♰20 愛情の反対は無関心?(+主治医side)



 意外と早く、氷室先生は戻ってきた。

 一緒に藤堂と夕食を持ってきた橘もだ。


 薬膳スープ。ゼリーのデザート付き。

 何故か喉だけが重傷なのに、ベッドから降りる許可が出ず、そのまま食べさせられた。


「ご飯食べたら、お風呂入って、髪をチョキチョキしましょーね? あ、使用人が入浴を手伝ってくれるんで。念のため脅しておいたんで、ご安心を。なんなら、廊下で牽制しておきますんで。何か嫌なことされたら、物ぶん投げて大きな音でも立ててください。飛び込みますんで!」

【あなたのおふざけを牽制するためには何をぶん投げればいいですか?】

「なんで俺にだけ辛辣なの?」

【自分の言動を思い返して】


 ちょくちょく挑発的なおふさげをする藤堂。

 わかっていない風が、ムカつくんだが。


「……お嬢様は、大変賢いですね。難しい言葉も漢字も使って……とても小学一年生とは思えない」


 私の文を見ていて思ったことを、氷室先生が感心した様子で言う。

 ギクリ。

 それなー! 黙っているから、まだバレていないけど! ちょっと小学一年生らしくないねー!

 中身30代の異世界転生者です、とか絶対言えない。流石に、異世界転生は、誰にも明かしたくないなぁ。言うべきじゃないでしょ。


「そうなんですよね。お嬢が平然と吸血鬼って単語を予測変換したの、俺もびっくりしちゃいました」


 にへらっと、月は笑う。


「俺も、ローマ字まで打てることにびっくり。一学期の成績、良くも悪くもなかったのに。高熱以来、人が変わったように天才さを明かしますねぇ」と、藤堂。


 ナイス! ここで記憶喪失を明かそう!

 嘘じゃない! 今までの『雲雀舞蝶』の記憶ないもん! 高熱の時の記憶喪失で、冷遇のストレスで抑えていた頭の良さが、頭角を現した!

 という線でよくね!?


「天才と言えば、ドクターもだそうで。隠れ蓑で病院勤めしてていい人材じゃないっしょ」


 ニヤリと藤堂が横目を向けたから、意識がそちらに奪われる。

 天才化学者……? え? 私の主治医が?


「私は、ただの研究者です。人体に興味があるので、現場である病院で経験を積むついでに、隠れ蓑を務めているだけのこと。私がどこで何をしようとも、あなたには関係ないでしょ」


 ツンと返す氷室先生。

 人体に興味がある研究者。他人は、”天才化学者”と呼ぶ。

 ”隠れ蓑”とは、多分、吸血鬼に与えるための血液を横流しするため、とかだと思う。


 …………バリバリと、裏の者だ!!

 めちゃくちゃ記憶喪失だって言いづらくなった!! 優しい主治医は信用しているけれど、研究対象と見られたら怖い!!


 そっと打ちかけた文字を消しておく。

 もうこの顎髭は、ただただ性格悪い人だ……殴りたい。ぐすん。

 やっぱり、このまま、ボロが出ないように立ち回るかなぁ。でも、なんか、吸血鬼嫌いになる前には、ちゃんと護衛が引っ付いていたみたいだし、そういう顔ぶれが戻されたら、どうしようかな……反応が薄かったら、忘れてるってバレるかな。

 流石に、二年前の顔見知りに、無反応だと疑われるよね。

 つつかれる前に、記憶喪失を白状した方がいいかも。

 今までは情報を集めていけば、記憶が戻ると思ったんだ! と言い訳しよう!

 だいたい、冷遇されていて、状況的に不利すぎると思ったってのは事実だしね。


 ただ、氷室先生に研究材料にされない確信を得ないと。研究内容、探らせてもらおう。

 打ち明けるのは、そのあとだ!



「そうだ。そう言うあなたは、送迎で護衛担当だとか。護衛対象の顔色の悪さすら気付かなかったのですか? あなたは少々頭が悪いようだ。いや、他の者も、かなり節穴のようです。もしかして、賢さをお嬢様を差し出してしまったのでしょうか?」



 ニヤリと凶悪な感じに皮肉を言い放つ氷室先生。


 おお! かっこいい! 藤堂に皮肉を打ち返すことも、その遠慮なしの毒吐き! 素敵先生!!

