♰96 ヴァインの報復。(+藤堂side)



 念のために渡された通信機にワクワク。


「この前は舞蝶ちゃんはつけられなかったけど、今日は声も出せるからね。舞蝶ちゃんの声が聞ける。いっぱい報告していいよ」


 デレデレな風間警部。

 声を聞きたがりすぎだと思う。


「だめですよ。まだ完治ではないんで、こう見えて大声も出せないですよ」


 苦情がてら釘を刺す優先生。

 めっちゃ過保護に、私の通信機の正常作動を確認する。


「おい、月斗。ちょっと影繋げとけよ。念のため」

「えー。マジですかー。まぁ、念のためなら」


 藤堂が、横暴に月斗に能力を使わせた。


 倉庫の中に入るのは、私と月斗と優先生。

 外には、風間警部と図々しくついてきた藤堂。周囲には見張りがてらの公安の人間が待機しているとか。


 必要はないと思うけど、念には念で、また私達四人の影を繋げて、月斗が声を繋げられるようにした。

 声を響かせなくとも、無線機式の通信機で聞けるだろうけど。


「いってきます」と、中に向かう。


「いってらっしゃーい、舞蝶ちゃん!」

「いいヘッドショットを期待してますぜ」


 何、いいヘッドショットを期待って。

 広くて大きな箱が、あちらこちら無造作に置いてあり、埃をかぶった薄暗い倉庫。

 日中だから、まだガラス窓から明かりが差し込むので、見えなくもない。

 普通ならホラゲーの如く探索をして、チュートリアルさながらの手探りに戦う! みたいなのが定石かもしれないけど。


「あ、いましたね。右行って真っすぐのところ。んー。ソイツ一体だけですね」と月斗。


 ここに聴覚、嗅覚に優れた吸血鬼がいるので、動くものの索敵はヌルゲーです。


「後ろは任せてください」と、後ろを気にしなくていいから、ヘッドショットを笑顔で促す優先生。


 早く済ませて買い物で、何を買う気なんだろうか。


 初仕事。ヌルゲーです。誕生日だしね。まぁいいか。


 グールという怪物がいると聞いて、もしかしたらこれと戦うサバイバルな人生もあるのか! とか思ったけど、グールなんてザコでした。

 グワァーと、こちらに気付いて向かってきたところを、額を一発撃って仕留めた。


「一体仕留めました。月斗はもういないと言うんですけど、念のために探すべきですか?」

〔オッケー! 早い! 流石! じゃ〕


 。そこで途切れてしまった。


「? 風間警部?」


 グールのものらしい上着を、床から拾った月斗が問う。


 なんだろう。ざわっとする。

 息が苦しい感じがするんだけど、何これ。何かに閉じ込められたような……。

 そこで思い出す。


 『負の領域結界』に閉じ込められた時と似ている! !?


 優先生に言おうとしたが、振り返った時には優先生はねじ伏せられていて、ヴァインが鞘に入ったままの短刀を私に振り下ろしていた。凶悪な笑みを浮かべて――――。


 ガツンと大きな衝撃を受けた私は、




 ●●●藤堂side●●●




 倉庫前の駐車場で、車を背にして、藤堂は手紙を読んでいた。

 舞蝶からの別れの手紙。


? 別れの手紙なんてもらっちゃって」

「羨ましいんでしょ?」

「別れの手紙なんて、悲しくて嫌だな」

「悪口並べられていると思いましたが、かなり素直に可愛いこと書いてくれていますよ。感謝が一杯」

「何それ、欲しい、もらう」


 風間が見ようと手を伸ばすが、藤堂は避けて大事に胸にしまった。


「手紙では素直で可愛いんですねぇ。正直、罵詈雑言を想像したんですけどね」

「日頃の行いの自覚あるんだね」

「え? 俺が何したって言うんですか?」

「そういうところだよね」


 だから、暇だからとついてくる藤堂を邪険に扱ったのである。


 と、そこで、パンッと小さな破裂音が響いた。


 舞蝶が仕留めた音。すぐに通信機で連絡も来た。


「オッケー! 早い! 流石! じゃ」「あ、念のために一周して……舞蝶ちゃん? え? 月斗? 氷室?」


 切れた音が気になって確認するが、音がしない。返事もなかった。


「? おーい、月斗? 通信機が壊れたみたいだが、そっち聞こえてるよな?」


 不審になって、藤堂も繋がっているはずの影を、タンタンと靴の裏で叩いて話しかけた。

 月斗なら聞こえているはずだが、返事はない。無音。


「俺、入ります」

「待て!」


 銃を取り出して乗り込もうとした藤堂に、腕を伸ばして止めた風間は建物を凝視する。

 よく目を凝らして、それが見えると息を呑んだ。

 薄い濁った水色のベール。


「領域結界だ! 閉じ込められてる!! 相手に心当たりは!?」

「この前の残党! いやいないんだったな! ……っ! そうだ! ヴァインだ! ヴァインの野郎! アイツの部下に特殊な術式使いがいるって、前に知りました!!」

「はぁ!? まさか舞蝶ちゃんに報復!? 何やってんだよ『夜光雲組』!!」


 二人して銃を構えて、周囲の警戒をした。


「だいたい、撃ったのはお前のはずだろ!」


 風間が言うが、ギリッと歯を噛み締めた藤堂は「致命傷をっ、お嬢も撃ったんです! あの野郎っ! 俺だけ狙えばいいのに!!」と悔しげに吐き捨てた。


「風間警部。アンタ、これ解けないんですか?」

「迂闊に触れるなよ? 特殊な術式ってのは、ホント特殊だから何があるかわかりゃしない。お前への報復に何か仕掛けてるかもしれないからな。とにかく俺達は、周囲の敵を見付けることだ。ヴァインっていう吸血鬼の情報寄越せ」


