♰90 「あなたの知る『雲雀舞蝶』ではありませんから」(親子side)
喉は回復したことを確かめたが、また喉を痛めないように、口を開くことなく、舞蝶は日中を過ごした。
心配しなくとも、ソワソワした藤堂は居座ってきたので、無用な監視は必要なかった。
本日は、試しで通常の『式神』が待機するような場所、異空間に希龍をしまった。
『生きた式神』である希龍にとって、異空間に居続けることは問題ないかのそのテスト。
何度も問いかけても、寝ていたようで、特に不便はないようだ。ちょうどいいので、明日まで異空間に留守番にしようと言うこととなった。
そして、夕方前。
ちょうどおやつの時間が過ぎた頃に、父が帰ってきた知らせが来たので、腰を上げた舞蝶は待ち合わせた部屋に行く。呼び出されたのは、池が見える庭を前にした畳の部屋だ。
「おかえりなさい、組長」
「……ただいま」
少し怪訝な顔をした組長は、元から備えた長椅子に座るように促す。そして、自分も向かい側に座った。
それほど広くない部屋には、父と娘の二人だけ。部屋の襖は開いたまま、月斗と増谷が左右に立っている。見えずとも、藤堂も氷室もいて、部屋の中の会話に耳を傾けた。
「……」
「……」
しばし沈黙。
舞蝶は組長の出方を窺うようにじっと見て、組長は気まずげに視線を泳がして池を見た。
「一体いつになるのかと思った」
「……何がですか?」
「……誕生日プレゼントだ。今年は買ってやれる。今までは、要らないだのと嘘の報告を受けたが……」
「
「……は?」
不思議そうな顔で小首を傾げる舞蝶。
自分の誕生日を知らなかった風の娘が、不可思議でしょうがない組長。
廊下では、マズいと月斗と氷室と藤堂が顔を見合わせた。
まさか、ここでサプライズパーティーを組員が目論んでいる誕生日について触れるとは思わなかったのだ。
だから、記憶喪失である舞蝶に、自分の誕生日を言いそびれた。
部屋の中を振り返っては、不審げに藤堂達を見る増谷。
「7歳、になるんですね。へぇー」と、淡白な反応の舞蝶。
「じゃあ、月斗をください。組長言いましたよね? ”
好都合だと舞蝶は、足を組んではそう笑顔で言った。
誕生日プレゼントに、自分を要求されてしまった月斗は、胸がキュンと締め付けられるわ喉の激しい渇きを覚えてゴクリと鳴らすわで、聞きつけた増谷にギロリと睨みつけられる。
「組員ではないことに……? 何を意味のわからないことを」
どうして吸血鬼をねだる。しかも丸ごと全部。
いくら恩人だとしても好きになりすぎていると男親として嫉妬してしまう組長は腕を組んで、妙な発言について問う。
組員でなくなれば、世話係から外れるというのに。
「私はこの家から出ますので」
「――――!」
言い放たれた言葉に、グッと顔をしかめた。
「舞蝶。いいか。二度とそんなことを言うな。ただでさえ、俺の娘という身分で危うい。護衛が必要なんだ。その上で術式の才能」
「お構いなく。三年前にあの側付きに預けたように、放っておいてくださいよ」
「っ……」
諭すもすげなく冷たく言い放つ舞蝶の言葉に、傷付いたような顔をする。
全くもって腹立つ。何被害者ぶってんだ。
「組長。違和感はないんですか?」
と、苛立ちをグッと隠して笑っておく舞蝶。
「違和感?」
「私と話してて、”
「……思わないが」
「ははっ! 思うべきですよ」
組長の強がりに、舞蝶は笑い飛ばして、足を組み替えた。
「私はあなたの知る『雲雀舞蝶』ではありませんから」
打ち明ける。真実を。
「何を、言う?」と戸惑いつつも、嘘だろ、と組長は問う。
完全に振り返った増谷も、凝視して話を聞く。
月斗達もハラハラしながら、耳を傾けた。
「そもそも組長が知る『雲雀舞蝶』ってどんな子ですか? アルバムの中の子? それとも人嫌いで陰湿な子? 最後に話したのは、いつですか?」
と、バカにする。
「どうして私があなたを”
組んだ膝の上に頬杖をついて、舞蝶は続けた。
「今までの『雲雀舞蝶』が、
本当になんと呼んだか、知らない。
「お父さん? お父様? それともパパ?」
「一体なんの話をしているんだっ!」
