♰22 術式の研究者は死神のカマを持つ。(+組長side)



 月斗と名付けた吸血鬼の執着を、このように認めたというのに、藤堂が一人騒ぐ。


「いやいや! これ組長に報告して、永久追放してもらわないといけない大問題だろ!?」

「やめてください。お嬢様も望んでいるのですから、いいではないですか」

「よくあるか!! 典型的に恋愛感情に転がる案件じゃねーか!! 何歳差あると思ってんだ!」

「たかが14歳差です」

「”たかが”!?」


 月斗くん。今年、二十歳(はたち)。

 冷静に応酬に付き合う氷室先生に、信じられないと非難がましい声を上げる藤堂。


「大人になれば、気にならない歳の差ですよ。確定しているわけでもあるまいし、そんなワーワー騒がなくとも……おや? もしや、あなたがお嬢様を?」

「っふざけんな!! 俺はロリコンじゃねーよ!!」


 藤堂だけが、騒いでいる。

 そして、氷室先生は、おちょくるスタンス。


 ブチギレな藤堂が、そのまま部屋を出ようとしたのだけれど、立ちはだかった氷室先生は、胸ぐらを掴むと投げるかのように床へ飛ばした。


 ドサッと、尻もちついた藤堂は。


「このクソ化学者がっ! 調子こくなっ!!」


 チャキッと、懐から短刀を出した。

 え。物騒。刃傷沙汰……だと?



「化学者ではありません」


 余裕綽々な氷室先生は。


「私は、研究者です」


 と、銀のフレーム眼鏡を、くいっと上げて、不敵に笑うと、ぶわりと背後の黒い闇の中から、赤黒いサイスを出現させた。



 ……医者が、死神のカマを背中に漂わせているんだけど。

 私、この医者に面倒見てもらって大丈夫なのだろうか……。


 ある意味で、現実逃避してしまった。


!?」


 藤堂の方に浮遊するサイスが振り下ろされて、バッと飛び退いて避ける。


 ……? そういえば、前にも結界がどうのって、月斗も言ってたけど……。

 ま、まだまだ、裏には、とんでもないものがあるのね……!


 吸血鬼の特殊能力やヤンデレ症状とか、設定盛りだくさんで情報収集が追いつかないわ! この異世界!


 月斗は、私の壁になりつつ、この行方を見守っている。


「お嬢様のためにも、月斗は引き離しません。これは主治医である私の言いつけです。お嬢様が一番安心出来る相手であり、お嬢様自身も求めている相手ですからね。精神衛生上にもいいですし、お嬢様のためなら、月斗も気配りも上手に尽くしますから。何より、すでに組長がお世話係に任命しています。決定したのですから、喚くことはやめていただきたい」


 あくまで、私のために、月斗を引き離さないように、立ちはだかってくれる氷室先生。


「……その組長に、肝心な報告をし忘れてるっつーんだよ」


 低く唸るように言い返す藤堂は、短刀をしまう。

 だが、戦闘姿勢を解除したわけじゃない。

 次に取り出したのは、拳銃だった。


 ハッとして、すぐに月斗の腰の後ろに差してある銃を抜き取って、藤堂に銃口を向ける。


 それに気付いて、ピタリと動きを止めた藤堂。


「……お、お嬢……それはおもちゃじゃないんですよ?」


 刺激しないように、静かに声をかける。

 かちゃりと撃針を下ろして、撃てる準備を見せつけて、銃を下ろすように、両手に持つ銃を動かして指示をする。


「てめぇ、月……お嬢に何教えてやがる」


 青筋立てつつ、ゆっくりとした動作で銃を置いては、藤堂は"撃つな"と両手を上げておく。


「いや、教えてませんけど!?」


 無罪を訴える月斗。

 確かに、銃は教えてもらってない。事実。

 ただ月斗が腰に装備していることを、知っていただけ。

 あと、オートマ銃は、わりと使いやすいからわかるよ。映画とかで観たし。


 私は、口元に人差し指を当てて見せた。

 口止め。

 私には銃口向けられているし、立ちはだかる氷室先生は死神のカマを漂わせている。

 私に撃ち殺されるとは思っていないだろうけれど、万が一でも撃たれたらたまったものではないだろう。

 ちなみに、前回使った時に知ったけど、元からサイレンサーがついていて、銃声は抑えられている仕様の武器だ。

 運がよければ、この広い屋敷も、騒ぎに気付かないかもしれない。

 致命傷を外したところで、医者がいる。

 死神のようなカマを操る医者が。

 死神のカマで、トドメをさしてくれるに違いない。


 追い詰められた藤堂は……。


「……わーあったよ! 黙る! 黙るから!!」


 と、黙ることを約束して、降参した。


 氷室先生と目を合わせれば、信じましょう、と言わんばかりの頷きをしたので、撃針を戻して、月斗の腰のホルダーに差し込む。


 氷室先生も、サイスを跡形もなく消し去った。

 その際に、漢字が並んでいるように見えた。


 いや、漢字に似ているようで違う……? なんだろう。

 漢字に見えるような模様が、煙のように空気に溶けて、ゆらりと消えた。


「お嬢、銃は危ないから、勝手に取らないでくださいよ。お嬢が怪我したらどうするんですか?」


 目の前でしゃがんだ月斗が、注意してきた。

 お世話係としての教育だろうか。


【でも月斗の物は私の物じゃないの? だめ?】


 タブレットに打ち込んで、パチクリと上目遣いをしてみれば「うぐっ!」と胸を押さえて、また私の膝に突っ伏した。


「う、撃ち抜かれた……どこで、覚えた、殺し文句ですか……?」


 と、悶えている。

 否定しないので、いい子いい子しておく。


「すでに、手遅れ、なのか……!?」

「……失恋、どんまい」

「だからロリコンじゃねーつっの!!」


 氷室先生におちょくられて、吠える藤堂。


「あ、あのっ! 髪のケア終わりやした!! 片付けは自分が全てやっておきますので! おやすみなさい!!」


 ずっと空気に徹していた美容師組員が、青ざめた顔で、私達を部屋から手早く追い出した。


 ……そうだ。寝る時間だわ。


 部屋に戻ろうと歩き出すので、月斗と主治医の服を掴んで気を引いて、両手でサラッと髪を払いのけて見せる。ドヤッと!


