♰144 吸血鬼の執着の話。



 登校すると、燃太が嬉々とした笑顔で、駆け寄ってきて報告してきた。


「聖也兄さんにちゃんと言った! 僕を応援してくれるって! やっぱり杞憂だったよ!」

「……そっか。よかったね。お兄さんに応援してもらえて」


 慈愛の笑みを返しておく。

 燃太くんは全然気付いていないみたいだけど、昨日の聖也さんのメッセージからは、動揺が伝わってきた。普通になんで自分ではなく私につくと言い出したのかと混乱していたと思う。


 なんなら、何故か月斗の執着のことを聞いたと思えば、あとから【俺達の呼び方変わったことを、ズルいって言われたんですけど、なんでですか? なんでですか!? なんで俺がズルいんですか!?】ってジェラシーを向けられたことに混乱していたからね。

 私に聞かれても、なんだよね。落ち着け、お兄さん。


「それで、グール討伐の仕事の同行は、風間刑事の許可次第って条件付きだけど、許可はもらったよ!」


 キラキラな燃太くんを見ていると、きっと本人には問い詰められなかったんだろうなぁーと容易く予想が出来た。


「じゃあ、次仕事が来たらだね。それまでに弾は多めに作るから、訓練も欠かさないように」

「うん!」


 フッスンと鼻息荒く頷く燃太くん。

 本当無気力キャラから、大きくキャラ変したよね。


「そういえば、忘年会で活躍したこと、実家には知られてないの?」


 火力全開で聖也さんと改造人間を燃やし尽くしたのに。あのあともピンピンしていれば、見放した親が気付きそう。


「え? ううん。あれは兄さん一人がやったと思われてるみたい。みんな周りを見る余裕なかったしね」

「あーそうなんだね」


 サーくんが床をめちゃくちゃにしていたから、それで動転していた周囲は、よく見る余裕がなかった。

 だから、気付かなかったということか。

 火柱を立てたのは、聖也さん一人だと思っている。それに『カゲルナ』らしき術式ってことに気を取られていて、真相を知っているのは一握りってことなのだろう。


「そういえば、舞蝶。三年前って、吸血鬼に襲われる事件があったんだって? 小さな組が潰されたことだけが目立ってあまり知られてないみたいだけど……覚えてないか」


 目立たなかった繋がりで、燃太くんはそう切り出してきた。


「あーうん。私の冷遇も、その事件をきっかけに始まっちゃったんだ。記憶を失くす前の私は、その事件で吸血鬼にトラウマを持っちゃって。助けてくれた吸血鬼も、残虐な性格だから、三歳の私の前で襲ってきた吸血鬼をめっちゃくちゃにして殺したみたいで、その手で触るもんだからパニック起こしちゃって。それをきっかけに吸血鬼はみんな雲雀家の本邸から出されて、男は特に触らないようにしたんだって。燃太くんが見た側付きのオバサンが、それを利用して、どんどん孤立させたわけ」

「! ……そんな。ん? でも、月斗さんはいたんだよね?」


「うん。月斗は一年前くらい特例で本邸に置いてもらってたんだよ。能力関連の諸事情でね。それまであまり関わってなかったけれど、記憶を失くした高熱から回復して退院したその日に、偶然親しくなってね」と答えておく。


〔なんか、すでに懐かしいですね……ゴクン〕


 影の中の月斗がしみじみ言ったかと思えば、喉を鳴らす。

 まだ半年も経ってないのに、懐かしいよねぇ。


「月斗が記憶を失って冷遇を受けて右も左もわからなかった私を助けてくれたんだよ」

「……やっぱりいい吸血鬼だね」

「うん。いい吸血鬼だよ」


 そのいい吸血鬼は、今、影の中で盛大に喉、鳴らしてるけれどね。


「悪い方の吸血鬼は、どうして舞蝶を襲ったか知ってる?」

「さぁ? 一目惚れか何かで執着したらしいけれど、その悪い方の吸血鬼と月斗を一緒にしないでね? 月斗は私を傷付けずに守る誓いを守ることにも執着しているから」

「誓いに執着?」

「吸血鬼は、人に対して執着症状でゴクンって喉を鳴らすけれど、思考にも執着するんだよ。こだわると、強すぎるってくらいにこだわるみたいにね。他のことは”まぁいいや”って簡単に諦めても、執着した考えや人に対しては、何が何でも離さない譲らない、って感じ」

「へぇ……そうだったんだ」


 感心しているけれど「まぁこれは優先生の見解なんだけれどね。過去の吸血鬼の執着による異常行動事件の理由を推察した結果の」と、優先生の功績だと言っておく。


「氷室先生もすっごい頭いいよなー!」と、尊敬で目を爛々と輝かせる燃太くんも、飛び級で六年生にして中学に上がるんだけれどね。

 まぁ、彼の場合、学力が優れているってだけになっちゃうのだろうか。頭の回転は速いから、好きな分野で知識を蓄えれば、活かしていけるだろうな。そんな彼の今夢中になっていることは、私についてくることであったのだった。





