♰05 恵んでくれるイケメンちゅき。
ここで追いかけてくれたら、ワンチャン希望はあった。
「お嬢!」
でも、廊下を軽く駆けて、追いかけてきたのは、月だ。
「姿が見えたかと思ったら、走って行っちゃって……どうかしたんですか?」
「……」
ワンチャン、父が追いかけてきて、”どうしたんだ”って聞いてくれれば、部屋に案内して冷遇セットであろう腐った料理を見せて、冷遇を知らせられたのだが……。いや、そんなことを知らせたとして、ここまで冷遇に気付かないような父親に、何かを期待なんてするものじゃない。
あの父親の性格を全く知らないけれど、私に優しさや気遣いを向けることは、ないのだろうとは思う。
逆に、昨夜、交流を始めたばかりの月は、こうして食事中にも関わらず、気にして追いかけてくれたのだ。
冷遇をされている私の胸に、優しさが滲みる。
……月……好きッ!!
ギュッと、月の長い足に抱き付く。
「わっ!? ちょ、ちょっと! お嬢! だめですって! お嬢に触っちゃダメなんですってぇ~」
慌てふためく月は、キョロキョロと廊下を振り返る。でも、後ろの方の廊下では、ワイワイと賑わう声しか聞こえてこないし、前の方の廊下からも、人が来る気配はない。
すると、横にあった襖を開くと、そこに月は入った。抱き付いた私も、必然と中に入ることになるのだけれど、月は私の肩を掴むと、一度引き離す。
しゃがむと、両腕を広げた。
「どんと来い!」と、頬を赤らめている。
どうして抱き付き直さなきゃいけないのか。そこのところ、意味がわからないけれど、まぁいいっか。
ということで、またギュッと月に抱き付いておいた。
「はわあ……ちっちゃ……可愛い」
月は子どもの可愛さに悶えているようで、慎重な手付きで背中を撫でてくれる。
そういえば、あの美貌の父の遺伝子を引き継いでいるだけあって、美少女だったしね、今の私。
そうやって魅了されるがいい。そして、もっと私に優しくてくれたまえ。
そこで、きゅるるるっとお腹の虫が、高々に鳴いた。
……月の前で、また鳴りおったぞ……この腹。
まぁ、今日は朝から鳴りっぱなしだったけれどもさぁ。
空腹で、倒れそうだ。
むしろ倒れていい? また入院させてもらいたいわ。救急車呼んでくれ。
「あはは。お嬢ってば、またお腹空いたの? でも、よかったぁ。さっき出かけてたんだけど、見かけたらお嬢にあげたくて、買っちゃったんだ」
そう言って、パーカーのお腹のポケットから、袋を取り出して渡してくれた。
赤いリボンでラッピングされた透明なビニール袋の中には、クッキー。多分、プレーンと、チョコ味の二種類だろう。
私のために、お菓子を買ってきてくれた!! 好きッ!!!
喜んで受け取ったそれのリボンを取って、モグモグと食べる。
うまうまっ。今日初めて口にするものだから、とんでもなく美味しく感じるわぁ~。
こりゃあ、お菓子で誘拐されちゃう子どもの気持ちがよくわかる。冷遇されていたらなおさら、いかにも怪しい人の差し出されたお菓子に釣られるのも致し方ないわ。うん。誘拐先で甘やかされたい。
「よかった! ……あれ? お嬢も、昼食の時間じゃ……?」
私が受け取って素直に食べたところを見て、安堵して胸を撫で下ろした月は、当然の疑問に気付いて、目を丸くした。
ソ、ソウデスネ……。
お昼担当の冷遇セットを置きに来た使用人が、捜し回っている可能性がある……。
いや、でも、どうせ手をつけないんだし、いてもいなくてもよくない……? 捜さないでください……。
クッキーをモグモグしながら、明後日の方向に目を向けてしまう。
「…………お嬢。何か、言いたいことがあるなら、どーぞ」
優しい声をかけて、月は自分のスマホを差し出してきた。
柔らかい笑顔の月を見つめてから、スマホを見つめて、それからテキトーにタンスから取り出して着たワンピースの裾で手を拭ってから、スマホを受け取る。
ただ、小さな私には、クッキーの袋とスマホの両方を持つことは難しいので、その場に座り込んで、クッキーの袋を横に置いて、両手で持ったスマホのメモアプリに文字を打ち込んだ。
【こんにちは、月。クッキーをありがとう。美味しいよ】
「……――」
月に見せた文章。
黄色い瞳を見開いて数秒固まったあと、スマホを間に挟んで、私と目を合わせた。
私は、にこりと笑顔を作って見せる。
何か言いたげな月に、続けて【月は昼食に戻らなくていいの?】と途中じゃないのかと尋ねた。
「あー、いや。俺はもう終わったところだから、いいんですよ。ここ何も使ってない部屋だよね? ちょっと一緒に休憩しましょうか?」
ゆるりと首を振った月は、私がクッキーを食べ終えるまで一緒に居るつもりなのか、目の前で腰を下ろす。
「あ、そうだ。やっぱり、ちょっと戻りますね。待っててください」
すぐに立ち上がると、襖を開けて行ってしまった。
咀嚼したクッキーを、ゴクリと飲み込んで、緊張する。
ま、まさか……。”お嬢の様子がおかしい”……とか、告げ口しないよね……? 月?
なんのために質問をかわしたと思っているの? 言わないってことは、言われたくないからだよ! わかってない? ちょっと抜けている…天然さんの月~? 組長を連れて戻ってきたら。嫌いになっちゃうからね!!
