♰95 7歳の誕生日とテストのお時間。
朝。
朝食に小さなホールケーキを持ってきてくれた橘は、他の料理人も連れていて「お誕生日おめでとうございます。お嬢!」と七本のろうそくに火をつけて、差し出してきた。
バースデーケーキ。
ろうそくにフーとか。前世三十路オタクには、とても遠い過去である。
フーッと、一息で頑張って吹き消して「ありがとう」と笑顔を見せておく。
パチパチと拍手されるんだから、恥ずかしいよね。
ケーキは優先生に受け取ってもらい、私は用意しておいた橘と料理人一同の手紙を渡す。
「え!? お、お手紙ですかい!?」
「うん。橘と、他の料理人に」
最初で最後である。
内容は、お世話になったお礼。料理人達には、美味しいハヤシライスをありがとうと子どもらしい字で書いてやった。
あとで、多分朝食の片付け終わり辺りで読んだ橘は、手紙の最後のところに、家出の報告を知るんだろうなぁ。その前に、私はおさらばするけどね!
イチゴのケーキ。うまうま。
「舞蝶お嬢。7歳の誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう。13歳差だね」
「ンンッ!!」
何故撃沈するんだい、月斗。意識しすぎでしょ。
そういうものかね、健気な純愛ヤンデレ吸血鬼は。
自爆している月斗を呆れた目で見る優先生も「……おめでとうございます。舞蝶お嬢様」と言ってくれたので「寝起きの時も言ってくれたのに。ありがとう」と、笑みを交わし合う。
さてと。家出家出。
誕生日に家出とは、ちょうどいいね。
話はついたそうで、組長は止めないことを苦しげに承諾したそうだ。
よって、今日は朝早くから出ていってしまい、不在。
いない方がいいだろ。どうせ互いに嫌な思いするだけだしね。
荷物は昨日のうちに藤堂の部下が一つずつ運んで、すでにリムジンに積んだ。
ので、ほぼ手ぶら状態で、平然な顔をして家を出ればよかったんだけれども。
本日の主役、お誕生日ガール。
「「「お誕生日おめでとうございます! お嬢!!」」」と廊下の脇に寄って頭を深々と下げる組員達。
野太い声を轟かせる? 普通の7歳女児なら泣くけど?
ちょっと自然と家を抜け出すとか、無理だった。
「お前ら。昨日の騒動知ってるか?」と、藤堂が尋ねる。
その手の情報が入って来ないのだ。
「え? あー、あの地方のヴァインでしょ? とりあえず、別邸に閉じ込められて処罰待ちらしいですよ」
「増谷は憔悴してましたけど、組長の護衛で朝から出かけちまいました」とのこと。
まだ明確な処罰をすることなく軟禁だけ?
ケッ。よほど重要な仕事があるんですね、はいはい。
冷たい目をしていると気付いて、藤堂がビクッと肩を震え上がらせたが、気に留めずに家を出た。
合流場所で、風間警部と会う。
「ハッピーバースデー!! 舞蝶ちゃーん!」
車二台で待ち構えていた風間警部は、花束を持っていた。笑顔でしゃがんで花束を渡してくれる。
「ありがとう。……花、キーちゃんが食べてもいい?」
「全然いいよ。むしろ、食べると思って花束にした。新鮮だからどーぞ」
ルンルンなキーちゃんが、尻尾を振るので、一輪差し出して食べさせてあげた。
せっせと車に乗せられる私達の荷物。終わったところで、月斗に花束を持ってもらい、藤堂に手紙を差し出した。
「はい。お世話になったお礼のお手紙。ありがとうございましたって、部下の人達にも言っておいてね」
「あー、はい。……お、入院してる奴にまで、目を疑っちゃうじゃないですか?」
微妙な反応で受け取った藤堂は、部下用の手紙を部下達に渡した。
名前を覚えている相手には名前を書いたけれど、あとは”今までありがとう”の手紙をまとめて一枚に書かせてもらった。
最初の『負の領域結界』の奇襲で負傷した部下にも、”頑張ってありがとう”って書いた。
その場でぺこぺこする護衛組員の諸君。苦しゅうない。
「……もしかして、ここで俺と、はいさよならする気で?」
と、微妙な反応の藤堂。
「え? 当然でしょ。バイバイ。アリガトウ。サヨナラ」
「棒読み!」
わからないな、と首を傾げてしまう。まだついてくる気なの?
『夜光雲組』の組員に知られたくないから、公安にお迎えを頼んだんだが? そこんところわかってるよね? だから荷物移したんだからわかってるよね?
「いいですか? 俺はお嬢の護衛です! あ、お前ら、もう帰っていいから」
しっしっと追い払う藤堂。その部下も私の護衛だけど?
「つまり、ここではいさよならしたら……暇なんですよ?」
深刻な風に言い放つ藤堂を、しらけた目で見る。
「なんで? 遊び相手なら山ほどいるくせに……むしろ今遊ぶ時の相手では?」
セフレがたくさんいるくせに暇だからくるとか。
「なんでそう思ってるんですか!? やめてくださいよ! 違います! お嬢の誕生日ですよ!?」
「逆に、だからこそ要らない……」と、ぼそっと呟く。
「コラ! 聞こえてんぞお嬢!! そんなこと言っちゃいけません!!」
「身も心も綺麗にして出直して? ね?」
と、上目遣いで言っておく。
「そんな宥め方あります? 大人に向かって、7歳が……」と、藤堂はわなないた。
……ん?
珍しい。優先生が便乗して、藤堂を罵らない?
