♰97 華麗に舞う蝶のために。(優side)



 二年半前にも、ヴァインは『血の治癒玉』を使っている。

 それは『夜光雲組』の娘のために、一度だけ許可が下りて、持たされたもの。

 だから、今何故ヴァインが持っているのか、解せなかった。


「おれの部下が作ってくれたんだよ。おれの血で。ちぃーとばっかし、アレンジ入りでな」


 ニヤリと言うヴァインを、そういうことかと睨みつける優。


。何を仕込んだ? お嬢様に何を盛るつもりだ?」

「はぁ? ちょっと昨日のこと帳消しにしてもらうために助けたことにしてもらうだけだし。そこのグールに、お前らがやられたことに。あーいや、違うな。コイツがいい。またもや執着した吸血鬼が暴走して襲ったことでアンタは殺されて、お嬢も重傷だったところ、おれが颯爽と助けて『血の治癒玉』を使った。使うしかなかったってことで」


 ヴァインに踏み潰されて、毒の痛みに耐えながら「てめぇっ」と唸る月斗。


「大丈夫大丈夫。使って最初に聞いたことを信じるっていう暗示を入れただけだ。頭打って記憶が戻ってれば、万事解決だなぁ」

「そんなことの、ためにっ、ざけんな」

「あ? いやいや、死活問題だし、治せりゃいいじゃん。お前らは邪魔だから殺すけど」

「(!? ふざけやがってイカれやろうがっ!!)」


 怒りで能力を発動させようとしたが、異変に気付く。


「ん? 能力でも使おうとしたか? ざーんねん。おれと違って、能力持ちなんだろ? 何かは知らねーが、吸血鬼の力は弱まっているから、使えねーよ」


 ベーと赤い舌を出すヴァインに、何もかも封じされてしまっている月斗。


「(クソがっ! クソがっ! クソが!! お嬢を守れずに、このザマっ!)」


 怒りが沸騰した月斗は、毒の痛みに耐えながらも、能力で反撃を試みようとしたが、ハッとする。


「お嬢ッ!!!」


 同じく倒れている舞蝶と目が合ったのだ。舞蝶の意識が戻った。泣きたいくらい嬉しい。


「お嬢様! 急に動かないでください! 頭を打っています、出血も酷いです」

「 ぃ、いた、い……ん 」


 か細くも声を出す舞蝶。状態は思わしくない。

 瞼はまた落ちそうになっているし、痛みで身体が小さく痙攣している。マズイ。


「 ……つき、と 」

「お嬢っ!」


 名前を呼ばれて、泣きそうになりながら起き上がろうとする月斗は、這ってでもそばに行きたかった。

 だが、踏み潰されて、それは叶わない。


「 ど、したの…… 」

「術式の毒にやられて、吸血鬼の能力をほぼ奪われた状態です……」

「 …… 」



 どく、と口を動かしたが、舞蝶は声が出せなくなっていた。

 この状況を切り抜けるには……。


「……舞蝶お嬢様。なるべく、意識を保ってください。必ず、お救いいたしますので」


 優は微笑んで安心させたかったが、こちらの方をまともに見上げられない舞蝶には、頷きもかろうじてしているような有り様だ。


 崇拝する舞蝶に、なんてことを。


 銀のフレーム眼鏡の奥で冷たい眼光を、ヴァインに向けた。


「月斗。ソイツを退かしてやりますから、お嬢様の止血をしてください」

「はい!」

「悪いですが、あなたの方にその得体の知れない『血の治癒玉』を使って解毒し、あなたの血で『血の治癒玉』を作ってお嬢様に使います。奴の『血の治癒玉』に他に何があるかわかったものではありませんし、奴の血が使われてはお嬢様も虫唾が走るでしょう」

