♰92 俺の正しいことを行動する。(藤堂海空視点)
正義なんて、誰かが決めるもんだ。
何が善で、何が悪。
明確に決まってなんかない。決めるのは、人それぞれ。
俺は、俺の正しいことをしてきた。
それが善だとすることを、肯定して、対立する悪に拳を振るって来た。
ヤンキーだろうが、己の信念を持った家庭に育った俺は、同じく理解出来ない校則は破って、授業も何度もサボって抜け出して、対立する他校の不良と喧嘩三昧。
アイツが仲間に喧嘩を売ったから、同じ高校の生徒に手を出したから。
自分の縄張りで、自分の正しさを肯定して戦ってきた。
裏の者になったきっかけは、高校生の時。
同級生が裏の家の者で、足を突っ込むことになった俺は、『夜光雲組』に行き着いた。
初めて持った銃はしっくりきたし、こっち側もまた肌に合った。
世界規模で、悪と戦う立場にいる優越感が心地いい。
表社会では反社会的と呼ばれても、政府から依頼を受けてシマの人間も、国民も、国も守っている。紛れもない正義だと、胸を張れた。
『夜光雲組』の組長も、当然の如く、尊敬した。
戦いの場でも、一刀両断した姿を目に出来た。
なんてかっけぇー人なんだ。ゾッとするほどの美貌で、禍々しい刀を振るう美丈夫。
そんな憧れの対象に、不幸が起きた。妻を亡くしたのだ。結婚してまだ三年。娘もまだ三歳だ。可哀想に。
まぁ、下っ端な俺が到底関われる人ではないんだが。なんて思っていれば、半年して組員でもないよその吸血鬼が、三歳のお嬢に執着したとかで襲いかかったらしく、護衛が致命傷を負った。
幸い、同じ護衛の吸血鬼が、『血の治療玉』を所持していたために、命を救ったという。なんと不幸続き。
そう思ったが、序章だった。
お嬢が泣き叫んだ。命を取り留めた護衛に怯えて、救った護衛の吸血鬼にも泣き喚いていた。
吸血鬼の奴は笑いながら手を伸ばして、嫌だと叫ぶお嬢に突き動かされて吸血鬼の奴を引き剥がした。
”あんな怯えて、バカみてぇ”と力尽くで引き剥がした吸血鬼は、怯えた少女をおかしそうに笑っていやがった。
心底愉快そうに笑っているコイツがイカれていると理解して、とにかくお嬢から引き剥がした。
お嬢は、トラウマを抱えて吸血鬼嫌いとなり、そして人嫌いにもなった。特に男。
組長すらも受け入れないから、俺達は距離を置いた。あの側付きの策略とも知らず。
あのイカれた吸血鬼は、悪だ。幼い子に恐怖のトラウマを植え付けた。それに便乗して操った側付きも悪だ。
だが、騙されたとはいえ、お嬢を放っておいた俺達だって悪じゃないか? 組長。
お嬢と氷室は、似ている。
同じ天才術式使いだってこともあるし、頭のよさと思考が行き着く先が同じのようだ。
氷室の実家のやり取りの盗聴を聞いて、お嬢とはまた違う家からの仕打ちを受けた氷室に思うところがあった。
幼い頃から苦しんできたが、こうしてキッパリと決別して絶縁まで言い放った氷室を真似してほしくないが、”
冷遇して、虐げておいて、掌返しなんて、聞いているだけのこっちだって虫唾が走るじゃないか。
”今更”。それがこういうことなのだろう。
こっちはもう見切りをつけて背を向けたのに、
組長はまさに
全然、同じではない。氷室家の人間ほど醜いわけじゃないが、それでも組長は……。
組長だって事情がある。組長の心情はわからない。
だが、話している間、お嬢は言い放った。”
組長の心情を知ることを拒んだ。他でもない苦しんだ記憶を失くしたために、冷遇されていたお嬢の心情も想像で語るしかないが、それもお嬢は拒んだ。
どんなことを知ったところで報われない、救われないから、と。
愛していたのは”妻との子”であって一番は”妻だけ”。
だから、自分は見向きもされなかった。冷酷に言い放つお嬢は厳しいとは思った。
組長だって、どんなに傷付いたか。
だが、それが事実だ。
記憶喪失のお嬢がそう思ったのなら、見向きもされなかった冷遇に孤独に耐えていた
ゾッとする。お嬢の方が、傷は深かったはずだ。
今のお嬢はその現実を突き付けて、家を出ることを宣言した。
記憶喪失だからこそ、客観的に自分の心情を見て、状況を見て、結論として父親失格の組長の元から離れる。
”妻との子”がどこかで生きているだけで満足だろう。冷遇されている間だって、放っておいたのだから。
暗にそう言っているお嬢が立ち去って、参っている組長に、それとなくお嬢を見送ることを言おうとした。
その前に、増谷の奴がとんでもないことを言い出した。
トラウマを植え付けた張本人であるイカれた吸血鬼――――ヴァインなら記憶を刺激することが可能なはず、だと。
あのイカれ野郎をお嬢に会わせるだと?
一緒に仕事していたくせにアイツのイカれ具合を理解出来ていない増谷は、引き合わせることを推しやがった。
あの野郎は、本当にイカれていやがるサディストだ! 少なからず護衛を外されたお嬢を逆恨みもしている!
絶対にだめだと反対を言う。
それじゃなくてもお嬢のトラウマをぶり返すなんて行為、いいわけがない!
でも、組長はお嬢の記憶を取り戻して、家出を止めることしか考えていなかった。
いや違うだろおい。そうじゃねぇだろ。
”
冷遇が発覚して、お嬢が家出をすると言い出したことには驚いたし、でもちゃんと組長はお嬢を愛しているから、なんとか家族仲を取り戻してほしかった。
普通思うだろ。幼い娘が父親と仲直りして一緒にいてほしい。
でも、そんな物語のハッピーエンドを願うだけであって、現実は厳しかった。
組長は、謝りもしなかったのだから、当然だ。
放っておいた挙句、冷遇されたことにも気付かず、全て嘘を鵜呑みにして、記憶喪失で初めて目にしたのがワガママな娘を見据えた冷たい眼差しの父親だぞ?
許せという方が無理な話だった。
挙句には、記憶が取り戻せれば、取り乱して泣き喚いてもいいと言うのかよ。ふざけんな。間違っている。
だから、俺は。
俺は正しいと思ったことを、実行に移した。
正直、今すぐにも家を出てもいいとは思うが、自業自得だと思い知らせるには十分だろう。利用すべきだ。
お嬢だって、そう考えてくれるはずだ。
正座をして、俺が話した計画を告げる。
「俺はお嬢の護衛です。――――守りますんで、信じてください」
俺の正義は、このお嬢をお守りすることだ。
例え、組長の意思に反して家出をさせることになっても。
俺はそれが正しいと思って、行動する。
「――――わかった。藤堂を信じる」
青灰色の瞳でじっと見据えるように見つめてきたあと、舞蝶は頷いてくれた。
ホッとしてから、すぐに気を引き締める。
「はいっ」と、力んだ声で頷いた。
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