♰142 弟からの告白。(聖也視点)
『紅明組』は歴史こそまだ浅いと言えるが、実力至上主義でトップに君臨する『夜光雲組』と肩を並べることを許された組だ。
実力至上主義なのは、組長が紅葉家の火の特殊能力持ちだったからに他ならない。術式に頼らずとも火を放てる能力を持ち、さらには火の妖刀も家宝にあった。そして、現在の組長である父は野心家で、勢力を確実に上げていった。ただ、生まれた時から強い火の特殊能力を期待された俺は、父が敷いたレールをそのまま進むことは気が進まなかった。俺は俺のやりたいようにしたかった。だから気に入った奴には声をかけたし、自分に心から傅く奴を受け入れて、そんな奴らを周りに置いてきた。
その日。叔母の家に預かってもらっている弟に会いに桐島家に来た。
少々過保護な部下の二名だけを、くじ引きで選ぶ。俺を一人にしないけれど、全員はお邪魔出来ないからと、妥協して二人だけ。今日は奏人と昴。
「ただいまー」と言って中に入る。
正直、今は家が嫌である。
火力だけなら俺を超える燃太を期待して、体質で脱力ばかりするから、それを治療しようと躍起になっていたのに、諦めた途端、ほったらかしにした両親に、見かねて預かると言ってくれた叔母に、喜んで押し付けた。怒り心頭にもなる。
ふざけんなっつーの。家族を何だと思ってんだ。使えなきゃポイかよ。くそったれが。
言い合ってヒートアップで家をちょっと燃やした。
事故に見せかけて、親父の盆栽にも火をつけてやった。
反省するは気ない。ざまあ。
自分の血の繋がった息子を見放すなんて、親として失格だろ。組長が親なら、組員は子。そうなれば、組長としても資格は本当にあるのか、疑わしい。
より、父親が能力重視に引き入れた連中が信用出来なくなってきて、あまり組に寄り付かなくなった。
でも次期組長と断定した俺がいつまでも逃げてもいられず、首根っこ掴まれる感で家に戻ってみれば、すぐに『夜光雲組』のご令嬢が奇襲に遭ったとかで、そのことで会合が開かれることになり、俺が参加しろ、とのこと。
前は、体調が悪くて嫌がる燃太を連れて行った会合で、燃太は『夜光雲組』のご令嬢を見たと話していたことを思い出す。
『夜光雲組』の組長、雲雀草乃介の娘は小学一年生になったばかりなのに、厳しい教育を受けているらしいとのこと。気が弱そうな彼女を、他の組の息子達に罵られても、側付きは助けようとしなかったとか。雲雀の組長は、娘を後継者に育てるつもりなのかと思った。
だがいざ会ってみれば、どうやらそうでもないらしい。気弱な風ではないが声が出せない状態の代わりに、世話係の吸血鬼も、護衛の藤堂も、主治医とかでそばについている天才術式使いの氷室優も、過保護にご令嬢を守っていた。
話しかけても臆した様子はなく、真っ直ぐに見てくる令嬢。
俺の火を鎮火するために廊下を氷漬けにした術式には、驚いた。
氷室優を超える最年少の天才術式使いか。
だが、燃太に確認したら、やっぱり様子も待遇も違いすぎる。まさか、燃太みたいに、いや真逆に、使える能力が開花したからって待遇をよくしたわけじゃないよな?
居ても立っても居られなくて、翌日には美容室にいくことを突き止めて、話に行った。
結果。能力で待遇は左右されなかった。だが、舞蝶嬢の待遇は元が最悪だったのだ。
母親の死で、雲雀の組長は娘の舞蝶嬢に背を向けた。その隙に、嫉妬していた使用人が冷遇していたわけだ。燃太が見たのは、それのほんの一部。高熱で記憶を全部失くしたことで性格が変わって、冷遇を打破した矢先に奇襲を受けて、それで能力が開花したというわけ。
とんでもない才能だ。超絶天才とは言っていたが、相応しい表現だと思う。
俺の部下に欲しいくらいだ。まぁ。勧誘なんておこがましいほどの才能の持ち主なんだがな。
彼女がその気になれば、『夜光雲組』の組長の座だって、誰もが認めざるを得ないんじゃないだろうか。人を惹きつける魅力も圧倒的にあるし、指揮も出来るはず。ただ、その『夜光雲組』の現組長と不仲なのは、大きな障害だ。
望まれたところで、自分に背を向けていた父親の座なんて受け入れるだろうか?
それこそ掌返し。俺なら燃やす。
だからといって、俺の部下になっていい理由にもならない。
俺の手に余る。今後、フリー状態で、公安を手伝いながら、天才術式使いとして功績をポンポン出していくのだろうか。なんかもったいない気がするが、口出すことじゃないしな……。
「兄さん! よかった、話があるんだ!」
「んー? どうした?」
笑顔で出迎える燃太の頭を撫でて、首を傾げる。
最近の話題の筆頭は舞蝶嬢だから、きっと舞蝶嬢だと予想を立てる。
奏人と昴も一緒に、叔母と叔父と甥の広と食卓を囲んだ。
「僕、舞蝶につくことにしたんだ! いいよね?」
「……んんん???」
思わず、食事の手を止めて、箸で掴んでいた肉の切り端を落としてしまう。
え? 今、な、なん……? え???
も、燃太……お前……今……兄貴より、舞蝶嬢を選ぶって、言ったのかー!!?
叔母は憐みの笑みと、叔父は同情の眼差しを向けてきているから、すでに聞いたらしい。
「能力のコントロールをマスターしてから今年中に言うつもりだったけど、舞蝶が武器を作ってくれるって言うから、先月言ったんだ! 舞蝶も進路は決めかねてるから、保留にして、毎日ずっと武器作りをしてたんだ」
「そ、そうだったのか……」
き、聞いてねぇ~。
毎日? え? 毎日、舞蝶嬢の家に行ってたわけ?
