♰12 疑惑、あともう少しの我慢。(厨房side)



 舞蝶を無理矢理連れて行った側付きを見送った厨房は、なんとも言えない空気となった。

 橘は恐る恐ると。


「……あれ、ヤバくないですか?」


 舞蝶の送迎の護衛担当の藤堂に尋ねた。


「ヤバいって何が?」


 と、夜食を口に入れながら、藤堂は聞き返す。


「まるで毒親……」

「そうか? でも、ずっとお嬢の母親代わりを務めてるし、お嬢もそばにいたじゃん。あの人は、前からあんな感じの過保護者だぜ」


 藤堂は、深刻に捉えることなく平然と返す。

 ずっと舞蝶の母親代わりであり、そしてずっとそばにいた。あんな風に過保護だったのだ。そう言い退ける。


「でも、なぁ……?」


 橘と月は、顔を合わせる。

 食事を取れていない状況である舞蝶の母親代わりが、いいとは思えない。果たして、本当に過保護なのか。疑問だった。

 だからこそ、二人は浮かない顔をするのだ。

 しかし、舞蝶は探ることを拒んでいたため、躊躇する。


「お嬢は、なんて?」

「あっ!」


 月のスマホを奪う藤堂。

【私に生かす価値でもあるの?】と打ち込まれた文面には、顔をしかめる藤堂。


「なんじゃこりゃ。お嬢が打ったのか?」


 問われて、しぶしぶと頷く月。

 正真正銘、つい先程、舞蝶が打ち込んだ文字だ。


 見た瞬間、ゾッとした。あれは、なんと表現すべきか、わからない。


「なんだよ、”生かす価値”って……まるで人質かよ。お嬢って、そんな根暗なわけ?」

「はい!? 全然! 超明るくて可愛い子ですが!?」

「自分も、屈託ない笑顔で、文面でもお礼を伝えてくるいい子だと思いますが……」


 月と橘が話す舞蝶は、藤堂が知る舞蝶の人物像と違う。

 驚いて、顎髭を撫でるが。


「……ただ、喋れないから、お前らの勝手なイメージじゃねーの?」


 と言うも、納得しない顔をする二人。

 藤堂も、気にはなったが、夜食は済んだために、解散となった。

 と言っても、先に藤堂が厨房をあとにしただけ。


「……お嬢。大丈夫だよな?」

「うん……ボイスレコーダー持っていったし、”あとちょっと”ってジェスチャーしたから、多分……もう少し我慢すればいいと思う……」


 後片付けを手伝う月は、橘にそう返した。


――――立場的に、知らない方がいいと思う。


 そう打ち込まれた文字が、二人を縛る。自分達では、下手に動くとよくない結果を招きかねない。そう思うと不安で、迂闊には動けなかった。

 ずっとはぐらかされた月は、助けを乞われれば、飛び込んで守りに入るというのに。

 当の本人に考えがあるようだから、それは我慢するしかない。ちゃんとボイスレコーダーで証拠を掴むようだし、少し待てばいいのだ。きっと。


 十中八九、あの側付きの女性が、舞蝶の食事を阻んでいる主犯だろう。

 だが、藤堂があの態度を疑わないほど、彼女はそうやって舞蝶を守っていると認識されている。

 舞蝶の証拠を待つしかない。




 そうは言っても、不安なのはしょうがないので、翌朝。

 月は、朝食を差し入れに行った。橘も不安で、具入りの焼きおにぎりを作って寄越して、尋ねて来い、と頼んできたのだ。

 自分達に告げ口したと、思われてしまって、舞蝶に危害は加えられていないだろうか。

 ちゃんと舞蝶以外いないことを吸血鬼の聴覚で確認して、窓ガラスを小さくノック。

 ”おはよう”と口パクで笑顔で挨拶する舞蝶を、隅から隅まで見てしまう。窓辺に肘を置く上半身には、怪我はないようだ。ホッと、力が抜ける。

 昨夜は夜食も途中。きっとお腹が空いているだろうから、橘からだと教えて、渡した。

 喜んでかじりつく舞蝶。


「……昨日は、大丈夫でしたか?」


 そっと小声で尋ねると、舞蝶はケロッとした様子で、オッケーのサインを出す。

 何故そんなに明るいのかと思ったが、舞蝶は片手でポケットのボイスレコーダーを見せた。

 画面に一つ録音記録があると表記されていたため、昨日証拠が録れたことを伝えていると知る。


「それは、よかったです!」


 証拠が得られたのなら、いいのだが。

 そうじゃない。そういうことを聞きたかったのではない。

 すると、舞蝶は、小ぶりの焼きおにぎりを一つ食べ終えると、一切れの紙を差し出した。


【明日から学校に通うかもしれない。お昼も夜も、大丈夫】

「え。まだ声が出ないのに? あ、でも、出歩けるからいいのか……。それに、給食がありますしね」


 登校再開だと知らされて目を丸めたが、学校があるなら、給食をとれる。それに側付きもいない。

 昼も夜も、食事を断る文だ。


「(お昼の舞蝶お嬢との時間がなくなる……)」


 舞蝶が無事ならそれでいいのだが、一緒に過ごした時間が無くなることに、月は酷く喉の渇きを覚えて、ゴクリと鳴らしてしまった。口を片手で押えて、恥じる。



「(お嬢が大変な目に遭ってるのに、寂しいって執着症状を出すなんてっ!)」



 呻きたくなったが、きょとんとして二つ目の焼きおにぎりを食べている舞蝶に、気を取り直して笑いかけた。


「じゃあ、夜も、こうして届けに来ていいですか? おにぎりばかりになると思うんですけど。時間になっても来なかったら、届けに来ますんで。来れたら、厨房に来る感じで!」


 なるべく明るく言っておく。本音を言えば、いつも通り来てほしいが、きっと昨日の件で厳しいだろう。

 舞蝶が、それで咎められては、嫌だ。何も悪くないと言うのに。

 もぐもぐと小さな口で食べている舞蝶は、コクコクと頷いて承諾した。


「……それで、?」


 ポケットにしまわれたボイスレコーダー。十分な証拠を録るには、どれほど時間がかかるだろうか。

 舞蝶は、片手で”もうちょっと”のジェスチャーを示す。


「――――わかりました!」


 今は、そう。我慢するしかない。

 もうちょっと。もう少しだけ。

 そう言い聞かせて。



 

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