♰03 「お嬢が、もっと俺と親しくなってくれたら、教えてあげますよ」



 ……がっつり食事をもらってしまったけれど、いいのだろうか。


 まだ組に入ってから一年しか経っていない言う彼は、もしかしたら、冷遇命令を知らない?

 いや、待てよ? 病院に送り迎えしてくれた強面の組員達も、別に雑な扱いをしたわけではない。会話をしなかったのは、私が声を出せなかったから、というのもあるけれど、元から交流を望まない子だと思われているから?

 『雲雀舞蝶』は、偏食で少食だって言われても、あんな腐ったものを出されるか? 誰の嫌がらせ? いや食べられないとなると、嫌がらせレベルではないな。虐待だ。

 あの使用人は、誰の指示であんなものを出している? 個人的に虐待だなんて、あまりにもリスキーだ。

 組長の娘だぞ、組長の。冷め切っていて、親子の情があるかどうかなんてわからないけれど、それでも、身内に危害を加えられて、何もしないってあり得る? 虐待を放置するような、そんな深い事情があるってこと?

 そういえば……やっぱり、母親はいないのかな。遺伝子を受け継いでいる気がするけど、なんか親子説が私の中から消えつつあるわ……。


「あ。俺の名前、覚えてないっスよね? 初めて会った時に、一方的に挨拶だけしたんすけど」


 吸血鬼青年をじっと見上げたまま、考えに耽っていたら、名前がわからなくて困っているとでも思ったのか、挨拶を始めた。

 ……一方的に挨拶って、なんなんだろう。


「俺のことは、ツキって呼んでください。夜空のお月様の、月です」


 月(つき)。

 なんか、相応しい名前……と、じっと黄色の瞳を見てしまう。

 あ。瞳孔の中に……ひし形……。

 風変りなそれは、吸血鬼の特徴かな。


「声が出せるようになったら、呼んでくださいね。舞蝶お嬢」


 にぱっと、吸血鬼とは思えないほど、陽気な笑顔で言ってくれる月さんに、私は頷いて見せる。


 ……この人に、色々教えてもらえないかな?

 引き出せる情報を、得るべき! なんか優しいしね!!

 転生した私に優しい人ランキング、一位になったからね! 月さん! 今、絶好のチャンス!!


 書き物ないかな? あ、スマホがあればいいな。

 キョロキョロしたけど、スマホを持っていないかと、月さんに電話のジェスチャーを見せる。


「電話?」と、きょとりとした月さんに、頷いて見せて、両手を差し出す。


「あ、何か伝えたいってこと? 待ってね。メモアプリを」と、理解してくれた月さんは、入力しやすいようにアプリまで開いてくれて、スマホを差し出してくれた。


 吸血鬼がスマホを持っている! 現代的! まぁ、パーカーとラフな格好をした月さんなら、持っていてもおかしくないか!


 なんて失礼なことを思っていた罰なのか、ひょいっと受け取る前に、引っ込められた。ガビン!


「ごめん。触っちゃいけなかったんだった。はい」


 申し訳なさそうな顔をした月さんは、スマホを台の上に置いて、私に差し出す。

 私に触れないために、わざわざ一度引っ込めて、置いてくれたらしい。

 ……だからなんだ、その触れちゃいけないルールは。


 首を傾げる私に、きょとんとしている月さんが待っているので、とりあえず、スマホを借りた。

 よかった。前世とあまり変わらないスマホ。ポチポチと、画面に出るキーボードをクリックして、文字を打ち込んだ。

 それを、月さんが読めるように、目の前まで突き付けた。


「えっと……【私の母を知っていますか?】……かぁ。んー……。組長の奥様に会ったことはないけど、三年前にさつ、ゴホン、他界したってことは聞いていますよ」


 困ったように頬を掻くと、月さんはそう答えてくれる。

 やっぱり、母はいないのか……。

 ……てか、殺害されたって言いかけた? 私が子どもだから、言葉を選んだ? それとも、本来は私に言っちゃいけないこと?

 殺害されるとか……やっぱり危険なのかな……。家でも虐待を受けてるもんなぁー……デンジャラス。


「穏やかで、綺麗な人だってことも、聞いたことありますよ」


 誤魔化すみたいに、追加で答える月さん。

 そこで気付く。

 ……私の部屋に、写真がなかった。

 母を亡くしたら、飾るよね? 普通は。というか……アルバムの類すら、なかった。

 本棚にあるのは、童話などの絵本、あとは教科書ぐらいだ。マンガの一つもないのかよ、と舌打ちしただけで、気付かなかった。

 そのあとも、タンスの中には、黒ばかりのワンピースぐらいしかなくて、喪中かよッ、とツッコミを心の中で盛大にしていたので、気がいかなかったんだ。


 母親の死を、知るべきかもしれない。

 死んだと言われても、全く記憶が過りそうにないから、記憶を取り戻すための刺激材料としても情報が欲しい。……まぁ、家に帰っても記憶はピクリともしないから、期待は出来ないが。


「【どうして死んだか知っている?】って……お嬢……」


 焦って次の質問を突き付けたあと、月さんのなんとも言えない表情を見て、性急すぎたと知る。


 ……もう、記憶喪失だって、言っておく?


