♰23 スッキリした朝と麗しい一行。



 更なるストレスが、あと数日は過度にのしかかることを覚悟した冷遇が、唐突に終わって、快眠でスッキリと起床。

 叩き起こされないって、幸せ。


「おはようございます。お嬢」


 むにゃむにゃしながら、先に起きていた月斗と夜通し待機していたらしい女使用人と、朝支度を済ませる。


 顔を洗って、歯磨きを済ませた。

 月斗が背を向けている間に、服を着せてもらう。昨夜整えてもらった髪を、月斗にブラシで梳いてもらった。

 その間に、氷室先生も部屋に来て「おはようございます」と、朝の挨拶して、私の喉のチェック。

「悪化はしてませんね」と、今のところ順調らしい。


 朝の交代の女使用人を連れてきた藤堂に「……?」と、冷め切った眼差しを向ける氷室先生に慄いた。

 え。その女使用人も、藤堂と身体の関係を!?

 見境ない藤堂に呆れ果てるばかりだけれど、一目で言い当てる先生はなんなの!?

 敏感なのかなぁ、他人の好意に。少なくとも、女使用人はルックスはいい顎髭の藤堂に気があって、身体を許しているのだろう。それを察知?


 氷室先生も、美丈夫。それも女性受けしそうな冷たい美形だ。銀の髪と水色の瞳。銀のフレームの眼鏡がより冷たさを際立たせる。

 モテすぎて女性嫌いになってそう! というのが、私の勝手な第一印象だけど、本当のところ、どうかな。私への対応、かなり優しくなってきたけど、最初のクールな対応が基準なのかもしれない。


 とりあえず、どこまで許容範囲かを探るために、月斗にスマホを借りて【氷室先生の名前を聞いたことないです。教えてください】と言うと、一瞬、憂いた顔をした気がする。


「すぐる、です」と、ちょっと小さな声。


 漢字はなんだろうと思いつつ、先生の様子に首を傾げたあと、パッと思い付いた。


【優しいって書いて、すぐるですか?】と、見せれば「すごいですね……小学生で習いましたっけ?」と、心底驚いた顔をした氷室先生は、不可解そうに首を捻る。ギクリ。


【私に優しい先生にぴったりですね!】


 誤魔化すために、その文を見せる。


 冷たい美貌の氷室先生は、寂しげで、儚げな表情をした。

 間違いなく、今度はその表情を見たのだ。


「ありがとうございます。でも、舞蝶お嬢様にだけですからね」


 優しい手付きで、頭を撫でてきた。


「では、朝食をとってきますね」


 呼び止める間もなく、行ってしまった先生。

 名前呼びが許容範囲かどうかを確かめたかったのに、普通に名前聞いただけで終わってしまった……。


「お嬢。髪、どうします?」


 月斗がブラシを持つ。んー。前は鬱陶しいから、束ねていただけだからなぁー。でも昨日しっかり洗ってもらって、切り揃えてもらったし、買い物に行くし、お洒落しておこう。


【ハーフツインテールに出来る?】

「え! 絶対に似合いそうじゃないですか! 頑張りますね!」


 以前買った黄色のリボンを出して見せれば、ホッコリ笑みを輝かせる月斗は、髪を梳かし始める。

 私は月斗の許可を得て、スマホで音楽を流させてもらった。


 優しい手付きで髪を梳かしてくれる月斗に、気分はルンルンとしていたのに、朝食を持ってこなかった氷室先生に、変な質問をされて思わず嫌な顔をしてしまう。

 父が食事の間での朝食のお誘いをしてきたそうだ。それで承諾をするか否か。

 動画を録っているのは父に見せるためだろうか。

 食事に誘ったことを私自身が断ったことを証拠に見せるため。


 いきなり、ヤクザ達と食事? 嫌じゃ! 絶対空気じゃん! 酷くて針の筵じゃない!?

 ”実は、使用人に舐められていた”って視線を受ける!? みんなに知られているか知らないけど!

 一緒に食べるなら、月斗と氷室先生だよね! うん! 一緒に食べる!


