♰94 イカれた性格悪い吸血鬼。



「マジで記憶喪失なわけ!? こりゃ最早別人じゃん!」


 肩を震わせて、笑うヴァインは目を見開いた。


「おれ達を左遷させておいて、呑気に忘れ去ってくれちゃって、ひでーなぁおい。ごーまんすぎね? お嬢」


 嘲笑いながら、吐き捨てるヴァインは、早速本性を晒す。

 藤堂が言っていた通りだ。逆恨みは、確かにしている。自分を棚に上げての完全なる逆恨み。


「おい、何を言って!」と、増谷が肩を掴む。


「だってお前はズタボロになるまで庇ってやったのに、怖いとか言って拒絶されたんだぜ? 守り損じゃん」

「なっ! そんなことはない!!」

「ハッ! 相変わらずクソ真面目。おれはやってられっかよ。ちゃんとあのロリコン吸血鬼から助けてやったのに、怯えて泣き喚くんだぜ? あはははっ、ウケたけど、左遷とかマジねーよ」

「!」


 信じられない発言だと睨みつける増谷も気付く。

 的外れな逆恨みを吐きつつ、ヴァインは腰の後ろから、短刀を引き抜いた。

 反応が間に合って、刀を半分抜いた状態で切りつけられることを、防いで、後ろへ飛び退いて距離を取った。


「何をする!?」

「ちっ、やっぱ不意打ちでもだめか。要は、記憶喪失のお嬢に刺激を与えればいいんだろ? おれ達の顔見てもだめなら、。その方がよっぽどインパクトあるじゃん」

「貴様っ……! イカレてる!!」


 本当にイカレているサディストだとは思うが。


「ぷはは! お前が言うなよ! トラウマの記憶を呼び起こすことと、あの日の再現なんて、同意語みたいなもんじゃん! なーに言ってんだ! アハハ!!」


 お腹を抱えて笑うヴァインが、こちらを向く。


 膝と腕を組んだ私を見えて「へぇ……! マジで微動だにしねーのな? 怖くねーの?」と刀の先を向ける。


「やめろ! 誰に刃を」

「うるせぇ」


 飛びつく増谷に、もう一つ短刀を取り出して押し返すヴァイン。

 増谷は吸血鬼の怪力に意図も容易く、押し飛ばされた。

 話に聞いた通りの短刀の二刀流か。


「怖くない。逆に聞くけど、私に刃を向けて組長の怒りを買うとか、怖くないわけ?」


 くるくると艶やかになった毛先を指に絡めながら尋ねる。


「ブフッ! その組長の頼みじゃねーか!」


 何がそんなにおかしいのか。頭のネジが一本抜けてそうな吸血鬼。


「気に入らねーな? その目。泣くぐらい怖がらせてやるよ。大丈夫、怖がらせてやるだけだからよぉ!!」


 血走った目で見下ろすと、短刀の一本を振り上げたヴァイン。


「やめろ! ヴァイン!!」


 増谷が声を上げたが、届かない。


 そんなヴァインの右手が、パンッと軽い破裂音で撃ち抜かれて、短刀が手から滑り落ちる。


「あ?」と驚いている間に、左肩が、パンッと撃ち抜かれた。


 パンパンと、腹と右肩も撃ち抜かれて、ヴァインは倒れた。


「っ! あ!? てめっ、藤堂っ!」


 私がベンチから下りると、身を潜めていた藤堂がやって来て、血にまみれたヴァインが睨み上げる。

 その藤堂に手を差し出せば、持っていた銃を渡してくれた。


「俺は、護衛対象のお嬢の害悪を撃ったまでだぞ」


 しれっと言い放つ藤堂。


「あのね、ヴァイン。わかってるよ? 脅そうとしただけで殺す気はなかったのよね? わかった。じゃあお返しに私も殺さないであげるよ」


 銃口を向けて笑ってやる。


「何言って、やがるっ! か弱いお嬢が銃なんてもん持って、も、威嚇にもなんね、っ!?!」


 身体が治癒を始めても血塗れで動けないくせに、口だけでも噛み付こうとするヴァインの喉を、パンッと撃ち抜いた。


「お前がサディストに追い詰めたせいで、私、喉が潰れたようなものだから。お返しね」

「ゴフッ! お”っ、い”」


 喉に穴が開いて血が溢れているヴァインから、目を逸らして、呆然としている増谷を見る。


「増谷には命懸けで守ったというから、その点に免じて、今回は見逃してあげる。けれど、次はないから」


 銃を藤堂に返して、私は増谷に忠告してやった。

 息を呑む増谷。


「私の記憶を取り戻す賭けは大負けしたってこと、ちゃんと報告しておいてね。コイツの処遇も、組長が責任持ってよね。組員に示しがつくといいけど」


 目を向けるのは、縁側に何人かの組員がザワザワしながら見ているところ。


「!」


 増谷は青い顔をしたが、処遇を言い渡す前に、自分の血に溺れそうなヴァインが持たないと見下ろす。

 そうすれば、歩み寄った優先生が、増谷に血液パックを押し付けた。


「治療は、お好きにどうぞ。あなたが連れてきたようなものなので、責任はあなたにあると思いますけどね」


 クイッと、眼鏡を上げて冷たく言い放つ。


「これ餞別にあげるよ。要らないから」


 ポンッと組長に送られたスマホを、苦しげなヴァインの腹の上に捨てておく。

 組長がそのスマホを見たら、さらに絶望すると思うと、胸が空くねー。


 私達は、二人を置き去りに屋敷内に戻る。


「どうしたんですか? 藤堂さん」

「お嬢の元護衛が危害を加えたから俺達が撃っただけだ。自業自得だから、気にすんな」


 と、藤堂は組員に答えてやった。


 誰もいなくなった廊下で「藤堂。ありがとう」と後ろを歩く藤堂を振り返ってお礼を言えば、驚いて目を真ん丸にしたが、はにかんで「どーいたしまして! お守り出来て、光栄ですぜ! お嬢!」と頭の後ろを掻いた。