「『紅明組』の若頭の弟が、傘下になっただぁ!?」


 ビックリ仰天する銅田(どうだ)国彦(くにひこ)さんの声に、こちらもビックリ仰天した膝の上のサーくんは、ずっぽりと私の脇下に頭を捻じ込んで震えた。頭隠して尻隠さず。


「はい。今のでサーくんが怯えました。落ち着くまで待ってください」

「なっ!? 今ので!? そんなぁ」


 しょんぼりする国彦さんは、しぶしぶ引き下がる。サーくん交流チャレンジしに来た国彦さんに、同じく遊びに来ていた燃太くんのことをそう話したところである。


「傘下……というのもなんか違うような? 友だちだし、私としてもどんな立場になるか決めかねてますが」

「でも、結局のところ、舞蝶嬢は、リーダー格だろ? 傘下でも言い方は違わんだろ。なぁ? 弟坊」


「僕は舞蝶についていけるなら、部下でも従者でも、全然いいですけど」と、キッパリ言う燃太くん。


「魅了されてんなぁー」とケラケラ笑う国彦さん。


「とりあえず、仲間であって、友だちだね」


 現状は、そういう認識。


「なんだ。舞蝶嬢は、術式使いの組織を立ち上げると思ったんだが、公安で働く部隊を目指す方針か?」

「まぁ……今のところは。作った術式を後世に残すのは、公安に丸投げも可能ですし」

「カー! もったいねぇよ! 舞蝶嬢の意思が第一ではあるが、術式界の教科書を作ってもいいくらいだぞ!?」


 術式界の教科書……偉人扱い。

 いや、『治癒の術式・軽』を作ったのだから、十分、偉人扱いされるのかな?


「まだ時間はありますから、熟考すればいいのですよ」


 隣で燃太くんと一緒にきな粉餅のお菓子を食べている優先生が、しれっと言い切った。


「ええー。俺が耄碌する前に頼むよ~」

「急かさないでくださいよ」

「急かすほど俺はすぐに耄碌せんぞ? 舞蝶嬢の術式がどうなるか、知らずには死ねんな」


 言いながら、そーっと人差し指を膝の上に伸ばしてくるので、パシッと叩き落とす。

「死にますよ」と忠告。

「死ぬの!?」と、ガンッとショックを受ける国彦さん。


「多分怖がってる時のサスケの恐怖の幻覚攻撃は、格段に上がってると思いますよ。俺先月食らって、どんなに奮い立とうとしても、恐怖で身体はガタガタ震えるわ、心臓バクバクして、変な汗が噴き出しましたからね。あんま歳が上だと心臓マジ止まりますよ」と、食らったことのある藤堂がけらりと笑って教えた。


「俺を年寄り扱いしすぎだろ。そんなに心臓弱くねーよ」と、むくれる国彦さん。


「あ。そうでした。先月と言えば、トグロをお借りしました。『完全召喚』で」


 遅れた報告。


「マジか!? ガハハッ! 一番弟子より先に舞蝶嬢が『完全召喚』に成功した! 残念だったな!! 幸大(こうだい)!」


 面白がって笑い声を上げると、後ろのソファーで大人しくきな粉を食べていた一番弟子の青年の背中をバシバシと叩いた。ウザそうな視線を向けてむくれるお弟子さん。名前は、真木(まき)幸大(こうだい)だったね。


「真木さんも、トグロを『召喚』したことあるんですね」

「!! は、はいっ」


 私に話しかけられて、ビシッと背筋を伸ばす真木さん。


「トグロって……物凄く操作、難しくありません?」

「……ものすっっっごい、難しいですね」


 真剣な表情で言えば、同じく真剣な表情で答えてくれた。


「えぇー? そうかー?」と、頬をポリポリ掻く作成者。


「なんですか。足全部、意識しないといけない操作の必要性。そんなこと考えるから、道具の『式神』として生まれたんですよ」

「うぐっ! 心当たりしかしかない!」


 キーちゃんやサーくんと違って、『最強の式神』のトグロは自我のない道具。よって操作が必要になるが、そういう道具の『式神』として生まれたのは、ひとえに作成者の国彦さんがそう考えて作ったことが要因だ。

「なるほど」と、優先生がメモった。


「それでお弟子さん達が『完全召喚』出来ない理由としては、恐らく術者の自己防衛が働いているかと。無理に『完全召喚』でもすれば、思考回路が焼き切れるんじゃないでしょうか。『式神』は術者を傷付けないモノですから、当然トグロは『完全召喚』が出来ないわけです」