と、冷や汗をかいていたけれど、コップとお皿を持ってきた月は、一人で戻ってきた。
「から揚げ、いっぱいあったんで! 一緒に食べましょう!」
にぱっと明るく笑って見せてくれたのは、レタスの上に盛りつけられたから揚げの山。
キュン! 月! 好きぃいいッ!!!
また食べ物持って来てくれた!! 好き!
ちゃんと二人分の箸も持って来てくれたし、腰を落として、一緒にから揚げを食べ始めてくれた。
ニンニク醤油風味? まだ温かくて美味しい。
……ん? ニンニク? 吸血鬼、食べていいの?
月は、平然とモグモグしている…………弱点じゃないんだね。
てか、戦闘員とか言ってたし、男所帯の組織。体力によさそうなニンニクも、よく料理に使われそうね。なんだっけ? スタミナ回復にいいんだっけ?
それに、さっきは出掛けてきたらしいし、こうして真昼にも動いている月は、本人が言った通り、人間と変わらないらしい。別に、夜行性とかではないのねぇ。
そういえば、昨日だって、まだ陽が出ている時に初めて会ったんだった。
ジューシーなから揚げをモグモグと食べては、渡されたオレンジジュースをゴクンと飲む。
ぷはー。生き返るわぁ~。
一応、部屋には水差しが置かれていた。
なんか、これで喉を潤せとのこと。今声が出せないのも、水分補給を怠ったせい。多少水分補給が出来ていれば、高熱も悪化しなかった。
今度は、入院させない程度に追い込む意図を感じ取ったのは、気のせいではないだろう。
この家での生活と、無人島のサバイバル…………どっちが難易度高いんだろうね?
まぁ、今の私には、月というスペシャル助っ人がいるけれどね!!
にこっとすれば、にこっと笑顔を返してくれる月と、から揚げを一緒にモグモグ。
しかし……やはり、月の立場上、こうやってコソコソしているのも、限界があるだろう。
元々、吸血鬼は私に触っちゃけないみたいなルールあるみたいだし……私を冷遇している使用人が束になって、月に罪をなすりつけたりしたら嫌だ。私は声を出せない状態だから、まともに庇えないし。
庇ったところで、娘に対して大した情を持っていない組長と、冷遇の首謀者によって、月とともに共倒れに追い込まれたりしそう。
多分、使用人を束ねるとか、上の人の命令があるからこそ、組長の娘を冷遇しているのだと思うんだけど……。
薄々おかしいと疑惑を抱いている月に、使用人の中で偉い人は誰かだなんて、尋ねちゃいけないだろう。
もう少し様子見をして、私を虐げる相手を把握しておかないと……。
あと、もっと『雲雀舞蝶』のことを、知っていかないといけない。
今も、別に『雲雀舞蝶』のフリをしているつもりはない。記憶はないだけで、紛れもなく今の私は『雲雀舞蝶』だ。それでも、周囲を取り巻く環境を知る必要がある。あと、前世とは違う常識があったりしたら、マズい。ちゃんと情報収集をせねば!
ただただ、ひたすら……食事の問題が、毎回直面することになるのだ。
どうにか調達しないとな……。
小学一年生には、ハードだ。スペシャル助っ人の月も、使いどころを選ばないと。飢え死には、嫌である。今夜もなんとか厨房に入って、拝借。
極道のご令嬢、自分の家の厨房から食べ物を盗むの回! 夜に、乞うご期待!
もう夜中の分のつもりで、から揚げをたらふくお腹に突っ込んでおいた。お腹パンパン。
スローペースで食べていた月は、じっと私を観察し続けたが「ジュースのおかわり、持ってきますね。あ、オレンジジュースでよかったですか? はーい」と、最後にはオレンジジュースのおかわりまでくれた。
月……しゅき。
「舞蝶お嬢、これからどうしますか?」
【お部屋戻るね。ありがとう、月】
その文を見せて、スマホを返した。
バイバイ、と手を振れば、ついて来ないだろう。
「……はい。じゃあまた」
引き下がってくれた月に見送られて、廊下を堂々と歩いて、記憶していた部屋に自力で戻る。
今日の探検、終わり。
お休みを兼ねて、エネルギー温存です。
また明日、頑張ろう……。そのためには、夜中にゲットせねば! 食糧!
特に、昼間にいなかったことは、使用人に怒られなかった。そして、夕食に冷遇セット。
……クチャい。
短い時間の入浴をなんとか終えて、ふぅーと、一息。
大して動いていなくとも、お腹は減る。
生きるって大変。
昨日と同じく、夜中の時間帯になって、部屋を出て厨房へ。
「おっじょー! こんばんは!」
深夜の廊下に相応しくない明るい声に、ビックリした。
どこからか、ヌッと後ろから現れた月に、驚きのあまり声を出すところだったと、怒ってもいい?
でも、しゃがんで、じっと見つめてくる月の真面目な雰囲気に、怒ったジェスチャーを見せられなかった。
流石にお腹を空かせて、厨房に二日連続忍び込むお嬢様に、疑惑は拭えないのだろう。
でも、尋ねられても、私も答えようがない。彼に答えていいのかも、わからない状態だ。
こうして待ち構えるくらい、気にかけてくれる月を、変に巻き込みたくない。
「……」
困り顔で身構える私に、月は優しく笑いかけると、頭を撫でてくれた。
「今日は、何食べたいですか? こう見えて俺、少しなら料理出来るんですよ?」
そう言って、スマホを差し出して、夜食のリクエストを尋ねてくれる。
何も聞かずに、ご飯を恵んでくれるイケメン吸血鬼青年……ちゅき!
月、しゅき!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます