♰143 過去の事件と嫉妬。(聖也視点)



【聖也さんは燃太くんの意思を尊重すると思って、予め伝えるようには言いましたが、大丈夫でしたか? 仲のいいご兄弟で、喧嘩にならないといいのですが】 


 めちゃくちゃ気遣われとる……。

 家族間の問題は、お互い敏感にはなるわな。そりゃ。


【こちらとしては、私の将来の方針が決まれば、燃太くんにもよき友人としても、そばにいてほしいと思っています】


 ニッコリ笑顔の顔文字付き……。

 いい子なんだよ……いい子なのはわかるんだ。だから、燃太がつきたがるのわかるよ。

 わかるんだけどさぁああ〜! この敗北感よ!!


「と、というか……やっぱり、舞蝶嬢は、組長の座なんて目指さないんだな? 向いてるし、能力的にも年齢というハンデをなくすほどには、優れてるのにな」と、話を逸らす。


「舞蝶は家に帰らないでしょ。組にも入らないだろうし」


 げんなり顔をしないでくれ、燃太……。

 その点も、燃太と舞蝶嬢は、同じなのだろう。今更家には帰らない。


「まぁ、そうだな。言い方悪いが、もったいないな。『夜光雲組』の組長の舞蝶嬢なんて、最高にカッコよかっただろうに。てか、『夜光雲組』の後継者って決まってないんだろ? 今、家出された雲雀の組長、覇気ないけど、大丈夫なんですか?」と、叔父に振ってみる。


 忘年会で見た雲雀親子は、完全に絆が崩壊状態。よそよそしい上に挨拶一つ出来ないくらいに、娘との接し方がわからない父親。

 最強の男が、聞いて呆れるほどに、狼狽していた。娘が絡まれても、見ていただけ。ダメージを受けて落ち込んでいる場合じゃないだろ。

 イラつくほどに、腑抜けた姿。見損なったな。


 妻の死がきっかけだから、わかったような口は聞けないが、娘を助けないのは違うだろ、と俺も突っかかった。


 舞蝶嬢も、拒絶の姿勢。父親がうじうじしている間に、冷遇にすら気付かなかった彼を、見限っている状態なんだろうな。それで『夜光雲組』を継ぐなんて自体は、あり得ないな。

 その気もないだろう、微塵も。

 その証拠が、きっと家出だ。

 公安の預かりであり、将来も考え込んでいる最中。舞蝶嬢の進路に『夜光雲組』の組長の座はない。


「いや、私に聞かれてもね……わからないよ」と苦笑を零す叔父。


 確かに、叔父は表と裏を繋げるパイプ役を担う警察の上層部に所属している身だから、深くは事情を知れないのだろう。

「でも『夜光雲組』にはちゃんと後継者候補が分家でも何人かいるし、聖也くんのように、妖刀が選ぶかどうかを確認もするだろうね」とのこと。


 まぁ、そうなんだろうなぁ……。俺が妖刀に親父より選ばれた時を思い出す。


「現組長もまだお若いから、急いでいないとは聞いていたけれどね。ほら……三年前だったかな? 奥方を亡くされたこともあるし。そのあとにも、舞蝶お嬢様も事件に巻き込まれていらしたからね。身内に不幸が起きて、それどころじゃなかったのが正直なところじゃないかな?」

「あー……」


 三年前の雲雀の組長の奥方が殺害された事件。

 相手は、グールだとか。それが、家族の仲に亀裂が入ったきっかけ。


「……母親の死後、舞蝶嬢、なんかあったんですか?」

「うーん。『血の治癒玉』が使われるほどの事件があったんだよ。半年後にね」


 眉を下げて言いづらそう話した叔父に、俺達は目を見開いた。

 『血の治癒玉』! 吸血鬼の血と術式をかけ合わせて、致命傷の怪我も瞬時に治すもの。しかも、許可がなければ、所持も使用も許されない代物だ! それを使われたって大事件!