「なっ、なるほど! す、すげぇ。作成者より理解した! 一回の『完全召喚』で!!」


 うん。作成者より理解しちゃったよね。作成者が感心しちゃうんだ。


「解決案としては、国彦さんが『完全召喚』のトグロの仕組みと操作のコツを教えて理解させることで可能になるんじゃないですか? 頭が受け入れる準備が出来れば、『完全召喚』が可能になると推測出来ますが」


「な、なるほど!」と、真木さんもスマホでメモを始めた。


「国彦さん、細かい作業が好きなら、設計図を書き留めたらどうでしょうか?」

「トグロの設計図! それで操作方法も書いておくのか! いいな! 助言ありがとう! 舞蝶嬢!」


 顎をさすって、満面の笑みで感謝する国彦さんは、ウキウキした様子だ。


「舞蝶ってやっぱりすごいなー」と、燃太くんからキラキラした尊敬の眼差しが注がれた。


「あ。つーことは、色々知ってんだな? 燃太坊は」

「はい。『カゲルナ』のことも」

「よかったな。信用されて」


 なんてケラケラする国彦さんに、燃太くんは頷きで答える。


「まぁ、聖也さんにバレたから、友だちの燃太くんに明かすことにしたんですけれどね」

「バレちまったのか!?」


「仕方ありません。戦闘で舞蝶お嬢様の才能を間近で見てますし、燃太くんにも薬を提供していることを知っているのです。そこまでいけば、疑いもします。先月はお嬢様が負傷を自分で治したから、確信を持ってしまったそうですよ。弟の恩人でもあるので、舞蝶お嬢様の秘密を守るためにも、とここで話すことになってしまいましてね」と、メモを終えた優先生が、このリビングを指差す。


「薬って?」と、目を点にする国彦さん。


「気力の回復薬を改良して、特殊能力が勝手に浪費しているせいで、脱力と疲労感に苦しむ体質を、安定させているんですよ」


「おかげで元気!」と、キリッとする燃太くん。


「『トカゲ』に不完全な異空間に閉じ込められた際に、鉄の棒が腕を貫通してしまったので、それを塞ぐために『治癒の術式・軽』を多重でかけたんですけど、その前に出血したので、血塗れで。怪我したのに治っているってことがバレて、それで確信を持たれたようですね。キーちゃんも結界から出そうと慌てて術式無効化の鳴き声を上げたから、自分の結界を消しちゃって見られましたからね」

「キーの助もか! てか! 『治癒の術式・軽』をかけまくって腕の穴を塞ぐとか! これまた無茶をやって退けたな!?」

「流石に骨のヒビは治せませんでした」

「そういうことじゃないんだが!?」


 驚きでわななく国彦さんのツッコミ。


「待て待て? そんな状態でトグロを『完全召喚』か!? 舞蝶嬢!」

「そのあとに交代で氷平さんも『完全召喚』しましたよ」

「ひえぇえ~……!」


 国彦さんと真木さんが、青ざめた。


「そのあと、風間刑事の術式を完コピして自分が創造した銃を使って、忘年会の改造人間を攻撃してましたからね」


 遠い目の藤堂。


「うん。徹くんの術式を、ヒントに弾丸作りました!」と、ドヤる。


「……舞蝶嬢。悪いことは言わないから、教科書と、自伝記書こう? な?」


 教科書だけじゃなく、自伝記まで??? 何故???


「お嬢様の偉業は未来永劫に語り継がれなければいけません。お嬢様が嫌と仰っても、私が書きますよ」


 真顔な優先生。嫌がっても書くんだ?


「書けたら、俺にもくれ。弟子達に語り継がせるから」


 国彦さんまで……。


「しっかし。忘年会の緑の改造人間が出たか。……結局、あの床をぐちゃぐちゃしたのは?」

「サーくんとあそ、ゴホン、応援しようと頑張っただけ」

「遊んだのか? 遊んだんだな?」

「いえ、応援です」


 悪戯と書いて応援と読む行為でしたが、応援と言い張っておく。


「グール相手だと効かないけれど、まだ身体が生きているから幻覚は有効だったから、燃太くんと聖也さんが燃やし尽くせるように、周囲の人達を遠ざけて、三体をまとめました。それでも気力の消費は、花二輪分みたいでしたよ? サーくんは気力の消費量が、過度に少ないです」

「身体が生きているだけあって、幻覚攻撃が有効か……まぁ、俺達も受けたようなもんだが、凄まじいな。なのに、消費量が少ないとは……」


 目を凝らして膝の上を見てくる国彦さんだが、サーくんが幻覚で見えないようにしているので、見えっこない。



 

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