♰06 お願いごとはあなたとデートをすること。
月にリクエストしたのは、オムライス。
ちゃんとケチャップライスに、とろり気味の卵焼きを被せたもの。
うまうま!
月も自分用に作ったので、一緒に堪能した。
「お嬢。何かお願い、ありません? 俺に出来ることなら、なんでもしますよ」
足をブラブラと揺らすほど上機嫌な今なら、聞き出せると思ったのか、月は間に置いていたスマホを押して、返答を促す。
隙あらば、聞き出すスタンスね?
お願いかぁ……。冷遇を突き止めてってお願いは、まだ彼に頼むのはよくない。彼の立場に悪い影響を及ばさないって、わかるまでは。
それまで毎食のお願い……。事情を話さないのに、厚かましいね。
……んー。
あ、そうだ。
私はお願いを打ち込んで、上目遣いで見せた。
「【明日、デートしたい】……?」
片手で口を押さえた月は。
「え……こんな可愛い子に、デートに誘われた……キュン」
普通にデレた。
口を押さえていた片手で喉をさする仕草をする。
「あー、そうか。お嬢、喉だけ安静にすればいいから、学校もなく、お暇なんですね? だから、今日の昼間は……」
と、納得してくれた。何故か自分の喉をさすりながら。
そう! 暇! なの! で! ある!
放置されて、暇なのだ! 冷遇お嬢、お暇なう!
「ん~。お嬢には送迎の護衛担当がいるくらいだから、やっぱり出掛けようとすれば、護衛をつけられますよね」
顎に手を置いて考え込む月。
それって病院に迎えに来た人達みたいに、ゾロゾロとついてくるってこと……?
また矛盾が生じて、気持ち悪いなぁ。どっちなんだよ。冷遇するのに、お嬢様扱い。
やはり、使い道があるってことなら、納得かな……。
「でも、デートなので、こっそり出掛けちゃいます?」
にぱっと、月は悪戯を企むみたいな少年の無邪気な笑みで囁いた。
やっぱり、月しゅきーっ!!!
私は喜んで、コクコクと大きく頷いた。
「じゃあ、お店が開き始める9時前くらいがいいと思いますが……どうでしょうか? 準備出来ます? じゃあ、俺、お嬢の部屋の窓まで迎えに行くんで、そこから抜け出したら、塀をひょいっと飛び越えてしまいましょう!」
オッケーオッケーとコックン、コックンと頷いて見せて、明日のドキドキお忍びデートは決定!
「おやすみなさい。また、明日」
また片付けを後回しにして、私を寝かしつけることを優先して部屋へと送ってくれた月に、笑顔でバイバイしてから、楽しみを胸にベッドで眠った。
遅寝により、冷遇してくる使用人に叩き起こされては、廃棄物を朝食だと言われて目の前に置かれても、このあと月と気晴らしに出掛ける楽しみがあれば、気分は下がらない。
スルーである!
冷遇お嬢。早速、耐性が付きました。
何に着替えようとソワソワして、髪を念入りに整えて、おさげにして精一杯のお洒落を完了。
コンコン。
8時45分に、窓ガラスをノックした月がやってきた。
パッと笑顔を見せて、上着のニットカーディガンを持って窓を開ける。
「おはようございます。二つ結び可愛いですね、お嬢。準備はオッケーですね」
おはよう、と口パクで伝えて、先にカーディガンを持って、と渡す。窓辺をよじ登ろうとした時、ハッとした月が「誰か来ます」と、教えてくれては、その場にしゃがんで隠れた。
月が見た襖を振り返ってみれば、本当にやってきた。朝の使用人の女性だ。
「当主様からのご命令で、”暇をしているならドリルでも与えろ”、とのことです」
乱雑に一冊のドリルが机の上に置かれた。
……え? なんの嫌がらせ? 昨日見かけて、暇していると判断して、暇潰しを与えた……だけ? 月とのデートを阻むなら、嫌がらせしかないんだけど?
「これが終わるまで、部屋を出ないでください」
厳しく見下ろす使用人は、そのまま部屋をあとにした。
ええー、やだぁー。てか、ドリルを暇潰しに与えるなよ、マンガ寄越せよ、せめて。
ぶー、と口を尖らせて、手に取ってみれば、計算ドリルだった。
ブフッ! しかも、二年生用じゃん! ばっちり二年生の計算ドリルって書いてあるよ!? バリバリの嫌がらせだ!!
