♰146 春休みは死体安置室。



 旅行のきっかけである病院へは、旅館に行く前に寄ることになった。


「えー? 死体安置室を覗くだけでしょー? 俺はパスしますよ~」と、藤堂が言い出すので。


「わかった。これを機に護衛やめていいよ」

「行きます! 行きますよ!!」


 本当にやめていいのに、慌ててワゴンから降りた。全員で向かうのもおかしいけれど、全員ついてくるというのでしょうがない。

 藤堂は、マジで待ってていいよ。


 大きな病院の死体安置室。徹くんが話を通してくれたので、警察手帳を見せるだけで顔パス状態で入れた。


 確かに、広い。引き出し式の遺体安置棚がズラッと二段並んでいる。そこからごっそり盗んだとしたら、相当時間がかかっただろうに……。


 そう考えたのも一瞬で、反対側の壁を見て、気にする。

 目の前まで行って、じーっと見ていると、サーくんもスイーッと浮いて、手を伸ばした。ツンツンと触れた個所から波打つものが見える。


 ほーう……。サーくん、エライね。


 褒めれば、嬉しそうにニッコリして、胸に飛び込むのでギュッとしたあと、頭の上に乗せた。


「お嬢様?」と優先生が声をかけるけれど、私は自分の足を上げて、そこに術式を込めて、思いっきり蹴りを入れる。

 だけれど、威力が足りなくて、跳ね返されてしまい「きゃん!」と尻もち付く羽目になった。

 ポトンと膝の上に落ちたサーくんが、心配する。


「お嬢!? 大丈夫!?」

「うーん、うん」


 月斗が手を貸してくれたので、サーくんを腕に抱えて立ち上がる。


「……ここに、何かあるのですか?」


 優先生が手を伸ばすけれど、スカッと通り過ぎた。徹くんも触ろうとするけれど、何もないから首を傾げる。


「月斗。足貸して」

「え?」

「蹴って。壁を壊すつもりで」

「えっ!? あ、は、はいっ!」


「ええ!? ちょ、待って!?」と、止めようとする徹くんは下がらせて、月斗の足の裏に術式を付与して、月斗が指差した方に思いっきり蹴りを入れれば、ドカッと壁が破壊される音が響いた。


 でも、死体安置室の壁は壊れていない。


 手前の空間が壊れて、穴が露になった。


「一回目か二回目かはわからないけれど、ここから死体を運び出したんだね。何かの建物に繋がってる。推測するに、『トカゲ』の研究か実験室があるんじゃない? 流石に本拠地はないと思う。創造した異空間の建物。活発に動いた痕跡、発見」


 覗き込むと、廊下が広がっている。パチンッと指を鳴らして、ニッと笑って見せた。


「舞蝶、すげー」と、燃太くんが代表して褒めてくれるが、大人達は口あんぐりと放心中だ。


「どうします? 乗り込みます? どちらにせよ、十分な戦力が偵察すべきかと」


「えっ。いや、待って? 待て待て。旅行しに来たわけだから、準備が」と、ハッと我に返る徹くんは、顎に手をやって難しそうに考え込んだ。


「こうしてバレたこと、『トカゲ』に気付かれないとも限りませんから急いだ方がいいですよね」

「あ。それなら……聖也兄さんに連絡する?」


 燃太くんが言い出すものだから、キョトンとする。


「兄さんも山梨に行くから、何かあったら呼べって言ってた。駆け付けるからって」 


 ……めちゃくちゃ飛び込む気満々で、ついてきたのでは?


