♰91 「組長。アンタはサイテーなほどの父親失格だ」(親子side)
「き、記憶は」
「蘇らないよ。部屋を見ても、アルバムを見ても、トラウマの元凶の一人である増谷の顔を見ても、なーんも蘇らない。まるで今までの『雲雀舞蝶』を対価に、『私』を『召喚』でもしたみたいだね。生き抜くためにさ」
「――――」
青い顔で言葉を失う。
それほどまで追い込まれていたのではないかという話。
切羽詰まり、絶望していたかもしれない話だ。本当のところは、舞蝶自身にもわからない。
「アンタに愛情があることはわかってる」
その言葉に、ハッとした組長。
でも、希望を与えるような話などではない。
「だからこそ腹立つ」と、憎しみを込めた歪んだ顔を娘に向けられて、冷たさが身体に突き刺さった。
「冷遇はアンタの指示だと思ったこと、言ったよね? でもあの側付きを問い詰めた姿に違うんだって思ったけど……あと、アルバムを見ても、家族愛があることはわかった。和気あいあいとして、幸せだったろうね。『雲雀舞蝶』も。でも、愛していたからこそ、今更すぎるだろ。アンタが不器用だからってなんだ、知るかよ。冷遇されていた『雲雀舞蝶』に、なんの救いになるっていうのさ」
喉を痛めないように淡々と語られるから、深々と、突き刺さっていく。
「その上、一応今日まで待ってあげたけど……アンタ、
「!!」
「少しは誠意を持って謝罪すれば、考えは変わっただろうが――――三年も見放したことを、そばにいてやらなかったことを、一言も謝らなかった。私の最初の記憶は、病室で高熱から目を覚ました私を冷たく見据えたアンタだ。それだけで愛されてないんだって思ったんだから、過去の私だって相当だろうね。なのに、謝罪はなし。一度は食事に付き合ってやったが、謝りもせずに関係を修復しようなんざ……ふざけんじゃねーよ。クソ野郎」
喉を痛めないように。
ただそのためだけに、笑顔で吐き捨てる舞蝶。
愕然とした組長は、己の言動を振り返り、冷え切った思いをする。
「あの側付きに、アンタは”
と、舞蝶は一本指を立てる。
「月斗が目の前で喉を鳴らした時も、”
と、二本の指を立てた。
それがなんだと、わからない青い顔の組長に、舞蝶は呆れた嘲笑いをする。
「”俺と妻の子”。
組長は、凍り付いた。
違うと言いたいのに言えないほどに凍ってしまったようで、首を振るのが、やっとだった。
「結局、アンタが愛していたのは
「っなんてことを!」
「記憶がないからこそ言えることだ。だが、自分の価値は、”
残酷だ。
打ちのめされる。
これ以上に、残酷なことはあるだろうか。
どこまでも、娘に突き放される。
娘との距離が目の前にいるにも関わらず、果てしなく遠い。
「近いうちにこの家から出る。”俺と妻の子”は、どこかで生きているから、お構いなく。月斗は連れていく。あと、元から組員じゃない優先生もついてくれるから。買ってもらったばかりの服も、勿体ないから持っていく」
話は、終盤。舞蝶は、長椅子から下りてしまった。
「ああ、そうだ。誕生日プレゼントは、月斗だから。他は要らない」
振り返って、もう一度念を押す舞蝶。
またもや望まれたことに執着症状が出てしまい、ゴクリと喉を鳴らしてしまう月斗。
聞き取った増谷は、もう我慢ならないと言わんばかりに刀を抜いて、月斗の首に突き付けた。
片手で口を押さえた体勢で、睨み返す月斗。
「お、おいやめろ!」と、藤堂が止めようとした。
「二度目だな」と、舞蝶も声をかける。
「コイツは身の程知らずにもお嬢様に恋慕しては執着症状を出す吸血鬼です! 処罰いたします!」
「誰がそう望んだ? 組長か? なら、先に私を処罰したらどう?」
「「!?」」
舞蝶の発言に、増谷も月斗も驚愕した顔を向けた。
「組長。アンタはサイテーなほどの父親失格だ」
振り返ってまでわざわざ言い放つ舞蝶。組長は凍り付いて動けない。
「はい。身の程知らずにも、家出娘が組長を罵倒したよ? どうする? 組長の臨時の護衛さん」
無邪気ぶって背で腕を組んで笑いかける舞蝶は、スッと真顔に戻る。
「月斗を切る前に私を切りなさい。組長を侮辱した私からな。私を切れないなら、私のモノである月斗を切ろうとするな」
声量を上げてもいない声に気圧される増谷。
鋭い眼差しが、見知らぬ『雲雀舞蝶』のモノで、グッと奥歯を噛み締める。
「刀を退けろ」
すぅ、と冷めた目を細めた舞蝶を見て、「増谷」と藤堂は刀を摘んで退かす。
増谷は、刀を引いて、しまった。
「終わった。モノ呼ばわりして、嫌?」
「っ! 全然! 俺はお嬢のモノです!!」
気を取り直して、月斗の手を取る舞蝶。
ゴックンと、性懲りもなく喉を鳴らす月斗。
「お疲れ様です。喉は? お嬢様」
「しんどい。誕生日、なんで教えてくれなかったの?」
「すみません……説明しますので、今は飴を舐めて口を閉じましょう?」
「ん」
もう片方から氷室は手を繋ぎ、のど飴を口に入れた。
先程の深刻な話などなかったかのように、普段通りの様子で去る三人。
舞蝶が一緒に出ていく二人。
