♰16 冷遇の証拠提示で暴露の時。
ソワソワーとした月が隙を見て、小ぶりのおにぎりを渡してくれた朝。
黒光りのリムジンで、護衛付き登校。
私が教室に入れば、びっみょーな空気。
やるだけ無駄なので、挨拶をすることなく、席につく。
ぼんやりと頬杖をつきながら、小学生の授業を受ける。特に、面白みはない。
前世の地球の日本と大差変わりないからなぁ。前世の遠い記憶は朧すぎるけれど、だいたいこんな感じだったはずだ。
ふと、隣の席の生徒が、教師に指名された。
オロオロした女子生徒に、気まぐれでノートの端っこに書いた答えをそっと差し出すと、目を見開いてから答えた。もちろん、正解。
「さ、さっきはありがとう、ひばりさん」と、授業が終わるとお礼を言いに来たので、ちゃんとお礼が言えてえらいなぁ、と思いながら、ニコリとだけ返す。
ポッと頬を赤らめて留まる女子生徒。
「あ、あのね……ずっと、いじめられているの、みてるだけで、ごめんね? つぎはぜったいにたすける!」
と言ってくれたが、多分、もうないよ。
そして、いじめられていたのね。結局。
まぁ、【ありがとう】とは書いて見せた。
下校も、お迎え。
駐車場は、下校する生徒が見える場所に位置する。
……こんな送迎をするからいじめられるんだよ、と思う。
ビシッと、スーツを着た強面の人達が、黒光りのリムジンでお出迎え。
「お嬢。お疲れ様です」
藤堂が何故か、ニッコニコしている。
なんだろう。やけに機嫌にいいな。
首を傾げたら「聞きたい?」というので、全然、と込めて首を横に振っておく。
「ひっど! 友だち出来ないですよ?」と言われたが、そんなあなたに友だちが出来たら、ビックリなんですけど。
友だちいるの? その友だちは、常識人?
帰ってすぐに、いそいそと部屋着に着替えてから、机に向かってちんたらと宿題をしていたら。
「一体何をなさったのですか!」
側付きが、部屋に飛び込む勢いで入ってきて、怒鳴られた。
不意打ちすぎて、震え上がる羽目になる。
「学校で問題を起こしたと! 当主様がお呼びです!」
真っ赤な鬼の形相。
学校で問題って、昨日のこと?
あっれー? 担任のあの様子からして、絶対に保護者に伝えないと思ったのに、どうしてバレた……?
疑問に思ったが、思い当たりが、送迎担当の顎髭の男がいた。
……探ったのか。
チッ。余計なことを。さっきのニッコニコ顔が憎たらしい。
「いいですか! あなたは叱られるのです! 絶対に当主様と目を合わせないで、顔を上げないでください! わたしが代わりに謝罪するので、足元だけを見ていてください! 頭を下げるだけでも、無様です! じっと立って、許しを待ちなさい!!」
無茶苦茶なことを言う。
それでは傍から見れば、反省の色がないと見られるだけじゃないか。
まぁ、私は悪くないから、最初から謝る気ないからね。
側付きが、私の手首を掴んで引っ張った。引きずられるように廊下を歩かされた。
呼び出された部屋に、到着する。
まるで会議室のように広々としたテーブルがど真ん中に置かれた大部屋。
組長こと、父がいた。艶やかな黒髪と、青灰色の凛とした眼差しの絶世の美丈夫。やっぱり、和装。
前にも引き連れていた顔ぶれも、数人。
さらには、ほんのり黄緑色が混ざる金髪のように明るい髪色と黄色い瞳の吸血鬼美青年の月。
料理人の橘。送迎護衛の顎髭の藤堂もまた、そこにいた。
強張った月と橘の顔を見て、ゲロったんだなーと理解する。
にこりと笑みを浮かべた藤堂が、聞き出したに違いない。
勝手なことを……。
まぁ、仕方ない。ここまで来てしまったのだから。このメンツなら、証拠は、十分だろう。
「……どうして呼ばれたか、わかっているか? 舞蝶」
父に初めて、名前を呼ばれた気がする。
座椅子から立ち上がって、目の前に立つ美貌の父を見上げたが、側付きに頭を掴まれて、無理矢理に下げられた。
くそが。結局、頭を下げる形にされた。さっきの言葉はなんだったのさ。
「お嬢様は反省しております。どうかご容赦くださいませ。わたしめが離れていた間に、ワガママが増長したようです。学校でも問題を起こさせてしまい、大変申し訳ございません。今後起きないように、教育をより」
「一体何を言っている?」
つらつらと嘘を並べる側付きの言葉を、父が遮った。
「舞蝶に反省することなどないだろ。……学校で起きた問題、聞いていないのか?」
「え、そ、それは……」
「聞いてもいないのに、何故舞蝶の頭を無理矢理下げさせている? 放せ」
厳しい声に弾かれるかのように、頭から手が離れた。
やっと解放された顔を上げれば、顔を歪めた父が、側付きを睨みつけていた。
……一応、怒ってくれている?
