♰11 吸血鬼のトラウマと録音機。



 側付きと言っても、復帰の挨拶をするだけして、いなくなってしまった。

 一人残された部屋で、考え込む。


 やっぱり、あれしかないかな。

 善は急げ!

 昼には月が来てしまい、あの側付きと鉢合わせるかもしれない。そこでは、ゆっくり頼めそうにもないだろうから、今のうちに会いに行こう!

 右左を確認して、ぴょんと部屋から飛び出す。


 月はどこかなぁー?

 昼も来れるってことは、仕事は入ってないと思うけれども。


 一回だけ、月がいなくて首を傾げたら、橘が『仕事が入ったんで、すぐに済ませて、すっ飛んで帰ってくるそうですよ。先食べてましょう』と教えてくれて、食べている最中に、月はやってきた。彼が仕事に出掛けたのは、多分、それくらい。あとは、ずっと一緒に居てくれている気がする。

 今日に限ってお仕事かなー。てか、昼もグールって出るのかな。太陽に弱いとは聞いてないけど。似合わないなぁ。太陽の下とか。もうぶっちゃけゾンビだもんなぁ。

 それを言ったら、吸血鬼も夜の方が似合うけれど、月は陽気な性格なせいで、夜の不気味さが似合わない。影の特殊能力とか、夜にピッタリなの、あるのにね。


 人が多い方へ、てくてくーと進んでいけば、月を運よく見付けられて、手を振った。驚いたように目を丸めたけど、パッと明るい笑みを浮かべて、手を振り返す月。

 でも、月の手前の廊下から、部下を引き連れた美の暴力のような美貌の父が出てきた。


 ギャン! ラスボス出現ッ!!

 こんな時に、エンカウントぉおお!!


 めちゃくちゃビックリしたが、すっかり声を出さないことが染みついたので、驚きの声を出さずに済んだ。

 ガチンと硬直してしまったが、ど真ん中を突き進んでいた私は、廊下を譲る形で、脇に寄り、ペコッと深く頭を下げた。

 すぐに通り過ぎると思ったが、和装の美貌の父は足を止めて、こちらを凝視。


「……珍しいな。挨拶なんて」


 と、言われてしまう。

 そこまで、親子関係が崩れているのか……。

 ……まぁ、娘の冷遇に気付いているかどうかも、疑わしいしね。


 とりあえず、また、ぺこりと頭を下げて、月の前に行く。

 両手を出せば、会話をしたいとわかっていて用意してくれたスマホを渡してくれるので、文字を打ち込んで見せる。

 その間、まだ父達がいるので、ちょっと気まずい。

 視線が突き刺さっているんですが……。


「んー? 小さい録音機? わかりましたぁー」


 頼みごとである録音機を用意してくれると、すんなりと頷いてくれた。

 頼れるのは、月だね! あと食事を作ってくれる我が担当の料理人の橘!


「……仲、よくなったのか?」


 意外なことに、父に問われる。

 え? 私? 私に尋ねてる? 月?

 月のことを、じっと見据えている。


「え? あー、えーとぉ……はい」


 返答に困る月は頬を掻くが、組長相手に嘘をつけるわけもなく、そう答えるしかない。

 組長が引き連れている組員達も、困惑の空気を放つ。

 なんだろう。この空気。

 組長達の手前、月とは触れないやり取りをしたのに。

 月はルール違反していなのに、なんだろう。

 月を困らせては悪いと【お昼は大丈夫】と打ち残したスマホを返して、バイバイと手を振っては、またペコリと父に頭を下げて、去った。



 部屋に戻ってみれば、側付きがいた。


「どこをフラついていたのですか?」


 ぴしゃりと叱り付ける口調。


「お手洗いですか? ずいぶん遅いことで。明日、医者の診察をしていただきます。許可をいただき次第、登校も再開しろと、当主様のご命令です。成績が落ちないように、教材を用意しましたので、それを済ませてください。終わらなければ、昼食はなしです」


 机に、なんかまたもやドリルが置かれている。今回は漢字ドリルまであった。ちゃんと一年生のもの。

 コクンと頷いて、従順さは見せておく。

 今までは知らないけれど、こうしてつけ上がっている以上、従っていたんだろうなぁ。普通の子どもは逆らえないでしょ。母親代わりを務める相手だしね。

 ……というか、昼食って、まともなものだろうか?

