♰113 あの人のファンのヤンキー少年。



 特に、問題なく授業を受ける。平凡な授業だけど、前回の学校よりは幼稚ではない。

 ぽけーと受けている間も、後ろから突き刺さる視線。

 なんで睨んでくるのかな。誰やねん。知らん。この視線に耐えないといけないの?

 私を含めて11名の生徒のクラス。他の生徒も気まずそうだ。先生もやりづらそう。


 二つ目の授業が終わり、休み時間に入った。


 トイレ行こうと思って、ひょいっと椅子から下りる。

〔ふえ?〕とか月斗が間抜けな声を零すから、寝ていたのだろう。

 授業中に寝ているなんて、いけないんだー。

 とか思ったが、斜め後ろの生徒が、最初からずっと寝っぱなしである。なんだ。寝る子は育つけど、そうでもなさそう……?


「あ、気にしない方がいいよ?」


 と、彼の前の席に座る生徒が、恐る恐ると言った風に教えてくれた。

 いつもなの……? 転校生が、来ても???


「あっ! 別に関わっちゃいけないとかじゃなくて!」と、勝手にしどろもどろと慌てた男子生徒は「『夜光雲組』のお嬢様が関わっちゃいけない生徒なんていないもんね!」と、一人であわあわ。


〔やっぱりお嬢の身元は、バレてるんですねー。まぁ記事にもなったあとの同一の名前となれば、親に聞かずともですよね〕と呑気な月斗の声を聞く。

 が、すぐに。


 ダンッ! と机が叩かれる音がした。


 ギロッとずっと睨みつけてくる後ろの席のヤンキー風情な男子生徒。

 金髪に染めていて、リーゼント風にセットした髪と銀のチェーンネックレスとチャラい。多分このクラスの年長の中でも長身。わりと鍛えている身体付きに見える。


「何が『夜光雲組』のお嬢様だ!」


 ついに噛み付きに来たか。

 先にトイレ行っちゃだめ?


〔警察学校だから、ヤクザは敵! なんてタイプでしょうか?〕


 月斗が予想を立てるけど、あんなナリしてそれはなくない……???

 矛盾だらけだよ。いや、他人のファッションにとやかく言う気はないけども。ヤンキーもヤクザに直行するわけじゃないけども。


「なんで、、公安に行くんだ!? あん!?」

「……」


〔あ。一番マズそうなパターンかな?〕と、めちゃくちゃ見物客がうるさいよ。


 これ。真逆のパターンだな。うん。

 一番私の手が出そうなパターンだわ。組長の野郎の話をするなら、どこを蹴り飛ばしてやろうか。



「おかしいだろ! あんなつえぇー人の娘のくせに! 事件に何回か巻き込まれたぐらいで、逃げ出したんだってな!? ふざけんなよ! そんな奴が、天才術式使いとかもてはやされて調子乗んなよ!? すぐに話題にもされなくなったってな!? ざまーみろ!」



 指を差して声を響かせたヤンキー風の男子生徒。あの野郎のファンらしい。

 シーン、と静まり返った。


「あ。もう終わった? いい? お手洗いに行きたいから」

「はぁ!? ふざけんな! ちょっと可愛いからって、なんでもワガママが許されると思うなよ!」


 真っ赤になって怒る。

 可愛いとは、思ってるんかーい。


「はい? 休み時間にお手洗いに行くことは、ワガママですか? そんな校則聞いてませんが? そうなんですか?」


 他の生徒達に目をやれば、ブンブンと首を横に振ってくれた。


「一方的に名前だけを知ってて、名乗りもせずに、グダグダ文句を言うようなカッコ悪い人の方が、よっぽどワガママなことしていると思うけど?」

「なっ……なんだと!」


 プルプルと恥ずかしさも入り混じって、真っ赤になって震える。


「私の父に憧れているかなんか知らないけど、私には関係ないから。一括りにして理想を押し付けたり、知った風な口聞いて、キャンキャン喚くこともやめてくれるかな? 無駄吠えは、近所迷惑! 調子に乗っているとか言われている術式で、その口を氷漬けにしてやろうか?」