ちゃんと自分の娘を、虐げることには怒ってくれるようで安心した。これなら、罰も下してもらえるだろう。
最悪、この人が期待する反応をしなかったら、警察に駆け込むつもりだったわ。風間警部という伝手もあるし。
「自分が離れている間に、ワガママを増長させたとは? どういう意味だ?」
「そ、それは……あの方々に、間食をねだったようです! 夜遅く、部屋にいないことに気付いて探せば、厨房で夜食を!」
矛先を、月と橘に向けるものだから、スッと目を細めて、じとりと見る。
ワガママで私が小腹を満たすために夜食をねだったと言いつけて、事実食事を与えた月達に罰を与えてもらうつもりか。許すかよ。
「なんですか、その目は!」
私の目付きに、気が付いた側付きは、怒った。
「なんてことでしょう! 悪さがバレた途端に、そんな反抗的な……! 本当に申し訳ございませんっ」
やれやれと参ったように額を押さえては、父に頭を下げる。
そして伏せた顔で、私を睨み付けた。
微動だにせずに、じとりと見返す私に、不可解そうに眉を寄せる側付き。
反抗的な態度を、今まで見せなかったから、戸惑っているのだろう。
「確かに……そこの二人から、食事を与えた報告は受けている」
父は、静かに続けた。
「だが、それはこの料理人が用意した食事が、舞蝶には届かなかったからだそうだ」
「!!」
「何か申し開きはあるのか?」
ついにバレたな。
というか、今までバレなかったことがおかしいんだけど。
「な、なんのことでしょうか? お嬢様の元には毎食、食事が届けられています」
シラを切ろうとする側付き。
指摘された時点で、詰んでいるだろうに。頭の悪い悪足掻きだな。
「では、使用人の物置きに隠されていたこの廃棄物は、なんだ?」
父の合図で開かれた襖から、お盆が一つ運ばれた。蓋を開けば、食べ物のようにお皿に盛りつけられた腐臭を放つ廃棄物。
今朝、私の朝食として出されたやつだ。
側付きのシワのある顔が、真っ青。
「今朝の使用人は、捕えておきました」
一人が報告。
もう一人が、誰かに向かって首を横に振って見せるから、誰かと思えば、藤堂にだ。
彼は目を丸めると、私を見てきた。
あ。もしかして、ボイスレコーダーを探させた?
とりあえず、録音を失敗して奪われたわけじゃないことを示すために、ポンと、ポケットを叩いた。
肌身離さず、しっかり持ち歩いているし、只今カーディガンのポケットの中。
ならどうして、今提示しないのかと、怪訝な顔をする藤堂。
うるさいなー。私のタイミングでいかせてよ。
むしろ、トドメをささせて。被害者は他でもない、私なのよ?
「こんな物を出されては……腹も空くに決まっているだろう。間食をねだる? 食事を乞うたの間違いだろ」
ひんやりと冷気を放つ父。
美の暴力みたいな容姿だから、ゾッとするわ。
まさか、マジで実は吸血鬼で、冷気とか操る能力持ちでは!?
素で思った。
「こんなものは知りません! 運ぶのは、使用人のっ」
「お前の指示だと、すぐに白状したが?」
使用人を捕えた報告者が、先に言っておく。
「わたしを貶めるつもりです! わたしは三年もお嬢様をお世話してきました! そんなわたしがこんな物を出せと指示するわけが」
〔――男に取り入ろうなんて、穢らわしいです! あの女と同じですね! 言ったじゃないですか! 組長を誘惑した母親のようにはなるな、と! 悍ましい!〕
大音量で、録音した声を響かせた。
声の持ち主である側付きは「えっ」と声を漏らすが、私は次の録音を流す。
〔いつまでも時間をかけないでください! さっさと浴場から出てください! ノロマめ!〕
〔はい、30分で片付けますので。ああ、臭い臭い〕
〔掃除の邪魔です、一旦部屋から出てください〕
ついでに、ここ数日の間、私を冷遇していた使用人の声も録音したので、この場で次々と流しておいた。
我に返って慌てたように側付きが、手を伸ばすものだから、後ろに飛び退く。
そうすれば、月が後ろで受け止めてくれて、背にして庇ってくれた。
〔いいですか! あなたは叱られるのです! 絶対に当主様と目を合わせないで、顔を上げないでください! わたしが代わりに謝罪するので、足元だけを見ていてください! 頭を下げるだけでも、無様です! じっと立って、許しを待ちなさい!!〕
何個か飛ばして、最後の録音を流すことになった。
まぁいいか。十分、証拠を突き付けられた。
組員の一人に取り押さえられて跪かせられた側付きは、カタカタと震えて父を見上げる。
凍えそうなほどの冷たい怒気を放つ父は、激怒した顔を歪ませて睨み下ろしていた。
「貴様っ……!
「組長!」
和装の父が、袖に手を入れて何かを取り出そうとしたが、後ろに控えた男が素早く止めた。
目配せで、私を示せば、グッと堪えたように「連れていけ」と吐き捨てた。
「なんて卑劣な!! あの女の悍ましい子め、むぐっ!!」
引きずられて立ち上がらされたら、まるで冤罪をかけられたみたいに喚き出した側付きは、口を塞がれた。
「その汚物を全て、口の中に詰め込め」
命令を下す。悪臭を放つ廃棄物は、口を塞がれたまま連行される側付きとともに運ばれていった。
父は顔を伏せていたが、苦し気に歯を食いしばっている。
……ふぅーん。
やっぱり、妻のことは今でも愛しているってことなんだ。
でも、あの側付きは、認められなかった。
私は、憎悪を向けられていた。自分の一番そばにいる者によって、冷遇され続けて、高熱で死にかけた。
…………まぁ、ある意味では、殺された、と言えなくもないかな。
今までの『雲雀舞蝶』の記憶はないのだから。
殺されたようなものだ。
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