「じゃあ、聖也さんに増援を頼んで、それまで中を偵察します」

「舞蝶ちゃん……こんな手掛かりどころか、アジトを見付け出すとは思わなかったから、何も用意してないよ……必要最低限の装備しかないよ」

「連絡は月斗で。あとキーちゃんもお留守番。万が一閉じられても、前みたいにこじ開けて? ね? 出来る?」


 一瞬、キーちゃんはしょげた顔をしたけれど私が頼りにしているとわかると、ブンブンと尻尾を振り回して、キリッとした顔をして見せた。


「入ること、怖じ気づいている人~?」と尋ねてみれば、誰も応えなかった。

 行く気満々か。


 肩をガックリ落とした徹くんは、不安でいっぱいの表情で、聖也さんに連絡を入れた。潜入準備で、一度荷物の中の弾丸を取りに戻る藤堂と燃太くん。


 私は創造で銃を出せるし、月斗も所持してきた。

 橘は徹くんと一緒に待機だけれど、不測の事態に備えての武器も持っている。優先生は術式使いなので、手ぶら状態だ。


 月斗は、影を、私と優先生と徹くんに繋げて、会話が出来る状態にした。

 ちなみに、吸血鬼の王家特有の影の特殊能力だということは、燃太くんには他言無用の秘密としてもう教えてある。登校中も、私の影の中にいることも。


 聖也さん達も意気揚々と援護に来るとのことで、先に乗り込ませてもらった。


 『トカゲ』の異空間の建物へ侵入開始。先導するのは月斗、燃太くん。間に私。後ろはフォロー役の藤堂と優先生だ。


「一見『領域結界』ですが、独立した創造の異空間と化してますね」と、優先生は長い廊下を進みながら、そう見解を述べる。「つまり?」と、チラッと燃太くんが振り返った。


「同じ場所に見えても、実は違う異空間の中である『領域結界』のさらに、上の段階というわけです。鏡から別世界に、入り込んだようなものですね」


 優先生は、親切に教えてあげる。


「『領域結界』の類は、最近食べ過ぎて飽きたんだけどなぁー」と、文句を零す藤堂。


 そこで扉を見付けたので、中を確認するために、藤堂が燃太くんと位置を替えて、ゆっくりと開けた扉の隙間から中を覗き込んだ。コクリと月斗に合図すれば、バッと飛び込んだ月斗は銃を構えて、中を確認。

「クリア」と中に危険はないというが、念には念を、ということで、私も中に入らずに見回して目で確認。

 特に違和感がないと頷いて、中に入った。


「ここは……例の術式のグールもどきを作ったところじゃないですかい? ちょっと腐敗臭が残ってますし」と藤堂がげんなりと見るのは、台がズラリと並んだ広間だ。

 手術台にも似ている鉄の台に盗んだ遺体を置いて、術式を施した。そういう想像は、容易く出来た。


「何も残っていないですね……撤収したあとか、元からなかったのか」


 ピカピカではないが、何か手掛かりがあるわけでもない場所。優先生は、肩を竦めた。

 私も見回したが、何もないから、次に行こうと移動を始める。他の部屋も、ベッドがあるが、黒くなった血の跡があったり、臓器が陳列されたままの部屋があったり、なんかお化け屋敷の病院巡りをやってるみたい。もぬけの殻だ。


 病院のような内装だけれど一方通行で、階段は下りるものだけ。


 二階くらい下りたが、これと言って収穫はなかった。

 でも三階目では、ようやく死体のおでましだ。


 大きな土台の上に、ボコボコに膨れた死体。爆発した悲惨な死体。どす黒い緑色の死体。


「……これ絶対……改造人間の失敗作ですよね?」と、藤堂が鼻を摘まんで言った。

 腐敗臭が酷い。口呼吸がいいと優先生が教えてくれたので、口を押えながらも観察した。


「少なくとも去年から放置されている部屋ですね。使い捨てとなれば、この建物も使い捨ての可能性がありますよ」


 飛び散った肉片をまじまじと確認して、優先生はそう告げた。

「まぁ、本拠地だったら、心許ない装備なんだがな」と苦笑を零す藤堂は、安堵もしているようだ。


「聖也さんの増援は必要なかったかもしれないね……。一通り見たら、戻ろう」

「はい」

「へい」

「うん」


 月斗だけが返事しなかったから見てみれば、隣の壁を凝視していた。


「月斗?」

「……鼓動が聞こえます」


 一同に緊張が走る。

 吸血鬼の月斗が、隣の部屋から心臓の音を聞き取っている。改造人間の失敗作がここにあるなら、隣には成功例がいる可能性は予想出来た。全員の覚悟を目で確認し合って、次の部屋へと移動する。