 無理だ。それに迂闊に乗り込むことも敵わない。

 忌々しいと顔を歪める藤堂は、銃を握り締める手を震わせた。


「落ち着け、藤堂。相手に希龍がいるわけでもないんだし、月斗もいりゃあ負けやしないだろ。それに舞蝶ちゃんのお守りもあるんだ」


 肩を掴んで、風間は宥める。


「……

「え?」

「お嬢自身は身につけてないんですよ……防御のお守り。俺達三人にしか作りませんでした。……一度切りの絶対防御を……俺が渡しておくんだった」


 自分の右手首に巻かれたリボンを、上から握り締める藤堂。


……クソッ! どうなってやがるんだ、中は! お嬢!!」


 声を上げてしまう藤堂。返事はない。


「『領域結界』は、一種の異空間のことだ。外からの声は聞こえないし、中からの声も聞こえない。何が起きているか、わからないな……。この距離なら、希龍が鳴けば一発なのに……何故鳴かない?」


 鳴かない理由は、一つ。


 舞蝶の身に何かが起こり、希龍が鳴けない状態になっているか。


 二人は、一度黙り込んだ。周囲に敵の気配はない。


 怒りで、藤堂は目の前が真っ赤になる。


 あの吸血鬼を昨日仕留めてしまえばよかった。

 あのイカれたサディスト。


 そこまで考えて、思い出す。


「そうだ! あのイカレ野郎! 思いっきり暴れたいからって領域結界を張らせて、外部も内部も、遮断するのを複数人でやらせてるって!」

「よし! それなら、外部にも術者がいる! 解かせるために、捕まえるぞ!」

「はいっ!!」


 逸る気持ちで、藤堂は駆け出した。




 通信機が途切れた直後。

 ほぼ同時に、領域結界内に閉じ込められたと気付いた舞蝶と優だが、優はその瞬間に怪力によって床にねじ伏せられた。

 反応が遅れた月斗の前で、舞蝶は殴り飛ばされた。


「お嬢ッ!!」


 駆け寄ろうとした月斗の腹に、グサリと短刀が深く突き刺さっては、グッと捻じられる。


「よぉ。お前が後釜で護衛やってる吸血鬼か? 子守りは楽しいか?」


 場違いなほど不敵に笑いかけるヴァインを、痛みで顔を歪めながら、睨みつけて、ヴァインをしっかりと掴んだ。


「(希龍が消えた! つまりお嬢がっ……気絶してる!!)」


 さっきまで自分の周りを浮遊していた希龍が、跡形もなく消えた。

 術者の気絶は『式神』が消える要因だ。それほどの重傷を負った。

 現に舞蝶は床に倒れたまま動かない。目に見えるほどに出血をしていて、匂いが鼻に届く。


 その月斗が、ヴァインを掴んでいる隙に、先程床にねじ伏せられた優が駆け寄る。


「お嬢様! 舞蝶お嬢様!!」


 迂闊に動かすことなく、怪我の確認をするために髪を退かす優。

 呼吸はしているが意識がない。脳震盪であり、出血も酷い。


「月斗! ソイツを殺して構いません! あなたの血をください! 『血の治癒玉』を作ります!!」

「!」


 『血の治癒玉』は、許可を得た者にしか、作れない治癒薬だ。

 通常なら、犯罪ものだが、優達は最早公安の人間。即席の治癒薬が必要だったと、風間が上になんとか言ってくれるだろう。吸血鬼もいる。作れる人材もいる。

 治癒薬の研究をしていた優には、容易い。


 今すぐにでも舞蝶には必要な状態だということで、月斗は目の前のヴァインを倒そうと思ったのだが、ズグリと短刀が突き刺さったところから、痛みが広がり、ガクリと膝をつく羽目となる。


「あー、コイツの血を使うのはやめた方がいいぜ? 今コイツ、


 短刀を引き抜いたヴァインは、嘲た。

 月斗の血管が紫色に光り、顔色も悪く、苦しげに呻く。


「術式の毒っ……!」

「ご明察。短剣に、吸血鬼相手に使える一度だけの術式をかけておいたんだ。お前みたいに、お嬢に執着する吸血鬼を、また相手する時のためにってな!」

「月斗!」


 容易く、蹴り倒された月斗。

 吸血鬼の怪力も封じれる苦痛の猛毒だと、安易に想像出来る。

 これでは、月斗の血で『血の治癒玉』が作れないと、舞蝶の応急処置を始める優。


「『血の治癒玉』ならあるぜ。ほら」


 ヴァインは、赤い玉を摘まんで見せた。


「何……!?」と、驚愕する優。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る