♰114 無気力少年は元気になった。
女子用だけど、授業中だから誰もいないことをいいことに、月斗は出てきた。
用を足している間も足元の影にいてもらっては、流石によくないしね。
「キーちゃん。全然弟くんには近付きませんね?」
「兄の方に近付いたらだめだって学んだからだと思うよ。えらいねー、キーちゃん」
個室に入っても、キーちゃんが褒められて喜んでいると伝わった。
「まさか、『紅明組』の若頭の弟がいたなんて、ビックリですね」
「んー。多分、若頭も言っていた“だらけちゃう”って言う体質で、すぐに寝たりして休む必要があるから、理解のあって、頭のいい学校に入れたんじゃないのかな?」
「あー、なるほど」
さっき担任が確認したり、他の生徒がずっと寝ていても”気にしなくていい”と言ってくれたり、そういう配慮もされる理解ある学校。
公安の管轄の方が何かと都合がいいのだろう。ヤクザは学校を経営しないしね。
「……それでお嬢。あの若頭の弟くんが燃やさなかったら、なんの術式を発動したんですか?」
個室から出てきたところで、月斗は尋ねた。
手を洗うために、脇に手を差し込んで持ち上げてくれるので、少し高い洗い場で手を洗う。
「氷の壁を作ってバリア」
「そうですか。……ちなみに、口を氷漬けっていうのは?」
「子ども相手にそんなこと本気でしませーん。……多分」
「多分」
ハンカチで拭いながら、よそに目を向けて答えておく。
「これ以上絡みに来ないといいですね。どこのボンボンか知らないですが」と宥めるように私の頭を撫でた。
「今日は、十分絡まれたよね。もう帰っていいかな?」
「お嬢。お勉強しに来たんです。絡まれに来たわけじゃないですよ」
だめか。
月斗を影に戻して、教室に戻ると。
「舞蝶!貰った薬を飲んでから、元気になった!」
と、席にきちんと座っている若頭の弟くんが言った。
〔え、呼び捨て……〕と、ショックを受けている月斗よりも、ギョッと目を飛び出すほどに驚いて青ざめた和多先生。
「気力の回復を促すようなサプリです」と、一応説明しておく。
警察学校の特別クラス転校初日から、クラスメイトにヤクを渡すヤクザのご令嬢の図! 地獄かな!?
一先ず胸を撫で下ろした和多先生だったけれど、その後も起きている紅葉弟に、何度も心配して声をかけて「元気です!」とキリッと言い退けられては、余計心配する有り様。
クラスメイトも彼が起きていることがおかしくて堪らないみたいに戸惑い全開。
そんなに彼の休息タイムは長いのか。
その授業が終われば、紅葉弟がすっ飛んできた。
「舞蝶、すごいな! 全然力が抜けない!」と、目を爛々と輝かせて詰め寄る。
赤い瞳は、兄よりはブラウン交じりで濃いけれど、こっちも綺麗な瞳だと思う。
「あ、うん。そう。お詫びになったようでよかった。でも、一応、効きすぎてないか、確認しよう? 力が漲る感じなの?」
一応、回復をして維持、という薬なんだけど。月斗向きの。
椅子を横まで持ってきて座る紅葉弟。注目を集めても知らん顔。
ちなみに、あのリーゼント少年は、未だ戻っていない。
「そうじゃないな。ただ疲れがすっかり取れた感じ!」と無邪気な笑顔の少年が、不憫に思えた。
よく効くマッサージをしてもらってスッキリしたブラック企業勤めのサラリーマンか。
「脈をはかってもいい?」
「え? そういうことも出来るのか?」
「興奮しすぎてないかのチェックをするだけ。早すぎたら、一応医者に診てもらった方がいいよ。効きすぎてもよくないから、薬は」
手を出してもらい、脈をチェック。特に乱れているとか速すぎでもない。
「……普通に、疲れがないことにテンションが、上がりすぎているだけなのかな?」
「? 多分そう!」
最初の気だるさなど微塵も見せない、無邪気な満面の笑みの紅葉弟。
和多先生がそれを立ち聞きして、そっと胸を撫で下ろして教室をあとにしたのを見送る。
健全なお薬です。
「不便な体質だね? 改善方法は、見付からない感じなの?」
「うーん。舞蝶の薬ほどはっきりと効いたのは初めてだよ。僕は力任せみたいに火力が強い火を出せるけど、反動で気力は大幅に減っちゃうみたいで、吸血鬼の空腹状態みたいに力が出ない」
人差し指の先にボッと灯す。うっかり最強設定でライターをつけちゃったレベル以上の火力。
これが彼の”ちょっと灯した”レベルなのだろう。
……全力放火魔兄弟かな???