「はーい。外も肌寒くなったし、一時的な住処にご案内しまーす!」
肩を掴んで風間警部が、急かしてきた。
そういうことで、白のSUVに乗せてもらい、一時的に住むセーフティーハウスへ送ってもらった。
セーフティーハウスは、高級マンションの三階の部屋だった。家具はすでにあり、リビングがこれまたセレブっぽい広々とした一室だ。他に四つの部屋があって、内二つにはクローゼット付き。もちろんベッドもあり。
「いい家が見付かるまでは、ここでいいと思うけど、どうかな?」
案内してくれた風間警部に、実物もいいと頷いておいた。
荷物も軽くほどいておく。まぁ、日用品を、優先生と藤堂が設置してくれた程度だけどね。
「さて。テストのお時間ですよ」
先にタブレットで情報を提示してくれる風間警部。
とある廃墟の倉庫にグールがいる可能性があるという。そこそこ広い倉庫なので、内装をよく頭に入れておく。
「立ち入りを禁止しているから被害者は出てないよ。テストに最適だと思って確保したんだ。前に言った通り、月斗と氷室は実力はわかっているけれど、問題は舞蝶ちゃんの方ね。相手はグールだから俺としてはちゃんとヘッドショットを華麗に決めてほしい。術式による検証は後々。このテストは必要最低限の戦闘は可能だって示すことが目的だ。年齢も考慮して、月斗と氷室も同行するけど、トドメは必ず舞蝶ちゃんじゃないとだめだ。アドバイスも援護も、オッケーだけど、この弾丸でグールを仕留めること」
説明しながら、風間警部は懐から、コンパクトサイズのオートマ銃を出して渡してくれた。
「あ~あ!」と、嘆きの声を出す藤堂。
「え? 何?」と、キョトンとする風間警部。
「いえ、別に……お嬢の無限武器召喚のレパートリーが増えたなーと思ってぇー」
遠くを見つめる藤堂。
「何その投げやりな声……無限武器召喚って何?」
「わりとそのままの意味ですね」
代わりに答える優先生。
「無限武器召喚……? ハッ! 嘘! 持ったことのある銃を、無制限に召喚出来ちゃうの!?」
ギョッとする風間警部。
話している間に、弾を数えるために弾倉を確認して撃針も問題ないと確認して握りを確かめていた私は、もう片手に同じその銃を創造した。風間警部は絶句して震えた。
「あげる♡」とコピーした方を渡す。
欲しいのは弾丸の残りだから、弾丸がある方を使わないと。
私がコピーしたら、弾丸はなしで、すでに気力が目に見えない形で弾丸になっているもの。
「ありがとう! もらっちゃった!! う、嘘だろ! えええ? なんで? 本物と変わらない! 弾は?」
興奮状態で銃を調べる風間警部。弾が入っていないことに気付く。
「気力でもうこもってますが、満杯の状態で、使い切れば消える仕様です」とまた代わりに答える優先生。
「すごっ! 使いきりでも、すご! ええっ。何それ……それで無限に出せちゃうの? 気力がある限り? つえええぇえ!!」
私に聞いて、また興奮でうずうずと震える風間警部。
彼も彼で、別枠で天才術式使いだったりする。興味を示してやってみたら、術式が使えちゃったタイプ。
それもちょっとかじった程度で、かなり強力な術式も使えたりするから、一目置かれる存在になったのだとか。優先生情報。
まぁ、中にはそんな経緯で、術式が使える人もいるわけだ。
「俺、この銃、大切にする……」
大事に胸に抱く刑事がここにいる。
「使いきりですって。そんなのいつまでも持ち歩くつもりですか?」と呆れる藤堂。
「お守り。……と言えばさ、三人とも右手首に同じリボンつけてるけど、何かのジンクス? ただの仲良しか?」
「ご冗談を。藤堂は返却しないんですよ。まったく」
優先生と月斗と藤堂。私の術式道具のお守りである。
右手首のリボンを隠す藤堂を見て、ポムと掌に拳を置いた優先生は藤堂を指差して「彼の頭を狙って一発撃ってみてください。当たりませんので」「やめろやそこの鬼畜ドクター!!」いい笑顔でヘッドショットを促すから、藤堂は全力で止めた。
「お嬢が防御の結界を発動させる術式道具を作ってくれたんですよ」と、月斗は二人を置いといて説明した。
「ええ! 何そのお守り、めちゃくちゃほしい! ハッ! いやいやだめだ。今日は舞蝶ちゃんの誕生日だ。そう誕生日なんだから、舞蝶ちゃんにいっぱいあげなきゃ」
「? 私だって、誕生日だから、いっぱい感謝を伝えたいですよ? 私が生きていられるのは、ここにいる人達のおかげだもの」
「んぐぁああっ! 素晴らしいほどにいい子!! 素晴らしくくぁあわいい! もう生きていてくれてありがとう。お兄ちゃん、いっぱい買ってあげるから。欲しい物言ってね? 買い物行こう。グールにヘッドショットして、すぐ買い物行こう」
両手をしっかり握ってくる風間警部。またもやお一人で盛り上がる。
「お兄ちゃんって……年齢差的にはもうおじさんで、ン”ンンッ!!」
藤堂がおじさんじゃないかと言いかけたが、ギロリと風間警部に睨まれて、慌てて咳払い。
「さぁあ! 行きましょう!」と、厚かましくどこまでもついてくる藤堂が先導した。
というか、本当にヘッドショットされる前に逃亡した。
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