♰04 冷遇お嬢の情報収集。



 とりあえず、大昔から吸血鬼という種族はいて、暗躍をしていた。

 政府はその吸血鬼の血を奪っては、吸血鬼を増やす実験をしては、別の怪物を生み出してしまい、今では裏の者が後始末をしているから、極道の中にも吸血鬼がいるということか。

 多分、この組のシマをグールという怪物から守るためにも、吸血鬼は戦闘員として加えられているのだろう。そう解釈しておく。


 吸血鬼は人間とあまり変わらないけれど、血の摂取で怪力を発揮するし、飲まないと弱るとか。あと、一部は、特殊能力持ちらしい。


 ふむふむ。結構、わかってきたぞ。このなんちゃって地球の異世界の設定が!


「お嬢からなら、触っていいんだ……」


 なんかワクワクした様子で、月が左の掌を見せつけてきた。

 期待いっぱいに目を輝かせているので、力なく笑みを漏らして、つんっと人差し指でその掌に触れる。


 うん。特に拒絶反応とかない。記憶がないせいだろうか。何かトラウマ要因があったのかな。

 体質的に、吸血鬼を拒むような感じもない。

 つんつん、とつつき続ける。


「はわわ……お手て、小っちゃい、可愛い……」


 もう片方の手で口を押えて、感激している様子の月。

 幼児と触れ合う機会がなかったのだろうなぁ。

 まぁ、こちら側の世界だと、身内に子どもがいないと、触れ合う機会なんてないだろう。


「…………でも……なんか…………不健康、みたいな……」


 じっと、黄色い瞳で、月が凝視しつつも観察してきた。

 大きな屋敷の組の令嬢にしては、不健康な容姿。髪だって、まともに梳かせず、ちょっとぐちゃっとしている。よくよく見れば、艶のないパサついた腰まで伸びきった髪、やつれた頬。爪なんて、入院中に切り揃えてもらったけれど、それまで伸びきっていたくらいには、手入れは一切されていない。


 そう。


 あの父親は、それがわからないほど、娘を見ようとしないのか。

 わかっていて、あえて放置しているのか。


 月の様子からして、組員は特に冷遇指示を受けているわけではないし、聞いてもいないようだ。

 組員には、冷遇を知られないようにしている……?

 でも、使用人には、指示している……?

 そこのところ、しっかり把握すべきかなぁ。

 いつまでも、夜に忍び込んで食べ物を盗んでいられないしね……。

 黙って、冷遇を受け続けるなんて、嫌だし。


【美味しかった。ありがとう、月】


 私は、メモアプリに打ち込んで、そうお礼を伝えた。


「……どういたしまして」


 それを読んだ月は、またへにゃりと口元を緩ませて破顔。


「じゃあ、おねんねしましょうね? 俺、あとでちゃんとバレないように片付けるから、部屋まで送りますよ」


 ラーメンを入れていたどんぶりを流しにおくと、月は部屋まで送ってくれた。

 じっと、部屋に入らずに眺めた月。

 掃除は行き届いている部屋。それは仕事の命令に従っているのだろうなぁ。

 そういうことだと、やっぱり組長の直接指示の線は薄いのかも。

 私の使用人からの冷遇を、組長である父は知っているか否か。または知ったら、どういう反応をするのか。

 娘がボロボロなのに、親子関係がよろしくないのだから、冷遇の打破もどうすべきか……慎重に選ばないと。


「じゃあ、おやすみなさい。舞蝶お嬢様」


 明るく言ってくる月は、ひらひらと手を振るので、私も手を振り返して笑顔で見送り、襖を閉じた。


 ……まぁ、部屋が綺麗ならば、使用人に軽んじられているとは、思わないだろうなぁ。

 真剣に探るように部屋を見ていたけれど、杞憂だったって感じにホッとした顔を見せた月。


 こういう時のために、部屋だけは綺麗にしとけって、厳命してたとか?