 と、挑発的に笑う。


〔お嬢、術式はだめだって〕


 月斗が焦った声を出すと同時に、宙に浮いていたキーちゃんが何かに気を取られていることに気付いて、意識がそっちに向く。

 こちらに、あの寝ていた男子生徒が向かってきていた。

 乱れた前髪の下にあったのは、鮮やかな赤い瞳。

 宝石のようなその瞳。それに顔立ちも、似ている。もしかして。


「――やれるもんならやってみろッ!!」

「!」


 ヤンキー風男子生徒が、真横の机の上の教科書を掴むとぶん投げてきた。

 しかし、それは私に届く前に、業火に焼かれて燃え尽きてしまう。


「やめろ」と遅れて、私の目の前に到着した寝ていた男子生徒は、そう立ちはだかる。


「この子の言う通り、周りからどう見えようが家庭の問題を知った気になって喚くな。うるさい。迷惑。それに年下の女の子相手に、ずいぶんだな。教科書を投げ付けて。それが強い男、雲雀(ひばり)草乃介(そうのすけ)に憧れている奴がすることか? よく考えろよ」

「ッ!!」


 気だるげながらも、ズバズバと言い放つ。

 さらには、咎める目に責め立てられて、泣きそうなくらい大ダメージを負った大きな子どもは、ダッと先に教室を涙目で飛び出した。


「ありがとう」

「いいよ、うるさかったし……。僕も似たようなものだしね。聖也(せいや)兄さんから聞いていると思うけど……なんか、決めつけてごめん」

「ああ、やっぱり。聖也の若頭の弟さん」

「ん。紅葉燃太(もみじもえた)」

「雲雀舞蝶」


 予想通り、以前会合で見かけたらしい聖也の若頭の弟だった。

 握手をしたけど、力がかなり弱い。どころか、疲れた顔しているし、よろけて近くの机に手をつく。


「大丈夫?」

「……無理、疲れた」


 それを聞いて、だらける質だって聖也の若頭が言っていたことを思い出す。


「さっきの火のせい?」

「ん……紅葉家は、火の特殊能力者の家系だけど……僕は火力だけ無駄に強くて、エネルギーが常に不足してて……まぁ、吸血鬼の空腹状態が多い感じで……あーダルい。無理」


 うん。あとから、吸血鬼とはまた違う、特殊能力持ちの家系だって聞いた。

 そのおかげか、あの燃える妖刀に選ばれやすいんだとか。

 だから、聖也の若頭に近付くと、冷気を守って姿を隠しているキーちゃんは水滴を落としてしまう。

 今もキーちゃんは後ろに下がって、弟くんに近付かないようにした。


「今日はホント、無理……早退する……」

「待って。私のせいでもあるから、お詫び。効果があるかどうか、保証は出来ないけど、気力とかの回復に効く薬があるの」


 ポケットから、自分の気力回復の備えに持っていた薬入れの薬を一錠取り出した。


「あ……初対面から、得体の知れない薬なんて飲めないか、ごめん」


 差し出そうとして思い至らなかったと戻そうとしたけど、若頭の弟くんは手を差し出した。


「いや、お詫びなんだから、悪いものじゃないって信用するよ。……こういう類のは色々試したけど、効果なかったんだけど」と受け取ってくれる。


 月斗が〔お嬢……〕と拗ねたような、寂しがっている声で呼ぶ。


「特殊能力持ちの吸血鬼にも効いたから。そもそも、その人のための薬を作ったの」と笑顔。


 影の中で、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。


「! 君が作ったの?」と、驚かれたので「天才術式使いの氷室優先生とね」と、嘘じゃない回答をする。


 優先生が液体をしまうカプセル作りを教えてくれては、手伝ってくれたのだ。


「へぇ……試しにいただくよ」と、大きな口を開いて喉に放り込んで、ゴクリ。


 そこで、和多先生が戻ってきた。休み時間が終わりだ。


「先生! 金髪リーゼントの男子生徒に絡まれたせいでお手洗いに行きそびれたので、行ってもいいですか?」と、ビシッと挙手。


「あ、はい。彼には注意しておきますので、何があったか他の生徒にも話を聞きますね」と、彼がいないことに肩を竦めて、冷静に対処する和多先生。


「あと、その生徒が私めがけて、私の教科書を投げ付けたので、紅葉くんが特殊能力で燃やし尽くして守ってくれましたが、なくなりました」

「えっ。ごめん」


 うん。いいよ。別にさっき渡された借り物だし。


「わ、わかりました……代わりの教科書を貸しますので」と、流石にげんなりした顔になって「お手洗いに行っていいですよ」と許可をくれたので教室から出る。


「紅葉くんは、力を使ったあとで、体調は優れないのでは? 保健室で休みますか?」と若頭の弟くんに声をかけているのを聞いたが、そのまま案内で教えてもらったお手洗いへ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る