♰99 報復の報復は蹂躙・其の弐。
「しょうがないな……死にそうなら、一回治してあげるよ。いい実験体だしね」
パチンと切断面の氷を解いて、人差し指をクイッと上げる。
先程使った治癒の術式を、彼に発動させた。
白い光りとともに、足と指が生えたのが見える。
希望に満ちた目をしたのも一瞬で、ヴァインは苦痛に歪んだ顔をして「うぐああああっ!!! なんだ!? いてぇええ! 何をした!?」と、ついにのたうち回った。
「治療してあげたの。やっぱり、そのままじゃあ身体に負担がかかるわね。吸血鬼にすら激痛か、パワーアップしてよかったよかった」
気力の消耗を心配しているであろう月斗の手を、ゆさゆさと揺らしておく。
大丈夫よ。
「っう!! どういう意味だ!?」
「この術式は、優先生が吸血鬼の血をなしに、すぐに治癒が出来るように開発しようとしている術式。でも吸血鬼の自己再生を参考にして、人間らしい自己再生が超高速出来るように促す術式だけど、どう頑張っても負荷がかかりすぎるから、実験もやめておいた術式なのよね。簡単に言えば無理矢理足を生やして指を生やしたわけだから……とーぜん、痛いでしょ?」
しょうがないねー、と笑いかけると、ヴァインはワナワナと震えたまま、立ち上がる。
震える手で短刀まで握って。生えたばかりの指も、右足も、白くてプルプルしているように見えた。
「解決案として、能力向上で身体の負担を減らせばいいと思って、この子にパワーアップをしてもらったの。ほら、キュルルって聞こえたでしょ? あれ、身体能力も向上してくれるし、術式も吸血鬼の能力もパワーアップをしてくれる優れものなの。おかげで、私も月斗も、治癒の術式の後遺症もない」と言っておく。
キーちゃんの顎を撫でて、二重でパワーアップして保険をかけたことは言わない。
月斗のパワーアップ能力は、他言無用がいいだろう。二重のおかげで、安心して使えた。
氷平さんが動かない隙でもついたつもりか、ヴァインが飛びかかってきたが、彼の短刀が届くことはない。
ハッと気が付いて、飛び退いたヴァインは凍り付く短刀と服や顔に戸惑う。
「『最強の式神』と呼ばれる『式神』が、術者をただで放っておいて離れると思うの? 舐めすぎでしょ」
私達の周囲には、氷平さんの氷のベールが張られて守られているのだ。
もっと突っ込んでいれば、凍傷で手は使い物にならなくなっていただろう。まぁ、処刑するけど。
ガラ空きの背中に立つ氷平さんは、容赦なくサイスでヴァインを叩き潰す。
「んっ、っんだよ! なんなんだお前!! お嬢じゃねえ!! お嬢なわけがねぇえ!! こんな頭よすぎて才能のバケモンみたいなッ……!!」
床に這いつくばったまま、叫ぶヴァイン。
「アンタの言う”お嬢”って誰よ」
首を傾げれば、ヴァインは言葉を失った。
「アンタの知る『雲雀舞蝶』って二年半も前で止まってるし、だいたい私は自他共に認める別人の記憶喪失状態だから……どっちにしたって、アンタが誰のことを喚いてるのか、わからないわ」
なんか解釈違いだと喚かれている気分である。
不愉快な奴。知るか。
「うっ……あっ、ぁああっ!!!」と絶叫したヴァインは、術式道具を使おうとしたが、それは、ぴええんっとキーちゃんに鳴いてもらった。
「は? え……なんで……? っ……術式、無効化まで、お前……!」
愕然とするヴァインに、不敵に笑うのもしょうがないだろう。
「冥途の土産にいいでしょ? せっかく実験体がいるんだから、試させてもらうよ。死ぬんだし、いいでしょ」
キラリと、周囲が煌めく。
ダイアモンドダストのようなそれから、氷平さんが離れたのを確認してから、爆発させた。
小さな爆発は、連動するようにヴァインに直撃。
「ぐはっ」と、ズタボロのヴァインはよろめく。
「こっ……っこんな、ことしてっ……残虐すぎるだろっ!!」
また喚くから、困り顔で首を傾げる。
「ちょっと何言ってるかわからない。残虐? アンタのやろうとしたことだって、残虐じゃないの? そもそも性格上、残虐なサディストでしょ? こんな領域結界を張る部下を連れてくるほどに重宝してるんでしょ? この領域結界内で、どれだけ残虐な遊びに耽ってたのかな? あ、知りたくないから言わなくていいよ。最期なんだし、私の方がアンタに教えてあげる。残虐な行為を受ける側の気持ちを」
青灰色の瞳を鋭利に細めて、見下ろす。
「――――そもそも、アンタだよね? 二年半前に『雲雀舞蝶』にトラウマを植え付けて、泣き喚くほどに怖がらせたの」
グサリと氷平さんのサイスが、ヴァインの肩を切り裂いたから、彼の悲鳴が木霊した。
「とりあえず、あの世にまで恐怖心を持っていけるくらい、いたぶってあげるから。さて、次は何を食らわせてやろうかな」と、私は今日の晩御飯は何しようか、程度に頬に手を添えて考える。
かつて『雲雀舞蝶』の目に恐怖の対象として映ったであろうヴァインは、彼自身にもうとっくにこの上なく、恐怖の対象に見えるだろう。
「お嬢。そんなに術式使って平気なの?」と、心配する月斗に「パワーアップしたから。月斗の方はお腹いっぱい? 身体、平気?」と、逆に心配だからお腹をそっと触る。
ちゃんと傷は塞がったけど、解毒まで出来る確証はなかったと、今更ながら思う。
ゴックン、と喉を鳴らす月斗。
「なんで今喉を鳴らすの?」と、キョトンと見上げていれば。
「お嬢が、好きだからです……」と言うようになった月斗。
顔、真っ赤だけど。
「せめて、抱っこしますね。平気だって証拠!」
にぱっと笑って見せる月斗に甘えて、抱き上げてもらった。
そんな間にも、カタカタと笑っている氷平さんは、サイスでゴルフをするかのように、イカレ吸血鬼をボッコボコにしていたのだった。
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