♰93 元凶の吸血鬼と対面。
「橘。私の誕生日に何か作るつもりなの?」
誕生日が目前だと知った私は、サプライズパーティーまでする組員が勝手にはしゃいでいることを聞き、厨房に寄って、私の料理担当の橘に直球で尋ねた。
ビクリと固まった橘は、汗ダラダラで情報源の月斗を見た。
おずっと目を背ける月斗。
「悪いけど、外出することにしているから、ごめんね? 作らないで」
「えっ……!」
橘には申し訳ないと謝っておくと、厨房の中もガッシャーンと音が鳴って、それからシーンと作業の音が止んでしまった。
……サプライズパーティーだから、他の組員にも振舞うために張り切るつもりだったのかな。ごめん。
そういうことなので「じゃあ、夕ご飯、待ってるね」と月斗と優先生の手を引いて、部屋に戻った。
優先生に喉を確認されて、また紅茶を飲む。
罵倒のための怒声を上げなかった私を褒め称えてほしいわ。
喉を頑張って守った守った。本当にイラつくクソな父親だったな、組長は。
もう家出を事前報告するノルマはクリアしたので、風間警部に家の用意と転校の準備もお願いしようと電話をかけている最中に、藤堂が珍しいことに断りを入れてから部屋に入った。
いつもノックなしの礼儀知らずなのに。
深刻な雰囲気な藤堂の話を聞くために、一度風間警部との通話を切った。
「――――増谷の奴が、お嬢の記憶を取り戻すために、最も刺激要因となりうる元凶の吸血鬼、ヴァインを引き合わせることを、組長が決断しました」
……はぁ?
月斗は険しい顔を曇らせるし、優先生は軽蔑で顔を思いっきりしかめている。
どこまでクソ野郎になれるか、試してたりする?
「俺も覚悟を決めました。今すぐにでも家を出ることもいいとは思いますが、ここは……乗りませんか? 危険な賭けではありますが、アイツが指一本触れないように、俺が守りますんで」
藤堂は真剣な眼差しで言ってきた。
「危険な家だという証明を機に……家を出る方が、組長も諦めがつくんじゃないでしょうか」
悔しげに顔を歪めても、もう組長の肩を持つ気はないようだ。
何もなければそれでいいが、何かあれば、トラウマの元凶に会わせた組長の非を、再度突きつけて突き放せる、というわけだ。
危険はあれど、護衛の藤堂が守ると意志を固く宣言する。
計画も、簡単なものではあるが、藤堂の腕ならば、と信用は出来ると思えた。
「わかった。藤堂を信じる」
月斗は浮かない顔だが、優先生は渋々ながらも賛成したので、藤堂の案に乗ることにする。
「改めまして……護衛の身でありながら、気付くことが出来ず、申し訳ありませんでしたっ」
グッと泣くのを堪えたような顔を伏せて、土下座する藤堂。
誠意を込めた謝罪。こうやって組長も謝れば変わっていたのかもしれないのに。まぁ、全ては後の祭りだ。
「いいよ。最後まで護衛を頼んだ」
「――――御意」
何かを堪えるように強張って見えた藤堂も、存外何かを抱えているのだろうか。
悪癖も発揮されない真剣な藤堂を無闇にいじることなく、風間警部に電話をかけ直す。
「もしもし。お忙しい中、ごめんなさい、徹警部」
名前呼びでご機嫌取り。
〔徹警部! 舞蝶ちゃんのためならなんのその! 大丈夫?〕
チョロくご機嫌になるけど、真剣に取り組める人だ。
「んー、大丈夫ですが、多分明日明後日にはセーフティーハウスにお邪魔させてもらうかと」
こちらは対処は出来るけど、ある意味ではすぐに家を出ることになったと告げておく。
〔急だね? 何があったの?〕
「単刀直入に言えば、過去の私のトラウマの元凶を会わせて、記憶を取り戻す暴挙に出るそうです」
〔……はぁ〜? 本気でそれで舞蝶ちゃんを取り戻せると?〕
電話越しでも、風間警部が額に手を当てて空を仰ぐ様が、目に見える。
「あ、優先生に電話代わりますね」
手を差す出す優先生がドクターストップをかけるので、電話を代わってもらうことにした。