 再び、父親の関与の線が濃くなる。

 月が気付いてくれなかったのは、ちょっと寂しい気持ちになるけれど、仕方ない。

 だいたい、下っ端の月に気付かれない方がいいだろう。

 私のランキング内で堂々の優しい人一位となった月を巻き込んではいけない。

 新入りの彼には、手に負えないだろうな。属している組の、組長の娘の冷遇だなんて……。


 帰宅早々、衝撃の連続で疲れた。

 ベッドにもぐりこんでしまえば、お腹も満たされて、幼い身体は睡眠モードに切り替わり、すやあーっと眠りに落ちる。




 そして、朝はお嬢様扱いとは到底思えない乱暴な声で、叩き起こされた。


「いつまで寝ているのですか! 朝食です! 手間をかけさせないでください!!」


 普通、子どもをそんな風に怒鳴って起こすか……?

 遅寝してボケーとした私は、怒りを通り越して呆れる。そして、出された朝食とやらを見ては、現実逃避してしまう。


 これ。昨日のヤツじゃん。食べた形跡を残そうと、焼き魚をほぐした跡が同じ。

 なんなの? これ、お嬢様冷遇セットか何か?

 叩き起こすくらいなら、ちゃんとした朝食を出してよ……。


 食事用のテーブルについた私は、せっせとベッドを整える使用人を横目で見た。

 昨夜とは違う使用人。日替わり? いや、朝昼晩で、担当が違うのかな……?

 ……一先ず、関わる使用人の私の扱いを確かめておこうか。把握しないと。



 ………………ていうか、朝から、空腹確定じゃん……。



 昨夜みたいに、キッチンに忍び込めない。

 ちょっとは、食料になるものをくすねるべきだったかな……。いや、月の前では、無理よねぇ。

 私を冷遇する使用人の把握。そして、これは誰の指示で動機は何か。調べないといけない。


 幸い、私はまだ主治医から、家で安静に過ごすように言いつけられているので、学校は休み中だ。

 声を出さないためにも、登校は一週間や二週間は遅らせた方がいいと、主治医から言われているし、父にも言っておくと言われた。

 学校かぁ。友達いるのかなぁ……。聞く限り、友だちすらいなさそうだから、相談相手もいないだろうし、大した情報を得られなさそう。だいたい、極道の娘だ。余計、家の事情も話せそうにないかも。


 探ることに関して、私が声を出せないのは、不便だ。

 ……はぁー。記憶喪失を隠すには、ちょうどいいと思ったけれどなぁ……。


「……」


 臭い料理を片付けて立ち去った使用人に残されて、私は机の椅子にぐったりと座って考え込んだ。



 ………………ひ、ま、だっ!!!



 病気で休んでいるから、宿題なんてなく。

 本棚には、娯楽になる本はない。

 いや、実は、サクッと童話の絵本を読み終えた。

 多分、記憶をなくす前の『雲雀舞蝶』の好きな絵本か、思い出の絵本だろうけれど……微動だに記憶が蘇らない。ここが異世界なら、色んなマンガやラノベがありそう。知りたい……って、そっちを調べるのはあとあと! 冷遇状況を改善しないと!


 ……てか。絵本。完全に幼女用よね? 漢字が一切ない絵本だ。むしろ、一言しかないような文のみで、絵がもろメイン。

 新しくはないから、きっと読み聞かせてもらったもののはず。

 ……それから、新しい本は、買い与えられていないのか。

 母親が亡くなってから、冷遇されるようになったのかな。

 夫婦仲は、元々どうだったのだろうか? だいたい、どう亡くなったのだろう。三年前に、殺されたみたいだけど……。

 つまり、三年前からだろうか。冷遇が始まったのは。


 ……なんで部屋に、母親の写真がないのだろう? この部屋には、アルバムすらないしね。


 …………よし! 探検がてら! 写真を探してみよう!!


 母親の顔だって把握しないとね! 家族写真があるか否かで、家族仲の具合がわかるはず。

 それに、あの美の暴力のような美丈夫である父の妻になった母親の美しさとやらが気になるしね!!


