♰145 富士山が見える"怖い湖"。



「どこの誰かってわかったのか? 生きたまま怪物にされちまった奴ら」

「さぁ? グールではないということは、断定されましたね。遺伝子は。術式がとけても肉体の硬さは保っていたとか」


 そもそも術式による怪物化だ。通常のヤバい薬によるグール化とは違う。遺伝子が、根本的に違う。

 グールは心臓の動きなんて必要がない動く死体だが、改造人間は心臓が動いていて身体を強化しているもの。


「そういえば……ごっそり死体を盗まれた病院があるよね? しかも三回もだっけ?」


 改造人間が出てくる前に、改造人間を作るための術式を練習したであろうグールの群れがいた。死体はあちらこちらで盗んだものだったり、ホームレスや行方不明者のものだった。盗まれた死体の本来の場所の一つが、興味深いことに、とある病院の一つから複数盗まれていたのだ。


「え? どうやって、そんな三回も盗めるんだ? いくらカタギの病院でも、警備増やすよな? まぁ、あの『トカゲ』となれば、掻い潜るのはお手のものだろうけれど」と、国彦さんは眉間にグッとシワを寄せて腕を組んだ。


「自殺の名所である樹海から発見された遺体が、保管される遺体安置室だったそうですよ。一回目に盗まれても、次に運ばれた遺体を置いた時も“誰かが片付けた”程度にしか思われず、二回目になってようやく気付いたのですが、警備を置いても三回目が起きたとか。流石にその遺体がグールだとは思わず、公安も動かなかった案件ですよ」


 優先生は、徹くんからもらった情報をそのまま伝えた。


「おかしいよね?」と私は言うと、注目を浴びる。

「病院は他にもあるのに、何故その病院ばかりを狙ったのか。何か特別な理由があるんじゃないかな」と、顎を摘まんで首を傾げる。


「特別? 何があるんだ? 量があるとかか?」


「それなら警備が置かれたなら、他で数件盗めばいいと思うのですがね……」と、一緒になって考えてくれる国彦さん達。


「徹くんに情報をもらおう。んで、出来れば、見に行きたいな!」


「え!? そこ、山梨ですよね!?」と驚く月斗。


「うん。観光のついでに、フラーと確認したい。気になるから、覗きに行こう。旅行に行こう!」


 キリッ! 観光旅行!


「燃太くんも行こう? 春休みとか、どうかな?」

「予定ないから、行く」


 即答の燃太くん。


「おっ! なら山梨でいい旅館を紹介しよう! あと山梨には、面白いもんがあるぞ!」

「ああ、そうですね。舞蝶お嬢様には、ぜひともあれを見てほしいです」


 国彦さんと優先生だけではなく、真木さんまで、うんうん頷いては推している。


 なんだろう……? 術式に関係あったりするのかな?


「どんな旅館ですかい?」と、藤堂も興味を示して乗り気。


 そんなこんなで、春休みは山梨県への観光旅行が決定した。


 ただ、『トカゲ』の調査とともに、ついでにグール退治も引き受けることで、公安持ちにすると徹くんが提案したので、全員賛成でお仕事もやることになった。


「『トカゲ』もあれ以来、パッタリ動かなくなったから、逆に不気味で不安なところあるから、活発に動いた痕跡を拾って、追い詰める手掛かりがほしいんだ」と徹くんは、真面目な顔で言う。