 思わず、パチパチと拍手をしてしまう。


「いや、何拍手をしてるんですか、お嬢。ちょっと? なんで頷いているんです? ちょっと!?」


 賛同しているから、頷いているんだよ。


「あなた方にお咎めはないのですか?」と、蔑む目を向ける氷室先生。


「ないですよ! え? ないですよね? みんな、騙されたっつーか、なんなら俺が、明らかにする断罪の場を設けたと言うか!」と、慌てる藤堂。


 恩着せがましいな、ホント。頼んでないから。



「騙された、ですか。愛情の反対は憎しみでもなく、無関心とは言いますが………………」



 あまりにも小さな声で呟く氷室先生が、私の髪の先を見つめる。

 一目瞭然だろう。手入れされていない髪の毛。不健康な小さな身体。普通ならば、気付く。



 ――――そう、本当に愛しているなら。

 気付いてくれたはずなのだ。


 だから、虐げられ続けた『雲雀舞蝶』が、痛々しくて堪らない。



 もしかして、親子関係で、この氷室先生も何かあったのだろうか。

 だから自分の地雷を踏まれたみたいに、激怒してくれたのかもしれない。ただの憶測だけども。


 氷室先生の手に自分の手を重ねて、大丈夫、と込めて笑みを見せる。

 驚いたように目をゆっくりと見開いた氷室先生は、ふいっと顔を背けた。


「……本当に聡い子ですね」と、またボソリ。


「私は念のため、数日隣の部屋に泊まることになりました。このままでは、声帯が取り返しがつかないほど痛めてしまいます。経過をしっかり診ないといけません」


 キリッと、切り替えたように告げる主治医。


 おお! お抱えドクター! お嬢様っぽいね!

 ……ただし、なんか人体に興味を持っている研究者が、本来の顔だと知った今、ちょっと微妙な気持ちです。


「隣の部屋って、側付きのじゃ? もう片付けたんですか?」

「……いえ? 元々使われていない部屋だったので、この部屋同様に掃除だけしてあって、生活感のない部屋でした」


 冷めた目で告げる氷室先生のおかげで、凍り付いた。

 本来、あの側付きは、隣の部屋で待機するように過ごさないといけなかったのか。

 でも、私のことを嫌って憎んでいたから、別の部屋で寝ていたのだろう。隣もハリボテ。

 それも気付かなかった藤堂に、責める眼差しを向ける。

 気まずげに顔を背けるが、藤堂には謝りようがない。その点もまた、気付けないことだった。



「それでは、お薬の時間です。苦いですよ、頑張ってくださいね」


 苦いお薬の時間。

 どろりとした緑の液体、材料はなんですか、いや知りたくないな。

 とりあえず、薬? 薬だよね? 私を人体実験とかに使わないよね? 信じてるよ? 信じてるからね、先生?


 身構える私の肩を撫でてくれる月の手をギュッと握って、カップで差し出された緑の液体を喉へ送り込んだ。舌を避けても、味わう苦さに悶絶。


「はい、よく出来ましたね。甘い飴ですよ」


 プルプルと震えて耐える私の口に、飴を入れてくれる氷室先生。


「お嬢、えらい!」と、片手で手を握ったまま、もう片方で頭をなでなでしてくれる月。


「あはは、子どもだねー」と、呑気に笑う藤堂に「なら、ひとなめしてみます?」と、氷室先生はスイッとスプーンを差し出す。


 その中の緑の液体を、小指で舐めとった藤堂は「ぐえええっ!」と、首を絞められたような声を上げて、悶絶した。

 大袈裟だな……大人のくせに。




 ●●●主治医side●●●



 部屋を出て、廊下で立ち尽くす氷室。



 子どもの前で””だなんて、言うべきじゃなかった。



 本当に愛していれば、高熱で苦しむことも死にかけることもなかっただろう。


 病室のベッドから離れなかったくせに。心配で堪らなかったくせに。

 目を覚ましてから、ろくにそばに寄らなかった組長がどうしようもなく、苛立ちを覚えさせる。


 大丈夫、と伝えるように笑いかける舞蝶は、やはり聡い子だ。


 前回の診察も、自分に助けを求めなかったのは、巻き込まないためだったのか。

 立場の弱い新入り組員にも、助けを求めなかったように。


 聡い子だからこそ、余計心配になるじゃないか。他人の都合を気遣って、自分を後回し。


 思慮深い彼女に”利用価値がない”と言わせるようなダメな父親に、心底腹が立つ。


「(”生かす価値”? ふざけんなっ……)」


 価値を示そうと、ボロボロになってまで、足掻いた子どもの頃を思い出しては、かぶりを振って、消し飛ばした。


「(やはり……お嬢様の入浴が終わるまで、拷問に加わらせてもらおう)」


 冷血な目を細めると、廊下を歩き出した。



 

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