 昨夜、月から聞いた様子だと、恐らく、父は吸血鬼ではない。

 そうならそうだと言うはずだもの。匂わすこともなかった。

 ……人外級の美貌だけど、人間なんだね……組長。スゴイ。


 もちろん、私も違うはず。

 とりあえず、父を射止めた母の美貌の確認だ!


 月が、亡き母の話を聞いたということは、タブーってわけでもないだろうから。母の写真は、どこかに飾られているはず。

 逆に、私の写真がなかった場合、父親に完全に嫌われていると確定する……。

 …………まぁ、知らないよりマシだ。ちゃんと把握して、最適な行動をしないと。



 はぁー、と深くため息を吐く。

 あの冷たい眼差しなら、嫌われているのは確定だとは思うけども。

 まぁ情報収集は必要だ。


 特に日中も監視をされていないし、行動の制限も言われていないから、私は部屋を出て、廊下を歩いた。

 とりあえず、玄関と自室とキッチン、それから浴場は把握しているから、それ以外の部屋の把握と、廊下などに写真が飾られていないかの確認のため、歩き回る。

 たまにすれ違う使用人や組員に、廊下を譲られては、黙って頭を下げられたり挨拶をされた。

 ふむ……存在は無視されないんだよなぁ。

 それに、私の担当だけかな? 使用人の冷遇は。それとも、部屋の外では、組員の誰かに見られないため?



 お、お腹空いたわぁ……。

 日中はなんとか乗り切って、夜にまた、キッチンに忍び込んで、いっぱい食料を確保しないと。


 廊下を歩いていくけど……おーや?

 部屋を把握したいけれど、迂闊に部屋に入ってはいけないのでは……? ヤクザのお部屋よ……?

 怪物退治を引き受けているような闇の組織よ……? どんな危険な武器を持っているのやら…………。

 ……入るのはやめとこう! うむ!! 安全第一!!



 とか、廊下を歩きまくっていたけれど、へとへとになってしまって、私は豪邸さを思い知れる庭を眺められる縁側に座り込むことになった。



 退院直後で、朝食抜きの体力なし幼児は、もうライフがゼロよ……!



 いや、ホント、マジで……! 食料を確保しないと! すぐに次の転生に逝くよ!?

 いや、次も記憶を持って転生するとは限らないけれども! やめて! 小学一年生で、次の転生を考えさせないで! 私泣いちゃう!!



   きゅるるるっ。



 一体、何回目の空腹の虫の鳴き声だろうか。


 あれ。なんか。いい匂いがする。空腹につらいんだけど。


 どこからするんだろう、と私は、ついつい匂いを辿った。

 ガヤガヤと賑やかな声がする。

 あら……? 静かな屋敷の中に、賑やかな部屋があるの?

 不思議に思っていれば、多くの組員が集まっていて、談笑しながらも、食べている様子が見えた。

 まるで、宴会だ。座布団に腰を下ろして、お膳を前にして、食事をしている。強面も多いから、なんだか、ヤクザの宴会らしい光景だ。

 あー、なるほどなぁ。お昼の時間なのだろう。


 娘は、朝から空腹だというのに……。

 あの美の暴力みたいな美貌の和装の父も、部下とともに楽しく昼食か。



 と、その時。

 バチッと、視線が合う。

 あの美貌な父と、目が合ってしまった。



 ヤバい! きっと私の食事の時間も、決まっている! 今頃、使用人があの冷遇セット料理を置いているはず! 今のところ、家族写真は、見付かってないから! もうよ!

 だいたいあの絶対零度の眼差しを向けられて以来、声をかけられたことがなかったわ!!

 帰ってきてからも、”調子はどうか”と顔を覗きに来たこともない! 普通にワイワイと昼食をとっていて、退院直後の娘にも関心のない組長の救いなんて、期待できない!!


 ということで、脱兎の如く、逃亡!!! 命第一ッ!!!

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る