「えっと……どうします? 流石に組長のご命令を無視したら、お嬢も怒られちゃいますよね?」
使用人が行ったことで、月が顔を出して声をかけてきた。
そう。怒られる。
私はいいんだけど、一番は連れ出した月が、お咎めを受けるのだ。
でもそれって終わった計算ドリルが部屋に残っていれば、敷地内をブラブラしているとでも思うんじゃないだろうか。命令としても”終わるまで部屋に出るな”らしいし、終えればいいのでしょ。
三本指を立てて、もう片方で丸を作って見せた。
「30分? いいですけど……。待ってます」
小首を傾げたけれど、月は”30分待って”というジェスチャーを受け取って、すんなり頷いてくれる。
私は机について、鉛筆を手にして、計算ドリルを解き始めた。
所詮は、小学二年生の計算ドリルだ。前世三十路の私には、朝飯前。
実際、朝食はまだで、お腹がきゅるるっと鳴ったけど。
スラスラと書いて、30分もしないうちに終えた。
ドリルが薄くってよかったわ~。
パタンと閉じて、椅子から降りる。
その音を聞いたのか、外でしゃがんで待っていたらしい月が、覗き込む。
「え? 終わったんですか? はやっ」
フフン。胸を張ってドヤる。
まぁ、前世三十路が小学二年生用の計算問題を解いただけなんだけどね。
窓辺に乗り込めば「俺が」と、脇に手を入れて、持ち上げてくれた。
「わ。軽い。……そうだ。おにぎりがあります、食べます? コンビニのおにぎりですけど」
そのまま、片腕で私の身体を持ってくれる月は、ツナマヨのおにぎりを渡してくれる。
メシア! 吸血鬼青年、救世主! しゅき!!
喜んで食べている間にも、敷地から出ようと月は、周囲を確認しながら塀に向かう。
「確か、敷地周辺は、防御の『
……じゅつしきけっかい……? なんですか? それ?
ハムスターみたいに、ちまちまとおにぎりにかじりついてた私は、妙な単語に瞠目した。
それに気付かない月は「じゃあ、飛びますよ」と両腕で私を包み込むと、本当に飛んだ。
ジャンプ一つで、二メートル越えの塀の上に乗っては、外のコンクリートの道へ着地した。
「脱出成功~。じゃあ、行きましょうか。お昼は選び放題出来るくらいレストランが多い通りに行きます」
一度私を下ろしてから、食べることを邪魔しないように、右腕から袖を通して、次に左腕に袖を通して、カーディガンを着せてくれる月。甲斐甲斐しい。
「可愛い髪留め。買いましょう」
そう言って、ほつれかけている髪ゴムを摘まんだ。
至り尽くせり! めちゃくちゃ気を遣ってくれてありがとう! 月!
おにぎり持ってなければ、抱き付いてたわ!
感謝のハグが出来ない代わりに、笑顔で頷いておいた。
本邸と呼ばれる家から離れるまで抱えて運ばれたあと、手を繋いで意気揚々と歩いていく。
でも、それも長くは続かず、体力がザコな私は、ダウンした。
ただでさえ、退院直後の病み上がりさん。
それ以前に、まともに食事をさせてもらえない冷遇されし幼女。体力のなさが、壊滅的。
ちょくちょく足を止めて、ハァハァと息を切らして休む私を、見かねた月が「こっちで休みましょうか」と、しっかりした休憩を取ろうと、人通りのない路地まで連れて行ってくれて、どこかの建物の非常階段へ座らせてくれた。
「えっと。確か、タピオカジュースの店が近くにあったはずなんですが、タピオカジュースは飲んだことあります?」
タピオカ! もぎゅもぎゅする感触が、なんとも堪らないね!
「じゃあ、それ買ってきます。えっと、サイトは……ああ、これこれ。メニューから選んでください」
スマホで検索すると、見せて選ばせてくれた。
何から何までありがとう……月……しゅき。
限定・旬の濃厚イチゴタピオカジュースでお願いします。
「じゃあ、ここで待っててくださいね。すぐ戻りますんで!」
頭を一撫でして、月は駆け足で行ってしまった。
……思ったんだけど。
組長のご令嬢が、人気のない路地で一人って、マズいのでは……?