とんでもない話をしているのに、笑う舞蝶に、思わず声を上げて立ち上がってしまった組長。
「私は高熱で寝込んだ辺りから、記憶喪失だって話をしてます。今までの『雲雀舞蝶』としての思い出が、丸ごと全部失くしました」
組長を真顔で見上げて、冷静に冷酷に、舞蝶は告げた。
ヒュッと息を呑んだ組長は、よろけて、長椅子にぶつかり、そのままストンと腰を戻す。
「だから驚きましたよ。ヤクザのご令嬢ってこんな冷遇を受ける過酷な身分なのかなって。入院中は普通に接してくれた優先生が恋しくなって、倒れてやろうかと思いもしました。厨房に忍び込む前に月斗に会えてラッキーでした。月斗がいなければ、とてもじゃないですが、こんな家なんかで生きていけませんでした」
軽蔑を込めた声を放つ舞蝶。
声を荒げることもなく、声量も大きくはないのに、静かな部屋に強く響く。
「記憶がまっさらなおかげで、冷遇される元凶のトラウマに毒されることなく、助けをもらえたし、冷遇の主犯と実行犯の証拠も押さえられたけれどね。あの証拠。正直、すでに会ってた風間警部のところに持っていって助けてもらうつもりだったんです。その時点で、もう公安に保護を求める気でいました。証拠があるなら、声も出せない少女を放っておかないでしょ? 風間警部は、特に」
組長の顔は、血の気が引く。
それを見て舞蝶は嘲笑うように、軽く鼻で笑う。
「結局、公安に保護されることが最適。公安に行きますので、お構いなく」
以上、と言わんばかりの舞蝶にワナワナと震わせた唇を動かす組長。
「な、何故、黙っていた……?」
何故今まで黙っていたのか。当然の問いに平然と答える。
「最初は状況把握のためにも、声も出ないから黙っていただけです。自分が誰かわからなくとも、自分は可愛いんですから、安全第一にもなるでしょ? 記憶がないだなんて冷遇する使用人に言ったら、何を吹き込まれたか。誰が味方かわからないのに、そうベラベラ話せないでしょ。ちなみに、会合の翌日の夜、増谷が来たタイミングで、月斗達にもやっと打ち明けました。流石に口を開けばバレると思って。特に最後に、
チラリと、こちらを信じられないと驚愕した顔で見てくる増谷を見てから、舞蝶は見下す笑みを組長に向けた。
「組長とは話してもわからないって思ってはいました。なんせろくに交流をしなかった娘です。どんな口調になっても、わからないんだろうとは思ってましたよ。違和感すら、長い間接しなかったせいに出来ますからね」
「ちがっ、それはっ」
「言い訳すんなよ、みっともない」
「っ」
ピシャリと舞蝶が言い放てば、組長はビクリと身体を強張らせた。
軽蔑の眼差しは、真っすぐに射貫くように見据えてくる。
「冷遇の件のせいにして、娘を放っておいた免罪符にするのやめろ」
言いながら、持参してきた魔法瓶で紅茶を飲んで喉を潤す舞蝶。
「あの側付きに丸投げした時から何も変わってないでしょ。アンタは、『雲雀舞蝶』を見捨てたままだ」
「見捨ててなど」
「じゃあ、なんで微塵も気付かなかったのさ? 暗い顔で家にいた娘を気にかけて話もしなかったんでしょ? 気にかけていれば、気付いたはず」
「だ、だから、それは」
「私をこれ以上キレさせないでくれる? 喉を痛めるような声を出すなって、主治医に言われているから」
言い訳を聞いてくれない舞蝶に、組長はひたすら焦る。
だが、言い合って、また舞蝶が噎せて呼吸困難にでもなっては、恐ろしいと口を噤んでしまう。
「アンタがどれほどつらかったとか、どうでもいいんだよ。こちとら、
なんて笑顔で突き放す舞蝶は、また紅茶を飲んだ。
「愛妻を亡くしたアンタは、大人であり父親であり、残された娘を守るべき立場だったのに、放棄した。それが事実だ。母親を失った上に、父親には背を向けられて、トラウマ級の怖い思いをして、冷遇された娘はどんだけつらかったんだろうね? まぁ知ったこっちゃないよね。もう、その記憶もないんだからさ」
冷酷に、冷たく笑って告げた。
組長の喉が、ヒュッと音を鳴らす。
組長がどれほど苦しんでいたとしても、
だが、
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