「お嬢様は情けない父親に現実を付けつけるために長話をしたので、舞蝶お嬢様からのお話はこれくらいにしましょう。ここからは悪いですが、私が代理を務めます。私達も家出宣言をする会話を廊下で聞いていましたが、先に去った後に、増谷がもっと刺激出来るであろう例の吸血鬼に会わせると決めたらしいです。その場で残った藤堂が反対しましたが、組長は決定。お嬢様が記憶を取り戻せば、家を出ないで済むと思っているんですから、浅はかにも程があります」
忌々しそうに吐き捨て、優先生は眼鏡を上げる。
「藤堂はお嬢様に危害を加える可能性があるため、対処をしておくことに決めました。危害を加えるような相手と合わせた判断を下した父親の元にいられないとまた理由を手に入れて、正々堂々と家を出ることにしたというわけです……」
そう優先生が説明してくれている間にタブレットに、今回の利点を箇条書きした。
【トラウマを植え付けた張本人の見定め。危険度の確認。あわよくば返り討ちにして仕返し。危険人物を呼び寄せたということで家出をする正当な理由がまた増える。組員にも、狙われたから家を出たと示せれば、なおよし。そのまま家出も出来るし、後悔もまた上乗せ出来る。キーちゃんの結界が吸血鬼相手にも通用するかのテストのいい機会】
「ただじゃあ転ばない精神の勇ましさよ……」と遠い目をしてしまう藤堂。
【何事も、ただ転ぶだけで済ませてらんないでしょ】と強かな返答をすれば、目を丸めた藤堂は「プッ!」と噴き出した。
「ははっ! こりゃ今のお嬢は別人なほど、強すぎますね、ホント」
と、やっと笑った。
記憶と環境が人格が作るというなら、『雲雀舞蝶』とは、私は別人だろう。
それでも今の私は『雲雀舞蝶』なので、過去の彼女のようには、ただ黙っていない。
軽く荷物をまとめた。急遽、出るための荷物だけ。
残りは、あとで業者に任せてしまおうということにした。
また袖を通してもいない服も、別の部屋に置かれている有り様だ。服は買いすぎたな、と一同で苦笑してしまう。
翌日は、セーフティーハウスの情報をいくつかもらって、物件選びのように三人で意見交換したりしていた。
そして、昨日と同じぐらいの時間帯。
藤堂から電話がかかったスマホも返すタイミングを失ったなぁ、とか思いつつ、出た。
〔奴が来ました。よりにもよって組長がまだなんですが、いかがします? よりやらかしそう感マシマシなんですが……〕
と、苦々しそうな声。
組長が留守な時に狙ってきた? と首を捻る。
「まぁいいよ。藤堂が守ってくれるんでしょ」
〔……かしこまりました。お任せを。じゃあ例の場所で〕
「うん」
椅子から下りて、グッと背伸びをした私に、キーちゃんが巻き付く。そのまま、月斗と優先生と目を合わせて、頷いてから、部屋を出た。
場所は、庭。
月斗の告白を受けたベンチに座って、秋空を眺めた。月斗は念のために影の中に潜んでいる。
出てくるのは、本当に命が危機に瀕した場合に備えてだ。優先生は、縁側の前に立って待機。
彼らには見えなくとも、キーちゃんが私の身体に巻き付くように張り付いている。
そして、藤堂に呼び出しを頼んだ増谷がやってきた。一人の青年を連れて。
半袖が広いジャケットとハイネックニットの長袖という格好の短い髪をツンツン立たせた青年は、ニタリ顔で見下ろすような目で見てくる。
第一印象、
「舞蝶お嬢様。覚えていないかもしれませんが、こちら、自分と同じく二年半前まで、お嬢様の護衛を務めていた吸血鬼のヴァインです」
緊張した面持ちで、増谷は吸血鬼のヴァインを紹介した。
じっと見てくる瞳の中には、瞳孔がひし形。吸血鬼の特徴だ。
「うん。覚えてない」と、きっぱり言う。
予想通り、微動だにしない記憶。
トラウマを植え付けた本人だとしても、刺激すらされない。
明らかに落胆した増谷と違い、「ぷっ! アハハッ!!」と噴き出して笑うヴァイン。牙がよく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます