♰15 自分なりの正義で探った。(藤堂視点)



 側付きのオバサンが、謹慎を受けている間に、お嬢が明るくなった。

 以前は吸血鬼を怖がっていたし、他人に触られることすら嫌がっていたというのに。

 一番最初に怖がらせたあのバカ野郎な吸血鬼を、なんとか引き剥がしたのは、俺だ。あの時だって、お嬢が泣き叫んでいた。そのあとも、他の男の手が誤ってぶつかるだけでも、取り乱して泣いてしまう。

 だから、お嬢には触れてはいけない。暗黙のルールが作られたのだ。

 触れられるのは、手を引くことがある側付きのオバサンぐらいだった。


 それなのに、いつの間にか、吸血鬼の月のヤツに懐いていたのだ。

 担当の料理人の橘ととも、仲良く夜食を食べていた。


 不可思議だ。

 二人は、何か言い淀んでいたが、夜食を食べていることがおかしい。


 だって、だと聞いていたのに。小食で、ロクに食べないと。


 試しに、料理が運ばれるところをついていこうとしたが、担当の使用人に拒まれた。

 側付きのオバサンまで、お嬢の部屋に近付くなと注意してきた。

 そして、厨房で張っていたが、戻って来た料理は、大差減っていない。

 それを受け取った橘は、俺が見ていることに少し焦った顔をしていたが、慣れた様子で片付けた。

 チラチラと俺を気にしながらも、仕事に追われる。その視線には、何かの期待が含まれているとわかる。



 側付きのオバサンと一緒に、お嬢の久しぶりの登校。いつもの沈黙。


 迎えに来て、お嬢に直接尋ねたが、返事ははぐらかされた。


 厨房の外から聞こえたが、ボイスレコーダーを月からもらっていたし、何か虐げられているような証拠でも押さえると思ったが……。

 あの消極的なお嬢が、そんなことをするわけないか。


 ……そういえば、なんか、学校で何かあったみたいだな。


 そういうことで電話をかけて、担任に直接尋ねてみれば、驚いた。


 お嬢が。

 あの物大人しいお嬢が、暴れただって?

 担任が貸したメモ帳を破られて、突き飛ばされた反撃をしたと……。

 その場で、和解をしたため、親御さんには教えないということになったらしい。

 担任は、組長の耳に入ることを酷く恐れて、平謝りするが、俺はそれどころじゃなかった。

 やはり、ボイスレコーダーで証拠を掴んで、反撃に出るのかもしれない。

 ……ただ、あのお嬢が、と思うと信じられないんだが。


 確認したくて、夜に厨房へ向かったが。


「おじょ……あ」と、待っていた月が落胆する。橘もだ。


「お嬢は来てねーの?」

「「……」」


 返答をしないのは、何故だろう。

 まぁ、あの側付きが釘をさしたから、お嬢も来れないのだろう。


「なぁ。面白い話、聞きたいか? お嬢の」


 言えば、食いついた顔をした二人。


「だったら交換だ。お前らが隠してること、教えろよ」と、ニヤリ。

 二人は、顔を強張らせては、見合わせた。


「でも……お嬢が……」と、口ごもる橘。月も、だんまり。


 いつまでも待っていられず、しびれを切らして。


「そもそも、お前さ。用意した食事を、ロクに手をつけてもらえずに突き返してくるっていう損な担当の料理人だろ? なのに、なんで夜食をたらふく食べさせてんだよ?」


 こっちから、矛盾をつつく。


「今朝、お前が作った料理がお嬢のところに渡されるかどうか、見届けようとしたんだが、お前らが心配していた側付きのオバサンに阻まれちまった。……お前ら。お嬢の元に、、思ってないか?」


 直球で、問い詰めた。

 グッと口を閉じる橘。そして、月と相談するような視線をかわす。


「……これ、お嬢に頼まれて、この人が作った料理をこっそり撮って、夜になってからここに来て見せたんですけど……初めて見たって顔をしては、そのまま美味しそうに残した料理を食べました」


 そう言って、月はスマホの画像を見せてきた。

 写真だな、料理の。


「自分も……お嬢は、偏食で突き返したのかと思ってたんですけど……普通にここで食べてくれたし、申し訳なさそうに謝罪してくれたし、美味しいって伝えてくれまして……」

「俺が翌日に食事の時間に、お嬢の部屋の窓を覗いたら、明らかに腐った料理が置かれてました……」


 腐った料理だと……?