「あ、舞蝶お嬢様じゃないんだよ? 『血の治癒玉』は、確かに『夜光雲組』の組長の令嬢のために、当時の護衛の吸血鬼が所持してたものだけれど、他の組の吸血鬼が襲ってきて人間の護衛を負傷に追い込んだから、使ったと聞いたよ。その組、キッチリ潰されたから、そっちの方が話題に上がっていたよ」


 な、なるほど……。『血の治癒玉』が、使われるほどの事件があったが、それを上回る話題があったのか。

 道理で俺も知らないわけだ。確かにあったな。その頃に、雲雀草乃介が潰したっていう小さな組が。


「なんで襲われたの? 舞蝶に聞いてもいい……あ、記憶がないんだった」


 燃太が心配いっぱいの顔をして本人に尋ねていいものかと疑問を零そうとして気付く。

 そう。舞蝶嬢は記憶喪失。当然、それを覚えてないだろう。

 そうやって襲われてばっかりで、『夜光雲組』にいたくはないのも当然だ。父親は背を向けていたんだから、信用出来るわけもない。安全のために家を出た。が、しかし、『トカゲ』の奇襲に巻き込まれて……不幸体質だなぁ……。舞蝶嬢は。


「そうだね、これは人伝に聞くより、本人に聞くべきことだろうね。勝手に探ったような感じになっては舞蝶お嬢様も気を悪くするかもしれない」と、叔父は柔らかく笑って言ってやった。

「うん。そうする」と燃太は頷いた。


「そういえば、吸血鬼が喉を鳴らす執着症状って……別に恋愛感情だけじゃないよね?」

「ん? そうね? 相手が異性だとしても必ずしも恋愛感情による執着ってわけではないわ」


 燃太の質問に答えたのは、叔母。


「燃太が舞蝶嬢の下につきたいって思ったように、忠誠心を基に執着することがあれば、恨みや怒りで復讐のために執着することもあるわけで、執着の理由は様々だ」と、昴も教えてやった。

「その執着心は時に加減誤って異常行動をして事件なんかも起こすから、喉を鳴らした吸血鬼に要注意」と続けた。

 俺の部下には吸血鬼がいないから、燃太も詳しくは知らなかったんだろうな。


「そっか。でも月斗さんはいい感情で舞蝶に執着してるのは確かだから、大丈夫」


 ケロッと言い退けた燃太に「ん!?」とギョッとしてしまう。

 月斗って……世話係だった吸血鬼!? 舞蝶嬢に執着してんのか!?


「え? な、何……? 喉、鳴らしたの、か?」

「うん」


 喉を鳴らしたところを見たから聞いてきたのか!?


「あの明るい髪の黄色い子よね……? すごく優しく愛しているような眼差しで舞蝶お嬢様見てたけど……?」と、叔母が恐る恐ると言う。俺から見ても、かなり甲斐甲斐しく世話している様子だったが……え?

 何? 恋愛的な執着? ……ロリコン!?


「ちょっと訊く!」


 断りを入れて食事中でも、スマホをいじって舞蝶嬢にメッセージ送信。


【それは俺もありがたいと思っています。応援したいので。どうぞ弟をよろしくお願いいたします】とさっきの返事を先に送ってから【ところで、お宅の吸血鬼が舞蝶嬢に執着症状を出していると聞いたのですが、大丈夫でしょうか?】と。


 すぐに返事は返ってきた。

【任されました。こちらこそ、燃太くんにお世話になります。】と先の返事。


【吸血鬼の執着については、問題ありません。ご心配には及びませんので】


 キッパリした返事だった。


【ちなみに、執着理由はなんですか?】と問うが、恋愛ではないよな? 十歳以上差があるしな? ロリコンなんて、氷室さん達が許すはずわけ……。

【理由を話す必要ありますか?】って……答えないのが、逆に恋愛からの執着だって物語ってるが!?


「だ、大丈夫……だって」と、情報を待っている叔母達に、それだけを答える。

「ほらね」と燃太は食事を続けるが、俺の動揺を読み取って、叔母達はなんとも言えない表情だった。


「それにしても、兄さん、ズルい」

「え……?」


 むくれた顔を俯かせた燃太。何が?


「前までは、兄さんは”舞蝶のお嬢様”って呼んでたのに、いつの間にか”舞蝶嬢”って呼んで、舞蝶も”聖也の若頭”から”聖也さん”って呼んでて……急に仲良くなって、ズルい」と、ふくれっ面された!


「グフッ!」と昴が小さく噴き出すが、奏人も叔母と叔父も肩を震わせて笑いを堪えていた。


 ず、ズルいって……! 俺の方に嫉妬! そ、そんなっ……! 俺より舞蝶嬢!?

 舞蝶嬢の方がズルいだろーッ!!! 俺は心の中で絶叫して涙目をグッと堪えた。



 

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