 部屋に戻って、白いスマホで風間警部に、例の事件が案の定起きたことを送信。

 これをネタに、風間警部も素直に公安に預からせることを頷かせてみせると意気込んでいた。


「……月斗、どうしたの?」

「俺、ずっとヒヤヒヤしてたんですよ!? なんすかあのイカレ野郎は! 頭のネジ一個抜けてますよ絶対!」


 月斗に後ろから抱き締められる形で、ベッドの上で座っている現状。


「それに……俺がお嬢に告白した場所をアイツの血に汚された気分」


 と、むくれる月斗。ロマンチストか。


「月斗……あの夜は、月斗しか覚えてないな。あと三日月がやけに綺麗だったね」

「! お嬢……!」


 ポッと頬を赤らめて、見惚れたように見つめてくる月斗の黄色い瞳の中の黒いひし形の瞳を見つめ返す。

 吸血鬼の瞳。一番しっくりくる。

 やっぱり、見慣れたこの瞳がいい。


「なんでナチュラルにイチャイチャしてんの? これ止めるべきだろ、おい、ドクター」

「知りませんよ……。逆にどう止めればいいんですか? あの”?”という顔をした距離感バグした二人に」


 顔色が悪い藤堂が指差し、頭を抱えた優先生が嘆くような声を出す。


「やっぱり、キーちゃんは見えてなかったね」と、おねむなキーちゃんの頭を撫でる。


「結界が吸血鬼にも有効でよかったです」

「流石、優先生の術式です」

「お嬢様と氷平さんの助力が素晴らしいのですよ」


 なんて褒められて謙遜しているが、鼻が高い優先生。


「でも……あの人、?」


 月斗が疑問を口にする。

 吸血鬼特有の強い執着からくる異常な行動、つまりサディストではないかと予想する。


「逆に執着していそうなものですよね? 恨む相手としての執着とか。まぁこの場合、完全に筋違いの逆恨みですけど……」

「でもアイツ、全然喉を鳴らさなかったよな? 話している間も、それを堪えている様子もなかったと思うが」


 優先生と藤堂も、顎をさすって考え込む。

 見逃していることはないか、と振り返る。


「普通に、何かの思考に執着しているんじゃないの? 傲慢なサディスト的な何かで。もしくは単に普通にイカレた性格悪い奴」

「……否めませんね」


 普通にイカレた性格の悪い奴、が結論になる。

 吸血鬼の異常行動が何も、本当に吸血鬼の強い執着によるものではないだろう。

 人に対しての執着症状である喉をゴクリと鳴らす行為がないため、別に私に執着しているわけない。


 そこで、風間警部から電話がきた。


〔大丈夫? 怪我はない?〕

「大丈夫です。しっかりイカレた吸血鬼が予想通り危害を加えようとしたので、藤堂が撃って制圧してくれましたよ」

〔よかったぁ~。舞蝶ちゃんが無事で何よりだよ。嫌なら、すぐ来てくれていいけど、どうする? 俺は雲雀さんとこれから”お話”しておくから、部下に迎えに行かせるよ?〕

「あ、料理人に夕ご飯食べるって言っちゃったんですよね。それに明日が誕生日ですから、おめでとうぐらい受け取っておこうかと。明日にします」

〔あ”っ! 明日! 明日かぁ~!!〕


 無事なことに安堵した風間警部は、これから組長をとっ捕まえて、しっかりお話をするようだ。


「どうかしました?」

〔あ、いや。ちょうどいいテストがあったから、明日やってもらおうかと思ったんだけど、誕生日は嫌だよねぇ?〕

「別にいいですよ。予定もないですし」

〔いいの!? 7歳の誕生日なのに! わかった! テスト祝いも兼ねて、徹お兄ちゃんが美味しいものを食べさせてやろう! 予約するね! バースデーケーキもサプライズに!〕


 一人、盛り上げる風間警部。


「サプライズ言っていいですか?」と通話を、吸血鬼の聴覚で聞き取っている月斗がツッコミ。

 サプライズといえば、用意していそうな人達がいた。


「徹お兄ちゃん、ちょっと待ってね。優先生。明日テストしたあとに、美味しいものを誕生日祝いに食べさせてくれるって。特に予定ないよね? 何かサプライズとか用意してたりする?」

「サプライズ、聞いてしまいますか? いえ……特には用意していませんね」


 と、目を泳がす優先生。

 ……本当に?

 月斗も何か用意しているんじゃないかと目を向けたが、口笛を吹いて誤魔化す。

 ……何?


「藤堂は臨時の引っ越しも付き合うって言ったよね?」

「え、ええ。はい。もちろんです」


 グッと親指を立てる藤堂は読まれないためか、顔を伏せる。

 ……わかりやすく、何か隠しているじゃん。

 記憶喪失を打ち明ける前に、何か計画していたのかな……? それで気まずくて隠している?


「本当に隠してない? 大丈夫?」


 念のために確認したが「大丈夫です」とタイミングの合わない返答を揃ってする不審な三人。

 ……そう、言うなら。予定入れちゃうからね。


 とりあえず、明日は風間警部が話をつけてくれるから、家を出る。


 藤堂に送ってもらい、臨時の住居であるセーフティーハウスを見て、荷物を置いてから、テストを受けにいく予定が組まれた。

 そして、夜は私の誕生日祝い会。予約を捻じ込んでバースデーケーキを用意させると息巻くけど、店側の人迷惑だからやめてあげて?



 

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