術式が見えなかったので、やはりこれも特殊能力の枠に入るのだろう。
消費するのは、気力だろうけど。
「力を使わなくても何故か疲れちゃって……僕の人生、疲れてばかり」
「言い方が物凄いよ」
物憂げに呟かないでくれ、まだ小学生だろ。頑張れ少年。
「舞蝶を見た会合に連れていかれた時も、まだ僕の能力を活かせると思っていた父が、いい機会だって無理矢理連れて行ったんだ。まぁぐったりしてソファーに突っ伏してただけで、隅っこの舞蝶をただ見てたんだけど……あの時も、ごめん」
「いいよ。私、記憶喪失でその時のことも覚えてないから、謝られても、別にって感じ」
「……え? 記憶喪失?」
「うん。記憶喪失。思い出は消えちゃってるけれど、日常生活には問題ない、こういうクラスへの転校のための試験でも確認してもらったけど、常識とかの知識にもさして問題はないみたい」
もう秘密ではない記憶喪失のことを、ペロッと明かしてしまえば、目を点にした紅葉弟。
聞き耳を立てている他の生徒も、どよっとした。
「それは……すごいな? ……え? だから、前と雰囲気が違うのか?」
「そうだね。別人だって聖也の若頭にも言われたけど、その通りだと思うよ」と笑う。
しっかし、兄弟でよく似ている。というか兄が童顔だから、彼と背が変わらなければ、双子だと言われても信じられてしまいそう。
小学生の弟と並ぶ童顔の高校生かぁ、あはは~。言ったら、また真っ赤になりそうだな、紅明の若頭。
「それよりも、紅葉家の特殊能力だけど、やっぱり吸血鬼みたいに血で補給は不可能なんだね?」
「あ、うん。血は無理。献血でも効果なし」
人間だから血を飲めないのか。可哀想に。血を飲まされる子ども……。
それに身体の作りが違うから、補給もされない。やるだけ無駄というわけだ。
「特殊能力持ち以外は普通の人間だからね。あ、あと、特徴が目に出るぐらい」
「お兄さんの目はかなり綺麗だけど、紅葉くんの目も綺麗だよね」
「……」
〔お、お嬢ぉ……〕と情けない声で呼ぶ月斗。何さ。
紅葉弟も、じっと見つめていた末に「……舞蝶はなんで聖也兄さんの名前は呼ぶのに、僕のことは苗字なの?」とむくれた。
「じゃあ、燃太くんって呼んでいい?」
「もちろん!」と、にぱっと笑う。無気力小学生が、ガラッと別人になってしまったね。
……月斗、なんか呻いている?
人の影の中で、呻かないで??
「兄さんの目は、一族でも鮮やかで綺麗だって言われているよ。若頭に選ばれたのも、みんなが納得だって」
「妖刀でしょ? 初めて会った日に見たけど、あれはすごいね」
広い廊下を焼き尽くさん勢いの大火力の火炎放射だった。彼の力+妖刀の力だったのだろう。
「兄さん。また大火力で力使って、怒られたらしいね……。ずっと僕に負けず嫌いを発揮して、火力全開で放つ癖が直らないらしい……放火犯扱いされているよ」と、ちょっと残念感で言う燃太くん。
ああねー、なるほど。そういう経緯で、全力火力の放火犯の出来上がりか。
「兄弟仲はいいんだね?」
「まぁ、兄さんだけは僕がこんな体質でも、別にいいって感じでいてくれるから、仲はいいよ」
と、意味深な回答に、首を傾げる。
「両親は、見放したところ。見かねた叔母が預かるって言ったら、喜んで押し付けちゃったから、それに兄さんがキレて、家が……んーと、ちょっと燃えた」
濁したあたり、”ちょっと燃えた”では済んでなさそう。
「今、叔母の家に預かってもらって、近所にあるここに通っているわけ。色々融通利くから」
というのが、ここに通っている真相らしい。
そこで予鈴が鳴る。
「ねぇ。本来なら、もう少しで薬の効力は切れると思うけど、反動とか心配になってきたから、何かあったら言ってね?」
「わかった。心配、ありがとう。お昼は、どうするの?」
燃太くんが席に戻る前に話す。
次の授業が終われば、ランチだ。
「保護者ととる予定だけど、一緒に来る?」
〔お嬢!?〕
「氷室優先生も来るから、異変があったら相談できるし」
「いいの? 主治医なんだっけ? うん、行く!」
まだまだ元気そうな燃太くんとランチの約束。
知らせておいて~。と足元の影にタンタンと二回足でタップして指示。
シクシク言っている月斗は、授業中に〔優先生、藤堂さん。お嬢にお友だちが出来ました。ランチで一緒になることになりました。……男の子ですっ……!〕と、二人に報告。
最後なんで、そんな悲痛なの?
二人の声は繋がっていなかったので聞こえなかったから反応はわからないけど、月斗は必死に説明。
うるさかったので、タンと足で一回タップ。〔一回お嬢とオフします〕と拗ねた声で言って、静かになった。
授業が終われば「全然元気だ!」と、まだまだ元気な燃太くんが、満面の笑み。
本当に効果てきめんすぎて怖いなぁ。
あとから反動が来ないか心配だから、優先生に診てもらおう。
〔お嬢。俺、あっちから出てきますね……ちょっとだけ離れますね……グスン〕
と、べそべそした月斗が一声かけてから、優先生の方から出て行ったらしい。
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