を二人に打ち明けようと思ったけど、藤堂には聞かせるつもりなかった】


 優先生に見せてから、絨毯の上の藤堂にも見せる。

 ぴくぴくと眉を震わせる藤堂。


【黙っててくれるよね? こっちは責めてあげてないんだから、黙っててくれるでしょ?】と見下ろす。


 自分がマズい状況にいることはわかっているはずの藤堂は、ツンツンと月斗の手をつついて放すように要求した。

 月斗が私の許可を得て解放すれば「ふはー!」と息を吐き出す藤堂は「吸血鬼のバカ力め」と恨めしそうに睨み付ける。


「ゲホッ。先ず……その、お嬢に不満をぶつけたとか、そんなつもりはなかったんです。申し訳ございません」


 おずっと、気まずそうに頭を下げる。あぐらかいたままだけど。


「かと言って、出ていくのを止めずにはいられませんし、記憶喪失を黙ってろだなんて!」


「 弱味 」と一言。

 押し黙った藤堂の顔色が、また悪くなる。


「え? ま、まだ揺さぶる気なんですか? ちゃ、ちゃんと作戦には協力したじゃないですか!」

【この弱味で二度と揺さぶらないとは、言っていない】

「鬼かアンタ!! 鬼が入れ替わったんじゃないですか!?」


 暴言を吐く藤堂の頭を、優先生はひっぱたいた。


「その口が悪いんですよ? お嬢様に悪い口を利く口を縫い付けてしまいましょうか? 大丈夫、私は仮にも医者です。綺麗に縫えますよ?」


 胸ぐらを掴み上げた優先生に、今回ばかりは噛み付けず「すみません」と、涙声で降参する藤堂。


「使用人二人」と、指を二つ折る。

「美容師」と、三つ目を折ると、ビクッとする藤堂。

 ホント、見境なしだったか。


 何故……と言いたげな青い顔の藤堂に、笑顔を見せておく。



【元から子どもの護衛を務めるには、素行に問題がある。護衛責任者の地位を、私が家を出る前に追われたくなければ、協力して黙っておくべきじゃない? それとも、もう加胡さんに怒られたいの? 失脚だけして痛手を負いたいのかしら?】



 ガクガクブルブルする藤堂。

 セフレをよりにもよって護衛対象のお嬢様に接触させているのだから、言い逃れも出来やしない。素行が悪いとチクられて護衛責任者の座を落とされるよりも、黙って協力していれば、もっとマシな地位につけるはずだ。それが賢明。



 

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