♰21 名付けた吸血鬼は可愛いヤンデレ属性。



 藤堂が選んだ女性の使用人は、暗い赤毛の人だ。

 かなりの脅しを受けたのか、手が震えている若い女性が、入浴を手伝ってくれた。

 けれど、初めてゆっくりと露天風呂に浸かることが出来て、極楽極楽。

 長すぎる髪も、丁寧に洗ってもらえたし、すっかりすっきりー。

 冷遇する使用人も排除が出来て、憑き物が落ちたって感じだ。

 ゴシゴシとタオルで髪を拭ってもらい、寝間着姿で脱衣所から出ると、入る時にはいたはずの月の姿がなかった。


「さ! 髪を整える準備は済んでますぜ?」


 笑顔の藤堂が、空いた部屋に案内してくれた。

 半透明のビニールシートを敷かれた床を見て、殺されるのでは……?

 と過った私は、動けなくなった。


 今時、新聞紙はないのかもしれないけれど……ビニールシートの上に行ったら、一思いに殺される可能性ない? 床を汚さないためのビニールシートではない??? むしろ元々、何用のビニールシートです???


「どうかしました?」と、殺される不安を抱えているとも知らずに、キョトンとする藤堂は、無慈悲に部屋の中に入るように背を押した。


 いや、まぁ、殺すなら、普通に入浴の必要はなかったんだけどね。うん。

 もしかしたら、”やっぱり利用価値がないから消しとくか”という決定がないという確信もないので、月がいない時点で、超不安になってしまった。


 普通に、木製の椅子に座らされて、散髪が始まった。

 どちゃくそ強面なタラコ唇な男の人が、繊細な扱いでハサミを鳴らして髪を切っていく。腰下まである髪は、脇下の位置まで切った方がいいと言う。そこまで髪も酷く傷んでいるということだ。


「トリートメントケアをしてもらった方がいいですね」

「どこの美容室がいいんだ?」

「近場なら――」と、二人で話を進める。


 私はタブレットをまた借りたので、音楽を小さく流しながら、電子マンガを読ませてもらった。

 ちなみに、宿題は済ませている。


「舞蝶お嬢!」


 やけに弾んだご機嫌な色の月が、呼ぶ声に顔を上げれば、スパンッと襖を思いっきり開いて嬉しげな月が入ってきた。



「舞蝶お嬢のお世話係に任命されました!!」



 すちゃっと、目の前で正座して満面の笑みで報告。

 おお! いいね! 月が組長の命で、私のそばにいることが許された!


「ええー? マジかよ。なんでだよ、男でもいいなら、俺でよくね?」


 何故かブーイングする藤堂。

 逆に何であなたは私のお世話係に任命されてたいの? 四六時中私をおちょくりたいの? 仕返しする時は、私、容赦しないよ?

 と、胡乱気な目を彼に向けつつ、仲良く月と手を繋いで揺らす。


「どう考えても、あなたは適任ではないでしょう。登下校顔を合わせていたくせに気付かなかったのですからね」


 一緒に入ってきたのは、氷室先生だった。

 あれ? さっきと違う服。まぁ、夜だから、部屋着に着替えたのかな。


「……ちっ」

「この家で最も信頼されているのは、月のようですから、心が安らぐ相手が、適任に決まっています。その点、あなたは不合格」

「わざわざ言わんでいい!」


 わざわざ、はっきりと指摘された藤堂は、噛み付くように怒った。

 先生にも、大変嫌われたようで。


「あ、あの、それでですね、お嬢。俺、今は月って名乗ってますが、事情で仮の名として使っていただけなんです。世話係として、小学校でも顔を出すんで、苗字も決めた方がいいってことになりまして。よかったら、お嬢が決めてくれません?」


 はにかんで言う月は、名付けをして、と尻尾を振る犬のようだった。


 ぐはっ。可愛いなぁ。

 しょうがないなぁ。つけたるわぁ。


「はぁ? お嬢が名付けなんて、出来るわけないだろ。友だちいなくて、知ってる名前が少なすぎるんだから」


 盛大にバカにしてきた藤堂。

 そういうところだよ!