組長は、頭を抱えて震えた。
「……組長」
「…………一体、どうすれば……」
沈痛に俯く組長を、痛ましげに見る増谷と藤堂。
このままでは、娘が出ていく。
何を言ったところで、今の舞蝶には響かないのは、明白。
自業自得だとしても、嫌だ。嫌に決まっている。
それでも、もう送り出すことしかできないのだ。
穏便を望んでいたが、無茶な話。
でもこうなっては仕方ない。
藤堂は、決断を促すことを言おうと口を開こうとしたが、その前に増谷だ。
「……組長。記憶を取り戻せば、変わるのではないでしょうか?」
組長が、ハッとして顔を上げた。
「いや、だから。記憶は思い出せねぇーんだって。家族の思い出が詰まったアルバムだって、記憶の方は無反応だって言うし、トラウマ要因のお前にすら反応なしじゃないか」
「……」
藤堂が記憶を取り戻すことは、無理だということを言っておく。
無用なことをして、舞蝶を刺激してほしくなかったから。
チラリと見ただけの増谷は、組長に続けた。
「せめて、
飛び出た名前に、藤堂の顔が驚愕に歪んだ。
「彼こそがトラウマを植え付けて刺激させてパニックを起こさせました。多少は反応してきっかけになるのでは……最悪、またパニックになるかもしれない不安がありますが……」
険しい顔で言う増谷だが、他に方法が思いつかない。
微動だに記憶が蘇りそうにない舞蝶の記憶を刺激する方法。
「だめだ!!」
藤堂は声を張り上げて、反対した。
「ヴァインはイカれてる! お嬢と会わせるなんて危ない!! アイツはお嬢を傷付けるだけだ!」
「? アイツは確かにトラウマを作った原因だが、傷付けたわけでは」
「故意でトラウマを刺激した野郎だぞ!? てめーはパニックを起こすお嬢に拒まれてショックで立ち尽くしただけだが、俺は泣いているお嬢の声を聞いて笑っているアイツを見た!!」
他でもない、藤堂が引き離した。
ヴァインという名の吸血鬼。
怖い思いをしたばかりの舞蝶に、怯えていても、無遠慮に触れようとした吸血鬼は、愉快そうに笑っていたのだ。
その異常さを、藤堂は目の当たりにした。
「春に会った時も、護衛を外されて、お嬢を恨んでいるみたいな口ぶりだった! 相変わらずヘラヘラしてたが!」
「それは……アイツは減らず口なだけだ」
「ちげぇ! そんなんじゃない!」
わかっていない増谷に、藤堂は苛立ちと焦りにかられて、とにかく阻止を試みた。
「組長! 絶対にヴァインと会わせちゃだめです! お嬢によくない! アイツは危険だ!」
しかし、止めたにもかかわらず、立ち上がった組長は決定を下す。
「ヴァインを呼べ。舞蝶の記憶を呼び戻せないか、試みる」
「組長……!?」
トラウマの要因本人と引き合わせる。
藤堂が危険だと必死に言い募っても。
「だめですって! アイツは危険です! イカれてんですよ! だいたいお嬢がもしパニックを起こしてトラウマをぶり返したらっ!」
「他にどうしろと言うんだ!!」
「っ!」
組長も必死だった。
追い込まれているのだ。
「少しでも、思い出してくれれば……妻との思い出を思い出してくれれば……家を出ないはずだ」
「――――ッ」
記憶を取り戻す。そうすれば、変わるはずなのだ。
母がいた頃の思い出さえあれば、離れがたくなるはずだと。
組長はそう言うと、増谷を連れて部屋をあとにした。
「……ハッ。結局、”
ギシッと軋むほど、拳を固めた藤堂。
「”
その拳を額に押し付けて、グッと堪える。
そして決意した目付きで、歩き始めた。
舞蝶の部屋。
「組長に家を出る旨を伝えました。記憶がないことも、父親失格とも」
〔可愛い声で、知性と気品が溢れ出す口調……素敵すぎる?〕
「聞いてます? 風間警部」
〔え!? 徹くん呼びじゃない!?〕
風間から渡されたデバイスで報告をしていた舞蝶は、直接口を聞いても変わらない彼に、無用なツッコミは入れなかった。
「ということで、話を進めましょう」
「お嬢、失礼します」
そこで藤堂が断りを入れて入室してきた。
一同で驚いてしまう。いつもの藤堂は、ノックもなしに無遠慮に入っていくるのだから。
深刻な雰囲気で視線を足元に落としている藤堂は「一度、電話を切って話を聞いていただきたいのです。風間警部と話すにはそれからがいい報告があります」と頭を下げた。
真剣な雰囲気を見つめてから「すみません。何かあったみたいなので、かけ直します」と舞蝶は電話を切った。
それ見て、藤堂はその場で土下座した。
「止められませんでした、申し訳ございません」
「何」
「……増谷の提案で、あのアホな吸血鬼……トラウマを植え付けたイカれた野郎で、お嬢の記憶を刺激することが決定されてしまいました」
その報告で、三人の顔が不快感に歪むのはしょうがない。
組長が悪手に出たからだ。
失望は失墜する程。
「――――なので、お嬢の護衛責任者として」
強い決意を秘めた眼差しで、ベッド上で片膝を立てた舞蝶に、告げた。
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