「三年前だと、俺、いないから……知らないよ?」


 ずっこけそうになった。


 まっ……紛らわしいよ! 深刻そうな、なんとも言えない表情にならないで!

 確かに、一年前に来たばかりの月さんが、詳しく知る由もなかったわ!!


 他。他にしよう! このチャンスを有効活用しなければ!


 月さんが知っていて、現在の私が知らないことを教えてもらわないと!



「【吸血鬼について教えてほしい】?」



 スマホに打ち込んだ文を読み上げてから、月さんは私に目をずらして向けた。


「……お嬢。吸血鬼って字が打てるなんて、すごいですね!」


 またずっこけそうになる。


 こ、この人は……! 天然か? 天然なのか!?


 いやでも、確かに、小学一年生が、バリバリ吸血鬼って漢字を打ち込んだら、びっくりしちゃうよね! スマホで打ち込むなら、まだセーフだけど。手書きの時は気を付けよう……。流石に、異世界転生とか言っちゃったら、緊急入院させられるかもしれない……精神科病棟の方へ。


「教えてほしいって言われてもなぁ。すでに教えてもらってるんじゃないんすか? 存在知ってますし」


 さーせん。多分そうだけど、なにぶん、記憶喪失で。

 やっぱり、普通は存在を知らないってことか。

 ……その普通のラインって、どこ。ワタシ、異世界人、ワカラナイ。


「それに……俺が教えてもいいものすかね……?」と、腕を組んで首を捻る月さん。

 どういう意味か、受け止めかねて、私も首を傾げて見せれば。


「世話係とか、側近から教わるものじゃないですか?」


 ……世話係? ……いませんが? 放置ですが? 冷遇してくる使用人って……それに当てはまらないでしょ?


 やけで、ダメもとで、催促するように、もう一度スマホの画面を突き付けた。


「ん~。まぁいいっか。裏の者が、常識で知ってることなら」


 そう月さんは、頷いてくれる。


 ……でも、その裏って……世界の裏側ってこと? 表社会とはまた違う感じの、世界の闇とかだったりします?

 もしかして、記憶喪失をいいことに、この界隈から離脱が可能だったのでは???


 い、いや、待て、私。大丈夫だ。帰ってきて、吸血鬼の存在をはっきり見てしまった時点で手遅れだ。

 もう後戻りは出来ない。進め。

 生き抜くために、情報収集だ! 腹括れ! 私は! すでに転生している!


「吸血鬼は、よく映画とか小説でも、ホラーの怪物として描かれる存在なんすけど、古いホラー映画の吸血鬼と違って、血だけを飲むわけじゃないです。人間と変わらず、食事をとります。でも、血を飲まないといけないんすよねぇ。根本的に、栄養の摂取が違います。血を長い間、飲まないと、力が出なくてへにゃあへにゃあ~ってなりますし、逆によく飲んでいれば怪力も出せます。力持ちになるんですよ!結局のところ、他人の血を飲むという怪物ってことで、俺達は吸血鬼って種族として呼ばれてますね」


 ……月さんや。小学一年生は、古いホラー映画の吸血鬼、多分知らないよ。ツッコまないであげるけど。


 人間と変わらないけれど、血を飲まないと弱り、頻繁に飲めば怪力を発揮出来る種族。吸血鬼と呼ばれる者達ってことか。


「その怪力を活かして、大昔から吸血鬼は暗躍していたんです。中には、特殊能力持ちもいますしね」


 暗躍していた吸血鬼……! 闇の怪物に相応しいな……!?


 私は素早く新たな質問を打ち込んだ。

 内容は【月さんは、特殊能力を持ってるの?】という文を見た月さんは、黄色い目を細めた。



「お嬢が、もっと俺と親しくなってくれたら、教えてあげますよ」



 語尾にハートがつきそうな色っぽさがある声で、魅惑に微笑まれる。


 ギャン! 魅惑な吸血鬼っぽい微笑で、素敵ですね!?

 胸を、ズキュンと射貫かれた! 不意打ちズルッ!


 てか、その言い方だと、絶対に特殊能力持ちでは!?

 ええ! 気になる! めっちゃ気になる!! 異能が知りたい!!


「てか、俺のこと、さん付けじゃなくていいですよ? 


 へらりと笑って言う月さんは、低い位置で手を振る。

 やだなぁー、月さんってばぁ。冷遇されたお嬢様の扱いなんて……新入り組員よりも下、あなたの待遇より遥か下ですよ。嫌味にしか感じないわぁ。遠い目してしまいそうになる。

 てか、特殊能力持ちの吸血鬼なら、待遇もいいのでは?

 ……あれ? なんか含みのある言い方だったような……? ””? これから下っ端より立場が上になる? それとも、元々はもっと上の立場だった?


