♰98 報復の報復は蹂躙・其の壱。




 衝撃を受けて意識を飛ばして目を開けば、ガンガンした痛みでまともに身体が動かせなかった。

 床に倒れていて、視線の先にも倒れている月斗と目が合った。


 ヴァインが報復に来て、私は気絶するほどに頭を負傷。


 さらに、『血の治癒玉』を作ることを阻止するために、月斗の身体には術式の毒を入れたらしい。

 これでは、まともな『血の治癒玉』が作れない。

 かといって、ヴァインが素直に血を渡すわけがない。

 代わりに用意したという『血の治癒玉』には何か仕込んでいるらしく、私には使えないと優先生が拒否。


 打開策として、その仕込みのある『血の治癒玉』で、月斗の毒を解毒してから、月斗の血で『治癒玉』を作って私を治すこととなった。先ずは、奪い取ること。


 頭が痛くて朦朧としながらも状況を把握する中、出血が酷いらしい私の頭を、優先生から、月斗が止血をしに変わる。

 あの丈夫な吸血鬼である月斗が苦しそうに汗を垂らしているけれど、私が心配でしょうがないって青い顔をして見下ろしてくる。でも大丈夫だと、安心させるために明るく笑いかけてくる。

 血管が紫に光って、明らかに毒されて苦しんでいるだろうに。


「大丈夫ですよ。優先生がすぐに『血の治癒玉』を奪いますから」


 意識を手放さないように話しかけ続ける月斗。


 でもその『血の治癒玉』には、何が仕込まれてるかわかったものじゃないのでしょ。自分の方が丈夫だからって、月斗には使うって無茶だ。やっぱり、ヴァインの『血の治癒玉』は使いたくない。


 他に打開策は? 術式の毒の解き方がわからない。キーちゃんも、術式だから解けるかな。

 そういえば、いない。って、私が気絶したからだった。

 ……あ。そうだ。それなら、賭けにはなるけど……。


「 つき、と 」

「なんでしょう? 無理しないで」

「 おねがい 」

「はい?」


 月斗は顔を近付けて、耳を傾けた。


「 パワー、アップ……能力、かけて 」


 月斗だけが持つ王族の吸血鬼の中でも、限られた者しか使えなかった影の特殊能力の一つ。

 繋げた相手の能力向上が可能なパワーアップ。それを「 私と、月斗に 」と使ってほしいと頼んだ。


「えっ、でも……」とパワーアップしたところで、と思っただろうけど「……わかりました」と、月斗は何か考えがあると思い、引き受けてくれた。

 私のために能力の出し惜しみをしない。


「ちょっと待ってください。能力が弱ってますが、自分とお嬢だけに集中すれば……」


 目を閉じた月斗は、つぅーと汗を一つ流して落とす。

 パワーアップの感覚は、なんとなくした。

 心なしか、影は黒く濃くなったが、目に見えるのは、それだけ。パワーアップしただけで怪我は治らない。月斗も、余計苦しそうに息を上がらせた。


 キーちゃん。お願い。


 気絶の拍子に異空間へ戻ってしまったキーちゃんを呼んで、召喚とほぼ同時に鳴いてもらった。

 術式無効化のひと鳴きではない。パワーアップのひと鳴きを、私と月斗をピンポイントで狙って鳴いてもらう。鈴の音のように震えて伝わる可愛らしい声で、二重のパワーアップを得たところで、術式を発動した。


 ここ数日、読み込んでいた優先生の研究途中の独自の治癒の術式。

 白い光りのあと、傷は癒えた。痛みも消えてくれたので、のっそりと起き上がっておく。

 うん。問題ない。


「お嬢……よかった」と、泣きそうなほど安堵する月斗は血で張り付いた髪を退かしてくれた。

 心配してくれたキーちゃんも、ごめんねと謝ったけど。


――悪いのは、アイツ!


 とキーちゃんは、ヴァインにお怒りだ。確かにね。


「さて。どうしてくれようか? お前のこと」


 ごしっと、血に濡れた顔を拭って、首を傾げる。流石に疲労感は残るか。怠い。でも大事なことをしないと。


「まぁ、最後は処刑一択だけど」


 報復して処刑しないと。おいたしたイカれ吸血鬼を。


「舞蝶お嬢様。手間をかけて申し訳ございません。この『領域結界』は外と完全に遮断していますが、そのために複数人で結界を維持する必要があるはずです。内側にいる術者を捕まえに行っても?」