月の後ろ姿が見えなくなってから思っても、後の祭り。
こんな路地で、可愛い幼女が一人だってことだけでも、十分危ないよね。
でも”待って”って言われちゃったしなぁ……。
私は連絡手段を持たないし、声も出ない……。誰も来ないことを祈ろう。
足を伸ばして、休んでいたら、ガシャンとわりと大きな音が響いて、ビクンと震え上がる。
路地の奥からだ。
えっと……なんの音だろうか。何か落ちたような……? 大丈夫かな? 他に気付いた人もいないみたいだ。怪我人とかいたら、どうしよう。
とりあえず、座っていた非常階段から立ち上がり、音がした方へと行ってみる。
右を曲がった方だよね。人気が、本当にない。
でも本当に音がしたんだよねぇ……。
月が戻って来たら、調べてもらおうかな。
そう思って戻ろうとした時、また何か落ちるような音が同じ方向から聞こえてきた。今度は、カラーンと軽い物が落ちた音みたい。誰かはいるみたいだけど、声がしてこなかった。
声が出せないくらいに重い物の下敷きになって、なんとか気付いてもらおうと物を投げて音を出しているパターンでは!? 今現在の私なら、そうする!
想像したら、居ても立っても居られなくて、音を辿ってみれば、シャッターが私が潜り込めるくらいの高さに開いている建物があった。ここかな、と覗いてみる。暗くてよく見えない。一応、怪我人がいないかという人命救助活動という免罪符を持っているので、侵入させてもらった。
……なんだろう。妙な感じ。
正体不明の音を辿って、無人らしき暗い建物の中に忍び込んだせいだろうか。
中にいれば、案外早く目が暗さに慣れた。倉庫みたいに広々とした建物の中は、二階上の天井まで見える。
見上げていれば、ユラユラと左右に身体を揺らすように歩いてくる人影を見付けた。
尋ねようとは思わなかった。そもそも声が出ないし。
声が出なくとも、きっと迂闊に声なんてかけなかった。
明らかに様子がおかしい男性は、ネズミらしきものを口からボトリと落として、血を滴らせている。虚ろな瞳が確かに私を捕えていた。
ソレが、呻きを上げながら、突進してきたので、慌てて右へと走る。
ガシャンとシャッターにぶつかっても、身をそこに引きずりながらも追いかけてくる。呻きながら。
ギャー! ゾンビ!
正体不明の音を辿ったら、ゾンビがいましたー!!
誰だ! 怪我人がいるかもしれないって思ったのは! 私だ!
うえーん! リアルホラー映画!!
最初にシャッターをくぐって逃げればよかったのに、倉庫の中をウロチョロと走り回ることになってしまった私のバカー!
大きな箱が不規則に積み重なっていて、倉庫のどの辺りに来てしまったかもわからない。追い回されて、どんどん出口のシャッターから遠ざかってしまっている。
まずい。体力ザコの幼女。
色々追い込まれてる!
ハァハァ、と息を切らして、次第に足を止めてしまう。
ガシャンガシャンと、軽い物にぶつかって落としながらも、迫ってくるゾンビを振り返る。
いや、多分、十中八九、グールっていう怪物なのだろうけれど。
ワンチャン突き飛ばすして、引き返して逃げるか。
体力持つ? そもそも私の力で足りる?
相手は吸血鬼の成りそこないの怪物。自我がなくとも、通常の人間よりも、力は増しているかもしれない。ただでさえ、小さな子どもで非力な私には、びくともさせられないかも。
グルグルと考えている間に、グールは目の前に来て、手を伸ばしてきた。
けれど、その手が届くことなく。
後ろに現れた月が、グールの肩を掴んで引き剥がして突き飛ばした。
「お嬢! 大丈夫!? 怪我ない!?」
血相かいた彼を、ポカンと見上げてしまう。
今この人……影から現れた……? 昨夜も、もしかして本当に影から現れた……?
彼の特殊能力って、影を移動出来るもの……?
「お嬢っ? 怖かったよね、一人にしてごめんね?」
「!」
「!?」
私を心配してくれる月の肩越しに、手を伸ばすグールが見えた。
月も反応して、振り返ると腰に差し込んだ銃を取り出す。
だが、撃とうにも、もみ合いとなり、月は倒れて銃を落としてしまう。
その銃は、私の足元に滑るように転がってきた。
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