♰17 処罰と私の利用価値の有無。



 『雲雀舞蝶』を孤立させて冷遇していた首謀者の側付きの佳代は捕えられた。


 私を虐げた証拠の録音が出来たボイスレコーダーを用意してくれた月のパーカーを、くいくい、と引いて返す。

 ありがとう、と口パクでお礼を告げる。


「どういたしまして」


 労わるように、優しく笑いかける月。


「……舞蝶」


 静かに、父に呼ばれた。

 何か言いたげに険しげな顔をしている。

 父が何を考えているのか、よくわからないから予想が出来ない。

 だから、言葉が出るまで待つと、沈黙。


「……」

「……」


 長い。気まずい。


 そして、長い!


 え? 私のせい?

 私、絶賛声出せないから父が口を開かないと始まらないじゃん。


「処罰を聞かないといけませんよねぇ? どうやってお嬢の希望、聞きます?」


 送迎護衛の藤堂が、沈黙を破って助け船を出した。


「あっ! それなら! 俺達、いい物用意しました!」


 月が、パッと明るく言い退けた。

 座椅子に座るように言われて、大人しく座って待っていたら、せっせと月と橘で準備がされる。

 目の前には、ノートパソコン。

 プロジェクターが繋げられて、暗くした部屋の壁にノートパソコンの画面が映し出されていた。

 なるほど。私は、これで文字を打ち込んで、会話をしろ、と。


 これで、ようやく父と会話が出来るってわけだ。

 急遽だけどこの際だし、決着をつけようか。


「おい、パソコンって……お嬢、ローマ字入力出来ないだろ」と、藤堂が呆れる。


「え? 俺のスマホ、ローマ字入力ですよ? いつも難なく打ってますよ?」

「マジかよ!? 最近の小1って習うのか!?」


 月の言葉を裏付けるために【大丈夫】と打ち込んだ。

 指の短さのせいで打ち込みはノロいだろうけれど、許せ。私はまだ幼児である。

 月のスマホ。ローマ字入力タイプだったんだよね。別にいいけど。


【私が処罰してほしい者は、先程の側付き、使用人数名です】


 カタカタとキーボードを押して、把握している名前を書き込んだ。

 というか、私の担当使用人だけだけどね。あの側付きは彼女達を使って孤立と冷遇をした。


「おい、あれ……小1が打ち込んでいるのか? お前が用意したんじゃないのか?」と、うるさい藤堂に「正真正銘、今現在お嬢が打ってますよ!」と、小声で言い返す月。


「……わかった。捕えろ」


 私のそばに座っている父が誰かに捕まえるように指示を出す。部屋が暗いから顔がよく見えない。


【月をいじめないでください】

「いじめてませんよ? ホントに打ってた」

「でしょー」

「てか、いつまで俺につれない態度をするんです? この場を設けたの、俺ですぜ?」

【頼んでない、恩着せがましい】

「ひでぇ!! い、いや、確かに、録音は準備されていたから無用だったかもしれませんがっ!」


 騒ぐ藤堂の元にスタスターと、彼より上の立場の者なのか、一人の男がスパコンッと頭をひっぱたいた。

 痛がる彼の後ろで「舞蝶お嬢様、どうぞ、続けてください」と催促。


 続けろ、って……?

 ああ、処罰内容かな。

 私の希望? こんな幼い子に希望とか、訊くか普通?

 子どもらしく、”いっぱい叱って”? ……嫌だな、そのぶりっ子は。


【処罰の内容は、組長にお任せします】

「……”組長”? 組長として、処罰を下せと?」

【もちろんです。今まで、組長の指示だと思い込んでいました】


「は……?」と、横で間の抜けた声がした。


【あの側付きは、組長が選んだ人だと聞きました。ただの側付きがあそこまでやるなんて、許可でも受けているのかと思っていました】

「何を、言って……」

【ところで、私の価値ってなんですか?】

「はっ……?」


 なんかまた間の抜けた声がした気がしたが、ちゃんと知っておかないと。


【何か大事な縁談相手とかいるのでしょうか? 後継者候補とか】

「な! 縁談だと!? 何を言っているんだ! 違う! いない! 後継者だって組の中に決まっても、お前と結ばせるつもりはない!」


 政略結婚とか、そういうコマとして生かされたわけじゃない……?

 ふむ……。それはまぁ、それならいいんだけども。

 本当に私は雲雀家にとって、利用価値があるわけでもない。都合がいい。



【利用価値がないのなら、私がこの家にいる必要性ってないのですね?】



 父が息を詰めた気配を感じた。

 いや、父だけじゃない。

 この部屋で、パソコン画面を映し出された壁を見つめる一同全員かもしれない。


【可能なら、名前を変えて、別のばしょで】


 ガッと手を掴まれた。父だ。

 え、何。最後まで打たせてよ。


 利用価値ないなら、別の家でひっそり暮らしたいと伝えさせて。今がチャンスでしょ。

 打とうともがいたが、違うボタンが押されるだけで意味のない文字の羅列になった。


 なんなんだ! 今じゃないと聞いてもらえないじゃないか!!



「――――家出るっ!!」



 カッとなって衝動的に声を上げれば父が怯んだが。

 次の瞬間に私はゲホゲホと噎せ込んでしまう。


 久しぶり過ぎる声をいきなり強く上げたせいで思いっきり喉を痛めたらしく咳は止まらないし、なんなら呼吸が難しくなった。


「舞蝶!」

「お嬢!!」


 月も駆け寄ってくれて、部屋が明るくなると「応急処置をします!」「ドクターを呼べ!!」と慌ただしくなった。


 何をされたかわからないけれど、呼吸がしやすくなった頃にはぐったりとした。


 そうだった。主治医に大声出すなって言われていたんだったわ……。

 そうじゃなくとも転生してから初のまともな発声だ。

 加減を誤って、酷く痛めてしまったわ……。

 ズキズキと、喉が痛い。



 私を抱えて運ぶ父の顔色が酷く悪くて、泣きそうなほど苦しそうだったから――――



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る