「わかりました! 大賛成です!」


 ヴァインの『血の治癒玉』に仕込まれたものが、舞蝶に作用してほしくない。

 二人の意見は一致しているし、月斗も舞蝶が救えるなら、何を受けようとも構わない。


「ハンッ! バッカじゃねーの? 素直に自分達の命差し出して、小さな尊い命を救ってやれよ」


 自分で追い込んでおいて嘲笑うヴァインに。


 ――氷の塊が三方向から迫り、爆ぜた。袖が凍りつく。

 冷たい爆発に悶えている間に、踏み潰していた月斗がいなくなっていた。


「ここを押さえてください」

「はいっ。お嬢。お嬢? 頑張ってくださいね。優先生が治してくれますよ」

「 ……ん 」


 いつの間に。


 月斗は毒の痛みも堪えて、最速で舞蝶の元にいた。優から正しい止血の仕方も教わり、明るく笑いかける。

 小さな返事に救われるのは、月斗だ。安堵は胸の中に広がるが、痛ましい。鼻に届く血の香りが、彼女が傷付いている証拠だと否応なしに突き付けられて、噎せそうだ。


「その『血の治癒玉』を、差し出してしてください。どうせ大人しく渡さないでしょうから、力尽くで奪います」


 歩む優の背に大きなカマを持った巨大な骨の右手を『召喚』された。


「ちっ。天才術式使い氷室優……てめぇが出るとはなぁ。計算通りにいかねぇ。ホント。お嬢ってなんでこう計画を狂わせやがるんだよ、クソ。、お嬢め」


 頭をガシガシと掻いて、忌々しそうに吐き捨てるヴァイン。


 その様子を見て「(コイツ……やはり――)」と、眼鏡の奥で一度は目を見開いたが、目を細める優。


「おい。『完全召喚』はどうした? 見せろや! 『最強の式神』!」


 二つの短刀を振り下ろして飛びかかってきた吸血鬼のスピードと怪力に気圧されつつも、カマが反応してくれたおかげで、弾き返してくれた。


「(『完全召喚』出来るのは、私が敬愛するお嬢様だっ。そのお嬢様を)」


――落ち着け。


 ピタリと固まる優は、目を丸める。言葉が聞こえた。

 否、届いた。響いたのだ。繋がりから伝わってきた。

 曖昧な感情が形になって、言葉のように伝わったような朧げな形。


――


 それがカマの主、氷平だとわかって、こんな状況で笑いそうになる。

 喜ばさないでほしい。こんな風にあなたの声で聞こえてしまうなんて。喜んでいい場合ではないのに。


――あの子なら大丈夫だ。大丈夫にするぞ。あの子のためだ。


 氷平から伝わるのは、舞蝶のこと。

 大丈夫。あの子のために戦おう。そう伝えてくる氷平に、優は意志を燃え上がらせた。


 そうだ。彼女のために。


「っ! でっけー、骸骨だなおい!」と、ヴァインが顔を強張らせる。


 優の背に、闇から大きな頭蓋骨が出てきたからだ。


「『最強の式神』も、怒っていますので……さっさと渡してください。そのあとにいたぶってもらえるでしょうからね」

? ぶあっかじゃねーの! ただの人形武器だろうが、『式神』なんて!」

「理解出来ないなら、無駄口叩くな」

「っ!」


 優の一振りで、氷柱がミサイルのように放たれて爆ぜる。

 それを術式道具で相殺するヴァインは、スピードを活かして逃げる。


「ずいぶんと術式道具をお持ちのようで」

「アンタ対策にな! まったく! ひらひら舞って、希少なの惹き付けやがって! 誑かすのが上手なお嬢だよな!?」


 後ろに回って短刀で攻撃しようとしたが、ズザザザと氷の氷柱が床を生えて迫ってきたために、一旦引くことにしたヴァイン。


「お前……本当に」と、呟く優の言葉の続きを聞くことはなかった。


 後退したヴァインに、カマは迫っていたからだ。

 ガキンッと重たい刃がぶつかり合う音が響く。

 ガチンッ。ガキンッ。それだけでも押されていたヴァインだったが、横から氷の塊が飛ばされて、爆撃を受ける。


「ッ!!」


 反撃で両刀でカマを押し退けて、優の方へこちらも爆撃を飛ばした。しかし、氷の壁が立ちはだかり、優を無傷で守った。


「おいおいッ! 『最強の式神』を『召喚』してるのに! 両立で防御!? 天才にもほどがあるだろ!」


 文句を叫ぶヴァイン。砕け散った壁の前で、呆れた息を吐いた。


「いいえ? 私は防御に徹して、『最強の式神』が先程からあなたを追い詰めているだけですよ」


 しれっと教えてやる。


「はぁ!? 自我があるみたいに言いやがって」と、ヴァインがそう言い返すことくらいわかっていた。


「この領域結界。音も連絡も遮断しているようですね。作っているのは何人です? 四人? 五人? 部下でも連れてきたのですか?」と、優は情報を得ようと探る。


「さーな? それくらいじゃねーの? ゆーしゅーな術式使いの部下を持っててね」と、のらりかわすヴァイン。


「その部下が持てたのも、左遷のおかげでは? 左遷先では大層大きな顔が出来たというのに、それを棒に振って、ご愁傷様です」

「……あ? お前、このまま勝てる気でいるのかよ? てめーが降参しなきゃ、可愛い可愛いお嬢が死ぬんだぜ? いいのかよ?」


 顔を歪めてしかめたが、傲慢に笑って脅迫したヴァイン。


 次に瞬間。



 



 と可愛らしき鳴き声が聞こえてみれば、舞蝶の真上に漂う白い龍。

 ポッと光る白い光りが舞蝶と月斗を、一瞬覆い隠した。


「なんだ!? 今の龍みてぇな『式神』! いつ『召喚』した!?」


 ヴァインは問い詰めたが、呆けた顔の優も驚いていると気付き、混乱している。


 正体不明な『式神』とその光。どういうことだ。


 光が消えると、のっそりと舞蝶は起き上がった。

 ガーベラを目の上につけた龍は、慎重に舞蝶に頬擦りをするから、舞蝶は頬を撫でてやる。


 そのまま、月斗と一緒に支えられて立ち上がった。

 力を確かめるように両手を開いては、握る舞蝶を見て、口をあんぐり開けるヴァイン。


「何が、起きた……!? なんでっ!」


 月斗も毒に冒された症状はなく、舞蝶とともに痛みに苦しんだ様子はない。


 安堵した様子で、舞蝶の血に濡れた髪を指先で退かして、心配いっぱいの顔で覗き込む。



「……フッ。クハハッ! 本当に舞蝶お嬢様は! ! それを捕まえようなど、おこがましい。なんの才能すらないお前など」



 噴き出してご機嫌に笑った優は語ったあと、軽蔑と見下しを込めて、ヴァインに吐き捨てた。


「なんっ、だと!? あれがお嬢の術式だと!? 今日7歳になったばっかりでっ……なんだよあの龍の『式神』は!!」


 すいーっと舞蝶を囲うように漂う龍の『式神』は、プンプンと怒りを示して尻尾の先を振り回す。


「――――痛かったんだけど」


 舞蝶は感情が感じられない声を、ヴァインに向けた。


「さて。どうしてくれようか? お前のこと」


 血に濡れた顔を拭って、舞蝶が首を傾げる。



「まぁ、最後は処刑一択だけど」と、細めた瞳は、底冷えする青灰色だった。



 

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