 この厨房で作られたものは届けられず、腐ったものをお嬢の前に出されている? なんじゃそりゃ。


「……で? お嬢にちゃんと食事が料理が届いてないって、わかっていたのに、なんで報告してないんだ?」

「……そ、それは、お嬢が……”立場上、知らない方がいい”って」


 詮索するなと忠告したのは、お嬢だと言う。

 まぁ、納得は出来る。立場が低い二人では、事態を好転出来るとは限らない。

 よく考えている。

 つまり、お嬢はやはり……思った以上に、頭がキレるのか?

 この前の一学期の成績は、普通だったらしいが……。


「……確かに俺達の立場だと、お嬢の待遇を変えられないだろうけれど……。でも、ボイスレコーダを渡しましたし、何か決定的な証拠を掴むんじゃないですか?」


 月が、そう言う。

 思ったよりも、慎重で頭もいいらしいお嬢は、何かしようとしている。


「んー、そうだとは思うんだが……でもよぉ。なんかまだ時間がかかっているみたいだし……その間、お嬢は食事をまともに食べられないんだぞ? さっさとお嬢と一緒に堂々と食事が出来るためにも、大人な俺達が動く時じゃねーの?」


 ニコッと笑って見せた。

 大人なんだから、大人らしく、子どもを助けようじゃねーか。


 二人はまだ立場でも気にしているのか、躊躇して顔を合わせている。


「俺は俺なりの正義を貫く。子どもが奮闘しているのに、大人が待つだけだと? それでいいわけねーだろ。腹決めろ」

「「……」」


 反社会的と言われようとも、暴力団と呼ばれようとも、俺は俺の正義の道を進んでいるつもりだ。

 だから、正しいと思うことをするだけ。

 手を貸すのか、貸さないのか。その選択を迫る。

 どちらにせよ、お嬢の元に料理が届いていないってゲロったんだから、俺は見過ごさないぞ。


 すると、月が挙手した。


「とりあえず、今からお嬢に夕ご飯を届けていいですか? 話はそれからで」


 ずっこけそうになる。


「あ、ああ、うん、そう。お腹空かせてるよな、行ってこい。……お前が届けてやってんの?」

「はい。まぁ……お嬢が退院してから、だいたいは」


 舞蝶お嬢へのご飯を持っていく準備をする二人を見ながら、すっげぇーモヤモヤした。

 退院してからは、月達が差し入れたが……今までは? いつからだ?

 あの側付きのクソババァ……。


 月が戻ってくるまで、厨房で橘と待つ。

 夜食を食べながら。


「俺が二人を厨房で見付けたのは、一週間前です。誰かが食材をくすねてるってわかってたんで、厨房の明かりを見付けて飛び込んで見たら、お嬢が一緒にいるんですもん。ビックリしました。……でも、事情を知らないまま、怒鳴っちまいました。”料理人泣かせのワガママお嬢”って思い込んでて……」

「……」


 ぽつりぽつりと語る橘に、かける言葉がない。

 俺だって同じだとは、慰めでは、言えそうにもなかった。

 俺達だって、”陰湿なお嬢”という認識だったのだ。

 吸血鬼嫌いで、人嫌い。心を開くことなく、関わろうともしない。俯いたお嬢。


 それが、今はどうだ。

 ちゃんと顔を上げて、人の目を真っ直ぐに見ては、笑顔を見せる。

 おふざけの仕草を見せたり、乾いた笑いを零したり、誤魔化したり。

 人間味のあるお嬢を、今日は見た。


 とある吸血鬼がきっかけで、お嬢は塞ぎ込んだというのに。

 別の吸血鬼が変えてしまうなんて。皮肉なもんだな。



「ところで、月のヤツなんだが。まさか――――?」


 そう尋ねた頃に、まさに喉を鳴らしているとは知るよしもなかった。



「まさか! お嬢によくしてやってますが、真心込めてお礼を伝える笑顔を見せられれば、もっと見たくなるでしょうが……そんな身の程知らずに、お嬢に執着するわけないでしょ」


 苦笑をして手を振って答える橘。

 そうだよな……。

 月は一年前。橘は二年前か。本邸に来たのは。

 二年半前のことを、知っているわけがない二人は、どれほどお嬢が吸血鬼と関わっていることが不可思議か、わからないのだろう。


 少しして、空の皿を持って、月が戻ってきた。


「お嬢が、”給食より橘の料理が美味しい”って伝えてくれって」

「! ま、まぁ? 給食の料理人達に悪いが、俺の方が腕は上だな!」


 照れて鼻を高くする橘は、置いといて。


「お嬢にチクったか?」

「……いいえ」

「それがいい。大人で解決しようや」


 やんわりと制止していたお嬢に背くことだが、俺達が行動を起こすべきだ。

 根負けしたように、月と橘は知っていることは吐いた。



 

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