 徹くん狙いだとわかって彼の周りの守りを固めている間に、『トカゲ』は手を引いてしまったらしい。一月以来、尻尾を見せていないのだ。


 改造人間という強力な手札を持っている故、警戒は高まってるし、嵐の前の静けさ。行動を移される前に、止める手立てがあればほしいのだろう。



 真剣な雰囲気だったのに、いざ春休みを迎えると。

 運転手として、徹くんがご登場。


「さぁ! 山梨旅行にゴー!!」

「……徹くん。お仕事は?」

「え? 舞蝶ちゃん達を引率するというお仕事がありますが?」


 はて? と首を傾げて、とぼける徹くん。


「聞いてなかったんだけど」


 仕事でついてくるって。


「秘密にしてたからね! またどっかから漏れて舞蝶ちゃんに迷惑をかけないように、運転手についさっき交代してもらった!」


 はしゃぎまくってるけれど、徹くんも行きたかったんだね……旅行。

 また情報が漏れないように、直前まで明かさないようにして、自分狙いの襲撃を避けたのか。徹底しているなぁ。


 そんなこんなで、春休み。突入。




 みんな一緒のワゴンに揺られて、東京から山梨へ。

 真っ先に向かうのは、富士山も一緒に見える湖。ここを国彦さん達が勧めた理由がよくわかった。

 また冷える春の風が揺らす水面の中には、術式が浮かんでいたのだ。デ、デカいな……この術式。


「すごいでしょう? 舞蝶お嬢様にも見えているはずです。並みの術式使いには見えないのですが、どんな人もハッキリと見えない術式なのです」


 優先生が教えてくれた。


「何度見ても巨大な術式だよねぇ~。ぼやけてハッキリ見えないけれど」と、けらりと笑う徹くん。

「術式があるんですか?」と、月斗が問う。


「はい。湖に浮かんで見えますが、誰がどうやって設置したか、わからない術式です。そもそもハッキリ見えませんので、発動も出来ないのですが、才能がある一握りしか、存在も知らないようなものです」

「才能自慢ですか~?」

「ひがみですか?」


 ちゃかす藤堂に切り返す優先生。


「舞蝶もぼやけて見えるの?」と燃太くんに尋ねられたので「うん。でもハッキリ見るための方法ならわかる」「「え”ッ」」ピシリと固まる優先生と徹くん。

「出た。超絶天才発揮」と、藤堂が何故か後退った。


 橘は、何故ビデオカメラを持って撮影してるの? 行きからずっと撮りすぎてない?


「でも、その方法は使わない」と、首を左右にふるふると振る。


「えー? それじゃあ舞蝶お嬢が見えてるかどうかわからないじゃないですかー。テキトーなこと言ってるんじゃないですか?」


 藤堂がからかうから、スパコンと優先生の平手打ちを側頭部に受ける羽目になった。


「いやだって……この術式」と、湖を指差す。



「日本列島を壊す術式だと思うよ?」



 と言えば、この場の空気が凍り付いた。


「そんな核の発射コードを、口にするような行為は、したくないもん」と、眉を下げて答える。

 まぁ、日本列島を破壊するような術式なら、核の発射どころじゃないだろうけれど。自爆術式かな。


「い、いやいやいや……! 冗談ですよね? 冗談だって言って!?」


 藤堂が喚く横で、優先生は青い顔で後退りして、徹くんも真っ青な顔でよろめく。


「日本列島を壊せるくらいの巨大な術式だよ?」と信憑性のあることを言えば、カタカタ震えた蒼白の藤堂が、浮いていたキーちゃんを鷲掴み。


「希龍!! お前の出番だ!」と、キーちゃんの術式無効化のひと鳴きで打ち消すように言い出す。


「キーちゃんにも無理だよ。日本列島を壊すためだから、そこまですでに張り巡らせて、ここにスイッチを設置したんじゃないかな。だから、キーちゃんが完全にこの術式を壊すには何日もかかる。とんでもない術式だね。設置方法も。大昔の術式使いって、すごいんだね」


 キーちゃんが鳴き通しで何日何週間かかるやら。

 顎に手を添えて感心していれば、キーちゃんは嫌がって藤堂の手から逃れて、私に絡み付いた。

 よしよし。そんなことやらせないよ。


「氷平さんに尋ねたら……自分より古い術式だそうです」と震える手で眼鏡を上げて告げる優先生。


 え? 氷平さん、ホント? 思わず、私も尋ねた。


――おう! 前からあるぜ~!


 と、相も変わらず、陽気なお兄さんなノリの古の『最強の式神』が答える。

 大昔の術式使いってすごいんだね。


――作るだけはな! カカカッ!


 ……なんか毒入ってるね?

 自分を作った人達も含めて、この巨大な自爆術式を作った人達を笑っているみたいだ。


「この術式を使えるとしたら、お嬢様ぐらいだそうです」

「!! もうここは観賞し終わったから次行こうか!?」


 ちょっとぉおお? すぐに抱きかかえられてワゴンに押し込められたんだけど!? 人を爆弾のスイッチを悪戯に押すような子だと思ってる!? 酷いな!? 心外だー!!

 私でも日本列島を壊す術式を発動したりしないわー!!



 そんなこんなで、美しい湖の観賞はソッコーで終わり、むしろ”怖い湖”という印象を生み出して終わったのだった。



 

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