 ギロッと、藤堂を睨みつけて「ちっ!」と舌打ちをした。

 藤堂は睨みにビクッとしたあと、舌打ちに震え上がった。


「こわ! え、ガラ悪! 誰だよ、お嬢に舌打ちを教えやがったのは…………え!? 俺!?」


 氷室先生と月に指差されて、ギョッとする藤堂。


「さっきしたじゃないですか、舌打ち」


 ブラシをしてくれるタラコ唇組員が控えめに教えて、ハッと思い出す藤堂だった。

 アホなのね、コイツ。性格悪いアホは、無視しよう。


 私はタブレットで、メモアプリを開いて【名前も少し変えていい?】と月に尋ねた。


「え? 名前もですか? お嬢がつけてくれるなら、大歓迎です!」


 手放しに信用して尻尾をブンブン振っている状態な月。

 ならば! 命名するなら、あれよね。なんか筆で書く感じ!

 筆も墨もないので、メモを手書きモードに切り替えて、人差し指で名前を書く。



【影本月斗】


「かげ、もと……つき、と? ……俺の名前?」



 コクリと笑顔を見せると、月改め月斗(つきと)は、ぱぁああっと輝かんばかりに破顔した。

 黄色い瞳も、キランキランとした音すら、奏でそう。


「ありがとうございます! 今日から俺は、舞蝶お嬢に与えられた名前を使わせてもらいます!!」


 タブレットを受け取ると、スクショした。

 ……スクショ保存いる? まぁ、いいけど。


「意外とまともな名前を」

「むしろ、しっかりした名前じゃないですか。何か意味でも込めているのですか?」


 失礼な藤堂はさておき、氷室先生が優しく尋ねてくるので【月って名前はとっても似合うけど、飾りっけないので、頑張った!】と、月斗から返してもらったタブレットで、そうドヤッと答える。


 月斗は、さっきの手書き名付けのスクショを、自分のスマホに送ったようで「かげもとつきと……」と、また反芻している。

 うっとりしたような顔で、スマホを見つめていたかと思えば、ゴクリと息を呑んだ。


 あ、また。また喉を鳴らした。


 そう思っていれば、この場の空気が凍ったことに気付いた。



「おいてめぇ……””、!?」



 怒気を放つ藤堂が、立ち上がる。


 口を覆っていても、月斗は”マズい!”って顔をしていた。


「月……いえ、月斗……何故言わなかったのですか? その様子だと、今が初めてじゃないのでしょう?」


 頭が痛そうに額を押さえる氷室先生。

 え? どういうこと? このいかにもよろしくない空気、何?

 吸血鬼が喉を鳴らすのは、マズいの?


 状況を把握するためにも、氷室先生のシャツを掴んで、引っ張って気を引いた。


「舞蝶お嬢様は、まだ知らないのですね? 吸血鬼は人と少し違うと言うことは、ご存知ですよね。吸血鬼は……そうですね、例を挙げるなら、今の名前です。彼は今までの名前を捨てて、ここに来てからは”月”という名前を使っていました。思い入れがなければ、あっさりと生まれた時につけられた名前を捨ててしまうほど、いざという時は切り捨てることを、簡単にする種族です」


 しゃがんでは、ビニールシートの上に切り落とされた髪の毛を、摘まんで見せた。


「ただし、逆に、一度執着すると、異常なほどに固執して放しません。そういう特徴を持っている種族なのです。その執着というのは……人に対して向けられて、離れがたいという気持ちが増すほどに、喉は乾くような感覚に襲われてるので、ゴクリと鳴らす症状を出すわけです」


 しゅ、執着心……? え?

 執着愛ってこと? ヤンデレ!? この陽気な吸血鬼! ヤンデレ属性だったの!?


 お口、あんぐり。


 でも、どうりで!

 私にメロメロで、離れたくないって喉を鳴らしちゃってたんだ!? 全然可愛いヤンデレ症状では!?


「や、やっぱり……嫌ですか……?」


 捨てられそうで怯える涙目な月斗。


 え? 何が? 月斗の執着が、嫌かって?


 むしろ、藤堂が殺気立つ意味がわからないんだけど。


【私も月斗には離れてほしくないから、執着してくれて構わないよ】


 微笑んで見せる。


 ゴックンと、盛大にまた喉を鳴らした月斗が「舞蝶お嬢~!!」と、膝に泣きつかれた。

 いい子いい子と、頭を撫でている間に、またタブレットでスクショしている。


 ……言質が、画像で保存された……。

 大丈夫かな。いや大丈夫だろ、月斗だもん。


 むしろ、署名もしてあげようか?



 

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