【じゃあ、月。月は、普段どんなお仕事してるの?】

「俺は吸血鬼なんで、下っ端戦闘員でして、暴れるのがお仕事かなぁ~。特に何も言われない時は、このお屋敷の警備です。只今、警備中」


 暴れるのが、お仕事な極道の吸血鬼さん……。

 血みどろしか、想像出来ないなぁ。こんな陽気な人でも、血みどろになるんだろうなぁ。まぁ、不可抗力で血を噴き出して、血にまみれた姿を、すでに見たけども。


 自宅警備の仕事中に、夜食作らせては質問責めに付き合ってくれてありがとうね……いい吸血鬼さんだわ。


 にぱっと明るく笑って見せるから、別にバレたりしないみたいだ。

 そもそも、お嬢である私に、捕まっていると言い訳すれば、罰は免れるか……事実だし。


【月は、私のこと、なんて聞いているの?】

「なんて聞いているって……んー。とりあえず、”目の前で吸血行為をするな”とか、”絶対に触るな”って、言われましたね。話しかけるな、とは言われてませんし、挨拶しとけってことで、自己紹介はしたんですけど、お嬢は顔を伏せてスタスターって行っちゃって。見かける度に挨拶はすべきでしょ? だから、ずっと挨拶はしてたんすけど、返事はなかったすね。思えば……声、聞いたことないっす」


 きっぱりと、月がケロッと言い退けた。

 一年も同じ屋敷にいて、声を聞いたことないって……どんだけ距離感あるの。


「顔がまともに合ったのは、入学おめでとーを言いに行った時ぐらいかも! でもずっと、お嬢って顔色悪かった気がしますね。明るくなったのは、なんでです? 病院で完治してきたから?」


 入学おめでとうって……今秋なんですけど。どんだけ。

 キョトンと首を傾げる月のその質問はスルーして、私から次の質問。


【どうして私に絶対に触っちゃいけないの?】

「え? ……どうしてでしょう?」


 理由はわからない、と月は首を傾げた。

 私も首を傾げる。

 二人して、わからないと、むむーっと眉間にシワを寄せた。


「吸血行為も見せちゃダメってことは……お嬢って、吸血鬼が怖いんじゃないですか? ……いや、ここにいるしなぁ」


 月が仮説を出すが、こうして吸血鬼である月と一緒にいるから、その説をないと首を捻る。

 でも、もしかしたら……『』は、本当に吸血鬼が怖かったのではないだろうか。

 それなら、吸血鬼の面を見せるなとか、触るなとか、その点のルールが設けられるのはわかる。……私への配慮はされている、か。

 それは……矛盾よね……?


【月以外の吸血鬼は?】

「今は出払っていますね。前はもっといたらしいですけど。この辺、とか減ってきましたしね。俺だけでも事足りるんでしょうね」


 元々、月以外にも吸血鬼はいたけれど、仕事か何かで屋敷にはいない。

 ……とは???

 あれ? それって……なんか、吸血鬼のなりそこないの怪物とか、えっと、吸血鬼の下僕的な怪物の名だったような? 人食い鬼の別称だっけ? ううーん?


「グール? 吸血鬼の血で変化させられた死体や人間のことっスよ。自我なんてなくて、誰構わず食べようとする怪物。大昔、勝手に吸血鬼の血を奪って、政府が作っては、闇ルートで広げちゃって、危うく世界を怪物で溢れ返させようとした尻拭いを、裏の者がみんなでしてあげてるんですよ」


 私の脳内には、ゾンビに溢れ返った世紀末が浮かんだ。

 ……どうしよう。世界の裏側が怖すぎる。

 怖いわぁ。この異世界。ホラー混ざったなんちゃって地球だよ……。どうして、こんな異世界転生に……。


 トホホな気分が顔に出てしまったようで、月がまた慌てた。


「あっ! なんか食事のあとに、気持ち悪いこと言っちゃいましたね。すんません!」

【ううん、大丈夫。吸血鬼の血って、グールを生み出しちゃうの?】

「いいえ? 科学者が作ったんですよ。今は薬が闇ルートで複製されたりして、うっかり飲んだ人がグールになっちゃって。本当は吸血鬼を独自に作りたかったみたいですけど、あいにく、他の種族と違って、吸血鬼は生まれにくいですし、そう簡単には増えないんすよ。あ。この目。これが吸血鬼の証です」


 ズイッと美顔を近付けてきて、黄色い目を見開く月。

 瞳孔の中のひし形が、さらに大きくなった。意図的に大きくすることが、出来るらしい。吸血鬼の証。

 見破り方は、それなのか。普段は、凝視されないとわからないくらいの大きさってことね。


 ぺちり、と右手を月の頬に添えた。

 目を真ん丸にした月は、仰天したように仰け反る。危うく、椅子から落ちかけたけれど、堪え切った。


「だめじゃないですか! 触っちゃ!!」


 そう言うと思って。


【私から触ったなら、ルール違反じゃないと思うよ】


 と、打ち込んだ文を見せた。


「ハッ! 確かに!」


 ポン、と自分の掌に拳を落とす月は、真顔で納得する。


 さては、月。抜けているな?

 天然すぎて、抜けている性格だな?



 

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