 なんとなく興味が湧いて、ノロノロと順番に解いたりして、ドリルをやってみた。

 昼すぎに戻ってきた側付きに差し出すと、眉をつり上げたが、ちゃんと確認して終わったことを確かめたら、気に入らなそうだったが、使用人の呼び鈴を鳴らした。昼担当の人に昼食を持ってくるように言うと、本当にまともな昼食を持って来た。


 の、だ、が……。


 これ、私用ではないなぁ……。

 多分、使用人の誰かとすり替えたに違いない。

 私のための食器じゃないし、大人用の箸。仕方なく、大人用の箸でちまちまと食べる。

 なるほどなぁ……。こうやって時々は、食事をまともには食べさせたわけだ。それなら、数年は持つね。それとも、じわじわと減らしていったのかな。拷問だね。


 夕食は、またもや、冷遇セット。今日は新しいけど、いつもどこからこんな廃棄物を用意するんだろうか。これもまた、謎だわぁ~。


 まぁ、いいのさ。

 私は夜になったら、月達と夜食をとるんだから! 遅い夕ご飯とも言う!


「では、失礼します。くれぐれも呼び鈴を鳴らして、私や使用人に迷惑をかけないように」


 寝るフリを進めていたら、側付きはそう冷たく言い放ち、部屋をあとにした。

 呼ばないけどさぁ……。

 声が出せない状態のお嬢様に、それはないわ〜。ましてや、幼い子ども。

 流石、高熱で喉を潰すほど、追い込んだ冷酷な虐待犯だ。


 ふーんだ。その冷たい物言いを、仇にしてやる。



 時間になってから、左右を確認して暗い廊下を進んだ。厨房の明かりの中に入れば、もう橘がテーブルの上に並べてくれていた。


「こんばんは、お嬢」

「お嬢! こんばんは! 録音機、てか、ボイスレコーダー、これでいいですか?」


 挨拶してくれる橘に手を振って答えて、月の隣に座ると、すぐに差し出してくれた。

 私の手に収まりそうで収まらないくらいのサイズの長方形。うん。これなら隠し持てるね。カーディガンの袖にも入ってもバレないし、ポケットに入れても隠し通せそう。確認した私は、コクコクと頷く。


「よかった! これ、このサイドについたボタンを上にスライドさせると録音開始で、下にスライドさせると保存が出来るんですよ」


 ほほーん。そんなショートカット的なボタンがあるとは。隠し録りに打ってつけなボイスレコーダーだ。

 録音したものの確認操作も教えてくれる月と、見守っている橘も、期待と不安でいっぱいな目をしていて、少しソワソワしている感がある。

 わかるよ……。

 私も証拠をがっぽり録音してやろうって、やる気満々だからね! 冷遇使用人をひっ捕えてもらうわ! ……そこはまだ、誰にするか、あぐねを引いているけど。

 まぁ、そこは、あの側付きの動機を聞き出せたら、決めようかな。

 冷めるともったいないので、食べようとしたら、四人分あることに気付く。


「おー。またお嬢が来てらー」


 へらりと笑ってやってきた藤堂という名の送迎の護衛担当さん。


「本当に来たんですね……」

「来ちゃ悪いか?」


 準備をしてやる橘に、遠慮ない態度で混ざる藤堂。

 ……無遠慮だな、この人。太々しい。

 橘も、バレてしまっては、私が夜食をとっていると広めてほしくないから、しぶしぶ用意することにしたのだろう。ごめんね、橘。


「いつから月が、お嬢と仲良くなったのか、知りたがってましたぜ?」


 食べ始めれば、ケラリと藤堂が笑う。

 父の話……? 話したのか……。


「ホント、ワガママな人ですねぇ? お嬢が嫌がるから、吸血鬼をみんな本邸から追い出したのに。月だけは、訳ありとかで、本邸に来ましたけど」


 めちゃくちゃ意味深。非難されているが、なんか重要な情報を喋ってくれそうだから、そこはスルー!