「わかった。お願い」

「はい。お話はあとで」


 治癒した術式について聞きたいであろう優先生は、ご機嫌な笑みで胸に手を当ててお辞儀。


 キーちゃんに鳴かせて解かせてもいいけど、お仕置きが必要だもんね。先生、わかってる。

 ヴァインの協力者に、逃げられても困るし。


 そのまま結界維持の術者を捜しに行こうとするから、ヴァインは止めようと背中を術式道具で巨大なドリルで攻撃したが、あっさりとカマが破壊して砕いた。


「氷平さんも、私よりお嬢様に。お任せしますよ、氷平さん」


 ヴァインを嘲笑った優先生は歩きながら、カカカッ、と顎を鳴らす巨大頭蓋骨ごと、カマを消し去った。


「は? バッカじゃねーの!? 切り札の『最強の式神』を使う奴が、ザコを相手?」

「……どうやったら、お前を後悔で苦しめて窒息させられるかな?」


 私は人差し指で自分の顎を押さえて、ぼんやりした目で考えている。

 ヴァインのことなど脅威でもないような態度に、彼は青筋を立てた。


「てめぇ、お嬢。頭打っておかしくなったか!?」

「お嬢。俺、先にやっていいですか? 気が済まなくて」


 ヴァインの言葉など聞いていないような月斗は、それでもヴァインを見据えていた。敵意に満ちた強い目だ。

 私はそれに頷いてやって、許可を出す。


「ハッ! てめーに何が」


 出来るのかと、問い詰める前に、黒い影が地面から伸びてきては、鞭のようにしなって、ヴァインの左足に直撃。左の太ももは、両断された。


「っああぁあ!? ッ、!? !? てめっ、てめぇぇえ!!」


 片足が切断されてバランスを崩したヴァインは激痛に耐えながら右足を折って、なんとか右手で倒れないように支える。

 動揺が激しく広がる。驚きが隠せないだろう。


 こんなところに、影の特殊能力が使える吸血鬼の王族がいるだなんて、思いもしなかっただろうから。


「クソッ! 『治癒玉』っ……あ!?」


 次の行動は仕方なく、所持している『血の治癒玉』を使うことだと予想はつく。


 なので、親切に止血のために切断面を凍らせてやった。

 あるいは妨害? 傷口に当てて発動しないと治癒は発揮されない。氷漬けにされては治癒が出来ないだろう。


「んでっ! 7歳のお嬢がこんなッ!」


 激痛と混乱で叫ぶヴァイン。


「天才だから」と一言。

 それで片付ける。


「ふざっ、ふざけんなっ……!」


 確かに、天才の一言で片付けられない術式が使われて、キャパオーバーなところだろう。声が弱々しくなっている。


「どうせ処刑するから見ておきたいでしょ? 言っていたものね? 『最強の式神』の『完全召喚』」


 何でもないように告げた私は、氷平さんを真後ろに『完全召喚』した。


 キーちゃんと同じくプンプンしている氷平さん。

 黒い着物と巨大な骸骨姿でカマを肩にかけてると、わりと怖いよ? カタカタと笑っても、だけども。


「完全、召喚……? なんで……なんで出来る!? 氷室がっ……! 例の組織犯罪っ、氷室が『完全召喚』したんじゃなかったってことか!?」


 そこに行き着くヴァイン。


「せーいーかーい。死ぬ前に知れてよかったねぇ?」と笑えば、氷平さんは氷柱を放った。


 咄嗟に横に転がって避けたヴァインに追撃で、サイスを振り下ろしに行く。

 短刀を交差して、なんとか受け止めるのは、流石吸血鬼と言いたいことだが、氷平さんが本気出してないだけだ。


――いじめようぜ。


 頭蓋骨だけの氷平さんが、ニタリと笑った気がした。


「そうだね。気が済むまで、なぶり殺しにしよう。そうしよう」

「はっ? ぐあああ!!」


 ピッと人差し指を伸ばした先で、爆発が起きて、爆風を浴びたヴァインはすっ転んだ。片足がないのだ。そうもなる。


「……お嬢、俺も」

「さっきやったでしょ。月斗は、先生の方に耳をすませてて。ここにいて」


 参加したがる月斗の手を、ギュッと握っておく。


「はい……おそばにいます」と、月斗も握り返して、黙って隣に立っててくれた。


 片足で不自由なヴァインは、それでもなんとか氷平さんのサイスを防ぐ。

 風間警部に渡されたさっきの銃は、どこかに吹っ飛ばしてしまったので、代わりに創造しておいた。それで、パンッと左の太ももを狙い撃つ。


「月斗のお腹を狙ったのは……ここか」


 月斗の穴の開いたシャツを見てから、パンパンパンと三発、ヴァインのお腹に撃ち込む。


「てんめっ!!」


 短刀を投げ飛ばす動作をしたため、その手を振り上げる肩を撃ち抜けば、痛みで短刀を手放した。その手の指先を、氷平さんがスパッと切った。


「うぐああああっ!!! てんめ! てめぇえ!! 本気で殺す気か!? 吸血鬼とはいえ、人だぞ!! 人殺せんのか!?」


 痛みに悶えて、のたうち回りそうなイカれ吸血鬼がなんか言ってる。


「殺そうとした人に言われてもなぁ……だいたい。私グールを殺したの、これで二度目だし」と転がっているグールを銃口で差しておく。


「アンタとグールの違いって……そんなになくない?」


 小首を傾げて言い放つ。


――確かにな!


 なんて、氷平さんはカタカタと笑う。


 ヴァインも、いっちょ前にショックを受けているんだから、おかしなものだ。


 



 

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