「――――っ」


 心臓があった。月斗が聞き取った心音の正体だろう。

 鎖で磔にされた緑色のムキムキの身体から、取り出された心臓が、身体に繋がったまま、ドクドクと脈打っていた。顔には制止の術式が書かれた目隠しをされている。

 多分、それさえ外してしまえば、心臓が外にある状態でも動き出すだろう。


 躊躇し合ったが、中に足を踏み入れる。奥にも二体の改造人間がいて、心臓が取り出されていた。どうやら解剖したらしい。横には切り開かれた心臓がある。


「ここを調べてもいいでしょうか?」と、優先生が口を開くから、藤堂がビクンと震えた。


「何か心臓に秘密があるようです。私も解明したいです」

「お、お前、よく平気で怪物の目の前で」

「平気ですよ。あの目隠しさえ外さなければ、動きません。例え動いたとしても、心臓と繋がる血管を切ってしまえば、こと切れます」


 しれっと答える優先生。


「心臓が弱点だから、強化できる方法を探ってたのかな?」

「あり得ますね」

「そうね……ここで改造人間の弱点をより探れるなら、それが収穫になる。聖也さん達が来るまでここを探ろうか。んー。じゃあ、優先生と月斗はここで待機。私と藤堂と燃太くんで残りを確認してくるよ」


「え。別れるんすか? それマズいでしょ。こうしてドクンドクン言ってる研究中の被検体を残してるってことは、戻ってくる可能性があるってことじゃないですか? 一緒にいた方がいいと思いますが?」と、藤堂は反対を唱えた。


「そうかな……? あれを見る限り、ずいぶん戻ってきてないと思うよ? ここはもう放置していると思うよ。ここに来るまで、サーくんと一緒に別の入り口ないか探してたけれどなかった。痕跡一つなかったから、今のところ、他に出入口はないんだと思うよ。戻ってくる可能性は、著しく低い。戻ってくるとして、自分のテリトリーに侵入者がいるとは予期してないから相手は無防備だと思うし、ここは月斗と優先生だけでも平気でしょ」

〔あー、舞蝶ちゃん? 出入口がないかどうかなら、みんなで先に確認した方がいいと思うよ?〕


 会話を聞いていた徹くんが、話しかけてきた。会話と言っても、私と月斗と優先生の声しか聞こえていないだろうだけどね。


「うーん。でも、優先生が調べてくれているうちにサクッと見回ってきた方が早いよ。月斗、頼んだ」

「…………」


 めちゃくちゃ納得してない吸血鬼がそこにいた。


「月斗、返事」

「…………はい」


 ぷるぷると唇を震わせた嫌々返事する月斗。どんだけ嫌なの。


「じゃあ、ちゃっちゃと行こう」

「わかりましたんで。お嬢は燃太坊の前にしっかりいてくださいよ?」


 仕方ないと藤堂は、先導を始めてくれた。燃太くんも張り切り、一緒に他の部屋を確認しに行こうとした。したのだ。


 しかし、廊下を進んですぐに、サーくんが何かに気付いて、身を乗り出した。

 抱えていた私はそっちに寄ってみると、壁に触れたサーくんの手がトポンとめり込み、次の瞬間には、吸い込まれて倒れた。


「ん!?」


 清潔感のある明るい廊下から一転、薄暗い地下牢のような建物の中にいた。

 すぐに立ち上がって後ろの壁に触れたが、ただの壁。すり抜けられない。

 一方通行の扉だった……!


「ごめん! はぐれた!」


 マジで、ごめんて!!



 

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