「どうして嫌がってたんですか?」

「お嬢から聞いてないのか? あ、今喋れなかったな!」


 盛大にいじってくる藤堂に、月も橘も顔をしかめるが、立場が上のせいか、文句が言えなかった。藤堂は組員でも、立場は上なのか。


「お嬢にトラウマを植え付けたがいたんだよ。一応お嬢を助けたんだけど、やり方がマズかったわけだ。すっかり怯えちゃったお嬢は、その吸血鬼を筆頭に大っ嫌いになっちまってなぁ。そのバカも無理して触るから、喚き泣いちゃって。しまいには、他の男も手が触れただけでパニックを起こしちまってさ。それで、他の吸血鬼はバカと一緒に追い出されたわけだ。ちなみに、可哀想な男が一人。瀕死になってまで、お嬢を身を挺して守った護衛がいるんだが、一応バカな吸血鬼のおかげで治癒してもらったんだ。でも他でもないトラウマを植え付けた元凶だからなぁ。お嬢の護衛から外され、地方まで飛ばされて。あーあ、可哀想」


 ……この人めっちゃくちゃベラベラ喋ってくれる! 口軽いな!

 まぁ、私を挑発してくるあたり、クソ性格悪いの伝わるけど! 小学生相手に! しかもトラウマ持ちにそんな話するかよ!

 でも、そうか、トラウマか。

 どうりで、昼間の父達が月といるところを見て、あんな困惑した空気になったんだね。


「えぇっと……トラウマなら克服したのでは?」

「まー、他人といても大丈夫だけど、流石に触れない……触れるのかよ」


 言っている間に、月が掌を出してくるので、私は手を重ねた。

 ポカンとしてしまう藤堂。


 会った初日から触れてるもの。

 なんなら、月は血を噴き出して血塗れな姿を見せているし、グールをヘッドショットもしたから、私は怯えないことを、知っているのだ。

 だから、月からすれば、克服したとしか考えられない。


 しかし……単にそのトラウマとやらを覚えていないだけである。なんなら、全てを覚えてません。

 ……てか、デンジャラスだな、この『雲雀舞蝶』は。

 母親も殺されたらしいし…………命の危機に遭う目にも遭って、それで目の前で護衛は死にかけて、バカな吸血鬼とやらにトラウマを植え付けられた。

 護衛がつけられていた、のか。

 んー。この目の前の男も、一応送迎とともに、護衛を担当しているみたいだけど、やっぱり私には生きてもらわないといけないのか。


【私に生かす価値でもあるの?】と打ち込んだが、これは直球すぎるか。スマホ画面を見た左右の月と橘が、ヒュッと喉を鳴らした気配がした。


「お嬢様!」


 そこで、側付きの呼ぶ声に、ビクリ。

 ギャン! 見付かった!


「何をしているのですか!? お嬢様をこんな時間まで! 食べ物で手なづけて、取り入れようとしないでください!!」


 まるで、私を守る言い草ではあるが、実際は私を孤立させるため。

 引っ張られて離された私は、こうして、以前の『雲雀舞蝶』を孤立させていったのかと思うと、げんなりだ。


 反論しかけた月達に、慌てて側付きの見えない位置である背後からバツ印を見せて、首を横に振る。

 悪いけど、口出し無用。

 それに従い、三人は口を閉じてくれた。


 強引に手を引かれて、厨房から出されたあとは、躓きかけるほど早足で廊下を歩かされる。最後には、部屋に押し込められた。


「男に取り入ろうなんて、穢らわしいです! ! 言ったじゃないですか! ! 悍ましい!」


 嫌悪を吐き捨てる側付き。

 恨みの根源は、『雲雀舞蝶』の母親か。

 これはまた……理不尽だな。


「次また彼らといたら、当主様に報告いたします! 当主様は、さぞ幻滅なさるでしょう。彼らも、罰が下りますよ!」


 つまり……嫉妬? 私の母親に嫉妬から生まれた憎しみをぶつけている?

 これは、父は知らない、かな。恐らく。

 幻滅したとしても、この側付きは報告なんてしない。本当に引き離したいのは、父のはず。

 子どもは、親の顔色を伺う。だから、こうやって脅せば、今までは効いていたのだ。


 俯いて待っていただけだけど、脅しで怯えたと判断したのか、満足げに息をついた側付き。


「さぁ。今度こそ、寝てください。部屋から出ては、いけませんからね」


 そう言って部屋を出て行った。

 静まり返った部屋で、ベッドまで行き、その上で、ボイスレコーダーを確認。

 さっき録音したものは、バッチリ録れていた。

 初めてポケットの中でボタンを見ずにやったから、わからなかったが、上手くやれてよかった。


 最初の証拠。早速、ゲットだ。



 

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