「綺麗です! お嬢!」

「ええ。お嬢様に大変似合うようになりましたね、その髪」


 笑顔で褒めてくれる月斗と氷室先生に、気を良くしてもらい、手を繋いで部屋に戻る。


「お嬢はどんな髪型が好きですか?」

「髪留めはあるのですか?」

「買ってあげた髪留めのゴムが一つと、ラッピングにも使えるリボンも、買ってあげました」

「先ずは、ある物の把握が先ですね」


 二人が話している間に、部屋に到着。


 シレっとした顔で入ろうとした藤堂を、氷室先生が胸を押して止めた。


「あなたがついてくる理由はないのでは?」

「はぁ!? ここまで来て仲間外れにするこたぁねぇだろ! コイツは信用ならん新人だし、アンタ元々組の部外者だろ! せめて俺がいるべきだ!」


 ビシッと、月斗と氷室先生を順番に指差した。


「危険な性格でもないのですし、あなたよりも遥かにお嬢様を敬っているのなら信用ならあるでしょうに。もしもの時は、主治医の私が全力で守りますのでご心配なく」


 キッパリな氷室先生。

 あの死神のカマをを振れば、月斗もひとたまりもないだろう。

 とんでもない医者だな。あれ? 本来は、研究者だっけ?


 月斗は私を害する気もないので、氷室先生にやられるようなことにもならないと思っているのか、反応なし。

 氷室先生なら、月斗が何かしらの暴走をしても守れると痛感しているのか、ぐぅの音も出ない藤堂。


「じゃあ、せめて信用出来る女の使用人を見張りにつかせる!」


 藤堂が連れて来たのは、さっき入浴を手伝ってくれたあの女使用人だ。

 めっちゃ戸惑った顔をしてはいたが、頑張って笑みを作る若い女性。


「……信用出来るとは、あなたと関係を持っているからですか?」


 冷めた目で言い放つ氷室先生に、藤堂がピクリと眉を動かすし、使用人はギクリと顔を強張らせて軽く肩を跳ねた。

 ……身体の関係を持っている、ですね、わかります。

 私の手前、伏せてくれたのはありがとう、先生。わかっちゃったけど。


 とりあえず、私のためにも同性の使用人を、そばに置くことを承諾。

 ワクワクな私は、氷室先生に。


【術式って何? あのカマみたいなの何? 先生はなんの研究者なの?】


 と質問責めをした。

 けれども、クスリと笑う氷室先生は「次の機会にしましょう。今日はもう寝てください」とベッドに入れられてしまった。


 冷遇から解放されたし、入浴ですっきりもしたし、髪もつやつやしっとりで、いい匂いもするから、呆気なく眠りに落ちた。




 ●●●組長side●●●



 翌朝。

 氷室は眼鏡をかけた顔を露骨に歪めた。


「は? みんなと一緒に朝食をとるから、お嬢様を呼べ? いつも一人で食べていると、聞きましたが?」


 厨房入り口。

 舞蝶の食事を直接取りに来た氷室は、待ち構えていた組長にそう尋ね返した。


「今まではそうだったが、それも舞蝶を孤立させる策略だった」

「……そうだとしても、いきなり一緒に食事はいかがなものだと思いますよ? 一応、本人の意思を確認してきます。無理はさせません。精神的に不衛生なので」


 無礼な態度を見せる氷室は、スタスタと廊下を引き返す。



 少しして戻って来た氷室は、スマホで動画を突き付けた。


〔すみません、お嬢様。一つ質問がありまして、動画を録らせていただきますが、よろしいでしょうか?〕


 ずいぶんと柔らかい氷室の声は、画面に映る少女にかけられた。

 月斗は見切れているが、黒髪をブラシで梳かされている最中の舞蝶が、きょとりとカメラを見つめては、不思議そうに頷く。


〔組長が、組員のみんなと一緒に朝食をどうかとお誘いしています。どうしますか?〕


 聞くなり、嫌そうに眉間にシワを寄せる娘。


〔行きます?〕と問われれば、ブンブンと首を横に振って、拒絶を示す。


〔では、私達三人で食べますか?〕という言葉には、笑顔で頷いて見せる舞蝶。


〔わかりました。今度こそ、食事を持ってきます。組長には、私から伝えておきます〕と、言う氷室に手を振って見送る娘に、組長は心的ダメージを受けて胸を押さえた。


「娘と関係修復を望むなら、いきなり強面な組員達と食事させるのはやめるべきですよ。だいたい、喋れない今、大勢と食事は苦痛な時間だと思います。ああ、そうだ。今日は近場で生活に必要な物を買い揃えに行きますが、よかったら、スマホを買い与えたらどうです? 意思疎通は、それでした方がいいでしょう」


 一応アドバイスをしておくが、あくまでこの組長のためではない。

 舞蝶のためだ。

 なので、淡々と言い放った氷室は、ツンとそっぽを向いて食事を運んで行った。



 ガクリと頭を垂らす組長を、側近はポンと肩を叩いて慰める。


「スマホ……選んであげましょう?」

「なんなら夕食を誘いましょうよ。個室で親子水入らず!」


 どんより、暗雲立ち込める組長は、静かに頷いたのだった。



 

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