 証拠の動画を持って氷室先生は、組長にお断りをしてくれるのだろう。

 昨日の調子で、氷室先生は父に立ちはだかるのかな。……めちゃくちゃ思わぬつよつよ味方がついたよね。


 父とは話さないといけないけれど……さてはて。

 もうちょい様子見していかないと。


 脇の下で揃えた黒髪を、黄色のリボンで器用にハーフツインテールにしてくれた月斗が、はしゃいで写真を連写。

 出来心で投げキッスポーズをしたら、膝から崩れ落ちた。


「ぐはっ……! ファンサ……つおい」


 悶えている。

 逆に、月斗は私に弱すぎないか。

 心配だわぁ。藤堂があんなに怒った吸血鬼の執着とやらの危険性は、よくわからないけど、父にバレないように出来るかしら。


「お待たせしました。……どうしたんですか? 月斗は」

「ファンサに、撃ち抜かれました」

「……ああ。可愛いですね、舞蝶お嬢様」


 戻って来た氷室先生は怪訝に見下ろしたが、私が投げキッスポーズを見せると、月斗が蹲っていることに納得して、彼を無視する形で私の姿を褒めてくれた。


 そして、何事もなかったかのように、お食事なり。

 朝から廃棄物を置かれることなく美味しそうな朝食。

 しかも、部屋で一人じゃない。月斗も氷室先生も、一緒だ。ニッコニコで食べ始めた。


 今日は生活必需品を増やすために、ショッピングモールに行く。

 金のような明るい黄緑色の髪で肩ぐらいの長さの髪を後ろで一本で束ねた月斗は、薄手のフード付きの青黒いジャケットを着ている。下は白のVネック。紺のジーンズ。

 銀の髪とフレーム眼鏡と、水色の瞳の冷たい美貌の氷室先生は、暗い灰色の背広ジャケットと水色のワイシャツ、黒のズボン。

 両手にイケメン。私のイケメン基準、絶対高いけれど、イケメンランキングでは上位に食い込む二人である。


 そして、美少女な私。ちゃんと食べてきたし、髪も整えてもらったから、美に磨きがかかった。

 黄色のリボンで、艶やかな黒髪はハーフツインテール。白のブラウスとハイウエスト黒ワンピースと、ニットのカーディガン。フリルの靴下と黒のローファー。

 見目麗しいさのレベルが高い一行だ。


 黒スーツをビシッと着た送迎護衛の藤堂と直属の配下と一緒である。


 いざ行こうとすれば、父が見送りにきた。ぺこりと一礼しておく。


「お、おう。気を付けてな」と、そっと声をかけてくる食事を断られた父。

 ぎこちなさ全開だな。


「お嬢! 夕飯は何かリクエストがあれば、お応えしますよ?」


 外からやってきた橘が声をかけてくれたから、月斗が差し出してくれたスマホで【橘の自信のある料理で、私に食べてもらいたいもので!】と打ち込んで、見せた。


「なっ!? そりゃあ気合いがいっそう入ります!! 楽しみにしておいてくだせい!」


 バシッと自分の二の腕を叩いて見せて、ニカッと笑う橘。


【朝ご飯、美味しかった! ごちそうさまでした、ありがとう】


 にっこりと見せれば、文面を見た橘はにっかり。


「どういたしまして! いってらっしゃいませ! お気をつけて!」


 橘にも見送ってもらい、リムジンへ。

 ……このリムジンって。

 普通のショッピングモールでも、目立たない? ……目立つよねぇ。




●●●三人称side●●●



 出来立てほやほやの料理がちゃんと届いて、お礼を言われたことが堪らなく嬉しい。

 今夜も気合いを入れて美味しい物を作らなければ……と、思う橘。


「……おい。橘」

「はい?! 組長!」


 舞蝶を見送った直後に呼ばれて、びくぅんっと震え上がる橘。

 組長に気付かなかったがずっと見ていたらしい。

 ビシッ、と背筋を伸ばした。


「夜は、俺と舞蝶の二人で食べる。俺の分も頼んだ」

「……か、かしこまりました……」


 別の意味で気合いを入れなくてはいけなくなった。



 

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