♰14 探りを入れてくる送迎護衛担当者。
完全にヤバい空気で、放課後を迎えた。
顔色を伺う担任に、新しく貸してもらったメモ帳に”ありがとうございました”の一枚とともに返して、笑顔でバイバイしておく。
今朝と同じ学校敷地内の駐車場に行ってみれば、リムジンは停まっていた。ひらひらと藤堂が手を振ってきたので、急ぐことなく歩いて近付く。
側付きは、来ていないのか。朝は担任教師への説明があったから、世話役の務めをしただけか。
「久しぶりの学校は、どうでしたかい? お嬢」
目の前まで来ると、藤堂は笑いかける。
あれ。話しかけてくるんだ。まぁ、厨房でも話しかけてきたしね。朝は側付きの牽制を気にして、控えていたのかな。
どうだったか……か。
問われても、どう答えるのが正解か。
むっすー、とふくれっ面を見せる。
「え? 何かあったんすか? 何そのいじけたみたいなあざとい仕草……いつから、するようになったんすか……」
足元を軽く蹴る仕草に、ツッコミを入れては、藤堂は苦笑をする。
「あ。そうだ、スマホ。これで会話してくれるんですよね?」
スマホを渡してくれたので、そこで打ち込んで【組長に報告する?】と尋ねる。
「必要なことなら、そりゃもちろん」
何かあったのか、と首を傾げる藤堂に【わかった。言わない】という文面を見せれば、ずっこけそうになる。
「何かあったんすか? 友だちがいないから、長く休んでて、クラスメイトに”誰?”とか訊かれちゃってショック受けたとか?」
全くデリカシーのない藤堂に、引きつる笑みしか出ない。
それこそ、傷付くだろうに。ホント、性格悪いことしか言わない人だ。
リムジンの中でも、藤堂はスマホを使っての会話を続けようとする。
でも、走行中のスマホいじりは酔ってしまうと、身振り素振りで訴えると、すぐにリムジンを適当なところで停めさせてくれた。
最初は、声の調子だとか、授業はどうだったのかとか、他愛ない会話だったが。
「あの側付きのオバサンとは……大丈夫なんですかい?」
と慎重な口調で尋ねてくる。それを探るためにも、わざわざ車まで停めたのか。
じっと、隣に座っていきた藤堂を見上げる。
春からずっと登下校の送迎を担当していた彼は、ここでようやく探ってくれたみたいだ。
この前の側付きの対応を見たせいか、または月達が何か進言でもしたのだろうか。やや攻撃的だったが、ずいぶん柔らかい態度からして、思っていたのとは違うと、疑心は生まれたのだろう。
んー……やるなら、徹底的にやりたい。証拠は、まだまだ足りないと思う。
地位が高くとも、必ずしもこの人の手助けがいるかどうかと言われると、否だ。
そのうち手紙でも送って、ボイスレコーダーを直接渡せるようにセッティングしようと思っているしね。
父と接触が難しいなら、やっぱり公安刑事にメールである。月のスマホから、直球で虐待を受けていると伝えてやるもん。
ただ、にっこりと笑みを見せてから【いつも送迎をありがとう】という文面を見せた。
スマホを受け取った藤堂は、それをスクショしては。
「おい! 初めてお嬢からねぎらいの言葉貰ったぞ!!」
と、運転席側の送迎仲間の部下に、興奮気味に見せた。
「まー、大丈夫ならいいんだけどよ」
ひとしきり騒いだ藤堂は、誤魔化した私にそう零す。
私は、ただ笑みだけを見せると、複雑そうな顔をした。
「明るいお嬢は不気味だな」
……失礼だなぁ、マジでこの人。
豪邸の和式の屋敷に、ご帰宅。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
側付きが、玄関で出迎えてきた。
そこまでくれば藤堂も黙って、頭を下げて立ち去る。
そのまま、側付きは私の前を歩いていく。こんな感じで誰も寄せ付けなかったのかなぁ。
そう思っていれば、曲がった廊下の先に、月を見付けた。
パッと手を振り回す月。側付きが見えていなかったので、ひらっと手を振り返した。
学校から宿題があると、連絡帳に書いてあるので、それを確認した側付きはやるように命じる。
……命じるって何様。私は、この組の組長のお嬢様ぞよ。
プンプンしたいが、昼に発散したので、我慢は出来た。
ちんたらと宿題をやることも、見張る視線も、ストレスだなぁー。
もうちょっと煽ることをして、側付きのボロを録音しておきたいが……。
……いい方法が見付からない。もっと刺激することとは……?
その夜。月が、遅くにやって来た。
「えっと……こんばんは。遅くなってすみません。どうぞ」
ぎこちなく、差し出すのは、煮物と小ぶりのおにぎり二つ。美味しい橘の夜食。
いただきます、と手を合わせて窓辺で、モグモグ。
「……?」
なんか、月がやけにソワソワしている気がする。こてん、と首を傾げた。
「あ、えっと、どうでした? 久しぶりの学校」
誤魔化して笑いかける月。
スマホを差し出してくれたので。
【学校行くより、月とデートする方が楽しい】
と、打ち込んで見せた。
「ゴクンッ」
月は、何かを飲み込んで、喉を鳴らす。
すぐに手で口元を隠して、恥ずかしそうに赤らめた顔を伏せた。
……なんだろう。度々するこの仕草は。
「俺も……お嬢のいない本邸は寂しかったので、デートしたいですね」
黄色い瞳でチラリと見上げて、本音を吐露する月。
あの側付きをどうにかしないと、またデートには行けないなぁ。
「…………」
「?」
月が、じっと見上げてきた。口を開こうとして、かろうじて牙の先が見えただけで、閉じられた口。
あ、そうだ。月が何か言う決心がつく前に、橘への伝言を頼むことにした。
【橘に、給食より橘の料理がいいって伝えておいて】
「あはは……橘、喜びますね」
月は、力なく笑う。
どうしたんだ。元気ない。そんなに寂しかった?
「わかりました。伝えておきますね」
ごちそうさまでした、と両手を合わせた。
「舞蝶お嬢……俺も橘も、味方ですからね?」
ギュッとスマホごと手を包まれて、真剣に伝えられる。
ん? 知ってるけど?
きょとんとしてしまうが、わかったと一つ頷く。
「おやすみなさい、お嬢。いい夢を」
様子が変な月を見送って、窓を閉める。
吸血鬼の彼は、吸血鬼のイメージらしく、暗い庭に呑まれるように消えていった。
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