「それで先週、風間刑事に射撃場に連れてってもらった時に、その話をしたら、ちゃんと兄さんに言った方がいいって言うから……。聖也兄さんは、別に俺を部下にするとか思ってないでしょ?」
…………思ってたがー!?
なんて口が裂けても、言えなかった。本気で思っている燃太に言えなかった。
燃太の体質が改善していき、家に戻らずとも『紅明組』の組員、厳密には俺の部下にならないかと、そのうちタイミングを見計らって慎重に探りながら誘おうと思ってんだがー!?
「あ、ああ、もちろんだ」と、笑顔が引きつらないように精一杯堪えた。
誘う前に断られた状態なのに、言えない。
「そうだよね。なんか”家族だから当然みたいに思うのも無理ない”って、舞蝶達が言うから、ちゃんと確認しろって」
ぐぅの音も出ねぇ……!
逆に、それ言ってくれたおかげで、俺が言わずに済んだッ! 当然みたいに厚かましい誘いせずに済んだッ! セーフ!
弟に、両親に引き続き、家族として幻滅されるところだった!
ヒヤヒヤする胸を、さすさすと擦った。
「じゃあ、舞蝶についてもいいんだね?」
こんな無垢な笑顔の弟に、だめとか言える兄はいるだろうか……!?
「お前がそうしたいなら、応援するに決まってんだろ!」と、ニカッと無理矢理笑って見せる。燃太は、嬉しそうにはにかんだ。
うん。応援する。本心だ。
本心なんだけども。
本心なんだがな?
「あーでも、燃太? お前、俺の補佐的な部下になりたいとか、そんなことは、なんだ……その、思ったことないのか?」
若干声を震わせつつも、尋ねた。
微塵も思ってなかったとか言われたら、泣けるが!? 箸持つ手は、プルプル震えてないが!?
おいお前、奏人! 黒マスク膨らませたりへこませたりして過呼吸を起こしてるし、顔を伏せながらプルプル震えている昴。向かいの叔母と叔父も、顔を背けている。
みんな笑ってるんじゃねー!!
「え? まぁ、出来ればやってみたかったけど、体質的に無理だったから、最近は全然考えてなかった」
「……そうか」
疲れてしまえば動けないくらい脱力してしまうバグみたいな体質だった燃太。
色々諦めてきた燃太が、望んだのは、その体質を治す助けの手を伸ばしてくれた舞蝶嬢だ。だから、必然と惹かれても無理はないよな。
俺に集まった部下が、俺を選んだように。燃太が選んだのは、舞蝶嬢。
納得は出来る。出来るんだが。……うん。
う、うーん。
やっぱり、選ばれなくて悲しい! 寂しいな!? めちゃくちゃ寂しい!!
「舞蝶嬢はなんて言ってたんだ?」
「好きだって!」
「ん!?」
バキッと箸をへし折るほど動揺したのは、俺だけじゃない。笑いを堪えていた奏人達も、目を飛び出しそうなくらい驚いて硬直。
正直、あの天才美少女お嬢様が、俺の弟を誑かしたのかと、疑った瞬間。
あの頭脳なら、ハニトラも朝飯前だと思った。
「? あ、友だちとして、だよ?」と動揺に気付いた燃太は、そう誤解をといた。
疑ってすんません。
「友だちとして好きだけど、舞蝶も将来決めてないから、僕のポジションも決まんないってことで保留。でも、戦闘員にはなれるように、武器を作ってくれたんだ」
「へぇー。前向きに考えてくれてるんだな。どんな武器なんだ?」
新しい箸を取りにキッチンに向かいながら、スマホで舞蝶嬢にメッセージを送り付ける。
【燃太に舞蝶嬢につくと言われましたがマジですか?】
【前向きに考えてくれているそうですね】
【ぶっちゃけどう思っているのか、正直に教えてください】
「弾丸! すごいんだよ! 舞蝶が火の特殊能力を込めて発砲が出来る弾を作ってくれたんだ! 当たると火力全開で爆発する!」
「ま……マジで!?」
燃太が答えた武器に、驚きのあまり、スマホを落としかけた。
奏人も、昴も、口あんぐり。
「すごいわよね、舞蝶お嬢様。特殊能力者用の弾丸を作っちゃうなんて!」
叔母がはしゃいだ。
「他にも、術式の弾丸作ったんだよ。僕の弾も並行で考えながら!」
ほ、他の術式道具の弾丸、だと……? え……それってまさか。この一ヶ月以内にやったわけ???
「それなら、バッタリ会った風間さんから聞いたよ」と叔父が口を開く。
「自分の術式を元に弾丸を作ってプレゼントしてくれたって、それはもう嬉しそうに自慢してくれたよ」
衝撃が走る。
「えっ……じゃあ、先月襲われた時の術式を見て……?」
「うん。そうらしいね。作ったのは……あ。あんまり手の内さらすこと、言いふらしちゃだめだね」
「……!!」
……ひ、秘密にされた……!
弟に! 秘密にされた!!
ガーンとショックを受けている間に、メッセージが届いた。
【はい。燃太くんの今年の抱負だそうです。嬉しいのですが、なにぶん私は聖也さんと違って組長の座につくわけでもないので、燃太くんの立ち位置は決めかねていて、まだただの友だちとして保留にさせてもらってます】
わかってはいたが、大人な文面だよな……これがもうすぐ小学2年生が打ち込んだものだから、他の人が見たら腰抜かすかもな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます